二十五話 『希望の剣は、只の石⁉』
一万回繰り返してきた世界で、そのつるぎは、神器の継承者を見つけ出す道具、《選定の剣》としての特色が強かったが、その本当の使い道は、紛れもなく《神殺し》である。
「タレムさまが、どんな意図をもって、神を殺す法を求めているのかは……推し量れませんが。この《神凪ぎの剣》ならば、不死不滅とされる神様をも、打ち倒せることでしょう……」
「倒せる……」
……神を殺すなど、雲をつかむような話だと思っていたが、最初からここに存在していたのだ。
――ただし。
「……この剣に選ばれ、本来の力を引き出せる……神器の継承者なら。で、ございますが」
「……神器の継承者なら」
そう、あくまで、神を殺す力を発揮させら得るのは、岩の鞘から、刀身を引き抜ける神器に選ばれし者だけ。
(まさか、最初、バカにしていたこの剣が、鍵だったとは……ね)
――だが、
「ふんっ……ふんっんんんんんっ! ぷはぁぁぁぁぁぁぁっ」
「あの……タレムさま。力いっぱい引けば、抜けると言うものではありませんよ? 壊れてしまいそうなのでやめてくださいまし……教会の大切な至宝でございますので」
「……ちっ。やっぱり無理か」
――だが。である。
タレムには《神凪ぎの剣》を扱う資格がない。
……これでは、堕天使を倒せない。
(くそっ……こっちは、女神様に、お願いされて世界を救おうとしている救世主だぞっ! ちょっとくらい、俺に使われてもいいじゃねぇーか。先っちょだけでもいいからさ! 頼むよ! マジで)
「ふぬぬぬぬぬぬ……ふんぐぁああああああああああああああああっ」
どんなに力んで、石の剣がミシミシと軋むまで引っ張っても、一ミリも動く事はなかった。
「タレムさまっ。衛兵の聖教騎士さんたちに、白い目で見られております。捕まってしまいますよっ。やめてくださいましっ。獄中に入ったら一緒にいられる時間がへってしまいます」
それでも、引き抜こうと、さらに力を込めるタレムから、マリカは慌てて剣を取り上げる。
……と、指先が剣に触れた時。
「これはただ、石の剣。ですねぇ……はぁ」
マリカの瞳が、淡く輝き始めた。
……その現象と、力の抜ける話し方は、
「イシュタル……さま?」
「し~~……。ワタシの正体を、ここでは呼ばない方が懸命です。神の法をお忘れですか? 《女神は現世に降臨してはならない》。アナタ以外がワタシを認知すれば、その時点で神罰の対象となりますから……はぁ。めんどくさいですねぇ」
「神の法ってそういうことかよ……」
……本当に面倒だな。
と、喉まで出かかった言葉をグッと堪えたタレムは、話を聞いて、さりげなくイシュタルを身体を抱き寄せる。
(マリカちゃんの異変に気付かれないようにしないと……見た目が一緒でも、中身が違うだけで、放つオーラ的なものが全然ちがうし……)
そんなタレムの気遣いを受けて、イシュタルも甘えるように顔を朱色に染めて寄り添いながら、
「この剣を見て、大事なことを思い出したので、少しだけ出てきました。愛してくれますか?」
「――して。大事な事とは?」
「鉄壁ねぇ。愛を挟む余地もありません。でも、この態勢に温もり。愛を感じます」
「早くぅぅぅっ。マリカちゃん、鋭いんだから。女神さまとこんなことしてるってバレたら怒られるんだよ!」
「では……まず、《神凪ぎの剣》であれば、不死の堕天使に、致命傷を負わせることができるでしょう。(神器は、かつて、人間が神に対抗出来るように、ワタシが託したものですしねぇ……)」
「……でも、俺は選ばれなかった……。もしかして、イシュ……貴女が、うまく。なんとかしてくれるとか?」
「……いいえ。ワタシにはなにも出来ません」
「ですよねぇ……」
「――ですが。《神器》は、特別なことをしなくても、神子なら誰でも扱えます。もちろん。アナタでも、ですよ?」
「あん? ……神子……なら、使える? 俺も……。でも、抜けませんでしたよ?」
「ええ……だから言ったでしょう?」
――それはただの石の剣。と。言い換えればただの石です。
「――っ!」
「神剣をただの石で偽造するなんて、無礼千万ですねぇ」
ざわざわざわ……。
「因みに、そこに並ぶ、《真実の鏡》は本物のようですが、《黄泉戻しの勾玉》も模造品ですねぇ……作るの大変だったのに……はぁ……著作権はどうなっているのですかねぇ」
「三種の神器。三つ中……二つが偽物か。ふっ、最悪だな。真面目に抜こうとして損したぜ」
「愛せませんねぇ……アナタは、愛してくれますか?」
聖堂内の信者から、軒並み冷たい視線が送られてくる。
……ちょっと痛い視線だが。
教会を至宝を差して、只の石だ。とか、偽物だ。とか、大声で話していれば当然である。
コソコソ……ざわざわ……こそこそ……ザワザワ……
――ただし。
「もうっ、不快ですねぇ……。ワタシを白い眼で見ている、あの人間ども全員に、落雷の神罰をおとしましょうか……? ワタシ、愛してもいない人間に、不敬を働かれて許すほど、柔らかい女神じゃありませんから」
「……いいんじゃん? やっちゃえば? あのヒトたちだって神にヤラれるなら本望だろう。愛してあげな。……没後の天界とやらで」
「愛しませんし、世界を救うために蓄えている女神ぱわーがなくなりますが……アナタがいいと言うのならやりますよ? いいんですね?」
「……」
――その人物が、自分達が崇拝している神のひと柱であると、知ったら、いったい、どんな顔になるのだろうか?
……想像するだけで、面白い。
――が。
ここで、力を使われてしまったら、絶望の運命を救う、唯一の希望がなくなってしまう。
「ドードーっどー。お、俺が人間を代表して謝りますので、まだ、人間を見棄てないでくださいぃぃ」
「ふふ、アナタがワタシと愛し合ってくれると誓うなら、許しますよ? 深い愛をもって」
「へい。へい。愛し合います。愛し合います。イシュタルさま。だーすいき」
「フフフ……言質、とりましたよ? では、愛の内容は、愛したアナタにあわせましょう」
「……どういう意味ですか?」
「気にする必要はありません。アナタは早く、堕天使を倒し世界を救うのです。こうしている間も世界は滅びに向かっているのですから。……アナタが運命を繰り返してきた百倍は早く。世界を救えるチャンスはコレが最後かもしれませんよ?」
「……っ!」
……コクん。
「――はっ! わたし。今、寝てしまっていましたか? ……こんなっ、タレム様にしな垂れかかるなんて……。申し訳ありませんっ」
イシュタルが意味深に微笑み、言うだけ言って、眠るように瞳を閉じると、次に開いた時は、淡い輝きが消えていた。
「マリカちゃん……?」
「はい……? そうでございますが……。何度も何度も……はしたない醜態に呆れてしまいましたか? 嫌いにならないでくださいましっ! 直しますので」
「フッ……。大丈夫だよ。おれは、マリカちゃんが大好きだ」
「っ。ありがとうございます」
タレムは、マリカの頭を撫でながら可愛がり、マリカはタレムに頭を撫でられて頬を染める。
(ああっやっぱり、マリカちゃんは、どこぞの駄女神より、一千倍かわいい女神だよ……)
「じゃあ……図書館に行こうか。案内してくれる?」
「え? もう、《神器》はよいので? まだ、あと二つほど、紹介したいものがありますが」
「そっちは知ってるからいいよ」
「あっ、あっ、タレムさまぁぁぁぁ~~」
タレムは、マリカの腕を引いて、地下を目指しながら、後ろをちらりと振り返った。
もう……空が闇に染まっている。
同じ運命が繰り返しているこの閉鎖世界で、タレムたちが祝福の儀礼を受けなかった前回、満月が真天に登った時刻……あの終焉の《歪み》が発生した。
……《歪み》の原因は不明だが、前回起きたのならば、今回も同じ時間に世界は終わる。
(……あのイシュタルさまが、急かしてきた。本当に、時間はあるようでないんだ)
堕天使が力を付け、鬼畜皇を倒し、本当に世界が終わってしまう前に、
本物の《神凪ぎの剣》を見つけ、
神子の《運命改編》を何とかし、
打ち倒さなければならい。
(でも、《神凪ぎの剣》が偽物で、本物の場所も解らないなら、結局、なにも進展してなくね?)
「あまり強く引っ張られると、少し痛いです。タレム様……タレム様っ……」
「……」
「タレム……さま?」
「……」
(いや……女神復活の儀式の為に。神子が本物の《黄泉戻しの勾玉》を持たされていたんだ。《神凪ぎの剣》も必ず教会が持ってるはず……って思うしかないか)
(続く)




