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十二話 『人生最期の瞬間、何を思うかで、その人の全てがわかる』

 ……はじめて、本気で人を殺そうとおもった。

 今をなお、何が起こったのかは、理解できていない……が、状況から考えて、最愛の妻の命を奪ったのは……


 アベル・ベルアベット。


 そう、マリカが尊敬していた司祭だ。


 マリカだけではなく、百人もの修道士まで、殺した男だ。

 

 ――そんな男を許せるか? 許していいのか?


「ぶち殺すっ! 絶対に! 絶対にっ!!」


 ……許すことなど、できる筈もなかった。


(許しちゃいけないっ! 許しちゃいけないんだっ! こんなことっ!)

 

 ――幸せになってください。


 いまわの際、マリカが遺した言葉は、タレムの頭に残っていない。

 ……マリカが何を思って、比喩して、その言葉を言い残したのか、考える余裕もない。


 タレムは激情に身を震わせ、血の涙を流し、奥歯が砕け散るほど歯を噛み締めて、血液が滴るほど拳を握り絞めた。


 ……アベル・ベルアベットを殺す。


 ただその一心で、その憎悪をもって、祭壇の上に居るアベルを睨んだ……が。


 ……この世界は、そんな復讐さえ、タレムに許してはくれなかった。


「ああううあううううああああううあうあうううあうあううあうあううあああああああああああああああああああ――っ!」


 アベルが、マリカや修道士たちと同じように、いや……それ以上に、悶え苦しみ始めたのだ。


「……はぁ? おい……ふざけんなよ。おいっ! お前だろ! 犯人は……」


 マリカは言っていた。

 何者かが、マリカ達の命を使って、邪悪な何かを蘇生させる儀式を発動していると。

 ……ならば、その、何者かとは、


「お前……だろっ!」 


 修道士達の晴れ舞台である《祝福の儀礼》に乱入し、進行役のマリアを火口に突き落とし。

 そして、マリアとタレムを除いて、アベル以外の人間は全員死んだ。

 ……間違いなく、マリカの命を奪う儀式をしたのは、アベルである。


「……なのにっ! なのにっ!」


 ばたんっ。


 長く苦しんだアベルは、失禁しながら倒れて、火口の穴奥へと落ちていった。


「なんで……お前が……死ぬんだよ……」


 当然、まだ、生きているかも、しれないが、

 ……マリアの時のように助ける気にはならかった。


(マリカちゃんと同じ……あれはもう……死んでいる)


 ――一体。何が起こってるのか?


 百人いた人間が、一瞬で殆ど死んだ。

 唯一生き残ったのは……マリアとタレムの二人だけ。


「マリアさん……マリカちゃんが……俺は……っ」

「――こちらに来てはなりませんっ!」

「――っ」 


 ――が。

 まだ、そのナニかは、終わってなどいなかった。


 ……むしろ、ここから始まったと言える。


「ようやく……思い到りました……これは《女神復活の儀式》」

「マリア……さん?」


 祭壇の中央に、階段を挟んで、マリアは凛と立ちながらタレムに言う。


「……敬虔な百人の修道士と、二人の聖人の魂、そして、女神さまと相性の良い人間の肉体を依り代にすれば――」


 ――聖教協会が持つ三種の神器がひとつ。《黄泉戻しの勾玉》で、女神さまを復活できうる。


「女神復活の儀式……」

「アベル司祭も含めて、ここに集まったのは丁度、百人と二人の聖女」


 ……それが、いま、起きている現象の説明であり、


「儀式場は、……マリカがいた石板と……私がいたこの祭壇……」

「……っ!」


 ……それは、アベルが死んだ説明でもあり、


「じゃあ……まさかっ!」

「ふふ……生きなさい。それがあの子の願いなのでしょう?」

「――っ!」


 ……いままさに、最後の一人の命が、マリアの命が、奪われようとしていると言う、説明でもあった。


「マリアさん……俺は……」


 ……もう、タレムは解らない。

 悲しいのか、苦しいのか、憎らしいのか……自分の感情がなにも、解らない。


 最愛の妻が死に、

 憎むべき仇も死に、

 唯一、すがれる聖母も死のうとしている。


 ……いったい、どうすれば良いと言うのだ?

 誰を憎めば良いと言うのだ? 何を思って悲しめば良いと言うのだ。何を希望に生きていけば良いと言うのだ。


「タレムさん。マリカのことを気にかける必要はありませんよ? ……最愛の人の腕に抱かれて、逝けたのなら……それはもう……幸福ですから。ふふ……羨ましいことです……ね」

「っ!」

「生きなさい……一秒でも長く……それが……あの子の……」


 ばたり……。

 そこで、マリアも倒れ、動かなくなった。


「なんなんだよ……これは……っ!」


 誰一人、動かなくなった後で、


「すべては既に決まっていたこと。これが……そなたらの運命」

「……っ!」


 ……神子。ノルンが、タレムの横を横切り、祭壇へ上がっていく。

 首には紫色の勾玉を下げていた。


「はぁ? なんで……ここで……君が……じゃあ……君が……黒幕……?」


 ……いや、神子は黒幕ではない。

 タレムは本能でそれを悟っていた。


「そして……(われ)の運命」


 いつか、マリカが言っていた。

 生命の蘇生には、魂と魂を容れる肉体が必要だと。


 さらに、ついさっき、マリアが言っていた。

 これは女神復活の儀式で。

 女神復活に必要なのは、百人の修道士と二人の聖女の魂。

 ……そして、女神と相性のいい肉体。が、必要だと。


「誰であろうと決まっている運命には抗えない……それがこの世の摂理」


 二人の言葉を合わせれば、


 生ある人間の魂で、女神の魂を呼び戻し、

 生ある人間の肉体に、女神の魂を卸す。


 たった一柱の女神を蘇生させる為に、何百人もの人間の命を使う。

 それが、死者蘇生の真相。

 それは、女神復活であってもかわらない。


「これが……世界の終焉ぞ。そなたの生魂に刻み付けておけ」


 ……ならば、神子ノルンは、肉体。

 女神の魂を容れる依り代。

 女神復活を担う、最後の鍵。


(じゃあ……じゃあ……黒幕はっ!)


「何時か……そなたが救世主(メシア)となる為に……その刻を……待っている」


 刹那である。

 百人の死体から、黒い霧が発生し、ノルンの身体に集まった。


「うっ! うぅぁぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――っ!」


 苦痛の悲鳴と共に、ノルンの身体が急成長し、体つきが中性的に変わると、背中に六枚の黒い翼が生えていく。

 オッドアイだった瞳の色も、紫一色に変わっている。

 

 ……気配でわかる。

 もう、ここにいるのは、ノルンではない。

 ……そう、もっと邪悪なモノ。


(こいつが……女神……マリカちゃん達の魂を吸い上げて甦った存在っ)


「ふっ……ハハハハっ」


 それが解って、タレムは笑った。

 高らかに笑った。

 盛大に笑った。


「なんだよ……なんだよっ! わざわざ……復讐の相手を用意してくれるなんてっ! 神様に感謝しなくちゃなっ」


 マリカを殺したアベルは死んだ。

 勝手に死んだ。

 タレムの心に芽生えた激情を、晴らすことができないまま。

 

「神子……ノルン。そんなに救世主がほしいならっ! いまっ! ここでっ! 救ってやるよ!」


 だからタレムは、予備剣を構え、ぶつけ所のない黒い感情を、すべて吐き出す様に……


 ――っスパン。


 ノルンの首を切り落とした。


「そんな紛い物の依り代として生きる位なら……ここで死ぬのも救いだろ?」


 ……が。


『毎回、言っているが、かみに……感謝されても困るぞ?』

「――っは?」


 神子の身体は倒れない。……首は確かに落としたにも関わらず。

 声も聞こえる。首も新たに生えていく。


「なに……が……不死身っ! お前は……一体っ!?」

『世は神ナリっ!』


 ……理解の範疇を越えていた。

 その、おぞましい光景にタレムが一歩、退いたとき。


 ――ばさんっ!


 神子が……いや。

 神が、翼を羽ばたいた。


「……あん?」


 その後、タレムが違和感を感じて、お腹をさわると……


 ――ぬるりっ。


 紅く温かい何かが……溢れていた。

 ぱっくりと、腹筋が切断されている。


「血……? おなか……くっ!」


 それが何なのか解ったときは……もう遅い。

 タレムは、腹から臓物を撒き散らしながら、血しぶきを上げて倒れた……


「……くそ……こんな……こんな……ことって……」


 騎士であるが故に、それが致命傷であることはすぐにわかった。

 ……例え、ここに医療魔法を使う、クラリスがいても、もう、助からないだろう。


「なんで……こんなことに……」


 地の血だまりに伏せるタレムを見ることもなく、神はその翼で羽ばたいて去っていく……いってしまう。

 ……これから世界は、アレをなんとしなければいけなくなるのだろう。

 アレは、人が夢想する慈愛の女神とは、かけ離れた悪意の塊だ。

 だが、タレムは、


「……死ぬ……こんな所で……ハーレムも……まだなのに……マリカちゃんに生きって、言われたのに……幸せになってって、言われたのに……」


 ……ここで終わる。


「アイリス……クラリス……シル……」


 タレムは痛みはないが、力も出ない身体を引きずって、愛する嫁が眠る場所へ這いずった。


(寒い……怖い……独りは嫌だ)


 ……最愛の人の腕の中で死ねたら、幸福だといった、マリアの気持ちが、今、わかった。


「ロッテ……ござる……アンリエット……」


 這って、這って、あと、一メートルまで来て、身体が動かなくなり、腕を伸ばした。

 もう……腕の中と贅沢は言わない。


「マリカ……」


 せめて、その肌に触れて逝きたかった。


「……シャル」


 すか……。


「ごめん――」


 だが、あと数センチの所でタレムの手は届かず、床に落ち力尽きた。

 ……ここに、タレム・シャルタレムは、人生の幕が降りたのであった。(ここで二節)

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