七話 『つまり、何も解らないと言うこと』
「フッ、食えん娘じゃのぉ……」
アイリスが立ち去る背中を見て、ウィルドルドは誰に言うでもなく独り、そう呟くと。
一度、タレムをじっと見つめてから、
「では、儂らも、いくとするかのぉ」
――うぬらも、あまり騒がんようにのぉ。
そう言って、ウィルドルドは聖堂の奥へと、消えていく。
……アイリスが言ったように、教皇の目的は、タレム達を叱りにきた訳ではない。
「そなたとは永久の離別になる。……運命は変わらぬが。もし、災いを避けたくば、神山に近寄るなかれ……」
「では。僕も失礼しますね。マリカくん。タレムさん。山頂でお会いしましょう」
そして、当然のように、神子と司祭もその後に続いた。
……最後まで、神子の言葉は意味深だった。
「神子さま……不思議なお方でしたね」
「だね。……いくら可愛くても゜あれじゃあハーレム候補からは除外かな。……意思疏通、出来ないし。でも、そう言う点では、マリカちゃんと似てるのかもね。ほら、終焉とか、永遠とか! 使い方の方向性は真逆だけど」
「わたしを虐めるのは構いませんが……(嬉しいので)。神子さまのお言葉。それだけは。忘れないようにしてくださいまし。自ら神託の神子を名乗る詞。必ず、なにか意味がありますので」
「え? もう忘れたけど」
「……」
(それより……司祭まで……か)
政治の匂いが香るマリカの昇級に、アイリスのあの態度。……は、いつものこと。
そして、普段は人前に出ないと言う神子をつれた教皇が、自ら、わざわざ聖堂に出向いた事実。
そこに、偶々、居合わせた司教と言う存在。
「マリカちゃん。アベル司祭……今回の儀式で何かしたりする?」
「いいえ。司祭さまが行うことは特にございませんよ……監督役であるとは聞いておりますが」
「……監督役、ね」
「きっと、その件で、教皇さまとお話でもあるのでは」
「……」
(この《祝福の儀礼》裏で何かが動いてる……か。はぁ、こういう心理戦は苦手なんだよなぁ……シャルがいてくれれば。ああっ! シャルに甘えたいっ! 黄金に輝くあの髪をなでなでしたいッ! 甘い体をペロペロしたいっ!)
「タレムさまっ、浮気しておりますね……?」
「あん? してないけど……」
「ジィーー」
「そんなに疑った眼で見ないでよ! 俺はマリカちゃんが世界で一番、好きなんだからさ」
「では、シャルさまのことは?」
「もちろん、世界で一番、好きさ」
「あなたは……一番がたくさんあって、楽しそうでございますね。……おバカ」
……まだ、確実とは言えないが、はっきりとした違和感。
いや、もっと恐ろしい、嫌な予感が頭に付いて離れない。
「……ところで。今のは、どう言うことだったのでございますか?」
「あん?」
このマリカの質問は、タレムが考えているような深い意図はなく、もっと表面的なもの。
教皇とアイリスの意味深なあのやり取りに、どんな意図があったのか、何が起きていたのか、それを聞いているものだ。
(案外……そっちが、的を射ているのかもね)
――なんにせよ。
「さぁね……あんな腹の探り合い。俺には解読不能だよ。深く考えないのが一番さ」
タレムには、表面的なやり取りの意図も、裏に潜む何者かの思惑も、どちらも解らない。
「――でも、俺の腹なら、探らなくても教えてあげるよ?」
「聞きましょう」
「好きな人は絶対に守る!」
言って、ぎゅっと、マリカの肩を抱き寄せる。
……例え、誰のどんな思惑があろうとも、タレムの大事な女性は変わらない。
「ふふ、まったく、あなた様ってお人は……ふふ。もっと、強く。抱きしめてくださいまし~~♪」
「おおっ、最近の甘えん坊なマリカちゃん。超かわええ」
「ふふ♪」
そうして、タレムとマリカも、《祝福の儀礼》に向けて準備をするために、その場、離れていった。
その場に残るのは、三つ神器だけ。
「――でも。……いくら、格好いいことを言って誤魔化しても、神子さまと親密そうになされていたところ、見逃しておりませんので。――一体、どう言うご関係であらせられるのか、きっちりかっちりお話を聞かせてくださいまし(真顔)」
「何故に怖いマリカちゃん⁉ 神子に関しては本当に心当たりないがないんだけど⁉」
「では……好きな人を守るとは? 随分と抽象的なお言葉でございますね。一体、誰を守ってくださるのか」
「マリカちゃんだよっ! 何で、ねぇ、なんで、さっきから、そんなに疑ってるの?」
「タレムさまに――いえ。なんでもございません」
「言いかけて辞めないでよ!」
ウィルドルド・ドラクレア。
アイリス・クラネット。
タレム・シャルタイル。
聖堂の空気を張り詰めさせた三組は、三者三様の道に別れて、それぞれの道を進み始める……。
「あっ、それから……」
「まだなにかあるの?」
「此処から先の領域は男子禁制ですので」
「え?」
が、すぐに……マリカは、とある扉の前でそう言って、
「神聖な儀式の前に清水で体を清めたりする場所と、申し上げればわかりますか?」
「えっと、つまり、女性浴場?」
「はい。似たようなところでございます。わたしは別に、タレムさまになら、肌を視られようと構いませんが――」
――他の雌豚の醜態を見せる訳にいきませんっ!
「一時間ほど、そちらで待っていてくださいまし」
「……」
「浮気せずに」
と、タレムを残して、行ってしまった。
「だからしねぇよ!」
その後、結局、タレムは二時間ほど、待ちぼうけしたのであった。
……いと悲しや悲しや。
(1章、終わり。今回は全四章くらいの予定……きっと)




