二十七話 『教会の闇』
聖炎の灯る松明を持ったアイリスを先頭に、くらい地下階段を暫くおりると、薬品の香りが漂う部屋に出た。
……人間が百人入っても余裕がありそうな、かなり、大きめの地下室だ。
「アイリスさん。お気をつけを。どんどん、良くない気配が強くなっています」
「誰に言ってんのよ。殺すわよ?」
「どーどーっ。俺のハーレム達、仲良くしないと可愛がってあげないよ? 不安なんだね。さぁ、二人とも僕の胸に飛び込んでくるんだっ」
「先ずは、アンタをぶち殺す方が先のようね」
そんな感じで平常運転で仲良く話している三人だったかが、
「――はぁっ!」
突如、マリカが顔を蒼白して、お尻を落とした。
「マリカちゃん⁉」
タレムがすぐにマリカの元に駆け寄って、身体を抱き起こすが、
「なにやってんのよ。あんまり足手まといだと……」
アイリスは気にせず、地下の部屋調べ始める。
……他人の不調など、気になどしない。
それが、《氷の女王》アイリス・クラネットである。
「マリカちゃん……大丈夫?」
「……すみません」
「アイリスちゃんはいつもあんな感じだし、気にしなくていいんだよ? この薬品の香りが良くなのかった?」
「……」
……どうやら、マリカは、腰を抜かしただけのようだった。
無事であることを確認したタレムが、部屋を見渡すと、部屋中に空のガラスや、研究資料の様な紙が散らばっている。
空っぽだが、人間大のカプルセルの様なものある。
「それにしてもここは、何かの研究室なのかな?」
タレムが第一感を呟きながら、散らばる資料を適当に広い上げた時。
「何か……じゃなく。人間の、みたいね」
そう言って、部屋を調べていたアイリスが、部屋を仕切っていたカーテンを乱暴に引きちぎった。
「――っ!」
カーテンの向こう側に隠されていたのは、透明のガラスケースに入れられた人間の子供数名。
……ただし、その姿が異様で、脚や手が、獣のソレに変化してる。
「ふん……人間と魔獣の合成獣。いえ……」
アイリスがチラリと冷たい視線を向けたのは、タレムが持つ、資料にかかれた文字。
――人造亜人製造実験。
もちろん、人体実験など、教会が定める禁忌規則の中でも最大級の禁忌。
上階で、禁忌指定書物を読んでいたのがかわいく見えるほど。
「教会も随分といい趣味、しているわね」
「そんな……こんなこと……」
「――っ! マリカちゃん。見ちゃダメだ」
子供達は生きているのか、死んでいるのか、虚ろな瞳で、夥しい数のチューブに繋がれている。
髪の色や肌の色でアルザリア帝国人ではないとわかるが、同じ人間がここまで、尊厳を凌辱さている姿は、騎士のタレムでさえ、正気失ってしまいそうになる。
おぞまし過ぎて、嫁には見せられないと、タレムはマリカの顔を覆い隠した。
――が。
「違うでしょ? 偽善者。退きなさいっ!」
アイリスは、そんなタレムの背中をつかんで放り捨て、マリカの修道服を引きずり回すと、ケースの中の子供達を見せつける。
「アイリスちゃん。君はっ――!」
「――で? 聖女は、治せるの?」
「――っ!」
流石に、怒ったタレムだが、アイリスの言葉を聞いて、急激に溜飲が下がる。
……この常軌を逸した状況で、アイリスはまだ、子供達を助けようとしていたからだ。
(イグアスは俺を正義って言うけど……俺にはアイリスちゃんが、そう見えるよ……)
――だが。
「……(ふるふる)」
マリカは子供達を前に、力なく首を横に振ることしかできなかった。
ここまで改造されてしまった人間は、いくら、マリカの《聖火》でもどうしようもない。
「そう……もちろん、わたしにも無理よ。なら――っ」
救済は不可能。
そう結論をだし、ポツリと……アイリスが呟いた。
――氷帝。
「《絶対零度》」
途端。虚ろな瞳でタレム達を見ていた子供達が一斉に凍り付く。
そして、
「死になさい……安らかに」
……粉々に砕け散った。
「アイリスちゃん……君は……なんで……」
タレムが、止める間も無かった。
……いや。
「なによ? 偽善者……まぁ、私は、ただの人殺しだけど……ね」
「くっ……」
……止められなかった。
あの状況で、あの子供達を救うとしたら、それは……アイリスとった行動が正解なのだろうと。思ってしまったからだ。
一秒でも早く、あの残酷な生から、解放したアイリスこそが。
聖女でも、偽善者でもなく、人殺しだけが、
子供達の絶望を救えたのだ。
「でも……そのやり方は嫌いだ。俺は認めない。救う方法だって、あったかもしれないだろ……なんで、アイリスちゃんは誰よりも優しいのに――」
「――ふん。結構よ。私もアンタのあまっちょろさ。大嫌いだもの」
「……でも、アイリスちゃんは好きだよ……そこは、間違えないでね? あいらぶゆー」
「私は、アンタも嫌いよ……死になさい」
これが、教会が隠していた闇。
最悪の真相であった……が、それはまだ、序の口であった。
タレム以上に無力感に項垂れていたマリカが、ピクリと耳を動かして、感じとる。
「――っ。消えてませんっ!」
「「――っ!」」
「まだ……もっと……多くの……叫喚が……絶望が……そして……」
「ちっ……アンタ達は此処にいなさい。――邪魔だから」
そう言って、マリカが腕を向けた方向に、アイリスが向かう。
暗闇の奥は、また別の部屋へと続いていた。
「あっ。アイリスちゃんっ!」
「タレムさま……。追いましょう……。きっと貴方が往かねばなりません。肩を貸してくれますか?」
「え? ……あ。うん。でも、マリカちゃんは、大丈夫?」
「はい……」
再び、アイリスの後をタレムとマリカは追いかけた(続く)




