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三十四話 『光り在れ』

 そして、時は流れ、教皇、神子、タレムやアイリス、神々までの様々な思惑が交差する運命の収着点が訪れた。


 満月が天の中央へ登った刻。

 霊峰レイランの山頂、大神殿地下に、百人の修道士と、二人の聖女が、《祝福の儀礼》を執り行うために集まっていた。

 そして、まさに今、祈りを捧げている最中である。


 そんな修道士達の後方、少し離れた位置で、神器、《黄泉戻しの勾玉》を首から下げるノルンは静かに佇んでいた。

 朧げな視線で、頭上の観客席を見上げるが、そこには誰もいない。


 ドクンっ。


 修道士達の祝詞のりとが進み、内に眠る堕天使が目覚め、ノルンの意識がみるみる奪われていく。

 まさか、修道士達も、自分達の祝詞が《祝福の儀礼》ではなく、自分達を殺す《女神復活の儀式》に使われているとは、夢にも思わずに。


 ……もうすぐ。もうすぐ。もうすぐだ。


 序章が終わり、修道士達の儀礼は、次の段階へ。

 一人づつ、祭壇へ続く、階段を上り、そこで待つ、聖母マリアから、祝福の言葉を受けとるのだ――


 ざわざわざわざわ、ざわざわざわざわ……。


 ――が。


 そうはならず、教皇ウィルドルド・ドラクレアによって差し向けらた地獄への案内人、司祭、アベル・ベルアベットが登場した。


 これにより、《祝福の儀礼》は、《女神復活の儀式》へと、すり変わる。

 ……ここまで来たら、もう、誰にも悪魔の儀式は止められない。 


「(やはり……今宵も……結末は変わらぬのか)」


 神子がノルンが、何十万回と繰り返し見てきた世界と同じように……今回もまた、


 敬虔なる修道士百人と、二人聖女。

 その命を生け贄に、邪悪なる堕天使が蘇る。


 世界中、すべてを混沌に落とす、最悪の堕天使が……今。

 

 ――と、その刹那。

 

 ちらり……と。

 ざわめく修道士達の中から、とある赤い髪の修道女が、後ろ振り返り、虚ろなノルンの瞳を覗き込んだ。


「……?」


 今までにない行動を取ったマリカの行動に、ノルンが疑問を持つ。

 その一瞬後。


 ボフッ!


 白い炎が地面から燃え上がった。


「――ッ!」


 その炎は、連続して巻き起こり、ノルンを中心に、半径五十メートル程を取り囲む。

 

 ――続けて。


 百人の修道士が、一斉に、腕を組んで予定にはない祝詞を唱え始めた。


『天にまします我らが父よ、願わくは御名の尊まれんことを、御国の来たらん事を、御旨の天に行われるる如く地にも行われんことを――』

 それは、ノルンが一度として、聴いた事のない祝詞であった。


『我らが人に許すが如く、我らが罪を許し給え』


 ――だが、聖教教会の神子としてなら、何度も聴いた事のある祝詞だ。

 新約聖書、六章、九節。


『我らを試みに引き給わざれ、我らを悪より救い給え。――オールり・イーナれ』


 聖教教会の信者なら誰もが、一日三回、必ず祈る《主への祈り》である。


 ドクンっ。


「――っ!」


 その祈りに呼応して、ノルンの体が脈動し、光の粒子が身体に集まっていく。

 ……百万回も生きたノルンだが、それを、知らなかった。


『愛の源たる天主よ』

(愛の神よ)


 その言葉が、その祈りが、その信仰心が、本物の慈悲深き神に届きうるとは。


『我、心を尽くし力をつくし、深く主を愛し奉る』

(私は心と力を尽くして、あなたを愛します)


 奇跡が実在し、起こりうるとは……知らなかったのだ。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 ノルンの脈動が回数を増していく。

 修道士達が一心に祈る中、一歩、前に踏み出るのは、司祭、アベル・ベルアベッド。

 修道士達、全ての祈りを纏め、先導する、神父の姿であった。


『ああっ。乞い願う。どうか、我らの愛すべき、同胞を、悪しき者から救いたまへ』

(ああっ、どうか、お願いします。我らの愛しい仲間を、悪い存在から救ってください)


 それは、長く厳しい修練を積み、幾度もの《洗礼の儀礼》を重ねた修道士だけが使える、神の力を借りる聖教教会の秘術。

 アベルは、その力と百人の修道士達の祈りで、とある奇跡を呼び寄せた。


「《信神術・神払い》」


 ぱりんっ。

 

「うっ――⁉」


 途端。ノルンが胸元に下げていた《黄泉戻しのまがたま》が砕けちる。

 更に、脈動を続けていた体が発熱し、輪郭が歪むと、


「うぅぅぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――っ!」


 虫が殻を破って脱皮するように、ノルンの身体から黒い影が分離した。


『何だとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っっ⁉』

 

 ノルンの身体と、完全に分離した黒い影。

 それが、六枚の翼を持つ、人型に変化してく。


 ――但し。


 人型と云っても、その大きさは、おおよそ、人間の二十倍。

 ……そしてそれこそが、ノルンの魂に取り憑いていた堕天使であった。


『どういうことだ、なぜ、世が剥がされた⁉ いったい、何処で、ズレたのだ』


 その声は、聞くもの全ての心に直接響く。

 空気を振動させない、思念の声。


「概念体である神様の降臨。成功……ですか。……タレム様の仰っていた通りでございますね。今はおりませんが……」


 そんな堕天使を見上げながら、マリカが我目を疑う声色でそう呟いた。

 ……ぎょろり、と。そんなマリカに、堕天使の視線が向く。


『聖女の力か? いや。聖女とて所詮、人間。子虫風情に運命を変える力はない筈だ』


 百万回繰り返してきた今の今まで、一度たりとも、起こり得なかった事態イレギュラーに、堕天使すらも、困惑を隠せなかった。

 

 ――だが。それも、そのはずだ。

 この事態を引き起こしたのが、神々の間でも怠け者で有名な女神イシュタルと、たった一人の騎士なのだから。

 ……人間を虫と思っている堕天使には気づけない。


『ふん。だが、何でも構わん。今一度、運命ノルニルの神子にとりつき、この世界線を消してくれよう』


 堕天使はそこで、思考を些事と切り捨て。

 聖なる炎の中心で、魂が抜けたように、倒れているノルンに目的を変えた。


 今この世界で、どんなに異常なイレギュラーが発生していようとも、神子の『運命改編』を使えば、白紙に戻せる。

 いくら百人の敬虔な信者と、厳しい修練を積んだ司祭の奇跡をもってしても、この方法で、神子から堕天使を引き剥がせるのは、油断をしていた最初の一回のみ。

 対策の仕様はいくらでもあるのだ。


「……(母上……これが。母上の云っていた『救済(メシア)』か? ――これでは、アレを打倒しえない……)」


 百万回以上の《運命再編》で、魂をすり減らし身体も動かすことができないノルンは、再び取りつかんとする堕天使を見上げながら、なげく。


 ……これでは、自分も世界も、救われない。


「……やはり、希望など、未来など……救世主など。ありはせんのだな」


 絶望にとらわれたノルンに、大好きな母が唯一、残してくれた希望。

 それが潰えた事を悟り、瞳から一粒の涙をこぼす。


『子虫どもぉぉぉぉっ! 無駄な抵抗も、これで終わりだぁぁぁぁっ!』


 そうして、堕天使が、ノルンの身体に取り憑こうと触れた瞬間。


 ばちんっ!


『っ⁉』 


 ――謎の力によって弾かれた。


『この力っ⁉』


 そこで再び、堕天使の視線がマリカに向く。

 その先で、瞳を赤く光らせるマリカが片腕を突き出していた。


『そうか、貴様は――っ!』


 それで、さっき、保留した、イレギュラーの正体に、堕天使も気づく。

 聖女マリカではなく、その中に降りている天使イシュタルの存在に。


 ――と。その時。


 二柱の神は、同時に後方へ、その視線を向けた。


「……っ。タレム様っ」


 そこに立つ。

 たった一人の騎士。

 タレム・シャルタレムへ。


『なんだその。圧倒的な気配はっ!』


 ぽたぽた……と。

 タレムの頬から、大粒の汗が滴り落ちる。

 その手には、ひと振りの石剣が握られていた。


「クソっ。やっぱり、この山登りが一番、堪えるな……。マリカちゃん。少し遅れたかな?」

「ふふ、いつも通りでございますよ」

「おいおい……」


 タレムは、マリカの皮肉に、苦笑すると、おもむろに、足を踏み出しながら、石剣を両手で持った。


「ふぅ……。アイリスちゃんがごねたから。試し抜きとかする時間、なかったけど……さて」


 そして、同化している石の鞘から、石の剣を抜き放つ。


 ばぁりんっ。


 同時に、ガラスが割れたような音が響き、鞘と剣から、石が剥がれ落ちていく。


「(聖教教会。三種の神器が一器。《神凪ぎの剣》。神に選ばれし者だけが扱え……選ばれし者は等しく王となると云われている……別名。選定の剣。タレム様……やはり、貴方だったのでございますね……)」


 剥がれ落ちた石片の内から露出するのは、透明な刀芯。

 この世の物質ではない、神々の鉱石で打たれた奇跡の聖剣だ。

 ――故に、不死不滅の神をも斬れる神剣である。


「おい。堕天使(神)――」


 タレムはその神剣の透明な切っ先を堕天使に向けて、


 ――《時間停止・世界》


 次の一瞬後には、堕天使が持つ、六枚の翼の内。

 一枚を根本から両断し、


「――俺の可愛い妹を、泣かせてるんじゃねぇ~~よ!」


 倒れるノルンの前に立っていた。

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