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六話 『神子・ノルン。登場っ!』

 突如、現れたアイリスが言った言葉に、マリカは息を飲むことしかできなかった。

 ……確かに、蘇らせる魂と相性のいい肉体があれば、死者蘇生は成功する。


「うふっ。アンタと会うのは、久しぶりね。子豚ちゃん」


 ――しかし……それは……


(アイリスさん……貴女は……まさか)


 脳裏に浮かぶ、嫌な予想を、マリカは強引に掻き消して、タレムの腕を掴んだ。

 ……しっかりと、掴まえて、離さないように、離れないようにしてから、


「……アイリスさん。もう、止まりませんか? 幸せは、近くにあるものでございますよ?」

「……」


 ひどく悲しそうな声で、そう……聞いた。

 その言葉に、アイリスも、


「じゃあ、私も、一つ、聞きたいのだけれど。もし、アンタの愛する人が、ある日、突然、別の人間の魂に入れ替わったとしたら……アンタは《ソレ》を愛せるの? 《ソレ》を愛する人として、愛していいの?」

「それはっ……」

「生命を作っているのが魂なら、人を作っているのもまた、魂なのよ」

「……っ」


 答えられないマリカに、氷点下の眼差しを向けて、

 

「ふっ。答えなくてもいいわ。アンタは修道女だもね――ただ。私は、取り戻すって決めた……そういうことよ」


 ……悲しそうな声で、そう、言ったのであった。


 マリカとアイリス。

 麗人、二人の静かな視線が、火花を散らして交差する。


 だが、何の話をしているのか、ついて行けなかったタレムは、

 ……取り敢えず。


「ア~イリスちゃ~~んっ❤」


 偶然にも、こんな場所でアイリスに会えた嬉しさに奮え、本能が囁くままに、抱きかかった。

 ……が、


「邪魔よっ」


 ――ドスっ


 アイリスは、顔色一つ変える事なく、飛びかかって来るタレムの鳩尾を拳で強打。


「ぐぅぅ⁉」


 そして、大理石の冷たい床に儚くも散った、タレムを、一瞥する事もなく、その隣を通りすぎた。

 ……THEっ。COOL!!


「た、タレムさまっ⁉」


 夫のそんな光景に、良妻は、慌てて駆け寄り、その身体を起こすと、


「もう、貴方さまはっ、何を堂々と、浮気しておられますかっ!」


 ……この場に味方はいないらしい。


「うぅ……コレは浮気じゃないっ。本気なんだっ!」

「おバカさまっ! それなら、尚更、悪いですっ! おしりペンペン致しますよ?」

「やめて、やめて、それだけはぁぁぁ!」

「ペンペンペンペンペンペンっ」

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん❤」


 ……と、そんな、夫婦漫才を後ろに、アイリスは展示台に飾られる《神凪ぎの剣》。

 別名、《選定の剣》を手にとっていた。


 瞬間。

 タレムが騒ぐせいで騒がしかった大聖堂内から騒音が全て掻き消えた。

 

 タレムも含めて、其所に居る誰もが、選定の剣を持つアイリスの姿に、世紀の瞬間を期待したのだ。

 ……この薄氷色の美姫ならば、神器に選ばれることも有り得る、と。


 そう言う、言葉に出来ない雰囲気オーラが、アイリスにはあったのである。


 ……しかし、アイリスが剣を抜こうと力を入れても、石の鞘から刀身が抜けることはなかった。


「「「……」」」


 数秒の沈黙を空け、


「何よ。コレ、ただの石なんじゃないの?」


 アイリスが、不機嫌そうに呟いて、剣を乱暴に離した時――


「我が教会の至宝。あまり、乱暴にされると困るんじゃがのぉ」

「あ?」


 ――背後から、とある人物の声が響いた。


「「――ッ!」」


 声の主は、爽やかな緑髪のダンディーな中年神父。

 数歩、後ろに控えた場所には、透明な空気を纏った存在感の薄い少女もつれている。

 ……少女の年は、マリカより二つか三つ幼いくらいか。


 中年神父は、マリカとタレム。そして、司祭アベルの真横に並んで、アイリスを陛倪した。

 その人を見て、


「「きょ、教皇倪下ッ⁉」」


 マリカとアベルは大きく狼狽える。

 何せ相手は、聖教教会のトップ、ウィルドルド・ドラクレア教皇であったからだ。

 ……聖都に居を構えているとは言え、教皇、自ら大聖堂に足を運ぶのは非常に珍しい。


「――っ!」


 当然のように、アベルが頭を低くして、マリカも……。


「タレムさま?」


 続こうとしたのだが、それはタレムによって止められた。

 教皇は、アルザリア帝国の権力図でも、公爵の男、準男爵のタレムとその妻は、頭を下げなければならない。

 それが、アルザリア帝国の法である。


 ――が、


 タレムは信念をもってその法を犯す。

 確信犯である。

 ……公にはならなかったが教皇は、第二王妃と肉体関係を持ち、子供まで儲けておきながら、最後は第二王妃を見捨てて、一人、難を逃れた男だ。


(騎士として。こんな奴に、頭を下げる訳にはいかない) 


「……」

「……御心のままに」


 タレムは何も言わなかったが、毅然として、立ち続けるその姿から、その意思を読み取ったマリカも、迷いなく、背筋を伸ばして、夫の横に並ぶ。


 タレムとマリカ。教皇と連れの少女。そして、アイリス。

 三組の視線が交わり、ピリピリした重い空気がその場に満ちて行く。

 ……正確には、タレムとアイリスとウィルドルドが、その空気を作っているわけで。


(恐い……コレが政治。たった一つの弱味も見せられない。とてつもない緊張感でございますね。タレムさまはいつも、こんな世界で……)


 マリカは、必死に、その重圧に耐えていた。

 ……タレムの妻として、足だけは引っ張りたくない。

 

(何が起きても、おかしくはありませんね……)


 いつ、破裂するかわからない、爆弾を前に、立ち止まっている感覚だ。

 ……生きた心地がしない。


「……」


 長い。長い。沈黙が続く。

 それでも、マリカは、タレムの背中を見て、手を握って、動揺を誰にも悟らせる事なく立ち続けた。


「うふ、謝った方がいいのかしら、どうしてもって言うのなら、謝罪するけれど。……タレムが」

「なんでだよっ! 絶対に嫌だかんなっ! 俺、こいつ生理的に嫌いなんだ」

「私の為よ。我慢なさい。男の子でしょ! それと、私、アンタのこと生理的に嫌いなのよ。死んでくれない?」

「俺のために我慢しなさい! 女の子でしょ!」


 そんな沈黙が、一時間以上にもマリカは感じたが、実際には数秒で、破られていた。

 ……しかも、思ったより緊迫感のない会話である。

 そして、これは何時もの事だが、アイリスもタレムと同じく教皇に頭を下げるつもりはない。

 むしろ、ウィルドルドの厳つい瞳を、睨み付けて嘲笑している。


「ふっ、謝罪は結構。……聞いていた通り、気の強いおなごじゃのぉ。どれ。愚息から乗り換えて、儂のモノにならんかのぉ? 一生、可愛がってやるぞい?」

「遠慮しておくわ。だって、私のカラダ。アンタみたいな、すけべジジィのしぼんだモノじゃ、満たせないもの」

「そうだ。そうだ! アイリスちゃんには。俺みたいな若くてカチカチの――」


 ――バカは黙ってなさいっ!


 ギロリと。

 アイリスの殺意に満ちた視線がタレムに向けられる。

 ……めっちゃ恐かった。


「うっ」

「タレムさま……静かにしていましょう? (その方が安心できますし)」

「うぅっ」


 狼狽えた背中を支えてくれる、マリカからすら、冷たい視線を受けて、針のむしろとなり、タレムは心で滂沱。

 されとて、教皇とアイリスは、どんどん話を進めていく。

 

(くっ! 俺、場違い? じゃ……帰って良いかな? ……だめか)


「――で? まさか、《教皇》さま。が、そんな小さな事を言うためだけに、ここまで来たのかしら?」

「ふむ。切れ者じゃのぉ。ますます。欲しくなったわい」

「「……」」


 既に何もかも知っている。

 とでも言うかのように、アイリスは教皇が連れる、透明な雰囲気の少女に視線を向けた。

 そして、教皇もまた、そんなアイリスを全て見透かしているような笑みを浮かべている。

 ……この二人、どこまで相手の懐に入っているのか。


 因みに、タレムはやっぱり何も解らなかった。

 

(そう言えば、誰なんだろう……教皇の後ろに控える奥ゆかしい感じの薄幸少女。まさか、教皇の妻とか? それにしては幼いか……いや、鬼畜王の妻も幼かったし……)


 タレムが会話に入れず、暇すぎて、指でも加えようかと、思っていると、


神子みこ……さま?」

「……っ!」


 教皇が明言する気の無かった少女の正体を、マリカが言い当てた。

 瞬間、アイリスと教皇の鋭い視線がマリカを射抜く。


 ……だが、


「神子……?」


 といわれても、タレムには良くわからない。

 聖教教会の役職にそんな立場の名前もない。


「こらこら……お二方。この子は俺の嫁だからな」


 ……一応、二人のヘイトを稼いでしまった、マリカを背中に隠しておく。

 

「……神子とは、立場ではなく、神に寵愛され、神の奇跡をその身に宿す、存在自体が、神に近い者たちの総称でございます」

「あん……」


 そんな、どこまで行っても蚊帳の外な、タレムの為に、マリカは説明する。

 ……やはり、この場で、唯一、タレムに優しい存在であった。


「……達。と言っても、神子の存在は希少で、現在、教会が認識している神子は、たった一人……その希少性からか、普段はけして人前に姿を見せませんが、……なんでも。未来を見通す力があるとか」


 神子に関しては、文献も少なく、実際に見たことも無いため、マリカも、解らない事の方が多いのだが……

 神に愛され、神の奇跡を身に宿していると言う、神子と言う存在は、

 ……普通の人より多くの神気を身に纏っていた。


 ――それこそ、何処かの《敗北王》のように。


 故に、神気を感受する力に長けたマリカには、教皇の後ろに立つ人物の、その身に纏う高濃度の神気で、神子と、判別することが出来たのだ。


「ほーう。一目でソレを見破るか。流石は聖母の娘と、言ったところだのぉ。ノルンよ。この際じゃ。神託とやらを授けてやるのじゃ」


 マリカが手に持つ真実の鏡を長し見て、嘘が無駄と悟ったウィルドルドは、豪快に笑うと、背後の少女に目配せをした。

 

「……」

 

 それを受けて、透明な少女がカツカツと、三人の前に出でる。

 それまで、少女の存在があまりに希薄だった為、タレムたちは、そこで初めて容姿に意識が向き、息を呑む。

 ……いままで何故、気がつかなかったのだろうか? 


 と、思うほどの美しい容姿を持ち。


 薄く開いた瞼の間から見える特徴的な眼球の色が、

 左目は碧で、右目は白のオッドアイ。

 ……どちらも、どこかくすんでいるが、綺麗な色である。


 しかも、頭に被った神官帽子から犬を夢想する二つのふさ耳が映えていた。

 毛色は眼球と左右対称で、左耳が白に、右耳が碧。

 そして、フォルムの良い、お尻から、青色の尻尾もぺチャリと延びていた。


(おお~~っっケモ耳。かわええなぁ。かわええなぁ。……マリカちゃんの方が瞥品さんだけど)


「タレムさま。神子さまに、不潔な視線を向けないでください! あなたが汚して良いのは私だけでございますよ?」

「向けてないっ!」

「……」


 ……と、否定しても、マリカは白い瞳を向けている。

 当然だ。

 マリカが持つ、真実の鏡がタレムを真っ黒に染めていたからだ。

 ……厄介な鏡である。


 ――コホン。


 タレムは、気を取り直して、神子に向き合い、腕を伸ばす。

 ……かわいいから。君は俺のハーレムインだ!

 とかは、マリカが激怒してもおかしくないため言わない。


(そもそも、マリカちゃんとキャラ被ってるし、神官は二人もいらないんだよなぁ。幼妻(ロリ)枠はシルがいるし)


 ……が、挨拶くらいはしておこう。

 と、口を開きかけたその時。

 突如、うつろだった神子のオッドアイが輝きを取り戻し、タレムを捉えた。

 そして、


「そなた……われ救世主(メシア)か?」


 か細く、聞き取りにくい小さな声で、ボソッと、そう呟いたのである。


「あん? メシア? まりかちゃん解る?」

「メシアは、神様の言葉で、『救済』や『救世主』を意味します」

「……ん?」


 当然、いきなり、そんな事を言われても、言葉の意図が解らず、首を傾げるしかない。


(救世主って……言われても、なにか助けて欲しいのかな?)


 すると、


「……そう」


 神子はまた、瞳の光を鈍らせ、存在感が薄くなった。

 ……その瞬間、タレムは、取り返しの付かない間違いを犯してしまったような激しい悪寒に襲われた。


 ザワザワザワザワ……。

 しかし、神子はすぐに再び顔を上げ、


「……われは、神託の神子。ノルン。姓は無い」

「……」


 なにも無かったかのように名を名乗った。

 それで、タレムも我に返り、


「俺は――」


 ……名乗り返そうとしたのだが、


 ――知っている。


 神子は皆まで聞かずに、そう言って、タレムに指を差し、


「――タレム。姓はアルタイルか、シャルタレム」

「っ!」


 先に言い当てて見せた。


「凄いっ! ソレが噂の未来を見る力かい?」

「……未来などない。偶然も必然もない。あるのは既に定められた結果・運命だけ。そなたとここで逢う事も、語らう言葉も、決まっている」

「……あん?」

「そなたが何をしようと運命は決して変わらない。終焉しゅうえんとき、このことばを思い出せ」

「……しゅうえんのとき?」

「なんぴとも、運命からは逃れられぬ……一度、綴られた物語は変わらない。されど、運命を綴れるのも、また人なり」

「あばばばば」


 神子は意味深なことを言うと、更に、指をマリカに向けて、


「そなたは、マリカ。姓は、同じく、アルタイルか、シャルタレムか、ドラクレア……は違うか」

「っ……」

「けして、忘れるなかれ、運命に抗うなかれ。されど、恐れることもない、そなたの想いは無駄にはならぬ」

「……はい」


 次に、神子が前に出てきて以来、じっと様子を伺っていた薄氷色の少女に指を向けた。

 そして、


「そなたはアイリス。姓は――」

「――クラネット! 誰でも知っていることよっ!」

「……。そなたが――」

「――ふん」


 ――くだらない。


 アイリスは吐き捨てるように、そう言って、長い髪をかき揚げると、反転した。


「もう、ここに私の用は無いわ」


 目指す先は、大聖堂の出入り口。

 ……これだけ場を混沌にしておいて、帰っていくつもりだ。


(いや、混沌にしたのは神子か……意味深過ぎて、途中から、宇宙人と交信しちゃったよ)


「っと、待ってよ。アイリスちゃん!」


 ソレをタレムは、止めようと声をかけたが、アイリスは足を止めることなく言う。


「死ねっ!」


 ひどい。

 ……が、ここで、引き下がっていたら、アイリスとは殆ど会話など成立しない。


 ――だから、ここは攻めるしかないのだ!


「どうせ、アイリスちゃんも、祝福の儀礼にきたんでしょ?」


 聞いてはないが、アイリスが聖都にいる理由を推測するのは簡単だ。

 アイリスの夫、ウィルムの昇級も、第二王妃の力を手にいれたアイリスなら、余裕でできる。

 

 ……それに対して、なにかを言うつもりはないが、

 


「折角だし、一緒に山登り――」

「――死ね!」


 スタスタスタ……。


 ……酷すぎる。とりつく島もない。

 が、そのまま、行くと思ったアイリスは、出口の前で、一度、足を止めた。


「《も》? ……って、アンタ。まさか、その子豚ちゃんが、上級修道女になるって言うんじゃないわよね?」

「え? そうだけど……」

「……何をしたらそうなるの?」

「えっと、日頃の奉仕活動がどうたらって……」

「……そう。つまり、なにもしていないのね」

「こらこら」

「……」


 ……だが、言いたいことはわかる。

 修道士歴一年目の新人が、教会への賄賂もなしに、昇級するなんて上手い話、有るわけがない。

 この話の裏には、政治の匂いがある。


 ……だからこそ、過保護と知った上で、タレムもマリカについてきたのだが。


「ふんっ」


 そこで、アイリスは、もう一度、ウィルドルドを睨みつけ、


「別に何をしようと勝手だけれど……私の邪魔をするのなら、誰であろうと殺すから」


 そう言って、立ち去るのであった。


(邪魔をするも何も、アイリスちゃんの目的を、誰も知らないと思うんだけど……)


 ……いつでも、どこでも、誰にでも、傲慢な氷の女王さまである。(続く)

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