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三十九話 『一千万回の死を越えて』

 ルシファーの戦法は単純だ。

 分裂体の一体を上空の安全圏で待機させ、残りの五体が《黒羽》や《滅びの霧》を主軸にせめる……というもの。


 これなら仮にタレムがルシファーの分裂体を倒しても、即座に上空のルシファーが補充できる。


 ……実際。

 タレムは五体のルシファーを相手に防戦一方で、反撃の機などは一度もないのだが……。


「時間停止・世界ッッ!」

『無駄だぁ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ーーっ!』


 タレムの十八番。

 世界の時間を止める技すら、すり抜けて、胸をえぐり殺される。


《時間再生》


「もういっちょっ!」


 それでもタレムは立ち上がり、神剣を構えた。

 ――だが。


「ハァ……ハァ……ハァ……っ……くっ」

『フッ。ようやく貴様の限界が見えてきたようだな』


 既にタレムが蘇生した回数は一千万回に差し迫ろうとしている。

 流石の敗北王も、意識が朦朧となり、足腰の力が抜けてきた。


 ――魂の劣化。


 命が有限な生物なら誰もが避けられない宿命の様なものだ。

 これは、精神力の問題を越えたもの。人間としての限界だ。


「あと、もう少し……」


 されどもタレムの瞳には、未だ強い力が宿り続けていた。

 

(黒羽や黒霧はもうなんとかなる……あとは、分裂をどう攻略するか)


 一瞬すらもルシファーを倒す未来を疑わない。

 勝つための方程式を計算し続ける。


『その精神力。見事也。人間(こむし)にしておくのは惜しいな。死後は眷属として我が軍門に迎えてやろう』

「ルシファーさん。ダメですよ? 彼は、死後。ワタシの寵愛を受ける事が決まっているんですからねぇ」


(うっせぇな……クソ神ども。俺は死んだら、築いたハーレムメンバーとラブラブするんだよっ!)


 コツンっ。コツンっ。


 タレムの頭にタライが二個直撃する。

 それを機に、再び、戦いが始まった。


 開幕初手で、タレムが《時間停止・世界》を使い、ルシファーが六体に分裂する。


 これは、いままで幾千万と繰り返してきたお馴染みの序盤。

 次に五体のルシファーが降りてきて、黒霧を纏った白兵戦を四方八方からしかけて来る。

 ……白兵戦といっても、ルシファーは、空を自由に舞いながらであり、一撃離脱の機動力を生かした戦法で、たった一瞬、その霧の一端にでも触れれば、死ぬ。


 よって、タレムが選べるのは、ひたすら回避に専念していなすこと。


(カウンターも出来そうだけど……いまは俺に攻め手がないと、ルシファーに勘違いさせておきたい)


 回避、回避、回避、回避……


 ここまでは予定調和。

 ……問題無い。

 問題なのは、


 開幕から十秒後、《時間停止・世界》の効果が切れて、から。

 

『ボーナスタイムは終わったぞ』


 ……ここからは、ルシファーの黒羽、遠距離攻撃が解禁する。

 この対応が難しい。


 ――が。


「見切った」


 回避・回避・回避・回避っ!

 

 五体のルシファーの攻撃をタレムは次々にかわしていく。


『何ッ!』

「お前の攻撃範囲・攻撃速度・攻撃傾向……すべてな!」


 一千万回の死を越えて、タレムはついに、黒羽の攻撃をシラフで避けられるようになったのだ。


「――もう、お前の攻撃は当たらないっ!」

『戯れ言をぉぉぉぉおおおおおお――ッッ!』


 煽られ、怒りに奮えるルシファーが、次に打った手は。


《滅びの霧》


 さわっただけで、死を与える、ルシファーの切り札だ。


 ――だが。それも。


「いい加減――」


 タレムは神剣を構えて……真横に薙ぐ。


「――終わりにしようぜっ」


 それだげで、黒霧は全て消滅した。

 神剣が起こした剣の風。その風は神気を纏い、ルシファーの黒霧を祓い飛ばせるのだ。


(って、これも絶対……イシュタル様、知ってたよな。もう、文句を言う気すら起こらないけど)


 これで黒羽と黒霧。

 二つの脅威は半減した。


「ふっ、ビビってないで降りて来いよ。ルシファー」

『神が人間と同じ地に降りてたまるかっ! 恥を知れ!』


 上空を舞う、六体のルシファー。

 イシュタルの予測通りなら、六体が六体、全てが本物で、一体でも討ち漏らせば、たちまち六体に分裂してしまう。

 ……分裂にも上限があるらしいが。


(認めたくないけど、俺の魂も限界……。アイツの上限を見極めている余裕はないんだ。どうにかして、六体全てを同時に斬るしかない)


 それが、ルシファーに勝つための最後の鍵。

 しかし、タレムは、その鍵をどうしても見つけられずにいた。


(決め手さえあれば……決め手さえ)


 タレムは必死に活路を探す。

 黒羽を避け、黒霧を祓い、六体のルシファーの攻撃をかわしつづける。


『何故、無駄だと解らんのだっ!』


 そんなタレムに触発されて、ルシファーの攻撃は更に過激さを増していく。

 ……まだ、全力ではなかったのだ。


「ぐぅぅッ!」


 その違いで、再びルシファーの攻撃がタレムを捉えはじめるが、タレムは、何度でも立ち上がり、神剣を構える。


『例え貴様の刃が世に届いたとしてもっ――』


 ルシファーはタレムの心を折りたい。


『イシュタルが世界を再構築すれば――』


 それさえできれば、ルシファーの勝利。


『――その偉業も、その努力も、その苦痛も、この戦いすらも! 世界の全てから消失するのだぞ!』


 そのために、言葉でタレムの魂を犯そうとする。

 ……しかも、事実という強烈な毒を盛って。


『貴様の行為に意味は無い』

「……」

『どれだけの思いをして、世界を救ったところで、貴様を労う人間はいないぞ!』


 タレムがルシファーを倒せれば、イシュタルは約束通り世界を救ってくれるだろう。

 ――だが、救われたその世界に、タレムの功績は伝わらない。

 タレムが堕天使を倒したという、その事実ごと書き換えられてしまうのだから。


(だからこの戦いに意味は無い……この世界を救う意味は無い……ってか)


『それどころか、貴様自身も世界と共に消滅するのだぞ!』

「――っ!」


 ざくりっ。


 ルシファーの言葉に動揺した、タレムの心臓を黒羽が貫いた。

 ……約一千万回の死。

 積み上がった大量の死という経験が、ルシファと互角に渡り合うまでに至った今のタレムを構成するものだ。


 しかし、イシュタルがこの戦いをなかった事にしてしまえば、一千万回の死も無かったことになり、今のタレムは世界から消滅する。

 ルシファーが、言っているのはそういうこと。


(やっぱり……そうか。俺は消えるのか……)


 ――だが。


「――だからどうしたッ!」


 タレムはそう言い捨てて、変わらぬ瞳でルシファーを睨――否。


「フッ、そうか、そうすれば良いのかっ!」


 タレムは不敵な笑みを浮かべて、ずっと探していたルシファーを倒す最後の鍵を見つけ出した。


 ――同時に。

 攻勢が変わる。


『解ったら、死ねぇええええ――ッ!』

「お前がなっ!」


 それまでひたすら回避に専念していたタレムが、白兵戦を仕掛けてきたルシファーの一体を、カウンターで真っ二つに切り捨てた。


『何っ!? ――だが!』


 驚くルシファーだが、すぐに分裂し、総数を六体へ戻す。

 これに付き合ってられないと、今までタレムは、その牙を隠して来たのだが。


「この一回で、お前を終わらせてやる……《時間停止・世界》!」

『舐めるなァアアアアアア――ッ!』


 タレムは、時を止め。

 更に二体のルシファーを一振りで切り捨てた。


『貴様ァッ! その力、世を謀っていたなッ!』

「師匠の言葉だ。受け取っとけ、油断大敵ってな」


 ――更に。


 タレムは膝を曲げ、飛躍(ジャンプ)

 上空に舞うルシファーを狙う。


『空は世の領域ぞ!』


 そんなタレムを阻もうと、新たに分裂したのも含め三体がタレムに襲いかかる。

 それは完璧なタイミングで、確かにルシファーの言う通り、空中での戦いは翼を持つ、ルシファーが圧倒的有利……


「フッ! 《時間停止・対象》」

『神にその力は効かんっ!』


 ――なのだが。

 タレムは自分を対象として、一瞬だけ、時間を止めた。


『――なっ!』


 その一瞬の停止は、ルシファーが予測していないもの。

 まさか、翼を持たぬ人間が、空中で停止出来るとは思わずに、狙いを外してしまう。


「時間の概念に囚われない、天使専用の奇策だよっ!」


 それで、タレムと三体のルシファーの立ち位置が上下に入れ代わった。


「消えろぉおおおおおお――っ!」


 直後、一閃。

 三体のルシファーを一太刀で切り捨てる。


(これで、あそこにいければ――っ!)


『まだだぁあああああああ――ッ!』

「――っ!」


 更に、ルシファーを足場にもう一度、タレムが飛翔したその時。

 切り捨てた筈のルシファーが、事切れる最後の力を振り絞ってタレムに襲い掛かった。


 ザクッ!


「クカァッ!」


 黒霧を纏った爪がタレムの左腕を切り裂いた。

 それだけで、タレムの身体を侵食し消滅させていく。


「――クソッたれぇっ!」


 すかさずタレムは、普通の剣を抜刀し、黒霧の侵食が胴体に移る前に、左腕を切り落とした。

 脳内を真っ白に染める痛みが襲う。


 ――が。

 そこで、タレムは目的地まで到達した。


 最も上空を舞う、ルシファーよりも更に上の位置。


(さぁ……ここだ! ここで、俺の全てを賭ける!)


「時間――」

『させるかぁ――っ!』


 既に六体に分裂したルシファーたちが、タレムに、何もさせんと我先に襲い掛かっていく。

 ……ルシファーの本能が言っていた、


 ――この男に。この人間に。何かをさせてはいけないと。


「……《保存(セーブ)》」


 だから、六体全てで円を描くようにタレムの身体をその爪で穿っていた。

 

「くあぁっ……」


 タレムの身体は六つの穴が空き。口から血を吹き出す。


『何をしようとしたかしらんが、貴様の手口、二度は通用せんぞ』

「……っ」

『滅びろっ!』


 最後にタレムの身体を引き裂いて、絶命させた……直後。


《時間再生》

 

 世界の時間が巻き戻り、タレムが蘇生する。

 

『フハハッ! よいっ! 良いぞ! 実に心地好い! 貴様との闘争はっ! さて、次はどんな手を打って来る!?』


 この戦い、タレムも慣れていたが、ルシファーも慣れていた。

 タレムを殺したら、即座に、時間が巻き戻る……そういう、慣れがあったのだ。


 だからルシファーは、いつものように、分裂しようとして……気づく。


「フッ……」

 

 ――目の前に片腕を失い、胴体に六つの大穴を開けた不敵に笑うタレムがいる事に。


『なっ!?』


 そう、今まで巻きもどっていた時間まで、巻き戻っていなかったのだ。


「勝手だが、セーブポイントを切替させてもらったぞ」


 その事に気づく一瞬の隙。それをついたタレムが神剣を構える。


 六体のルシファー。全てが攻撃範囲内。


 ――タレムの窮地が、一瞬にして、絶好の好機に変わった瞬間である。


「終わりだ。ルシファーっ! 俺の命をくれてやる!」

『――まだだぁぁ』


 即座に状況を理解し、四散しようとするのは流石だが……


「――おせぇえええ――っ!」


 神剣の軌跡は、それより早く、円を描いていた。


『なん……だと……!?』


 六体のルシファーは、同時に胴体を二つに分断される。


『世が……世が……っ! 神である世がっ! 又しても人間如きに……っ! 人間如きにっ! 敗れると言うのかぁ嗚呼嗚呼亜……ぁぁ……』


 全ての分裂体を同時に切られたルシファーはもう、分裂出来ない。


『滅びる……滅びるのか……この魔王サタンが』


 ノルンの身体から払われたルシファーはもう、運命再編が使えない。


『不死不滅である。世が……世がぁあああ……』


 神器《神凪の剣》で斬られたルシファーはもう、不死不滅ではない。


 ぱらぱらと……ルシファーの身体が消滅していく。

 

 ――その隣を、

 左腕を失い、胴体に六つの大穴を開けたタレムが落下していた。


『ふっ……まさか世を倒すために……世界を救うためだけに……自らの命を捨てる人間がいるとはのう』

「……ぐふぅ。……はぁ。どうせ、俺は消滅するって……お前が言ったんだろ……なら、これが、正しい命の使い方だ」


(世界の救世主なんて役目。二度とやりたくないがな)


 消滅していくルシファーに、風前の灯のタレム。

 ……決着はついた。


『何故、貴様は見返りもなくこんなことが出来るのだ……逝く前に教えろ。人間……敗北王っ!』


 勝負自体は、タレムの勝利。

 だが、戦いは……引き分け。


「運命とか……意味とか……難しい事はわかんねぇーよ。ただ、俺は……未来で、妹と会う約束をした」

『……っ』

「それにきっと、俺の頑張りをマリカちゃんなら気付いてくれる……労ってくれる。無駄じゃないのさ」


 言ってから、タレムは紅く瞳を光らせるイシュタルを見て、微笑み、


「フッ……敗北王って、呼ぶんじゃねーよ」


 ……《時間再生・解除》


「(マリカちゃん……アイリスちゃん……シャル……みんな。大好きだよ……)」


 その直後、タレムは息を引き取ったが……時が戻ることはなかった。


「……よく頑張りしたねぇ。タレムさん。アナタのお陰で下界も天界も救われます」


 聖火の結界を解き、地面に落ちたタレムの遺体をイシュタルが抱きしめて、瞳を閉じる。


「主よ……どうか、彼の御魂。ワタシに預けてくださいますように……」


 そうして、小さくつぶやいてから、赤い瞳を上空に浮く、ルシファーへ向ける。


「どうですか? ルシファーさん。アナタが子虫と嘲る人間の愛らしさ……解りましたかねぇ?」

『イシュタル……貴様の加護がなければ、世はそんな奴に負けなかった』

「……変わりませんよ。きっと、《時間再生(ワタシの加護)》が無くとも、アナタはこの人間に負けていましたよ。幾千万と広がる運命のどこかで」

『……フッ』


 イシュタルの言葉をルシファーは鼻で笑う。


『世は混沌と魔を統べる王。不死不滅の神也っ。必ずや再び、この地上に復活し、次こそは万全なる力を持って、人類最強のあの勇者と……時の神子、タレム・シャルタレムを滅ぼしてやろうぞっ。くっかっかっか……』

「……ふふ。認めているじゃないですかぁ。本当にお馬鹿な兄さんですねぇ。でも……もう、ワタシを巻き込まないでくださいねぇ」

『イシュタルッ! 貴様は、貴様だけは! ここで、葬り去ってやるぞ! ハアアアアアッ!』

「……出来ませんよ。今の弱りきった、アナタの力では」


 ――封印します。


 ぽつりと、イシュタルが呟くと、ルシファーの身体に黄金色の鎖が絡まり、火口の奥、闇の中へ引きずり込んでいく。


『くそっ! くそっ! イシュタルッ! 必ずだ! 必ず世は舞い戻ってきてみせるぞ! それまで、恐怖に震えているろ! 人間どもぉおおおおおお――っ!』


 闇の先は、この世ではない、地の底へと続いていた。

 ……そして、


「さぁ。タレムさん。約束通り、世界を再構築しますよ」

「……」


 ぱらぱらと、光の粒子が世界全体を覆っていく。


「これで、ワタシの力は全て消費され、この娘からワタシの存在も消えるでしょう……良かったですねぇ」

「……」


 その光につつまれる全ての生物は、母親の腕に抱かれているような安らぎを得る。

 だが、一番の安らぎを得ているのは女神の腕に抱かれるタレムだった。

 死して尚、その魂は身体に宿っている。

 イシュタルの声も、温もりも、全てタレムには聞こえているのだ。


「その前に……アナタの愛を貰っても良いですよねぇ?」


 ……ちゅっ。


 女神の口づけに、魂だけのタレムは、心からの安らぎを得る。


「アナタの戦い、例え、全ての人が忘れても、ワタシだけは覚えておきましょう。死後の安寧を約束致します」


 世界を包む粒子の光が強くなり……


 ――その日。世界は堕天使から救われたのであった。(エピローグへ続く)

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