閑話・八話 『シャルルの目的』
本当になんの前振りも無く現れたシャルルは、最高級の服で着飾っている、いつもと違い、町娘のようなワンピース姿であった。
……しかし、それでも、隠し切れない高貴な雰囲気を纏っている。
「む……邪魔だったかの?」
マリカを抱くタレムを見て、いかがわしい邪推(間違ってはいない)をする……数秒の間に。
爽やかな香水のような香りが部屋に充満した。
……シャルルの香りだ。
どくんっ。
跳ねる心臓。
堪らずタレムは立ち上がり、シャルルの華奢な身体を抱きしめていた。
ぎゅっ……
「会いたかった……幻覚じゃないよね? (何でいるのかはわかんないけど、どうでも良い)」
「ふふ……。そちは相変わらず、甘えん坊だの。愛い愛い」
「シャル……『ちゅう』させて」
「うむ。よいぞ」
再会の会話を挟みながら……どちらからともなく、口づけを交わす。
二人の愛情は、時間と距離で劣化するようなモノではなかった。
……愛おしい。と、心の声が漏れ出していてもおかしくない程に。
「ねぇ……シャル。おっぱい触ってもいい?」
「いちいち……聞かずとも、好きにしてよいわ。コレは、ソチのために育てている乳なのだからな」
「うっほっ。本当だっ。前より、ちょっと育ってるっ!」
「育ち盛りだからな。はっはっは。遠慮せず、生で触ってもよいのだぞ?」
「うっほっ! うっほょう! うひょっひょっ!」
「猿みたいになってまで、私を求めるか。ふふ……ソチは本当に愛しいの」
相変わらず、シャルルは、タレムの欲求を、尽く受け入れる。
……その上で、自分もタレムを抱きしめて楽しむ余裕まで見せていた。
「いい加減にしてください!! タレムさま」
一方。
シャルルの登場で、捨てられた猫のような状態に陥ってしまっていたマリカは……ついに、プチンと堪忍袋の緒が切れる。
「お胸なら! どう見ても、わたしの方が大きいでしょうっ。わたしのお胸も! 触ってくださいよっ」
……在らぬ方向に。
「お嫁さんの差別は禁止でございますっ!」
負けじと、マリカも、ふくよかな胸を寄せて、タレムに嫁撃した。
むにゅぅ~~っ!
むにゅぅ~~っ!
コレにより、タレムは前と後ろ二方向から乳に挟まれて……
「やべぇ……。幸せ過ぎて死ぬぅ」
大量の鼻血を噴き出して逝ってしまうのであった。
閑話休題。
暫く、タレムを取り合うマリカとシャルルの攻防が続いたが……。
最終的には、タレムが二人ともを膝に載せ、胸を揉む形で決着がついた。
……それで良いのか? 良いのだろう。
右手には、掴みきれないマリカの巨乳。
左手には、すっぽり納まるシャルルの美乳。
もし、どっちの方が好みかと詰問されれば……
――両方!
……と、タレムは即答するだろう。
(やっぱり、ハーレムって、最高だね!)
ソレを解っているマリカは、今、夫の性癖に関して責めるのは諦めて、別の事を聞く。
「シャルさま。一つ、質問しても宜しいでしょうか?」
「一つと言わず幾つでもよいぞ。それよりもマリカ殿。前にも言ったであろう。私の事は『シャル』と親しく呼んでくれて構わん。と」
「シャルさま。何故、貴女のような貴いお方が、お一人で参られたのでございますか?」
「……一人ではないぞ。グレイシス公と参ったからの」
「お父様と?」
「うむ……何でも、妻がこのあたりにいるらしくてな」
二人の話を邪魔しないように大人しくしていたタレムだが、その言葉だけは聞き逃せず、カーテンを巻くって外を確認した。
「マジ……かよ。あのオッサン……」
すると、確かに、敵対関係にあるグレイシス公爵。アルフリード・グレイシスがそこにいた。
「あの……修道女がか、グレイシス婦人かの? ……そち」
「違う! 流石の俺も、想い合ってる人妻に手なんかださないよ!?」
……というより、そこで、マリアに抱き着いて、泣き喚いている。
何を泣き喚いているのかは、聞こえないが、きっとくだらないことだ。
「ふっ。タレムよ。グレイシス家とそちは絶縁状態にあると聞いていたが、当主とその妻、両方をかどわかしているとなると存外。そちも食えぬ男よの」
「いや……両方とも、勝手に来襲してきただけなんだけど……アイツら超厄介者」
シャルルは茶化しているが、コレは、政治的に重大な意味となってしまう状況だ。
……が、マリカにとっては、
「そんなどうでもいい。ことよりも……もしかして、また、タレムさまを連れていってしまわれるので?」
「む? そうではない。私の目的は……」
そこで、シャルルは一度、口を閉じ、ぱちんっ。と、指を弾いた。
すると……
「ご主人様。奥様方。失礼いたします」
ロッテが、お盆を持って現れる。
「……と。その話をする前に、先ずはコレだ」
「まあっ。美味しそうなクッキーでございますわ♪」
「さて、食に肥えていると言う、マリカ殿の舌に合うか……。遠慮せず、食べてくれ」
「はいっ♪ 頂きますわ。ぱくぱく、ぱくぱく……んっ! 凄いっ! 外はサクサク。中はしっとり……甘さも絶妙で……んっ。とってもおいしゅうございます♪ もぐもぐ……もぐもぐ、頬が蕩けてしまいます……ぱくぱく」
「そうか、そうか、気に入って貰えたのなら、良かった。はっはっは」
(マリカちゃんは食べ物なら大抵、何でも美味しいって食べるんだけどね……シャルには言わないけど)
ロッテがソレをテーブルに置くと、マリカが立ち上がり、瞳の色を変えて、食いついた。
続いて、シャルルも立ち上がり、二人でパクパクと咀嚼を始めるから、タレムは手持ちぶさたになってしまう。
……仕方ない。
「ロッテ」
「はい。ご主人様。何でも言い付けでください」
「こっちにおいで」
「はい……?」
タレムは、同じく、手持ちぶさたになっていたロッテを呼び付け……
「えいっ!」
……と、腕を引いて、二人の代わりに膝に座らせた。
そのまま、頭を撫でて可愛がる。
「はぅ……っ!?」
「嫌か?」
「そんな……滅相もございません」
「なら、今日は逃げるなよ?」
「……はい」
そうされて当然のように振る舞う、マリカやシャルルと違い、ロッテの場合、頭を撫でるだけで、恥ずかしそうに身体を硬くさせるから、面白い。
……コレもまた、ハーレムの醍醐味だ。
シャルルやマリカだけでは、食傷気味だった、食指が動く。
「ほら、ロッテも、シャルルのクッキー食べなよ」
「そんな……わたくしめが……奥様方の歓談に交ざるなんて……恐れ多いことです」
愉しくなってきたタレムが、クッキーを一つ取り、ロッテに渡そうとするが、固辞される。
……確かに、家政婦が、主人の前で、食事を摂るなんて事は無礼にも程がある行為だ。
しかも、相手は、主人の妻と、帝国の姫。
いつも以上に謙遜する必要があった。
――しかし。
「構わぬぞ。遠慮するな。いずれ、同じ男の妻となるのだからな」
「パクパクぱくぱくっパクパクパクパクぱくぱく……っぱくぱく……」
「……食い過ぎではないかの? マリカ殿。……いっぱい作って来たからよいのだが」
……食べ物に恋するマリカはともかく。
シャルルは、タレムが特別に可愛がっているロッテの無礼を取り立てて、叱るような小さい性格はしていなかった。
「ほら、マリカちゃんが全部、平らげる前に、一つだけでも食べておきなよ」
「……はい。ご主人様のご命令なら……ぱくっ! ~~っっ! 美味しいっっ!」
「ふふ、よい反応だ。作った甲斐がある」
「だろ? ロッテって、めっちゃ可愛いよね!」
「いや……可愛いうかどうかは、顔が傘で隠れてわからんがの」
だから、タレムが無理やり、ロッテの口にクッキーを押し込んでやると、和やかな雰囲気に包まれる。
そして、そんな雰囲気に誘われたのか……
「本当に姫が作る、お菓子の味に関してだけは、美味でござる。パクパク♪」
……いつの間にか、鬼の仮面をずらし、ピンク色の口元だけ晒す少女が、しれっと……混ざっていたのであった。
もちろん、タレムとしては、神出鬼没なリンがこの場に居合わせようと、文句などないのだが――
ニヤッと……シャルルが、悪そうに微笑み、
「……こんな単純な誘いに掛かるなど、そちも大概、阿保よな」
「はっ! 姫!? しまったでござる!」
「もう、遅いわ!」
リンの肩をガッチリと掴んだ。
……一体、何がどうなっているのか?
「姫! コレは卑劣でござろう! よりにもよって拙者の大好物である甘いお菓子を使うなんてっ! 卑怯でござる!」
「五月蝿い! 薄情者。黙っておれ。――さて。マリカ殿。話を戻して、私がここに来た理由を今、明かそうではないか!」
そして、膨らみかけの胸を張って、散々溜めた事の真相を話す……
「パクパク……ぱくぱく……ぱくぱく……。いえ、タレムさまを連れて行かれないのでしたら、どうでもいいですので……もぐもぐ……お代わり下さいな」
「……。……む。……そうか? ……よいのか……そうか……」
「それと、お姫様に敬称で呼ばれるていると、あとあと問題になりそうなので、私のことは呼び捨ててくださいませ。もぐもぐっ」
「……私だけかの」
……しかし。
溜めすぎた結果、マリカの興味は既に、お菓子だけに向いていた。
台詞が進むに連れ、シャルルの表情が暗くなり、語音が小さくなっていく。
しまいには、涙きそうだった。
「シャル! 聞きたい! 聞きたいよ! 俺が聞きたいから!」
「……いや、もうよいのだ。……私など、甘いお菓子製造機の付録みたいなモノなのだ……タレムよ。婚約は破棄しよう。甘いお菓子製造機の付録等にそちはもったいないからのう……」
「へこみ過ぎじゃね?」
「やっぱり! 婚約破棄はしだぐないぃぃ~~っっ! (号泣)」
「そりゃそーだ。俺もこんな理由でなんて、絶対やだよ」
珍しく気落ちしたシャルルのため、間を置いて。
「タレム……私が来た理由はな。いつまで経っても戻らない、このうつけを連れ戻すためなのだ」
気を取り直したシャルルが、やっと語り出す。
但し、タレムだけに涙目で、だ。
「ござるを? ……でも、ござるは――」
……さて。整理するが、この鬼仮面の少女が、タレムの屋敷にいる理由。
ソレは、第二王妃との政争の際、追い詰められたタレムを救おうとして、帝国のあらゆる闇組織を敵に回したからだ。
今、戻れば、帝国中の闇組織から命を狙われてしまう……。
「二ヶ月以上も前に『火消し』は済んだ……と、文は送っておった」
「あん……?」
そこで、タレムの疑問の視線がリンに向く……が、彼女が視線を合わせる事はない。
「どんなに『使い』を放っても、意味が無かったようでな。私が直接、赴くしか無かった……ということだ。のう? リンよ。主の手を、ここまで焼かせおって。……何か言ったらどうなのだ」
「……でござる」
「む?」
「イヤでござる! イヤでござる! イヤでござる!! 拙者、帝都になんて帰りたくないでござるぅぅぅ~~っっ!」
しかし、シャルルに詰められて、遂に観念。
子供のように四肢を振って泣きじゃくる。
「ふっ。そこまで此処が心地好かったか……。だが、否だ! そちが帝都におらぬと、私が動けぬ! 動けねば、どうなるか、そちとてわかるであろう!」
「……」
(……頼れるから、錯覚するけど、ござるは、まだ、子供だった)
「とのっ! とのっ! 助けてでござる! 拙者はまだ、働きたくないでござるぅぅ~~っ」
「ええいっ。みっともない。そこまで、たらし込まれたか」
「さっき、泣きじゃくっていた姫に言われたくないでござる!」
「毎日、菓子を食わせてやっておるだろう。何がそんなに不満なのだ?」
「姫は忍び使いが荒いから嫌なのでござるよ! その点、殿は拙者に命令しない! 拙者、自由!」
「今のそちに自由等ない! 『契約』を忘れたのか!」
「けいやく? 拙者……わかんない゜ω゜?)」
むむむむ……。と、シャルルが、青筋を立てて、更にリンを叱ろうとする。
……が、
「シャル……その辺で勘弁してあげなよ。リンが、可哀相だ」
「とのぉおおおっ!」
そこで、タレムが、シャルルの肩を叩いて、助け舟を出した。
「……む。タレム。今は、口をはさまなんだ。コレは、私とリンの問題ぞ」
「うん。リンの扱いに関しては、口を挟まないよ。俺を騙してた訳だし……」
「とのぉおおおっ!?」
「うるさい。ちょっと黙ってて《時間停止・対象》」
「……っ!?」
……ように見えたが、そうではない。
「――でも。理由はどうあれ、せっかく、ここまで来たんだ。……少しだけ……ほんの少しだけ……ここでゆっくりして行きなよ」
「……む。……むむ……むぅ……」
「時は金也。だろ? リンをイジメてる時間が勿体ないって、こと」
タレムは、ただ、とんぼ返りで帝都に帰ろうとしているシャルルを、引き留めたかっただけである。
「シャル……俺を見て。否?」
「否……ではない。私も……そちを見ている方がよい」
そして、シャルルもそんなタレムの気持ちを受け入れた。
「安心して。時が来て、まだ、ござるがごねるなら、俺が《魔法》で捕まえるから」
「うむ……。心得た。では、今より、しばしのひととき。立場も目的も忘れ。私の心は、そちだけのモノとなろう。否かの?」
「……ふっ。大歓迎に決まってる」
こうして、シャルルが、ロック村に滞在することが決まったのであった。(シャルル来訪編 終わり)




