三十五話 『タレムの暗躍』
神剣を手に持って、堕天使の前に堂々と立つ、タレムの姿。
それを見て、司祭、アベル・ベルアベットは、数刻前を思い出し微笑んだ。
――それは、アベルが教皇ドラクレアに《女神復活の儀式》を強要された時のこと。
ドラクレアが立ち去り、アベルが、これから犯さなければならい、悪魔の儀式を想い心を痛めていた……その時だ。
「やっぱり、最愛の妻を人質にされていた訳か……」
「――っ!」
不敵に笑うタレム・シャルタレムが現れたのは。
「おおっ。神よ。貴方は僕に救いをもたらしてくれたのですね」
「……」
タレムの姿を見たアベルは、腕を組んで祈りのポーズを取ると、膝を付く。
そして、
「ナイト・タレム。今の話、聞いていたのですよね?」
「だったら?」
「――僕を殺してください」
「……」
そういうと瞳を閉じて、十字架を握った。
「どうか、僕に、悪魔の行いをさせないでください」
「……」
「貴方が正しき心を持つ、善良な騎士であると見込んで頼みます……御慈悲を」
アベルには、タレムが罪を裁く、神の使い。そう、見えたのだ。
これが……最後の希望。
――だが。
「だったら、俺に、善良を神父を、殺させようとしないでくれよ」
「……っ!」
「まあ、ここに来るまでは、半分くらい拘束して、監禁しようと思ってたんだけど」
そんな神父を前にして、タレムが裁きの剣を抜くことはなかった。
「何故っ⁉ 僕は、マリカくんをも、犠牲しようとしているのですよ」
「望んでいる訳じゃないんだろう?」
「僕はもう、一人じゃ、止まれない。例えそれが、望まれないと解っていても、僕に妻を諦めることはできませんっ」
――だから。貴方が、僕を殺して止めてください。
……そう、アベルは続けようとしたが。
「だからこそ。俺は貴方を殺さない」
云うより早く、タレムが、そう言って、アベルの肩を掴み、体を起こした。
「俺は貴方を咎めない。俺だってきっと、マリカちゃんを人質に取られたら、世界だって滅ぼすから」
「しかし、それでは、僕が――」
「――大切な妻の為になら、悪事ですら働ける。やっぱり、貴方は、マリカちゃんが一番尊敬する神父だった」
「――っ⁉」
「アベル司祭。あなたが、そんな人間だったからこそ、俺に協力して欲しい。必ず、囚われたアベル婦人も助けらるから」
「協力? ドラクレア教皇聖下を相手に、妻を人質とられた僕が、何をできますか?」
「――いや。敵は、ドラグレア……なんて、三下じゃないんだよ。詳しくは言えないけど……さ。どうする?」
「僕は……」
こうして、タレムの要請を受けたアベルは、悪魔の儀式《女神復活の儀式》を取り止め、神子から堕天使を払う《神払い》の儀式を行った。
……誰にも悟られることなく。
それが、タレムに警戒するドラクレアや、全知全能の力を持つ、堕天使の目を欺けた最大の要因である。




