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閑話・六 『ノーマと模擬戦』

《ロック森林》……それは、ロック村の東側に隣接している巨大な樹海で、タレムが十騎士になる際、新たに授かった領地である。

 ただし、人類未開の地であり、気性の荒い魔獣が多く生息している。

 

 そして、そんな森の中に、《白銀騎士団》の兵舎が存在し、《遊郭》含め、総勢、六百人近くの人間が暮らしている。

 

 騎士団の主な役割は、『戦争』だが、戦争に派遣されていないからと言って、何もしなくて良い訳ではない。

 基本的には、『調練』で《基礎戦闘能力》や《戦術理解》を培いつつ、騎士団が担当している領地の警備をする。

 ……コレが俗に《駐屯騎士団》と言われているものだ。


 タレムの《白銀騎士団》の場合なら、《ロック村》と《ロック森林》の警備である。

 具体的には、野党の退治や、魔獣の討伐など。


 かなり危険で大変な仕事であるが、その分、給金が高く、奴隷にも、一般騎士団員と同じ労働賃金と環境が約束されている。

 更に、騎士団内部で、能力を示せば、地位や身分に関係なく、どんどん昇格していくため、団員の満足度は高かった。


 強いて言えば、一年の殆どをロック森林の兵舎で暮らすため、異性交遊が少ないことに不満の声が上がっていたが……。

 それも、遊郭の誕生によって、解消された。(遊郭使用料は各自の財布から)


「団長」

「あん?」


 そんな自分の騎士団兵舎を、タレムが視察している時、背後から声をかけられた。

 振り向くと、そこには数名の団員……


「お前たちは……リッカ。グレン。キース」

「俺達のこと、覚えてくれているんですね!」

「仲間の名前を忘れるか……それより」


 六百人の団員、全ての顔と名前を覚えているタレムは、その団員たちが、元奴隷であり、先月、自由民の地位を手に入れた者たちだということも、知っていた。

 ――で、あるならば、相談したい内容にも見当がつく……


「どうした? 騎士団を除隊したいのか? それなら、先ずはノーマを通して――」

「――団長って、本当は凄く『弱い』って、本当ですかっ!」


 ……と、思ったが、全然、違った。


「……なん……だと?」


 実は今まで、タレムは、白銀騎士団の団長として、騎士団員達に尊敬と羨望のまなざしを向けられていた。

 それは、実務を取り仕切る副団長のノーマが心酔しているから……というのもあるが、奴隷を差別せず、人間として扱い、解放してきたからだ。


 そんな団員に向けられる……疑いの眼差し。


「この前の休暇で故郷に戻った時。団長の話をしたら……団長が《敗北――」

「――シャラァアアアプっっ!! (黙れ)」  

「――っ!!」


 タレムは戦慄した。

 背中にドロドロとした嫌な汗をかく。

 その騎士名だけは、団員に知られてはいけないと隠していたのだ。 


 コソコソ……


「おい……あの温和な団長が声を荒げたぞ」

「しゃらっぷ? ……どういい意味だ?」

「とにかく……じゃあ、あの噂は」

「オラ、母ちゃんから、《敗北王》の騎士団だけは、やめとけって言われたっぺ」

「ああ……俺も言われた。何でも、目上の貴族達に厄介者扱いされているらしいぞ」

「でも、団長の奥さんめっちゃ美人だよな。この前、視線があって微笑まれたとき、幸せ過ぎて死ぬんじゃないかって思ったほどな」

「それに加えて、帝都の第一、第二姫とも婚約しているらしいな……どっちもメチャクチャ別嬪だって噂だ」


 コソコソ……


 反射的にタレムが声を上げたことで、聞き耳を立てていた他の団員達まで、騒ぎ出してしまった。

 約六百人の団員達に波紋していく疑心。


(ヤバいっ……このままじゃ、俺が積み上げてきた大切な何かが一気に失くなってしまうっ!)


 しかし、それを納めることはもう、タレムには出来なかった。


 ――代わりに。


「何を言っているんですっ。貴方たち!」

「「「副団長っ!」」」


 最近、兵舎で寝泊まりするようになったノーマがやって来て、


「領主様はっ、帝国で一番、偉大で強い騎士に決まっていますぅっ!」

(……いや、そこまでは、さ)


 明らかに主語がデカいことを言い放った。

 タレムからしたら、穴を掘って入りたくなるよな虚言……だが。

 団長がいない間、兵舎で暮らし、副団長として、騎士団員との信頼関係を築いてきたノーマの言葉に、団員達は迫真を見た。

 ……が。


「いくら、副団長の言葉でもなぁ……俺たち、団長が強いところ、見たことがないんだよなぁ……」

(そりゃぁそーだ。弱いもん、俺)

「訓練はいつも、指示出しているだけで、立ち合いにも入らないし……」

(ござるとの特訓で訓練に混ざるほど体力が残ってないんだよっ)


 それでも、晴れない疑惑の念は、一重に、タレムが騎士団をないがしろにして来たからだ。

 ある時は、帝都の姫と逢い引きしに出かけ、ある時は、嫁と聖都へ新婚旅行へ。

 これでは、団員達との信頼関係が揺らいでも仕方がない。


「――ならっ!」


 ざわざわと、ざわつく重たい場の雰囲気を切るように、ノーマが声を上げた。

 そして、


(ノーマの大声。珍しいな。何を言う気だろう? ここは任せてみるか……寡黙な方が、なんとなく箔がでるし)

 

「領主様と私で、模擬戦をしますっ!」


(ぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ――っっ!)


 ……そんなことを言い出したのだった。

 もちろん、驚くのはタレムである。


(模擬戦っ! ノーマと!? 無理むりムリぃぃぃっ!)


 ノーマが、騎士団の副団長を務めているのは縁故な贔屓ではなく実力だ。

 毎月、騎士団内で模擬戦を行うが、並み居る団員達をひれ伏して、頂点に立つのはいつも彼女である。


 英雄の血脈、イグアスにその才能を見出され、その後も熱心に訓練を重ねてきたノーマの剣は……はっきり言って既に、タレムよりも上。

 ……絶対に勝てない。


(どうしてこうなった? どうしてぇぇぇぇぇっ!)


 心で泣きわめくタレムだが、


「おおっ。団長と副団長の模擬戦だってよ。これで、はっきりするな」

(おいっ、話を大きくすんなや。俺は一言も、やるって言ってねぇーぞ)

「いや、いくらなんでも副団長はムリだろ。この前、こぉっぉぉぉぉんっな、おっきい岩を切断してたぞ」

(ひぃぃぃっっ!)

「だが、その副団長に勝てるなら、団長の実力は本物だな」

(偽物なんだって!)


 ここで逃げたら、もう二度と団員達の信頼を得る事は出来ない。


「領主様。ここで実力を見せて、みんなを黙らせましょうっ!」

「……」


(いや、俺が強くないことくらい。いい加減ノーマだって解るだろう……はっ! そうか。ノーマ! 解ったぞ! 君は、俺にわざと負けて、花を持たせてくれる気だな! なんて策士なんだ!?)


「よし。わかった。その勝負。受けて立つ。ノーマ……解っていると思うが――」

「――はい。全力でやりますっ! 絶対に手は抜けませんっ!」

「……そうだ。絶対に手を抜くなよ。良いな? ……解っているな? 解っているよな!?」

「はいっ! 解っていますっ!」


 タレムはノーマの自信満々な肯定する姿に、何か嫌な予感を感じたが気のせいだと断ち切った。

 

 ――そして、遠からず所にある闘技場へ場所を移し……。

 既に、十メートルほどの距離を開けて互いに武器を構えるタレムとノーマの周囲を、団員達がぐるりと囲っている。 


「では、始めでござる」


 どこから聞きつけたのか、いつも通り唐突に現れて、この模擬戦を取り仕切ると言い出したリンが、合図を出した。


「領主様。参りますっ」

「おい、本当に解って――」


 ノーマが腰を落として、長さ二メートル長刀を構え……

 瞬間―――


 ―――サッ!


 姿がかき消えた。


「グレイシス流、長刀術《無残》!」


 それは、ノーマが魔獣討伐によく使う必殺技だ。

 ……つまり、全力ということ。


「――――ねぇぇっじゃねぇかぁあっ!」


 ――――と、理解すると同時に、タレムは正攻法で勝つこと諦めて、


「時間停止・世界っ!」


 魔法(反則)発動。世界の時間を停止する。


 トーン。


 そして、時の流れを元に戻せば……


「……っ!?」

「なっ! 団長が消えたっ!」

「いや、よく見ろ。副団長の後ろだ。武器を取り上げて、拘束しているぞ」


 ノーマの武器を奪取し、首に腕を回しているタレムの姿があった。

 模擬戦で、武器を奪い、急所の首まで押さえているのだから、誰がどう見ても文句のつけようがないタレムの勝利である。


「凄いっ! あの副団長を一瞬でっ」

「オラっ。一生付いていくっぺ」

「誰だ、団長が弱いなんて言ったのはっ!?」


 そこからもう、喝采の嵐。


「まぁ、俺たちは、団長が弱かろうと、大罪人だろうと、付いていくって決めているんだけどよ」

「ああ。オラ達、単純に、団長が大好きだっぺ」

「おう、奴隷から解放してくれた恩人ってだけで十分なんだよな」


(お前ら……っ。――って、じゃあ、今の模擬戦、何だったんだよっ!!)


 揺らいでいた、団員達の信頼が戻っていく。

 ……一方。


「殿……ビビり過ぎッす。格下相手に《奥の手》を使っているから、いつも肝心な相手に対策されるて困るのでござるよ」

「……くぅ。思い当たる節があるから言い返せねぇ」

「明日から、素振りの回数、二倍に増やすでござる」

「……」


 ……タレムの自尊心はズタズタになったのであった。(白銀騎士団の日常編 終わり)

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