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十九話 『女神ってバカの子かい?』

 ――解って、いただけましたか?


 タレムの鼻先に、人差し指を押し付けて、紅い瞳を発光させるマリカが、そう言った。


「えっと……」


 マリカが語ったのは、この世界の真実。


「ようは……マリカちゃんが、愛と美の女神イシュタル(笑)で。この世界が何度も同じ時間を繰り返しているって、ことだよね?」

「はぁ……良かった。やっと、解ってくれたんですね。もう。疲れちゃったぁなぁ……やっぱり、ワタシ、こういう役割は向いてないんですよねぇ」


 この事実をタレムが受けいれるまでに、どれだけの苦労があったか。

 イシュタルはもう……思い出したくもなかった。


「まぁ……。実は、最初から、わかってたんだけどね。マリカちゃんが、マリカちゃんがないって事。……イシュタルだってことも、世界のループもさ」


 ――はい?


 タレムの呟きに、イシュタルの顔がカチコチに固まって、首が二百六十度カクッと曲る。

 ……ホラーだ。


(マリカちゃんの身体……大丈夫かなぁ)


「そ、そりゃぁ、いくら俺でも、一気に、一万回近くの記憶を見せられたんだぜ? 何が起きてるか、心当たりは付くさ……考える時間は一万日もあったしね」


 タレムは能天気アホだが、バカではない。むしろ、女性関係から切り離せば、元とは言え三大公爵筆頭だったアルタイル家を継げと言われる位は優秀だ。

 そんなタレムが、全ての記憶を取り戻せば、世界の時間がループしていることくらい簡単に気づく。

 

 マリカの身体に宿った女神、イシュタルの事も、唐突で、切羽詰まっていた一度目は無理でも、一万回の人生を追憶していれば、予想もつく。

 ……と言うか、誰にでもわかる。


(それに、このマリカちゃん。本物のマリカちゃんと、違って、全然、優しくなくて、可愛くないし。……なにより――)


「――そこまで解っていたのなら、何故。ワタシに抱きついてきたのですか?」

「あん? そんなのノリに決まってるだろ? ジョークだよ。ジョォォォク。そんなこともわからないやつおりゅ? 女神ってバカの子かい? (まぁ……マリカちゃんの生きている姿を見て、理性が飛んだってのもあるけどね)」


 そうして、タレムが決め顔で答えると、


「……(イラッ)」


 バンっ!


「痛っ⁉」


 何故か、タライがタレムの脳天に直撃した。


「何故にタライっ⁉ ……と、言うか、そんなことよりもさ。ひとつ。聞きたいんだけど」


 そう、前置きを言った。瞬間から、タレムの瞳に、おふざけの色が消えていた。

 ……返答次第では、いつでも腰の剣を抜く。

 と言う、覚悟をもって。


「あの《女神復活の儀式》で、マリカちゃんたちの命を吸って、復活した女神って、イシュタルのことなのかな?」

「……」


 タレムに問われたイシュタルは、直ぐには答えず、急須を見つけだして、コップに注ぎ、一服。


 ゴクゴク。


 その所作は、やはり、マリカらしくない、雑なモノであったが、上品とは別の方向で花があった。 

 ……流石は、美と愛の女神、美しさを魅せる方法は他の追随を許さない。


「ふぅぅっ。アナタが見た神が、どの神かはワタシは見ていないので知りません。……が、黒い翼を持っていたのでしたね。 であれば、それは、《天使》ではなく《堕天使》です。穢れなき純白の天使であるワタシ達と同一視しないでください……と、他の天使なら、怒ってタライを落としますよ?」

「堕天使? 天使? って言うか、タライはやっぱり君の力か……ショボいな、って痛ッ! (……何処から落ちてきてるんだよこのタライ)」

「簡単に説明しますと。かつて、混沌の時代。人間に味方した神か、敵対した神か、の差ですね……正確には全然違うのですが」

「敵対って、どっちが?」

「……はぁ。当然、ワタシ達、天使が。人間の味方をしました(まぁ。あのとき、ワタシは殆ど眠っていただけだったのですが)」

「はへぇぇぇ。なるほどねぇ……神様にもいろいろあるんだねぇ」

「ちょっとぉっ。返事があやふやに聞こえますが……解っているのですか? 結構、頑張って教えているのですよ? ちゃんと聞いてくださいね? それと、ワタシは一応、女神ですので、呼び捨てにしないでください」

「へいへい。――で。イシュタルは……」

「……(イラ)」


 ドンッドンっ!


「痛っ!」


 また、タライがタレムの脳天に直撃した。

 ……しかも、二個も。


「次に呼び捨てにしたら、落雷を落としますので」

「……死ぬけど」

「勘違いしないでくださいね? 天使が人間に味方しているのは、堕天使たちが、人間と敵対していたからです。そもそも、神に善悪なんてありませんし。ヒトを殺したところで、女神ワタシの心も痛みません」

「……それでも女神かよ」

「ええ。それでも愛と美の女神です(キッパリ)」

「……」


 ……とにかく。

 タレムは、女神復活の儀式で、神子に宿った女神と、マリカに宿った女神が、違う存在というのであればそれでよかった。


(まぁ。こんな得たいの知れない存在が言っていることだ。全面的に信じるって訳じゃないけど……敵対したいって訳でもないって言うか怖い)


「――で? イシュタル様は。いつになったら。その身体。マリカちゃんに返してくれるんでしょうか?」

「……」  

 

 再び、タレムに、鋭い視線を向けられたイシュタルは、やはり、直ぐに答えることはせず、


 もぞもぞ……


 さっきまで、タレムが寝ていたベッドに潜り込んで横になった。

 

「ふぁ~~っ。それはぁ……ですねぇ。ワタシの話を、アナタが、もう少し聞いてからですねぇ……ネムネム」

「……」


 そのまま、まだ温もりが残る、柔らかい羽毛布団を頭までかけて、


「ワタシだって、本当は、現世うつしよになんて居たくないんですよ? ここって、無駄な概念がありすぎて、不便じゃないですか~~。世界に必要なものは、愛と美。そして、休息と快感。それだけでいいとは思いませんか?」

「……(しらん)」

「生きているのってツライですねぇ。そこだけは人間を尊敬しています。ねぇ、聞いてくださいよ~~。ワタシ、本当は、ずっと、眠っていたいんです。永遠の美を誇り、愛を愛し、愛されていたいんです。苦も楽も生も死も感じたくないんですから」

「……(どうでもいい)」

「と、言うか、ワタシを疑ってかかっているようですが、天界で、イケメン男神に囲まれながら気持ちよ~~く、眠っていたワタシを、ムリヤリ目覚めさせ、身体に降ろしたのはこの娘の意思ですからね……ムニャムニャ」

「……(早く本題を話せ)」

「まぁ。そんなこと、アナタにいっても、仕方がないのですが……はぁぁん……でも、生身で安らぐのも良いものですね……すやすや」


 そして、本当に……気持ちの良さそうな寝息を立て始めた。


「って! おいっ! 寝るなっ! 話すことがあるなら、早く、話して、さっさと、マリカちゃんの身体を返せっ!」


 しかし、それをタレムが許す訳もなく、布団を没収。

 冷たい空気が、身体を冷やす不快感でイシュタルは目を冷ました。


「なっ! 何をするんですか! せっかく、女神が気持ちよく眠ろうとしているのにぃっ! アナタは鬼ですか! 悪魔ですか! この不敬者っ! バカ! バカ、バァァァカっ!」

「うるせぇっ! お前こそ、バカだろ! 人の嫁のからだを乗っ取っておきながら、普通に眠ろうとしてんじゃねぇっ!この泥棒女神っ! 俺の嫁をかえせぇっ! マリカちゃんの優しさをかえせぇっ! これが不敬で落雷を落とすって言うなら落としやがれクソ女神っ」

「愛と美の女神は愛をもって働く不敬に神罰を落としたりしませんよ。それより、ワタシのやる気が出ないのは……」


 アナタが――と、何かを言いかけたイシュタルは、そこで、クスリと口元を緩めて、からだを起こす。

 そして、


「ふふ……では。アナタがワタシに《愛》を注ぎなさい」

「あん……?」

「女神に選ばれたこと、光栄に思ってくださいね? ふふ、愛神にだって、気分や好みがあります、誰でも良いって言うわけではないのですから」


 スルスルと白い修道服を脱ぎ捨て、タレムの身体にしなだれかかった。

 

「ワタシは愛と美の女神イシュタル。故に、動力として必要なのですよ。ありったけの愛が。なのに、この身体、まったく、足りていません。最愛の人から受ける、愛が」

「――っ!」

「これでよく、ワタシを呼び出せたものですねぇ。まぁ、ないならないで、注げばいいだけの話ですが」


 ふぅ~~ふぅ~~。と、イシュタルが甘く、首筋に息を吹き掛け、耳たぶを噛む。

 それは、タレムに全身に、大人の甘美を駆け巡らせた。


「だから、ワタシに愛を注ぎなさい。この身体の渇望を満たしなさい。愛神ワタシに愛の存在を証明するのです。この身に愛が満ちれば、もう少し、ワタシのやる気も出ますから」

「ちょっ……それってっ」

「特別に、アナタも気持ち良くしてあげます」


 迫るイシュタルに腰を引くタレムだが、


 ――まぐあいましょう。ワタシの愛しいヒト。


 ぬちゃりっ。


 イシュタルは逃がさず、万力をもってタレムをベッドに押し倒し、耳たぶをなめ回した。


「おっうっ! きもちぃ……」


(って。これ、まずい。いつものマリカちゃんもアレだけど、このクソ女神。ド淫乱じゃねぇぇかっ!)


 ……もし、イシュタルがマリカの身体でなかったら、直ぐに払い退けたことだろうが、

 それは、タレムの大好きなマリカの身体であり、男の本能が反応せずにはいられなかった。


「ふふふ……美と愛の女神と愛交です。ヒトの営みで感じる数百倍の快楽でしょ? それに、いまだかつて、ワタシと生身で愛し合ったヒトなんて、人類史を振り返ってもいません。いろいろな意味で、まさに、初体験ですね。さぁ。女神の愛を教えてあげましょう。至高の快楽に浸らせてあげます……ふふふ」


 ――だが。


 バチンっ。


 タレムは、イシュタルが伸ばした手を弾き、


「辞めてくれっ! 俺が好きなのは、こんな淫乱女神じゃないっ! いつものちょっとおませなマリカちゃんが好きなんだっ! 例え、容姿が一緒でも、お前とマリカちゃんは全然違うっ!」


 女神の誘惑を拒絶した。


「……あらら。落とせませんでしたか。ワタシのような、美神に誘惑されて、拒むとは。アナタ。生物として、間違っていますよ? 死んでも後悔しますよ?」

「うるせぇ……もう後悔してるからほっとけ」

「愛するヒトへの純愛を貫く。まぁ、それも、ひとつの愛の形。と言う事でしょうか。ならばワタシはその愛を愛しましょう……ふぅ。全く面白くありませんが」


 ――仕方ありませんね。


 イシュタルは、イシュタルから全力で距離を取り、ガクブル震えるタレムを横目で流し見ながら、気だるそうにため息をつくと、


「では。聞いてください。この世界で何が起こっているのか、何故、ワタシがこの身体に宿ってしまったのかを、そして、アナタに課せられた使命を……」


 ……神妙な顔付きで、そう言った。


 ゴクリ。


 その言葉に、尋常ならざるモノを感じ、タレムが唾を飲み込んで、イシュタルを待った……のだが。


「スヤスヤ……」


 ……イシュタルは気持ちの良さそうな寝息を、以下略――


「――って、そこで寝るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ……この時、ひとつだけ解った。

 一万回も繰り返した閉鎖世界で、マリカの身体に宿った女神は、真性の駄女神である……と。

(続く)


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