三十一話 『ルート④』
《聖都編・最終章》
神々の視点で243620回目の五月二十日。早朝。
聖教教会、聖都レイラインの下宿で快眠していたタレムは、
――超っ☆ 女神★ ぱわぁぁぁぁ~~っ、きっくっ❤
瞳を怪しく輝かせるマリカに、鳩尾を蹴り上げられていた……。
ドシンっ。
「うぐっ⁉」
寝起きで、腹筋を貫通する痛覚に悶えるタレムだが……本当の地獄とは、痛みに非ず。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!」
243620回中、同一運命を辿った二万二回分の記憶が濁流となって、タレムの脳内を犯す。
その精神的な苦痛は、人類を超越する女神にして、『普通なら廃人になります♪』と言わせるほどのもの。
しかも……
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!」
同じことをした前回の記憶も含むため、余計に一回、サービスされた地獄の業火である。
流石のタレムもコレには……思考が白け、精神は灰と化――
「――って、何でキックなんだよっ! しかも鳩尾にっ!」
「ノリです♪」
――普通に元気一杯な男の子だった。
寝起きで、股間の辺りがもっこりしているいるのは余談か。
「この前は、パンチだっただろ。割り増しで苦しいだろうがっ! 畜生っ」
「ご不満ですか? では、次はアナタの希望を叶えましょう。体に触れさえすれば何でも良いので、リクエストをしておいてくださいね?」
「なら、普通に起こしてよっ! 次はないけどもっ! ……キスとかで」
……いつもなら、最愛の妻、マリカが甲斐甲斐しくお世話をしてくれる状況だが。
目の前に居る絶世の美女は、タレムの良妻、マリカではなく、
「女神にタメ口を聞かないでくださいね?」
ガンっ!
不敬を働くと、問答無用で何処からともなく、たらいを脳天に直撃させてくる駄女神、イシュタルだ。
そうそう美味しい展開には入らない。
もし、億が一、入ったとしても、マリカにバレたら三行半を突きつけられてしまう。
……そんな危ない橋を、愛妻家のタレムは渡らない。
――踏んだり蹴ったりである。
「まぁ良いや……どうせ、この二万回繰り返した一日も、今日で終わりだし。そしたら、イシュタル様との腐れ縁もお仕舞いだ」
タレムはそう呟きながら、窓枠に掛かるカーテン捲り、空を見上げて、時間帯を確認する。
「(神との縁。人間如きが切れると思ってるなら傲慢ですねぇ……)」
「あん? 何か言いました?」
「いえ、なにも」
……宿敵、堕天使が降臨するのは、深夜、満月が天に輝く頃。
それが、決戦の時だ。
それまでに、出来うる限りの権謀術数を巡らせておく必要がある。
(最低でも、マリカちゃんと……あの人には。協力してもらわないといけない……こっちの事情を話さずに。出来るか? いや、やるしかないんだ)
策略を用いるのは、正々堂々の騎士道精神から、大きく逸脱した行いだが……。
相手が、過去最強と断言出来る、人類の超越者、堕天使なのだから、それくらいの小賢しさは持ってしかるべきだろう。
(堕天使、相手じゃ、イグルス義兄さんも霞んで見えるからな……)
……むしろ、無策で挑むなんて、終末に向かう世界にも、堕天使にも失礼と云うものだ。
(と言うか、今回ばかりは、事前準備が必須の相手だし。倒したら運命を巻き戻す能力……初見でどうしろってんだ。絶対に倒せないだろ! しかも、その上で、人類最強レベルの強さっていう……ふぅ。荷が重い)
タレムはそこまで考えて、ベッドでだらけるイシュタルに視線を戻す。
「イシュタル様。前に言っていた、能力強化の事だけど……」
一応、レムリアの遺した希望(手記)で、不滅の堕天使を倒す方法(作戦)は、目処がついている。
だが、今のタレムでは、堕天使の相手をするには圧倒的に実力が足りないだろう。
必殺の武器を持っていても、使う前に瞬殺されたら宝の持ち腐れだ。
……かと云って、いつ世界が滅びてもおかしくない状況で、今から修行をするのは得策じゃない。
だからこそ、タレムと堕天使の圧倒的な実力差を埋めるための『改造』を、イシュタルに求める。
――って云う感じの能力、出来ます?
ピクリっ。
タレムが求めた能力を聞いて、イシュタルは耳を微かに動かして顔を上げた。
この、イシュタルの反応は、
「……それなら出来ます。……ですが、それでは、貴方が生き地獄を味わう事になりますよ?」
人類とは違う価値観を持つ、女神のドン引きである。
例え、タレムが廃人になっても構わないとさえ、思っているイシュタルにして、『生き地獄』と言わせる能力だったのだ。
「――でも。その能力が有れば、俺は絶対に負けない」
「……負けない。だけ、ですけどねぇ。何も、今回が最期ではないのですから。他の能力にしてはどうですか? もう少し使い易い力も渡せますよ?」
「今回で、すべてを終わらせるって、決めたんだ。俺の大事な人たちを、このどん詰まりの運命から解き放つ……そう、決めたんだ」
「……」
「もう、誰にも絶望なんてさせやしない」
「そのために、己は茨の道を行きますか……」
タレムの覚悟を見たイシュタルは、くすりと微笑んで立ち上がり、
「良いでしょう。ワタシは、アナタの狂気にも似た愛を、愛します……」
そう言って、タレムの手を取ったイシュタルは、そのまま手の甲に口づけし、新たな力をタレムに与えたのであった。
(続く)




