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八話 『ハリセンボンなのか、針千本なのか』

 再び、タレムの前に戻ってきたマリカは、修道服から着替え、赤と白の神官服を身に纏っていた。

 ……普通の神官服より、細部の飾りが多く盛られている衣装だ。


「祝福の儀礼。専用に仕立てた織物でございます……似合いますか?」


 頭の髪飾りが、元々、美しかった容姿をさらに際立たせ、

 薄い羽織と、下地の依の切れ目から、挨拶する脇肌は、雄の本能を(くすぐ)る。

 何重にも重ね着された衣の様々な色が合わさり出される風味は、神職に従事する女性にしか出せない味わいだ。


「……ああ……うん……」


 ……嫁が美しすぎて言葉にならない!


 そして、


(今すぐ抱き締めて、この上品なモノを俺の手で堕としたいっ!)


 そんな欲望まで、渦巻いていた。


「可愛いよっ! めっちゃ可愛いっ! それ、何枚、着込んでるの? 触って良い?」

「ふふ、肌依、下衣に中依、上依に羽織……羽衣や藻まで、合わせると纏っている布は十枚近くになります。これにはひとつ、ひとつに意味があり――」


 ――と、マリカが丁寧に説明するのだが……

 タレムの頭には入らなかった。

 ……そんなことよりも、だ。


「ちょっと、ちょっとだけっ! 先っちょだけだから、抱いてもいい?」

「あらあら……。珍しく、その気になって頂けましたか? ふふっ、行幸でございます。――でも、神事に赴く為に、清めた身を、汚す訳には参りません」

「つまり、駄目なのか」


 ……別にちょっとだけ、先っちょだけ、抱き締めたかっただけなのだが、


「夜まで……待てません?」


 そう言ったマリカの赤らんだ顔は、衣装のせいか何時もの十倍ほど、破壊力があり、タレムの本能が雄叫びをあげた。

 ……そう、こんな風に。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!」

「お、お静まりを。他の方もいますので!」


 そして、タレムは決めた。


 ――もう、シャルへの義理とか、どうでもいいっ! この可愛い嫁を今夜! モノにしてやる! ……と。


 男は時に、固く定めた誓約よりも、性欲が上回る生き物なのである。

 ……タレムだけ。


「約束だよっ! 夜まで待ったら思う存分、ムフフな事するからね!」

「ふふ、はい。約束、致します」

「今度は絶対だよ! 何時もみたいに、寝落ちとか、気が変わったとか! 寸前で嫌がったから辞めたとか、無しだからね!」

「ええ……解っております。(いつも失敗しているのは、ほとんどタレム様のせいな気がする……と言う事は。ふふ、言わない方がいいのでしょうね)」

「破ったら――」

「――針千本のみましょう」

「……え? 針……千本?」

「ご安心を、私は嘘をつきませんので」


 ――では、誰が為の罰なのだろうか?

 ……タレムは考えない事にした。


 閑話休題。

 

 そんな感じで、静寂が充ちる聖堂に騒音を響かせる、はた迷惑なおバカ夫婦は、祝福の儀礼を受ける修道士達が集まる広間に入っていた。


 少し、マリカも触れていたが、祝福の儀礼は、標高、五千キロを越えるレイライン霊峰山、山頂の大神殿で執り行われる。

 つまり、儀式を受ける為には、厳しい山道を登頂する事が大前提となっているのだ。


 しかも、山登りも、儀式の一貫で、決められた時間から決められた時間までに登り切らなければならい。

 だから、儀礼を受ける修士たちは、一度、ひとつの場所に集められる。

 

(……集まっている人数は百人程度かな)


 あたり前だが、修道服の人間が多く、タレムの様な修道服を着ていない人間は目立つ。

 そのため、その場にアイリスの姿が無いことはすぐにわかった。


(アイリスちゃん……これに参加しないってことかな? なら、なんでわざわざ、聖都にまで来てたんだろう――って、いまはそれより)


 ここから何人が過酷な山登りを遂げて、生き残る事ができるのだろうか?

 場に、妙な緊張感が走っていた。


「タレム様。そんなに気を張りつめなくても大丈夫でございますよ。教会も。普段、どうしても、運動不足になる修士を捕まえて、ただ、山を登れ。と命令するほど鬼ではありません」

「……どういうこと?」

「私たちの服には、神信術で山登りの加護が施されております……こう見えて、軽量な上、通気性もいいんですよ?」

「ん? しんしんじゅつ? 山登りの加護?」

「簡単に言えば、高位の修士だけが使える騎士の魔法の様な力です。この服を着ていると、どんなに険しい山道でも平坦な道のように歩けます。だから、毎年、登山の修練で脱落する方は殆どおりません」

「……」

「修行道はあくまで形式だけですので」


 にこり、と。

 マリカが、可愛い笑顔を咲かせてそう言った、が……


 ……ちょっと、待ってほしい。


(山登りの加護? え? なにそれ、そんなのあるの? 聖教教会マジ。すごっ! ……で、俺は?)


 この時、タレムは、何故、アイリスや他の付き添い人が誰も居ないのかが解った。

 そして、とてつもなく嫌な予感が駆け巡る。

 ……マリカの言う山登りの加護は、修道士達が着る祝福の儀礼専用の正装にしか施されていない。


(道理で、山登りするってのに、あんな動きにくそうな服装になるわけだハハハ)


 しかし、タレムの格好は、何時もの騎士礼装である。

 騎士礼装は動きやすく、汚れづらく、破けにくい繊維で作られている……が、当然、山登りの加護なんてものはない。


 つまり、斜面は斜面と言うことだ。(当たり前)


(俺はシラフで山登りなんじゃね?)

 

 ちょっとした、絶望にうちひしがれていると、広間の奥にあった大扉が開いた。

 扉の外に、長い長い山道が見える。

 ……地獄への山道だ。


 だが、修道士の集団は臆する事なく扉に向かって動き始める。

 

(……そりゃそーだ、そんな加護があればね)

 

「あっ。始まりましたね。では、タレム様。急ぐ必要はありませんので、ゆっくりと参りましょうか……フフフ」

「ねぇ。マリカちゃん……騙してたでしょ。ねぇ! いくらなんでもこれは悪質じゃない?」

「はて、なんのこと、ですか? (白目)」

「……俺、やっぱり、ここで待ってて良い? (涙目)」

「儀式は夜です。当然、山頂の神殿で一泊、致しますが……。針千本、呑みますか?(真顔)」

「……(血涙)」

 

 こうして(タレムだけ)過酷な登山が始まったのであった。

 ……酷くない?(つづく)

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