閑話・五 『騎士団の徴兵』
ロック村では、アルザリア帝国において、異色の法が領主の名の下に定められている。
その名も、『奴隷禁止法』……ロック村全領内において『奴隷』の使用・売買を禁止するというものだ。
――しかし、一ヶ月に一度だけ、ロック村にも奴隷商人がやって来る。
「旦那ァ。今度もいい品が入ってますぜェ」
「……」
小汚い奴隷商人がモミ手しながら言い寄る相手は……
「いつも通り、元気で若い奴から百人買う」
「毎度」
そう言って、金貨を数枚、奴隷商人に渡す銀髪の領主、《タレム・シャルタレム》である。
……隣には、白銀の翼が刺繍されたマントを羽織るノーマもいる。
買った目的は、私服を肥やすためではなく、騎士団の兵とするためだ。
マリカを筆頭に、リンやロッテの関係を考えれば、こんなこと、タレムも出来るだけ、やりたくはない。
……だが、アルザリア帝国の騎士は、常に、その地位に応じた規模の騎士団を、保有しておかなければいけない、決まりがある。
これを無視すれば、騎士としての責務が果たせないとされ、騎士の地位が剥奪されてしまうのだ。
つまり、十騎士長のタレムは、千人の兵が必要ということになる。
……とても、ロック村だけで賄える人数ではなかった。
(はぁ……もっと、真面目に社交界とか、挨拶とかやるんだった……今からでもやろうかな?)
こういう場合、普通、縁ある権力者のツテを頼ったり、兵員を集められずとも上位騎士に従属すれば、主騎士の一部として数えられるため、問題ないのだが……。
貴族付き合いを殆どせず、三大公爵相手に喧嘩を売ってきたタレムの場合。
その、どちらの方法も採れないのだ。
……因みに、同じようなことをしているアイリスは、アイリス自身がクラネット公爵家の次期当主であり、普段から王侯貴族との繋がりにも重点を置いている。
ともかく、そんな事情で、タレムは奴隷商人と取引をしていた。
「ノーマ。コレはっ、って、奴隷はいる?」
「わ、私が選ぶなんて、畏れ多いですぅぅ」
「いや、君の未来の部下だからな」
そうして、騎士団の訓練に耐えられそうな奴隷を選んでいると、
「旦那ァ、コレなんかもどうですかい?」
「あん?」
奴隷商人が、数人の奴隷を引き連れてタレムに紹介した。
全員、器量の整った『女の奴隷』だ。
「調教済みなのでぇ、何でもやりますぜぇ……」
「毎回、言ってるだろ。そういうのはいらない。男だ、男。女の子はすぐ壊れちゃうだろ。アイリスちゃんみたいな女傑ならともかく」
「毎回、思いやすが、旦那も特殊な趣味をしてやすな」
「黙れ」
俗物だが、心は満たされているタレムが、奴隷たちをシッシッと追い払う。
が……その手を、ノーマが掴んだ。
「領主さま……。あの……その……買った方が良いかもです」
「……何で? 絶対、剣は握りたくなさない系の娘達だけど。可愛そうだとは思うけど、別の所で幸せになって貰おうよ」
「いえ、そうでは無く。最近、元『奴隷』の団員が、村の若い娘を襲う事が増えてきてて……」
「……ああ、なるほど」
その話は、タレムの耳にも入っていた。
もちろん、そんな輩は、厳罰を与え、騎士団からも追放しているが……
「まあ、気持ちは解る……」
毎日、毎日、兵舎で調練だけを受けている兵達は、異性との出会いもままならない。
そうなれば必然的に、鬱憤も溜まってしまう。……地獄だ。
それが我慢の限界を迎えたら……タレムがロッテにそうしたように、男は獣と化してしまうだろう。(個人差があります)
「遊女で慰める……か」
「はい、です」
「……」
そうなると、新しく法を整備する必要があるが……。
(マリカちゃん達が被害に会わないとも限らないしな……)
「解った。十人、買おう……もちろん、遊女もちゃんと働けば自由民(平民)になれるようにするし、その後の身の振り方も援助する」
「毎度ォォッ! それじゃ、次回からは、女も連れて来やしますぜぇぇっ!」
「うっせぇ……。大声を出すな、奴隷はすぐ、心を閉ざすんだぞ。お前、それでも奴隷商人か!」
「ひっひっひっ……アッシは商売人でぇ。ゼニが稼げれば何でも構いませんでぇ」
「お前の情報はどうでも良い」
……こうして、兵舎の隣にひっそりと、遊郭が誕生し、ロック村全体の性犯罪が激減したのであった。
後にこのタレムが経営する遊郭は、質が良いと評判になり、居心地が良いのか、借金を清算した遊女達も残る選択をすることが多いため、規模が膨らんでいき、一大収入源となるのだが……ソレはまた別の話である。
余談……遊郭発足から暫く経ったある日の夜。タレムの寝室で。
「タレムさま」
「あん? 今日も一緒に寝たいのかな? 甘えん坊だな俺の妻は、良いぜ、可愛がってあげる。ほら、俺の胸に飛び込んで来るんだハッハッハ」
「……最近、妻がいるのに不埒な事をしてしまった。と、教会で懺悔していく人が増えたのでございますが、あなたも、何か『懺悔』したいことはございませんか? ……遊郭の事とか」
「ブゥゥゥ――っ!」




