幕間 『グレイシス家の家族団欒』
タレムが聖徒レイラインに向かう少し前のこと。
……親友、イグアス・グレイシスは、帝都の実家で《石抱き》責めを受けていた。
石抱き。とは、そろばんの様なギザギザな台の上に正座で座り、さらにその正座の上に重石を乗せると言う拷問の一種だ。
これを受けた者は、自重で脛の肉がえぐられ、想像を絶する苦痛を受ける事になる。
……中には、一生、足が動かなくなるような後遺症も残ることがある。
「くぅっ!」
「ん? どうしたんだい? ああっ、もうひとつ重石を積んで欲しいんだね? まったく、イグアスは欲しがりさんだね♪」
どさんっ。(重さ二十キロの石が三つ積まれた音)
「ぐぅぅぅっ!」
「いいよ。いいよ。ぼくは優しいからね。ひとつと言わず、何個でも積んであげるよ」
それを嬉々として課しているのは、グレイシス家で一番、優しい、凶炎候、イグニスである。
そして、
「イグニス。そのくらいに、しておけ。イグアスが死ぬぞ」
苦悶の表情で、膝から血を垂れ流す、イグアスの姿に、イグニスを止めるのは、グレイシス家で一番、非常な紅蓮の幻獣師、イグルスだ。
「えっ? なんでよ。こいつはグレイシス家を裏切ったんだよ? よくもまぁ、帰ってこれたもんだね。ねぇ、イグアス。あの失敗から、僕たちが巷で、何て言われてるか知ってる?」
《あの失敗》は、あくまで、帝国の裏側で起こったことだ。
しかし、グレイシス家の人間が新興の弱小貴族、シャルタレム家との抗争に悉く負けた事は、隠しきれなかった。
……正確には、クラネット家の横やりや、グレイシス家の内部分裂が大きく関係しているのだが。
その辺は、外に漏れてはいない。
コレは、氷の女王アイリスの事後処理と、第一王女、シャルル王女の手腕である。
とにかく、帝国の英雄と言われていたグレイシス家の敗北は、狭い貴族界を震撼させ、シャルタレム家の名前を押し上げた。
……が、反面、グレイシス家の名前は地に堕ちたのである。
今では、公爵の地位も危ういほどに。
そんな、グレイシス家を差して、人々はこう呼ぶ。
「帝国の英雄……(笑)。だよ? (笑)! 何、カッコワラ。付けてやがるんだよ! あの民衆ども! 今でも僕たちに守られている癖にっ! あのばかにした顔がムカつくぅぅ~~っ!」
「それは兄さんの気にしすぎ……だ」
どさんっ(更に、石が三つ積まれた……)
「ぐぅぅううううううううううううっ!」
「しかも、僕まで《凶炎候(笑)》とか呼ばれているんだよ! ねぇ。イグアス! 解るかい? 僕たちの、いや! 僕の屈辱がッッ!」
どさどさっ。(更に、石が六つ……)
「こら、やめないか!」
とうとう、度が過ぎると、最愛の弟を、世界一優しい兄から、グレイシス家で一番非常な男が奪う。
……そして、
「いいんだ……イグルス兄。これぐらいの覚悟は――」
「――あまり、責め立てて動けなくなったら、次のお仕置きができなくなるだろう」
「……」
……イグアスを、熱々に熱した数千度の釜の中に放り込んだ。
これも、釜茹でと言う、拷問の一種である。
「ぐああぁああああっ!」
石抱きで裂けた部位から、身体が茹で上がっていく苦痛は、常人ならば確実に死ぬ危険な拷問だった。
「兄さん……それは、流石に、イグアスが可哀想だよ……」
「家に逆らったんだ、グレイシス家の人間として、罪を犯したら罰は受けなければな。だが、安心していいぞ。死なない程度で次に行く」
「……それを、生殺しと言うんだよ」
グレイシス家で一番非常な男は真顔で、次の拷問具を用意し、
「ほら、イグアス。つらいだろ? 死んだ方が楽になれるから、僕が殺してあげようか?」
世界で一番、優しい兄が、甘い誘惑をする。
(やっぱり、この家系、狂ってる……な)
イグアスが、兄たちの拷問を受けながら、呆れ返ってそう思っていると、
「イグアスっ! イグアスっ! マリアたんがッ! マリアたんがッ! おれのマリアたんがいないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
血相を変えた父親、アルフレッドがそう言って、乱入し、釜茹でされているイグアスに言い寄った。
(また、一番ヤバイのが来た、な)
「イグアスっ! マリアたんは! おれのマリアたんは何処にいったんだ!」
「……親父。オレ、いま、グレイシス家伝統の責め苦を受けているから後にしてくれ」
「まりあっ! まりあっ! まりあああああああああああああああああああああああああっ!」
「……」
「おれのまりああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああたんっ……(もう、帝国を焦土に変えちゃおうかな?)」
「……母さんなら、仕事で聖都に行くって昨日、言ってただろ」
「なんだとっ! おれのまりあたんがっ! 独りで⁉」
「いちおう……マリカとタレムも聖都には向かってる(と、アイリスも……か)」
――あ、そうか。
と、アルフレッドは思い出して、
「ーーで? お前たちは、仲良さそうになにしてるんだ? 楽しそうなことしてるなら、父さんも混ぜてくれ」
「……」
……ようやく、息子たちの残虐行為に気が付いた。
それから、イグアスが、何故、拷問を受けるに至ったかを聞いたアルフリードは、
「ばっかやろううがぁぁぁっ!」
と猛り、
「それなら、イグニス。お前もだ」
「え? ぼく? 失敗したことか……な」
「お前っ! おれのかわいい、嫁に行ったばかりのひとり娘を、焼き焦がしたそうじゃないか! 許せんっ!」
「そこっ⁉ それは父さんの命令――」
――問答、無用っ!
「力に溺れるなと、教えただろう!」
「――っ!」
と、言って、
ザブンっ!
イグニスを釜茹に頭から水没させた。
さらに、
「当然、イグルス。お前もだ!」
「……無駄なんだろうが、一応、理由を聞かせてくれ……」
「お前。タレムくんに、わざと負けただろ?」
「……いや、存外にクラネットの残虐姫と、敗北王の共闘は厄介だったんだ」
「嘘つけ。それでも、お前は、負けない筈だ! 《アレ》を召喚すれば、な。報告書は読んだぞ。何故初手で、アレを召喚しなかった?」
「……っ!」
「ふ。妹の婚約者を殺したくなかったか? イグニスと違って……いい子に育ったな。可愛いやつめ。だが、グレイシス家の正義に反した! 故に! おしおきだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――っ!」
ざぶんっ!
イグルスまでも、釜茹でになった。
そして、
「……おれも、こうなると思っていて、お前たちを自由にさせたからな。おれもおれに! おしおきだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――っ!」
ざぶんっ。
アルフリードも自ら、熱湯に飛び込み、親子、四人で仲良く拷問を受けることになった。
「父さん! ぼくは間違っていないっ! あちちち……と言うか、父さんは、母さんと、マリカにだけ甘すぎるよ! ぼくだってあなたの息子だよ! もっと大事にしろ! 息子を拷問にかけるんじゃないっ」
「うるさいっ! お前は、弟に負けた事実を直視しろ! この雑魚がっ! それと、息子なんて可愛くないが、父親にとって娘と嫁は可愛いものなんだ! 差別するのは当然だ 熱っ……意外とシンドイな」
「アツアツアツ……まけてないっ! ぼくはまけてないっ! 大体っ帝級魔法なんてずるいじゃないかっ! 兄さんも僕の魔法を使えるし……みんなズルいんだ!」
「ズルいとか、炎の無効化と吸収をする、兄さんにだけは言われたくない、な……」
「俺は……あいつらに手加減してたのか……ふっ。そうかっ」
「こらっ! イグルスっ! 何を満足そうな顔してお仕置きされてる! 故意に負けたお前は二倍の拷問を受けてもらうからな! 英雄の戦いに敗けはゆるされんっ」
「ふっ……(満面の笑み)」
「こらぁぁぁぁぁ――っ!」
……こうして、グレイシス家は、いも通りの家族円満な時間が流れていた。
「と言うか、親父の命令、逆らっても、従っても、裏切っても、お仕置きは受けるんだな」
「イグアス。それを言うな、いつものことだろ? 強者絶対だ」
「ぼくはわるくなーーいっ!」
「お前ら全員っ十倍だああああああああああああああああああああああああああああ」
(閑話。終わり)




