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十一話 『どうしてこうなった?』

《祝福の儀礼》が行われる場所は、神殿の地下にある巨大な空洞であった。

 ただし、地下空洞といっても、天井が地上まで突き抜けている作りであるため、満月の明かりがあり、暗くはない。


(流石にすごいな……儀式を満月の夜にやるわけだ)


 それが逆に、オカルトに疎いタレムでも、思わず唾を飲む程、神聖な雰囲気を出していた。

 火口の穴が空いている真上に祭壇があり、火口の穴の前にある白い石板から続く階段で繋がっている。


 既に儀式は始まっていて、祭壇の上には、豪華な祭服を身に纏うマリアが立ち、下の石板では、儀式を受けに来たマリカたち修道士が顔の前で手を組んで祈りの祝詞のりとを唱えている。

 

 ……ちなみに、タレムは、祭壇より更に上の位置。儀式場が、一望、出来る閲覧席で座っていた。

 儀式を見学する者は全員、その場所から見ることになっているのだが……。

 やはり、そこに、アイリスの姿はない。


(と言うか! 俺……以外、誰もいないし! マリカちゃん。絶対、確信犯だよね!?)


 小悪魔な嫁を思って苦笑するタレムが見守る中、儀式は次の段階へ移ろうとしていた。

 ……と、言っても、派手な事は無く、ただ、一人一人、修道士たちが祭壇に登り、聖母マリアから、《祝福の詞》と、新しい修道服をもらうだけである。

 そして、それが、全員終われば、《祝福の儀礼》も終わるという段取りだ。

 ……ここまでは、マリカがタレムに山登りの最中、説明していた。

 当然、儀式に参加する修道士ならば、タレム以上によく知っているため、儀式はスムーズに進行し、一時間程で終わるはず……


 ――だが。

 その時、段取りとは異なる行動をする者が突如、祭壇の上に、現れた。

 一番最初にその人物に気がついたのは、祭壇上のマリアだ。

 

「アベル司祭……? なぜ、貴方がここに?」


 そう、司祭、アベル・ベルアベットである。


「あん? なんだ?」


 ざわざわざわざわざわ……


 異変を感じて、閲覧席のタレムが立ち上がるが、何もそれは、タレムに限った事ではない。

 修道士たちもまた、予期せぬ事態に困惑していた。

 そんな中で……それは起こった。


「どうなさいましたか? なにかありましたか?」


 大事な儀式への乱入されて、怒った。と、言うより、単純に心配して近づくマリアを、


「お許しを……マリア様」

「はい?」


 ――どんっ!


「――っ!」


 アベルは、火口の穴に突き落としたのである。

 ……当然、マリアは為す術もなく、穴の底へと落ちていく。


「お母様――っっ!!」


 その事態に真っ先に悲鳴を上げたマリカが立ち上がり、祭壇へ登ろうとする。

 儀式はまだ、マリカが登る順番ではないのだが、もはや、儀式がどうのと言っていられる状況ではない。

 マリアが落ちた火口の穴は、溶岩が溜まっている場所まで続く穴だ。

 代々炎の魔法を持つ、グレイシス家の血を引く男達やマリカならば、おふざけ半分に飛び込むことも出来るが、外から嫁いできたマリアだけは違う。

 ……溶岩に落ちれば、普通に命はない。


「ちっ! 《時間停止・世界》」


 そこで、タレムが閲覧席から飛び降りながら、魔法を発動。

 世界の時間を停止する。


 と~~~~ん。


 祭壇に着地し、そのまま迷い無く、火口の穴へ飛び込んだ。

 そして、すぐにマリアを発見。

 落下しながらマリアの身体を右手で掴み、左手で腰に差す騎士剣を抜刀。そのまま壁に剣を突き刺した。


 ……そこまで、十秒。

 時間停止の限界まではもう少し猶予があるが、魔法が解けたとき、反動で穴をのぼれなくなっては元も子もない。


 仕方なく、魔法を解いて、時間の流れを元に戻した。


「く――っ!」


 当然、十秒分の反動からは逃げられない。


「――っ! ……あれ? 私、いま、火口に落ちて……」

「――まだ、最中です。動かないで! あっ、やっぱり腰に掴まってっ、片腕じゃ、流石に登れないから」

「あら、タレムさん⁉ あらあら、大変そうですね♪」

「他人事じゃないからね! あなたも大変そうだからね!」

「あらあら? では、失礼して」

「ひゃんっ……そこだめぇっ!」

「あらあら? ふにゃふにゃ? 若いのに……大変ですね」

「もうっ! 真面目にやってくださいよっ!」

「はて? 私はいつでも真面目ですよ?」

「くそっ! アンタもやっぱりグレイシスだな」


 魔法の反動と、マリアショックに耐え、タレムは騎士剣と予備剣の二本をうまく使って、壁をよじ登っていった。


(忍法、壁登りの術の特訓でござる(笑) とか言いながら、崖から落とされた経験がここで活きるとはっ。ござるぅぅっ! 感謝はしたくないけど、ござるぅぅっ!)


 もちろん、そうして、無事に……祭壇まで登り切り、一件落着……とは、ならない。


「アベルっ! てめぇっ! 一体どういうつもり……」


 タレムが穴から這い上がり、マリアを降ろすと激情のまま、祭壇に立つアベルに掴みかかろうとした……が。


「「「「キァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――っ!」」」」


 そんな激情すら、忘れてしまうような地獄画図が、祭壇の下に広がっていた。

 祭壇の下に居た、修道士達が軒並み、頭をかきむしって、悶え苦しんでいたのだ。

 

 ドクンッ。


 その時、タレムは、血の気が引くような、強烈な悪寒を感じた。


 なぜなら、百人の修道士の中には、


「マリカちゃんっ!」

「ああっ! あああっ! ああっっ!」


 ……最愛の嫁がいる!

 アベルの事など、どうでも良くなったタレムが、階段を飛び降りて、マリカの元へ走る。

 

「タレム……さまっ!」


 母を心配して、階段の近くへ来ていたマリカも、苦悶の中、タレムへ手を伸ばした……


 ……が。


 ――ばちぃんっ!


「――っ!」


 タレムとマリカの手は、薄皮一枚の所で、静電気に触れた時の様に弾かれた。


「これは……そういうこと……でございますか……」

「マリカちゃんっ!」


 何事だと、もう一度、マリカに手を伸ばすが、やはり、弾かれる。 

 そして、焦燥を強めるタレムと逆に、マリカが悟った表情で言った。


「タレムさま……。どうか、お母様を連れて、お逃げください。わたしはもう……助かりませんので」 

「何をっ! おいっ! マリカちゃん! マリカちゃん! マリカちゃんっ! ……マリカっ!」

「……っ。……ふふ」


 嫌な予感。嫌な予感。想像を絶する嫌な予感。

 それを吹き飛ばしたくて、タレムは、叫ぶ。


「助ける! 助けるよ! 約束したじゃないか!」


 壁だ。

 壁がある。

 マリカとタレム挟んで、一枚、透明な壁があった。

 ……薄いが、何度、叩いても、壊れない、頑丈な壁。


「無駄でございます。誰かが……わたしたちの生命を対価に、邪悪な何かを復活させる儀式を施しております……それを止めない限りは、この結界は消えません」

「儀式? 結界? ふざけんなっ! 知るかっ!  俺と俺の嫁の間をはばんでるんじゃねぇえ――っ! くそっ! くそっ! くそおおおお――っ!」

 

 叩いても、叩いても、叩いても……壁は壊れない。

 マリカの顔がどんどん青白くなり、タレムの手は避け、血がドロドロと流れていた。

 ならばと、騎士剣を振るっても、壁が壊れるどころか、騎士剣の方が砕け散った。


(くそっ! シャルカテーナがあれば――いや。ないものねだりは意味がない!)


「ならっ! その儀式とやらを止めてくる! ……だから」


 ――もう少しだけ、我慢してて。


 と、タレムが言おうとしたとき……


「……いいえ。儀式はもう……終わって……おります……」

「っ!」


 言われて気がつく、さっきまでの阿鼻叫喚が、静まり返っていることに。

 見渡せば、百人の修道士達は皆、白目を向いて倒れていた。


(死んでいる……のか?)


 更に、


 どそっ……


 今の今まで、タレムとマリカを阻んでいた壁が消え、マリカが力無くタレムに倒れかかっていた。

 ……いつもは、炎の様に暖かいマリカの身体が、今は氷のように冷たい。


「まりか……ちゃん?」

「ふふ……これが……わたしの終焉……で、ございますか」


 赤い瞳も色が薄くなり、顔も上げずに、ぐったりと虚空を見つめている。


「ハハハ……冗談……だよね?」

「悔いは……りませ……だっ……好きな人と一緒……なれま……ので」

「嘘……だろ? 嘘だってっ! だってっ! こんな! 急に! 何で⁉」

「タレムさま……寒い……です……抱きしめて……抱きしめてっ……独りはイヤっ」


 どんどん、どんどん、タレムの腕の中でマリカが冷たくなっていく。

 それが人の死であることを、普通の人より多く、死に触れてきたタレムは知っていた。


「っ!」

 

 最愛の人が死ぬ。

 そこに、劇的なものはなく、特別な理由もない。

 ……当たり前だ、理由もなく、意味もなく、ある日、突然、死ぬ人の方が多いのだから。


「タレムさま……っ……タレムさま……っ」

「いる……いるよ? ここにいるよ」


 ぎゅっと強く、タレムはマリカの肩を抱き、手を握った。


「あっ……タレム様。温かい……ふふ」

「……」

「ねぇ……あなた」

「なんだい?」


 何時もの無駄話のように答える、タレムの銀色の瞳からは、涙が溢れていた。

 マリカを救うことができないタレムに、できる事など、一つだけ。

 しっかり……愛するマリカを送ること。


「わたしが居なくても……あなたは……幸せに……なってくださいませ……」

「……っ!」


 ――人生最後の時。

 何を思うかは、その時になってみなければ、誰にも解らない。

 ……だが、マリカは、ただ、夫の幸せを願った。


「あなたの幸福に……わたしはおります……」

「……」


 タレムは声を出さずに泣く、奥歯を噛み締めて泣く。

 いま、この時、喚いて、マリカを不安にさせることだけはしない。


「向こうで……待って……おりますから……ずっと。だから……長く、健やかに、幸福に……生きてくださいね……?」

「……うん。わかってるよ」


 ……嘘である。

 マリカの言葉など、何時も、何一つ、解らない。

 最後であっても解らない。


「ふふ……あなたに……女神さまのご加護がありますように……」


 なぜ、健やかに、満足そうに、マリカが微笑むのかも解らない。


(俺は……何時も、マリカちゃんを怒らせてばかりだったのに……こんなことならもっと……)


「あいして……おりました……ずっと……」


 解らないまま……


「……」

「マリカちゃん?」

「……」

「そっか……ゴメンね。もっと……笑わせてあげられなくて……幸せにしてあげられなくて。ごめん……ごめん」


 ……マリカは逝ってしまった。


「うっうぅっう……マリカちゃん……マリカちゃんっ……マリカちゃんっっ!」


 そこで、嗚咽を漏らして、タレムは泣く。

 冷たいマリカの亡骸を抱き締めて、タレムは泣く。

 泣きわめいた。


 ……そして。

 マリカのからだ、そっと寝かせて、


「アベル・ベルベット! お前だけは絶対に……殺してやる!」


 タレムは立ち上がり、憎悪の瞳で、壇上の司祭を睨み付けた。(続く……)

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