閑話・三 『タルシスの師匠』
明けましておめでとう御座います。
とある日のシャルタレム邸、中庭。
「えいっ んっしょっ しぇいっ えいっ」
美しい花畑がある、その場所で、シャルタレム家当主兼、アルタイル家当主代行、《タレム・シャルタレム》は、義理の弟にして次期アルタイル家当主、《タルシス・アルタイル》に剣術の稽古を付けていた。
これは、帝王学教育の一環である。
「……」
えいっ、えいっ、と、繰り出してくるタルシスの剣を、タレムは軽くいなしながら、思い出す。
そういえば、タレムも幼い頃、ユリウスに、こうして剣術の稽古を付けて貰っていた時期がある、と。
そのとき、ユリウスから、
『お前は一生、剣を握るな』
なんて、あまりの剣才のなさにそう言われ、座学の時間が大幅に増えたのは忘れられない。
それでも、騎士になりたくて、一人で剣の特訓をしていた時、同じく騎士を目指すイグアスに会い、グレイシス家で厳しい特訓を受けることになる。
(マリカちゃんと会ったのもその時だっけ?)
昔から、座学も、剣術も、好きではなかったが、ユリウスが直接、手ほどきしてくれる時だけは、温かい気持ちになっていた。
(タルシスは一度も、あの人に教えて貰えないんだよな……)
それが、誰のせいなのかは、もはや、考えるまでもない。
ゾワゾワっ。
タレムは、胸に空虚な大穴が開く感覚に襲われた。
「せぇぇいっ」
「……っ!」
同時に、タルシスが、剣を真正面で振り上げ、大振りの一撃を狙う。
相手の虚を付いた、いい攻撃だ……が。
「……ふっ」
流石に、若干二歳児の一撃を受けるような騎士は、アルザリア帝国にはいない。
サッと身を躱して、タルシスの木剣を素手で掴んだ。
そして、そのまま奪い取る。
「わっ……おにぃさま。すごいっ」
別に凄いことではない。
むしろ、凄いのは、その歳で、相手の虚を突こうとしたタルシスの方である。
(《光帝》、ユリウス・アルタイルの直径……か)
……もしかしたら、タルシスは、早めにちゃんとした師匠を付けてあげるべきなのかも知れない。
(どうせ、俺の剣術は、アルタイル流ってより、グレイシス流よりだし……まぁ今は、基礎をみっちりと仕込んでおくのが一番か……誰かに渡して、壊されたら堪らないし……グレイシスとか絶対、駄目だな)
「……さあ、タルシス。今日はここまでにしよう」
「おにぃさま……もっと~~」
「すまんな。仕事が溜まっているんだ。そろそろ切り上げないと……」
不満そうなタルシスの頭を撫でながらタレムがそう言うと……
二人の稽古を見学していたロッテが激しく頷いて一女傘を揺らす。
聖都に行っていた三ヶ月で、文字通り、山ほど仕事が溜まっているのだ。
暫くは、ロッテと修羅場をくぐる事になる。
あまり、タルシスに構ってばかりもいられない。
「ご主人様。どうぞ、これで汗をぬぐってください」
「おっ、ありがとう」
「若様は、私めが、お拭き致しますね」
「わーっ。ろってぇ。ありがとぉー」
「フフッ。いえいえ、若様のためなら、これくらい……」
稽古が終わったのを見て、ロッテがすかさず、タレムにタオルを手渡し、タルシスの汗を拭く。
……なんか、タルシスとロッテの仲がいい感じだ。
「……」
タルシスの教育係をやってもらっていたから、仲良くなったのだろう。
悪いことではない。むしろ、良いことだ。
――だが。
「タルシスっ。ロッテは、俺のロッテだぞっ!」
幼い頃、面倒を見てくれた優しいお姉さん……みたいなノリで、このままズルズルと、タルシスにフグラを建てられ、ロッテを奪われては堪らない!
そんな危機感を感じて、タレムはタルシスの世話を甲斐慨しく焼く、ロッテの肩を抱きよせた。
ギュッ……
「あうっ!?」
突然、主人に抱きしめられ、ロッテは硬直。
そして、
「良いか? タルシス。いくら、可愛い弟でも、俺の女に手を出したらゆるさんからなっ!」
「おにぃ……さま……?」
突然、兄が敵意を剥き出しにする意味が解らず、タルシスは困惑。
……そんなとき。
「お馬鹿さまっ!」
バッチッッン!
「あうしっ! ……いや、痛くないけど」
教会へ行っていたマリカが、タレムの後頭部をひっぱたいた。
「幼児相手に大人気なく、何をなさっていらっしゃいますかっ」
「……っ。確かに大人気ないかも――」
それで、冷静になったタレムだが、ロッテの事は抱いたまま、タルシスに謝り……
(久しぶりだけど、ロッテの平たい抱き心地、快いな。ムラムラする)
「――よしっ! 行くぞ、ロッテ。今日こそ、君を落としてやるっ! マリカちゃんが抱けない以上、初めての相手はロッテだ!」
「あぅぅぅ~~(赤面)」
「あっ、タレムさま。まっ昼間から何を致すつもりでございますかっ! 待ってくださいましっ! わたしを抱けないとは、どう意味でございますかっ!」
……嵐のように去っていった。
マリカもタレムを追って行き……残されたタルシスは。
「青春ですわね……」
遠い目をするコルネリアに、両の耳と目を押さえられるのであった……。(タルシス教育編終わり)




