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三十話 『レムリアの手記』

 ――妹を救ってほしい。

 その説明をするために、レムリアの手記には、彼女の半生が記されていた。


 フィースラリア皇国で下級貴族の次女として産まれたレムリアは、若干十四歳で、借金の形となり皇宮支えとなった。

 ……が、一年も経たないうちに、鬼畜皇に見染められ、皇の子を身籠る事になる。


 鬼畜皇の事を心から愛していた彼女は、この瞬間ときが、人生で一番、幸福な時であった。

 そうして、産まれたのが、フィースラリア皇国、第一皇子……


「タレム・フィースラリア……」

「……」


 手帳に記されていた異国の皇子の名前をタレムが声に出して反芻する。


 ……そう言えば。

 と、タレムが思い出すのは、少し前、兄を探してアルザリア帝国まで来たフィースラリの姫。


(そうか……。最初、シャルが俺の所にシルを送り込んできたのは……シルが探していた兄は……)

 

 記憶喪失もあり、タレムは自分の過去を覚えていない。

 だから、今のタレムにとって父親は、《ユリウス・アルタイル》であり、母親は《コルネリア・アルタイル》である。

 

 ……しかし、あくまでもタレムはアルタイル家で引き取られた養子。


 育ての両親とは違う、産みの親が居る。


(俺がアルザリアの血じゃないのは知ってたけど……)

 

 つまり、記憶をなくす前の父親は……


「タレム。早く次のページをめくりなさい」

「……」


 肩越しに手記を読んでいた、アイリスがそう命令する。


 ……因みに、イシュタルは眠そうに欠伸をしていた。


「アイリスちゃん……コレ、此処に書かれているタレムって――」

「――アンタじゃない」

「……っ」

「……かも、知れないんでしょ?」

「……アイリスちゃんは、もしかしてっ」


 ……さて、タレムが知らなかった……いや、意図的に隠されていたのであろうこの事実。

 一体、誰がどこまで知っていたのだろうか?

 ……そんなことを考えても意味はない。もし、その人物が、タレムに教える気があったなら、もっと早く打ち明けていたのだろうから。


(と言うか……シル。お前……まぁ、良いか)


「…………。そう……だね」


 タレムは無理やり、無駄な思考を断ち切って、手記の続きを読み進める。


 ぱらぱら……と。


 皇の子供を産んだレムリアは、時をおかず、まだ、子供を設けていなかった王妃たちから顰蹙を買い都落ちした。

 更には、避難した先で、アルザリア帝国騎士の襲撃を受け赤子を奪われてしまう。

 

 フィースラリア皇家は、その子は大人の事情で、亡き者とする事にしたのだが、レムリアは受け入れることが出来ず、フィースラリア皇国から出る道を選んだ。


 ……もともと、鬼畜皇との恋は、身分違いで叶わぬ恋。と、諦めがあったのだ。

 だからこそ、子供だけは絶対に失いたくない、と云う気持ちで。


 されど、広大なアルザリア帝国で、フィースラリア人の女が一人、あてもなく、子供を探すのは至難のことであった。

 一年としないうちに力尽きたレムリアは、そこで聖教教会の神父に命を救われる。


 鬼畜皇に見染められるほど器量が良く、《聖女》としての資質もあった彼女は、ややあって、修道女となった。

 ……宗教に人種の違いは関係ない、地位が有れば、格段に息子を探しやすくなる。そう思って。


 ……しかし。

 この選択が彼女の最大の不運となる。


 出世をしていく過程で、彼女は聖教教会の《闇》に触れてしまったのだ。

 ……タレム達が見たような、表では絶対に公開できない、悪逆非道な研究に。


 情報封鎖の為に、捕らえられたレムリアは、聖都に監禁され、その時、教会が進めていた、人工的に《神子》を作る研究《人造神子創造計画》の被検体にされた。

 ……余談だが、タレム達が見た《人工亜人製造実験》はこの派生で産まれたもの。


 そして、レムリアの役割は、様々な種族と交配し、子供の生む母体となることであった。

《聖女》の子供は《神子》に成りやすいと、されていたからだ。


 そこから、何千、何万回……それ以上、毎日のように、人間としての尊厳を凌辱される日々が続き……。

 

 ――三年後。


 神子の特性を宿す、ノルンが誕生した。

 その時にはもう、レムリアは、心も体もどうしようもないほどに、衰弱していたのだった。


「うっ!」

「……っ!」


 レムリアの手記を読んでいたタレムは、強烈な吐き気に襲われた。 

 ……残酷すぎる、母の人生。想像し、悲観することすらおこがましい。


「タレムさまっ」

「マリカちゃん……か」


 取り乱すタレムを見て、瞳の色を戻したマリカが肩を抱く。 

 イシュタルの自我を跳ね退けて、最愛の男を心配していた。


「大丈夫でございますか?」

「うん……大丈夫だよ。ちょっとだけ……驚いた……だけだから……」


 思うことはあるが、それを今、歎いていても意味はない。

 タレムは前を向ける人間であった。

 ……しかし、それは、全てを許して、飲み込める……という訳でもない。


 胸に燃え上がる聖教教会への憎悪が衰えないのである。


「どうしようもなくなったら、私に甘えてくださいませ。シャル様くらい、貴方を甘やかして差し上げますので」

「……ありがとう」


 ……それを、マリカは見抜いていた。


 ぱらり……。


 マリカに背を支えられながら、タレムはレムリアの手記を更に読み進める。

 手記はまだ、もう少し、続いていた。



 ――《神子》ノルンが、産まれた頃から、レムリアは、聖女としての枠を超えて、稀に《未来が見える》様になった。

 その理由は不明だが、その力で、ノルンが運命に囚われる事を知り、未来のタレムに、過去からこの手記を残したのだ。


 レムリアの手記には、この一文が添えられていた。


『貴方がこの手記を読んでいる時、私はこの世を去っていることでしょう』


 ……この一節が、未来を見たレムリアにとってどれ程、重いことなのかは、同じように繰り返す世界で、死の運命を刻み付けられたタレムには解る。

 そして、


 自分が死んだ後のことを、タレムは考えられるだろうか?


(無理だよな……)


 ……高潔なる精神とは、このことなのだろう。タレムはそう、思った。


 ――ここから先は、ノルンの事が中心に綴られていた。


 産まれて間もなくノルンは、レムリアから引き離され、教会によって育てられた。

 育てられたと云っても、もともとノルンを女神の依り代にしようと思っていた教会は、ノルンに何も与えなかった。


 人間として、最低限必要な知識すらも……。

 その扱いはもう、家畜。

 だからノルンは、言葉すらも扱う事が出来なかったのだ。


 ――にも関わらず。


 ノルンは声帯が整うと、一歳半にして人語を操り始めたのである。

 しかも、明確な人格まで形成されていた。


 これにより教会はノルンを神格視するが、これは、ノルンが神子だから特別な訳ではない。

 初めはノルンも家畜の様な人生を送った……のだが、それ故に死んだ。そして、死に戻る。

 そう、つまりは、家畜同然に育てられた子供が、人語を覚えるほど、何度も《運命改編》の力で時を繰り返していた……というだけのこと。


 死に戻りは何も、今回の事だけではないのだ。

 齢三歳の時には、難病に掛かり、齢五歳の時は、魔獣に襲われた。

 他にも通り魔、事故……その他諸々、ノルンには数々の不運が襲い掛かった。


 その度に運命を改編し、死に戻り、知恵を付け、生きる道を模索しつづけた。

 その回数は、何千、何万、何十万……。


 ……その。産まれながらの悲運に、ノルンにとって幸か不幸か、運命の女神が同情し、力を与えたというのは、神々しか知らない話である。


 とにかく、レムリアは、未来を見る力で、そんなノルンの過酷な未来うんめいを見ていたのだ。

 何度も何度も我が子を襲う過酷な試練うんめい


 レムリアの運命じんせいも相当なものだったが、ノルンの運命じんせいには幸福の一欠けらもない。

 そして、最期には堕天使に取り付かれて世界を滅ぼす依り代になる。


 ……例え、望んで産んだ子ではなくても。

 愛おしい。愛おしい。我が子。


 レムリアが生きた証だ。

 そんな子らが辿る運命を、自らが辿る運命を、レムリアは心の底から歎いた。


 ――愛する息子に会えず、愛する娘を救えない。


 先のない自分には、もうどうすることも出来ないのだから、歯痒く、呪った。

 ……そんな想いが、マリカが憎悪と勘違いするほど、重く、念じられ、愛の女神が喜ぶ程、重なり、残存する念となって、レムリアが末期に幽閉されていた此処に遺ったのだ。


 そんなレムリアが最後に見た未来……。

 そこで、息子タレムノルンの運命に重なる事を知る。


 レムリアでは娘を救えない。

 だが、愛の女神を従えた未来のタレムなら……。


 だから、レムリアは、堕天使の目を欺くため、三種の神器、《神凪ノ剣》を隠し、不滅の神を打倒する方法をこの手記に遺した。


 ……タレムが、この手記を見つける未来を信じて。

 過去から未来の息子に希望を繋いだのである。


 手記には、ノルンから堕天使を引きはがす方法が記されていた。

 タレムは、それを読み、手記の冒頭を思い出した。


 ――どうか、私の愛おしいタレム。貴方の妹を過酷な運命から救い出してあげてください。


 そして、手記の最後には。


 ――たった一度も、子供を抱く事が出来なかった母ですが……貴方達の行く末に幸福があらんことを祈っています。


 レムリアの一途な気持ちが弱々しい文字で、綴られていた。


「母……そして妹か」

「タレム様……この手記は……」


 レムリアの手記を最期まで読んだタレムは、瞳から一粒だけ、雫が頬を伝ってこぼれ落ちていた。

 それを見て、何かを言おうとしていたマリカは口を閉じる。


(母上。母上のお陰で、神を殺す神剣の在りか。ノルンから引きはがす法。……探していたピースが揃ったよ)


 タレムは手記を抱きしめて祈るように、決意を込めて囁いた。


「ありがとう……母上。そして、安心してくれ――」


(正直、世界を救うとか言われても、マリカちゃんだけ守れれば、どうでも良いと思ってたけど……)


「貴女の残した生き形見。ノルンは必ず、俺が守るから」


 ――ぐにゃり……。


 ちょうどその時。

 世界が歪みはじめた。

 ……これは。

 

「時間切れですねぇ……」


 そう云ったのは、瞳を紅く光らせたマリカ……イシュタルだ。


「たった今。聖女が揃わず、女神復活の儀式が無効となり、堕天使が神子を殺したのでしょう。間もなくこの世界が崩壊し、再構築されます」


(マリカちゃんが此処にいて……儀式が行われないと、ノルンが殺される。確かにこうした方が、堕天使は楽だろう。だから、前回も)


「なら……次の周回で決着をつける。イシュタル様……この記憶は?」

「任せてください。また、女神パンチ♪ で、起こしてあげます」

「……それ、地獄の追憶から始まるって事ですよね。しかも、二回分」

「頑張ってくださいねぇ。応援してます。あっ、精神が焼ききれると廃人になりますからね♪」

「……(くそ女神)。とにかく、世界が終わるまで、マリカちゃんの意識。戻さないでくださいよ……怖がるから」


 ぐにゃり……ぐにゃり……ぐにゃり。


「俺が堕天使を倒せば、ノルンも助けてくれるんですよね?」

「はい。運命の神達からも頼まれていますし、ちょっと運命を弄って、良いようにしますよ」

「……」


 崩壊を最初に見たときは恐れたが、これが妹の抵抗だと思うと、何処か愛おしく、切なく感じた。


(次は必ず……守ってみせる)


「……やっぱりそういうことなのね」


 そんな時、ポツリと呟いたのはアイリスだった。

 世界の崩壊を見ても慌てず、何もかもを悟った様に、タレムを見る。


「……アイリスちゃん。まさか、解るの?」

「アンタは、死なないって事でしょ?」

「……」

「ふん……」


 鼻で笑ったアイリスは髪を凪払い、


 ぎしっ。


 タレムの胸元を掴んで引き寄せた。

 そして、


 ちゅっ。


「――っ!」


 短く、しかし、獣の様にキスを貪って。

 腰に差す騎士剣に指をかけると、


「大嫌いよ。死になさい」


 ――すぱんっ。


「……っ!」

「ずっと殺してやりたかったのよ……ずっと……ふふ」


 ……タレムの首を、切り落とした。

 

 そして。世界は――××。


(続く……最終節へ)

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