十五話 『ルート② ルート①は何話でしょう』
深々と闇が支配する時間。
山頂にたどりついた、タレムとマリカは、そこで待っていたマリアと合流し、くだらない世間話でマリカを辟易させたのであった。
その後、本題である《祝福の儀礼》が始まる時間が迫り、いざ、神殿の中へ入ろうとしたとき、
「……お母様。《運命》とは、なんなのでございますか?」
マリカが唐突にそう聞いた……その傍らで、
ずがんっずがんっずがんっ。
「っ!」
強烈な頭痛がタレムを襲っていた。
……もともと、頭痛持ちであるのだが、何時もの比ではない猛烈な痛み。
「くっ!」
あまりの頭痛に視界が揺れ、立っていられず神殿の壁に背中をつける。
――……運命とは抗ってはいけないもの、なのでございますか?
――なにか、ありましたか?
――神子さまが……なにもかも無駄だと、仰りました。何をしても運命は変わらないと仰っておりました。
――神子さま……ですか。
マリカとマリアの話が進んでいくが、タレムにそれを聞いている余裕は無かった。
……脳内でとある映像が、流れていたからだ。
景色は、月光が神秘的に反射している祭壇がある場所。
そんな見た事もないはずの場所で、
――○○ちゃん! ○○ちゃんっ!
――××さま……
とある銀髪の青年が、泣きながら、今にも事切れそうな、赤髪の美少女を抱き締めている場面であった。
……回りには数多の修道士たちが、光の無い瞳で乱雑に転がっている。
そして、
――幸せに……なってくださいませ。
涙をこらえる銀髪の青年に、紅い髪の少女が最期の言葉を告げていた。
――向こうで、待って……おりますから……ずっと。だから、長く、健やかに、幸福に生きてください。
――ふふ……あなたに……女神さまのご加護がありますように……。
――あいして……おりました……ずっと……。
そう、そして……少女は……マリカは、満足そうな顔で動かなくなった。
「マリカちゃんっ!」
「はい?」
「――っ!」
その光景に、思わずタレムが叫ぶと、すぐにマリアと話していたマリカが返事をして振り返る。
……現実。
「どうなさいましたか?」
「生きてる? 大丈夫?」
「……ん? はい。大丈夫でございます。生きておりますよ?」
間違いなく、いま、目の前で、マリカは生きている。
……さっき、脳に流れていた映像は、幻覚である。
そんなことは、当たり前――
「……」
――だが、妙に生々しいものがあった。
風景の色。マリカを抱く感触。臭い。気温。声に至るまで、まるでさっきの映像が……記憶が、現実にあったかのようであった。
なにより、
どくん……どくん……どくん……どくん……
胸に残る、言葉にならないほどの、大きな喪失感。
(いまのは……幻覚? 記憶? でも……あんな場所、知らないし……)
「タレムさま?」
「……」
ひとまず、大量の汗と激しい動悸を抑えながら、心を落ち着かせる。
……マリカが不思議そうな顔で、心配しているが、
そもそも、説明できるほど、自分の状態を理解できてはいなかった。
「いや、なんでもないよ」
と、言う、以外に、言える言葉など無い。
例え、幻覚であっても、マリカが死んだ。等と不吉なことは、口が避けても言いたくなかったからだ。
「なら、よいのでございますが……」
(それに、いまのマリカちゃんは落ち込んでいるし……)
「マリカ」
そこで聖母が、タレムの様子を伺っている娘の前に、円状の銀貨を一枚、取り出して、高く放り投げた。
「……っ」
すると、再び、タレムに頭痛が襲う。
……まさに今、マリアによって投げられた銀貨に再び映像が重なった。
当然、そんな中でも、銀貨はクルクルと回転しながら、上に登り、落下し始める……。
「お母様?」
「裏と表。どちらが出るかわかりますか?」
「え?」
質問の意図を理解出来ず、答えられない間に、銀貨は地面に落ち、
(三回跳ねてから、裏がでる)
……三度、跳ねてから、裏側で止まった。
「――っ!」
聖母の行動に要領を得ない表情をするマリカの横で、タレムの顔は戦慄に染まっていた。
(これ……もしかして、過去じゃなくて……未来の光景?)
マリアが、もう一度、銀貨を拾い、投げる。
呼応するようにタレムに頭痛。
「マリカ。どちらですか?」
「えっと……えっと……今、裏でしたから、今度は、表でしょうか?」
二度目の問いにマリカが予想して、答えるが、
(違う。裏だ!)
……タレムには、裏がでる映像が見えていた。
――そして、その通り、銀貨は裏を出す。
「……っ!」
間違いなく……映像で見えた未来が現実になっている。
(でも……これは一体、どういうことなんだ? 俺の魔法が進化した?)
……解らない。
解らないが、ひとつだけ言えることは、最初に見た最悪の映像もまた、現実になるかも知れないということであった。
そして、恐らくそれが起こるのは……
――さあ。顔を上おげなさい、マリカ。祝福の儀礼を始めましょうか。娘にばかり構っているわけにもいきませんし。
と、タレムが長考している間に、いつまにか、マリカとマリアの話が一段落ついていた。
「はいっ!」
そして、悩みを解決したことで、最初より、少し顔色がよくなっているマリカが、《祝福の儀礼》へ向かおうとする。
――どくんっ。
「あ。タレムさまは、儀式場には入れませんので、閲覧席から見守っていてくださいまし。あちらから、いけばすぐに……」
「……」
そこは、大理石の床と低い天井の細い廊下が、左右に分岐している場所であった。
一方は儀式場へ続き、一方は、閲覧席へ続いている廊下。
――どくんっ。どくんっ。
その場所が、とても怖い場所に感じるのだ。
――行かせちゃいけない!
だからか、そんな思いが、心の奥底から込み上がった。
だが、
(上級修道女になるのは、マリカちゃんの夢。こんななんの確証もない予感だけで、止められる訳がない)
タレムは……マリカがどれ程、上級修道女になりたがっていたか、知っていた。
だから……と、その時だ。
「……っ!」
行かせるな! 行かせるな! 行かせるな! 行かせるな! 行かせるな! 行かせるな! 行かせるな! 行かせるな! 行かせるな! 行かせるな! 行かせるな! 行かせるな! 行かせるな! 行かせるな! 行かせるな!――
――何千回、何万回と言う、誰かの悲鳴のような懇願が、タレムの脳に木霊した。
そして、それこそが、朝から、ズキンズキンと、頭痛を誘発していた正体であった。
「くっ!」
……なによりも尊いマリカの夢……絶望の映像。そして、声。
「マリカちゃんっ!」
「はい。なんでしょうか?」
衝動的に、体が動き、マリカの腕をつかんでいた。
その顔は……酷く、泣きそうな顔であった。
「……心配、ですか? 閲覧席からもわたしのことは、見えるはずでございますし、儀式も一時間とかかりませんよ?」
「……」
……そんなことは解っている。
儀式の進行は登山の途中で何度も聞いた。
「終わったら、約束……しましょうね」
儀式が終わったらマリカを抱く。
……そんな約束もノリでした。
「やくそく……約束……アレか、楽しみだね」
「はい」
……どくん。どくん。どくん。
マリアが言っていたように、もし、運命があるとしても、それは決して解らない。
解ると言うのはぺてん師か……それとも。
「タレムさま……?」
激しい動悸と濁流のような思考の中、タレムは、
「駄目だ、いくな! マリカ!」
「――っ!」
マリカの細い腕を引きよせ、その華奢な身体を抱き締めて、
「タレム……さま?」
「ごめん……マリカちゃん。でも、嫌な予感がするんだ。今回は諦めてくれ」
――一緒に山を降りよう。
そう言ったのであった。(続く)




