二十三話 『特訓してるだけ』
それから一週間ほど、タレムは、シャルルとの逢瀬で元気を補充しながら、リンとの特訓に明け暮れていた……。
「遅いでござる!」
「ぐふっ!」
「ダメダメでござる!」
「ごふっ!」
「雑魚でござる!」
「ひどぉ!?」
特訓……特訓……鬼特訓。
特訓は、ひたすら格闘戦を行い、リンにリンチされるという繰り返し。
リンのリンはリンチのリンから来ているのかもしれないと勘繰りそうにすらなる程だ。
「ぬるいでござる!」
「ごぉべぇばぁっ!」
余計な事を考えていたタレムは、不意にリンの掌底を溝内に受け、仰向けにノックアウトされてしまった。
「ふぅ~ん。殿はやっぱり、ダメダメっでござるなぁ~。ほらっ。掴まるでござる」
そんなタレムを起こしてあげようと、リンが右を指し伸ばしした時。
必然的に近づいたリンが顔に装置している鬼仮面を……
えいっ!
タレムは取り払った。
「ひぁぁぁあああああああああああ――ッ!」
「ひぁぁぁあ?」
鬼仮面を取られたリンが、超速で顔を隠しタレムから奪い返そうとするも、時既に遅し。
タレムの魔法《光速思考》が発動された。
とーんっ。
この魔法の前では、誰であろうと止まっているも同じ。
で、リンの素顔を見て、タレムが初めて思った事は――
(へぇ~。ござるって、まだ幼気けど、結構可愛いじゃん)
――である。
鬼仮面の奥に隠されていたリンの素顔は、黒目が大きくくっきりとしていて、とても愛くるしい顔立ちだった。
愛玩用として、一家に一人いても邪魔だと思う帝国人はいないだろう。
そんなことを思いながら百秒間。
タレムがリンの素顔を眺めていると《光速思考》が終わる。
ずーんっ。
時間感覚が引き戻され、リンが素早くタレムから奪い返そうと鬼仮面に触れる。
と、ぴくり。
仮面を触るリンの人差し指が痙攣し、止まった。
そして、タレムの顔を凝視して、
「見たでござるな……」
「うん……今、見てるよ」
「……そうではなく、百秒以上見たでござるな!」
タレムが既にたっぷりとリンの素顔を見ている事を見抜いたのであった。
……リンには魔法の能力を知られている以上、ここで、惚けても意味がない。
「うん……ござるちゃん。めっちゃ可愛い顔してるんだね」
「……っ」
タレムにそう言われ無言で数歩後退したリンは、ゴソゴソと懐を漁りながら……
「拙者の一族には絶対厳守のとある掟があるのでござる」
唐突にそんなことを言い出した。
「……掟?」
急にゴワーっと、リンから溢れるどす黒いオーラは、タレムの背中から汗を吹き出させる特殊な魔力があった。
嫌な余寒と言うやつだ。
「『女の者、男の者に顔を見せるべからず。』もし、直視された暁には!」
「暁には!?」
異様な威圧感にタレムはゴクリと唾を飲み込むんで、何時でも動けるように全力で警戒する。
「『その男の者に嫁入りするべし!』」
「っ!」
つまり、
「ござるは俺のハーレムに入るのか! 良いよ。良いよ! その顔なら大歓迎!」
そうではなく。
「拙者が殿を亡き者にすれば、良いのでござる! 切り捨て御免!!」
「なっ!」
ということで、リンは懐から取り出したクナイを二本投擲した。
クナイの軌道は右太股と左胸……当たれば即死の心臓コース。
「切り捨ててないよ!」
タレムはツッコミながらもそれを咄嗟に横っ跳びで緊急回避。
……だが、相手は今の今までタレムを一方的にボコッていた鬼。
当然、それで終わりではなかった。
「死人に口無し女無しでござる! 忍法《影クナイの術》」
シャキン。
更に三本クナイを瞬間的に取り出して投擲。
狙いは頭・胸、そして……股間。
「ついでに玉無しになるでござる!」
「ヒィ~!」
リン、容赦なし。
空中で身動きの取れないタレムの玉を狙い撃ち。
……だが、その瞬間、タレムは電撃的な直感に従い、右腕を地面に突き立てると、それを軸に一回転。
綺麗に全てのクナイを完全回避してしまった。
「へぇ~っ。殿のことちょっと見直したでござるよ。でも、拙者……拙者よりも弱い殿の嫁にはならないでござる!」
この時、リンはカチリと心のスイッチを切り替えた。
――本気。
しかし、これと言って特別な変化は起きない。
むしろ、リンの気配が薄くなり、朝霧の中に姿が霞む……
「忍法《霧隠れの術》っす。……終わりでござる」
「っ!」
そして、気づいた時にはリンに背後を取られていた。
そこから容赦なくリンはクナイを突き立てる。
……が、
「は?」
そのクナイは空を切り、タレムの姿はリンの前から消えていた。
そして、
「ござる? 急に止まってどうしたの?」
「っ!」
何故か、リンの背後からタレムの声が聞こえた。
特殊な訓練を積んでいるリンが最も警戒することは背後を取られること……それを、タレムは簡単にやってのけた。
(確かに殺すつもりはなかったでござるが……油断?)
「殿。いま……何したでござるか?」
「ん? 普通に避けて回り込んだだけだけど?」
「……」
そんな訳がない。
リンは背筋がゾクリと震えるのが分かった。
(もしかしたら姫……殿は本当に……化けるかも知れないでござるぞ)
「殿……」
「ん?」
「……仮面を返して欲しいでござる」
「あ、……ごめん。そんな掟があるって知らなかったんだ。もうやらないし、見なかったことにするよ」
「殿」
リンはタレムから返された仮面を装置し、
「殿がもし……拙者より強くなったら。その時……色々考えるでござる」
「……ん?」
もぞもぞしながら、そう言った。
これ以降、リンの特訓は、ほんの少しだけ優しくなるのであった。




