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十話 『運命ってなんだろう?』

 標高五千メートルのレイライン霊山。

 古の時代より、神が住まう山、《神山》とも言われ、人々に畏れ、崇められてきた霊峰だ。


 その、山の山頂には、誰がどうやって建てたかも解らない神殿が存在する。

 そして、その神殿こそが聖教教会の始まりの地と云われている。

 故に、聖教教会の教徒達は大神殿と呼び、聖教教会本部の大聖堂よりも神聖なモノとしていた。


 普段は教皇であっても立ち入ることが出来ないその場所に、過酷な試練を(タレムだけ)乗り越えて到達した約百人の修道士が集まっていた。


 ……そこで、待っていたのは、


「ふふ。《山登りの加護》も無しに、よくぞ、参られましたね。歓迎、致しますよ?」

「ふふっん。お母様。これくらい当然でございますよ。タレムさまは凄い、お方なのですからっ」

「あらまぁ……ふふ」


 聖母、マリア・グレイシス。


「って! マリアさんっ⁉」


 言わずと知れた、マリカを産んだ実の母であり、

 タレムの好きそうな清楚な味わいを出す黒い髪と黒い瞳の美しい女性であった。


「あらあら。毎年、祝福の儀礼で、祝福の詞を授けるのは、聖母わたしのお役目だと知りませんでしたか?」

「全く……」


 ……そして、変人揃いのグレイシス家で唯一の良心と言える存在でもある。


「ふふ、なんにせよ。お久しぶりですね。タレムさん。愚娘の面倒をみていただいていること、改めて、感謝を申し上げますわ」

「えっと……」


 ……こんな会話、ただの挨拶である。

 だから、返答も、ありがとうございます。の一言で良かったのだが、何故かマリアの澄んだ瞳の前では……それが出来なかった。

 

「いや……むしろ。俺の方がマリカちゃんには迷惑を掛けていますから、苦労ばかりさせていて。申し訳ないと思っています」


 ……真に潔白な者の前では、

 自分の心のなかにある汚い気持ちを、隠していられないのが人間の性なのか?

 隠したまま、マリアを騙すような事を、本能が拒絶するのか?


(それとも、俺が汚いからか……)


 とにもかくにも……


(マリアさん、相変わらず、綺麗だなぁ……嫁にしてぇ)


「ふふっ。マリカの顔を見れば、貴方が娘を大切にしてくださっていることは解りますよ」

「……っ」


 だから、マリアの言葉は心に深く染み渡る。

 感謝されれば、素直に嬉しく、


「自信を持ってください。あなたはマリカを幸せにしておられます。……誰よりも」


 褒められれば、赤面してしまう。


「もうっ! タレムさまっ! お母様にデレデレしないでくださいまし! あなたのお嫁さんはこっちです」


 そんなタレムに、マリカは、危機感を感じて、背中に庇い、マリアの視線を遮った。

 ……グルルルっ!


「あらあら。マリカ。無闇に、主人の前へ出ては、淑女の品性が問われます……と、教えた筈ですよ?」

「これは、正当防衛でございます! 私の中の野生が、警鐘をならしております。それに……このまま、放置しておけば、このおバカさまは、お母様まで後宮に入れるとか言い出しかねませんよ?」

「あらあら……まぁまぁ……」

「満更でも無さそうな顔をしないでくださいよ! お父様が泣きますよ!」

「ふふ、そんなに慌てなくても、娘の王子さまを取ったりしませんよ」


 ……冗談です。


 と、マリアが言った時、タレムの表情をマリカは見逃さなかった。


「なんで、貴方は! 少し残念そうにしておられるのですか!」

「いやいや、マリカちゃん。流石に人妻には手を出さないよ」

「……本当でしょうね?」

「本当だよ……」


 ……と言いながら、少しドキドキしたことは内緒である。


「あらあら。うふふ♪ タレムさん。こんな四十近いオバサンでも、まだまだ、女として現役になっても良いということでしょうか?」

「オバサンだなんて言うもなじゃありませんよ。女の子はいくつになっても現役バリバリさ。マリアさんは今でもとても美しいですし(マジで……本当に)」

「あら、お世辞が、お上手ですわね」

「ハハハ、俺は美感にだけは嘘をつきませんよ。マリアさんなら、俺のハーレムに――」


 ――大歓迎なくらいですから。


 と。

 タレムが言おうとした時……


 ――プツリ。


 マリカの頭の中でそんな音が確かに響いた。


「もおうっ! お母様も、タレム様もっ! 悪ふざけも、いい加減にしないとそろそろ、怒りますよ?」

「うおっ。マリカちゃんが怒ってる。そして、怒ったマリカちゃんも可愛い」

「あらあら、嫉妬するほど好きなのですね。ああ、なんと、いとおしく、貴い子なのでしょうか。食べてしまいたいわ」

「ふ~た~り~と~もっ! もう、謝っても許しませんのでっ!」


 ……数分後。

 タレムとマリアは、マリカの足下で正座していたのは言うまでもない。

 ……はい。めっちゃ怒られました。


(冗談だったのに……)


 とにかく、そんなこんながあった後、いざ、《祝福の儀礼》を受ける為、神殿の中に入ろうとなった時……


「……お母様。《運命》とは、なんなのでございますか?」


 唐突に、マリカが、そう聞いた。


「はい?」


 訪ねられたマリアが、目を丸くして、

 ……いきなり、何、メルヘンな事を言い出しているのでしょうか? 相変わらず私の娘。可愛いですわ。食べてしまいたい。

 と、いうような事を思ったが……


「……運命とは、抗ってはいけないもの、なのでございますか?」

「……」


 ……予想以上に娘の瞳は真剣であった。


(そんなことで、そんな瞳になってしまうのですね……マリカらしい悩みとも言えますが)


「なにか、ありましたか?」

「神子さまが……なにもかも無駄だと、仰りました。何をしても運命は変わらないと仰っておりました」

「神子さま……ですか」


 マリカの瞳を曇らせているのは、大聖堂で会った未来を見るという神子の神託。


「マリカちゃんっ! まだあんなの気にしてるの? 気にしなくて良いって」

「有り難い御言葉を忘れてしまった。おバカさまは黙っていてください!」

「うおっ⁉ マリカちゃんまで俺の事、そう言う扱いするの……シビレルナァ❤」

「黙っていてください!」

「うぃ……」


 ……あの神託にマリカは、不穏なモノを感じ取った。


(終焉の時。という、あの言葉。破滅を予知されていたのでは?)

 

 だとしても、それは逃れられないと、神子は言う。

 抗ってはいけないと、言っていた。

 受け入れなければいけないと、言っていたのだ。

 

「すべて定められている運命だから……」

「マリカ」


 そこで、マリアが声をかけ、悲壮な表情をする娘の前に、円状の銀貨を一枚、取り出して、高く放り投げた。

 当然、銀貨はクルクルと回転しながら、上に登り落下し始める。


「お母様?」

「裏と表。どちらが出るかわかりますか?」

「え?」


 質問の意図を理解出来ず、答えられない間に、銀貨は地面に落ち、三度跳ねてから、……裏側で止まった。

 マリアはそれを、拾い、もう一度、投げる。


「マリカ。どちらですか?」

「えっと……えっと……今、裏でしたから、今度は、表でしょうか?」


 ……が、今度も銀貨は裏面を向けた。


「……っ」


 だが、それに、なんの意味があるのかと、マリカは母の顔を見た。


「マリカ。今、なぜ、裏が出たと思いますか?」

「えっと……お母様が――」

「――言っておきますが、私は、ただ、普通に投げただけです。銀貨にも種もなければ仕掛けもありませんよ?」

「……それなら」


 ……分からない。

 偶然でなはなく、二度も裏でる論理的な理由があるだろうか? 

 

 考えても、マリカは解らなかった。

 そんな、娘に、マリアはため息を付き、タレムに視線を移す。


「では。タレムさん。なぜ、裏が出たと思いますか?」

「あん?」


 聞かれて、タレムも少し考える。


 ……コインの裏が出る理由。

 前提として、銀貨の面は二つしかなく、裏か表しか出ない。よって裏が出る確率は二分の一。

 それが続けて二回も裏を出したが、マリアは種も仕掛けもないと言う。

 ……だとしたら、



「そんなの偶々(たまたま)に決まってる! 偶然の産物さ」

「はぁっ! タレムさまっ! お母様が、そんな卑怯な答え――」


 ーー正解です。


「流石ですね」

「いやはや。玉々(タマタマ)。当たっただけですよ。男だけに」

「ふふ。卑猥な事はだめですよ? そう言うことはムッツリスケベのマリカにやってあげてくださいね」

「マリカちゃんだと、スルーされる危険が……」


 ……え?


 っと、固まるマリカに、マリアは銀貨を拾って言う。


「マリカ。運命とは、つまりはこう言うことなんですよ?」

「タマタマ……が運命?」

「そうです。……が、貴女は淑女なので本当に《偶然》と言いましょうね。下品な女は殿方に好かれませんよ?」

「あっ……はい」

「さて。偶然、投げて、偶然、向いた、銀貨の面。それがなぜ、裏だったのか? それはもう――裏が出る運命だったから。と言えませんか?」

「……っ」


 マリアは、銀貨の面が裏であろうと、表であろうと、どっちでもよかった。

 どちらが出るか? など、結果を見るまではマリアにだって判るはずがない。

 ……だからこそ、それが良い。

 

「投げ方だったり、高さだったり、銀貨の回転だったりを突き詰めれば、演算、出来るのかもしれません。……が、そんなこと普通は出来ません。投げた銀貨がどちらの面を向けるかなど、結果を見てみなければわかりません。結果がでるまでは、どちらになるかなど、わかりません」


 だから、当てるには予想するしかない。

 勘で答えるしかないのだ。

 そして、勘で出した答えは、確実じゃない。

 裏かもしれないし、表かもしれない。

 高速で高度で無駄な演算でもしない限り、結果を見るまでは誰も分からない。


「それなのになぜ。マリカは表を選びましたか?」

「それは……なんとなく……」

「ならば、それも、また、今となっては表を選ぶ運命だったといえます」


 ……なにもかも不確定だったのだ。


 ――だが。


「銀貨が裏だった事実と、マリカが表を選んだと言う結果はもう、絶対に変わりません。これからなんど、思い出しても、時が繰り返してもマリカは表を選び、この銀貨は裏側を向いているはずです」


 未来は予想するしかなくても、過去なら、コインを適当に投げた偶然の出目すら、確定できる。


「運命とは、神が決めた摂理。いってしまえば既に定まった《過去》なのです。なんど読み直しても変わることがない、書物に綴られた物語りのようなもの。ならば、そこに偶然はありません。必然もありません。あるのはただただ終わっている必定・結果だけです」


 ……あの瞬間、あのタイミングで投げたコインはもう、裏しかでない運命となった。

 ……あの瞬間、あのタイミングで出した答えは、表としか答えない運命だった。


「それはもう、絶対に変わりません。変えられません。抗いようがありません。過去(運命)ですから」

「過去(運命)は……変えられない?」

「変えられますか?」

「出来ません……」


 過去は絶対に変わらない。

 だから、運命も変えられない。

 決まっているもの、終わっているものは変えようがない。


「では……やっぱり、運命には抗えないのですね……既に何もかもが決まっていて、何をしようと無駄なのですね……」

「ふふ。マリカ。貴女は昔から頭が固すぎますよ? せっかく、ほとんど私に似て、心も容姿も、美しく生まれたのですから、もっと柔軟になってください。こんなもの、ただの言葉遊びですよ」

「遊び?」

「そう、詐欺(ペテン)師がよく使う、人の心理を利用した言葉遊び……本当ではない、でも、嘘とも言えない、だからそこに真実がある……ように見える」


 そう、マリアの言葉はすべてペテンだ。

 確証がない。

 だが、それこそが、人間が騙る運命というものだ。

 すべては結果論で、ただの仮定に過ぎない。


「もし、この世界の未来が、銀貨の出目。過去と同じように、確定しているのだとしたら、どこかに、未来が記された運命という書物があるのだとしたら、それを、見て、定めている存在がいるのだとしたら、それこそまさに神様の領域、ならば人間に抗えることではありません。抗って良い筈もありません。運命の通りになるのでしょう。こうして話していることですら決まっているはずです……ですが」


 偶然の出目を運命と言うのはあまりに暴論で、過去が変わらないのは当たり前だ。

 

「人間は未来にしか進めない。過去にしか、遺せない。今しか観測、出来ない」

「――っ!」

「だから……あなたは今を、精一杯と生き抜く決めたのでは? 幸せになりたいと思ったのでは? その気持ちを大切にしようと思ったのでは?」

「……っ」

「例え、何者かの意思によって、未来が定められていても、偶然などないのだとしても、マリカのその気持ちだけは、本物である筈です……違いますか?」

「私の気持ち……心……っ!」


 最悪の未来を予感して、嘆いていても意味がないことは……時間が無駄と解っていたことだった。

 神子の神託がどうであれ、マリカの未来を決めるのは、心を決めるのは、マリカだと。

 マリカは、最初から自分で答えを持っていたのだ。


「お母様っ! 私――」

「言わずとも構いませんよ。さあ。可愛い顔を上おげなさい、マリカ。祝福の儀礼を始めましょうか。娘にばかり構っているわけにもいきませんし」

「はいっ!」 


 自分を取り戻し、顔の色がよくなった娘にマリアは暖かい微笑み向けていた。

 ……心暖まる、母と娘の愛である。


(一応、グレイシス家とは絶縁状態なんだけどね……まぁ、親子の縁は切れないか)


「あ。タレムさまは、儀式場には入れませんので、閲覧席から見守っていてくださいまし。あちらから、いけばすぐに……」

「……」


 だから……マリアの話はこれで終わり、マリカが儀式場へと向かっていく。

 この時……


 ……どくんっ。


 嫌な予感があった。

 ……嫌な、嫌な予感が――


「マリカちゃんっ!」

「はい。なんでしょうか?」


 なぜか……ここまで来て、儀式場へ行こうとする。マリカを止めたい衝動に襲われた。

 ……いや、腕をつかんで止めていた。


「……私が心配ですか? 閲覧席からも私が見えるはずでございますし、儀式も一時間とかかりませんよ?」

「……」

「終わったら、約束……しましょうね」

「やくそく……約束……アレか、楽しみだね」

「はい」


 マリアが言ったように、もし、運命があるとしても、それは決して解らない。

 解ると言うのはぺてん師か……それとも。


 どくん。どくん。どくんっ。


「タレムさま……?」


 激しい動悸と濁流のような嫌な思考の中、タレムは――。


「……いや。なんでもないよ。儀式。頑張ってね……見てるからさ」

「はいっ! 頑張りますっ!」


 こうして、このときタレムは、マリカと別れたのであった。

 ……そして、後から、これこそが運命だったのかもしれないと、タレムは思うことになる。

 

(ちょっとふわふわした話になったけど、そろそろ、動きます)

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