十六話 『信じるって言うのは意外と難しいもの』
今日は台風なので特別に二回更新します。(家から出れない人は読字でたのしんでくだされ)
――はい。仰せのままに。
神殿まできて、儀式は目と鼻の先だと言うところで、山を降りようと言い出したタレムに、マリカは、一瞬も瞬巡することなく、そう言った。
……座右の銘が夫唱婦随と言う、マリカが、タレムを説得してまで、なろうとした上級修道女の道が目の前にあると言うのにだ。
「俺が言うのもアレだけど……本当にいいの?」
「よくはありませんよ? とても口惜しいですし、こんな土壇場で辞退するなど前代未聞。もう、二度と、お誘いがくるとも思えません」
やっぱり、マリカは不満を持っていた。
……当然だろう。
「うっ……ごめん」
――だが、タレムは、例えマリカに、一生、根に持たれることになっても、此処だけは絶対に譲っていけない気がしたから止めたのだ。
生半可な覚悟で止めた訳ではい……だから、その不満は呑み込んで貰うしかない。
……と、タレムが奥歯を噛んだ、その時、マリカは言った。
「――でも。どうせ、わたしのため。なのでしょう?」
「――っ!」
……いってしまえば只の勘。
それを、深刻に捉えているだけである。
しかし、確かに、タレムの心底にあるのは、マリカの身を案じる気持ちであった。
「えっと……」
それをどう説明すれば良いのかと、頭を悩ませるタレムを前に、
ペチり……。
マリカは、暖かい両手でタレムの両頬を挟み、大きく丸い紅玉色の瞳を合わせた。
「ふふ……なにも仰らずとも構いません。わたしは解っておりますので」
「それって……いつもの超能力? こういう時は便利だよね……」
「いいえ。私はただ……あなたが、私を大切に思ってくだすっている。っと、解っている。だけでございます」
「――っ」
絶対の信頼。
それがあるから、マリカはタレムに従う。
例え、それが、どれだけ無茶苦茶に見えたとしても、マリカだけはタレムを疑わない。
「マリカちゃん……」
「何でございますか?」
……ちょっと、泣きそうになってしまった。
(泣かないけど)
「マリカちゃんを一番最初の嫁にしてよかったよ……もっと好きになっちゃった」
「ふふ、なら、最後でもかまいせんか?」
「ああ……別に良いけ……あん? いやいやいや……何があろうとシャルだけはめとるから! マリカちゃんをどんなに好きになろうと、シャルを好きな気持ちに変化は起きないから!」
「……では。――あとは、シャルさまだけ……で、ございますよ?」
「こらこら、その話は終わってるでしょ。掘り返さないっ」
「と、言われましても、わたしだって夢を諦めるのですから、この際、いいではありませんか。わたしだけを見てくださいまし」
……なにも良くない。いつもいつも、マリカの論理思考は意味不明である。理解したいとも思わない。
大体、ハレームについては一度、納得したと言っていた筈だ。
ここで持ち出すのは、腹が黒いにも程がある。危なく了承しかけてしまったではないか!
などと、言いたいことは山ほど、あったが。
――とにかく。
「マリカちゃん。その話は、後でたっぷりとしよう……今は」
……この嫌な予感がする場所から一刻も早く離れたい。
何よりもまず、それを優先したかった。
「……仰せのままに」
急かすタレムに、マリカも頷いて、儀式場へ続く廊下に背中を向けた。
さり気なく、タレムの右腕に掴まり、指を絡めるあざとい仕種は忘れずに。
(クソ、可愛いなチクショーっ! 股間がむずむずしてきたぜ)
そうして、タレムが悶えている間に、マリカは、マリアに視線を向け、
「と、言うことになりましたが。お母様も一緒に参りませんか? タレム様がここまで仰るのです……全くのお門違いだった……とも限りませんよ?」
「……。私は貴女たちと違って仕事で此処に来ています。私情だけで、集まった百人の修道士がたを、放りだすことはできません」
「ですが――」
「――解っています」
「……っ」
一緒に来ることを促すが、マリアは首を横に振った。
「お母様に、女神さまの祝福があらんことを」
「マリカに、女神さまの祝福があらんことを」
ふふ……と。
二人が意味深に微笑みあってから、
「では、私は下へ参りますね」
マリアが、儀式場へ向かっていく。
「マリアさんっ!」
そっちは駄目だと、我に返ったタレムも声をかけるが、
「タレムさん。娘を宜しくお願い致しますね?」
マリアはそう言って微笑むだけで、止まる事はなかった。
「……つまりは、あなたのお言葉を信じるのは、わたしだけ。と言うことでございますね」
「って、ふざけてる場合じゃないよ。俺の言葉を信じてくれるなら、余計に義母さんをい行かせちゃ――」
――駄目だろ。
と、言いかけて、タレムは口を詰むんだ。
……マリカがとても悲しそうな顔をしていたからだ。
「それに、でございますよ? お母様たちの方が、正しいのかも知れませんし……」
マリカは、タレムの言葉を信じているからこそ、そんなこと、言われなくても、百も承知であった。
むしろ、半信半疑なタレムよりも、この別れが……どう言うものなのかを。
「……うん。俺のは只の予感だから」
「なら、勘違いである事を祈ります……」
……それでも、マリカが止められなかったと言う意味を、
タレムはもっと深く、考えるべきであった。
マリカが、実の母をどういう気持ちで送り出しているのかを……
「俺……やっぱり、残ろうかな。マリカちゃんは――」
「――わたしに独りで、真夜中の山道を降れとおっしゃいますか?」
「それは……」
昼と違い、夜は魔獣が活性化する。
そして、美女の夜歩きは……なにも、獣だけが、危険だと言う訳でもない。
だからこそ、儀式が終わったあとは、朝まで神殿で休むと言う話であった。
「……言わないよ。マリカちゃんになにかあったら意味がない。一番大切なのはマリカちゃんなんだ」
「それは、わたしも同じ。でございますので」
マリアを止めるには、祝福の儀式事態を止めるしかない。
だからと言って、タレムの言葉だけでは、祝福の儀式を止める。と言うことも出来ないだろう。
つまりは――
「――あなたのお言葉を信じるのは、わたしだけでございますよ?」
――と、言うことである。
「さっきの、そう言う意味か……先読みし過ぎだよ。マリカちゃん」
「ふふふ、二十三時間、三百五十五日、貴方のことだけを考えている私としては、これくらい、朝食の準備よりも、簡単なことでございます」
「一応、わざとらしく外した、一時間と、五日は?」
「プライベートでございます。それくらい、休むことも永遠の愛には必要かと」
「俺の嫁業。どんだけブラックだと思ってるの! ……週に四日は休んで良いよ。でも、三日は甘えさせて」
「では、週に一時間、お休みを貰うので、他はすべて甘えて頂くと言うことで」
「今度はマリカちゃんの夫業がブラック⁉ ……今はいいけど、将来的には休みを増やしてよ? ハーレムができなくなっちゃうからっ! それじゃマリカちゃんだけの、マーレムになっちゃうよって、言うかただの純愛」
「わたしは、それで構いませんが?」
「俺が構うんだよ!」
そんなこんな、いつもの様に仲睦まじく騒ぎながら、タレムとマリカは、下山し始めたのであった。
それが……月が真上に輝く、一時間前の事である。(続く)




