二話 『再起を決意し最強と戦うっていう絶望』
《アルザリア帝国》……総人口、四千万を誇る大帝国であり、その歴史は数多の血と屍によって成り立つ。
現在も、国境ではフィースラリア皇国と血を血で洗う戦争が三百年以上もの間、続ている。
そんなアルザリア帝国、帝都に、帝国貴族の子供達が通うアルザリア帝国学院があった。
初等部・中等部・高等部と、貴族としての知識を学べる学院だ。
他にも、医療科・聖教科・騎士科、等など、目指す職業別に様々な学課が存在する。
その中でも、騎士科は、野望を心に抱く貴族達に人気の学科であり、今も一線で活躍している高名な騎士達の殆どが、この騎士科から排出された者達たちだ。
そんな騎士科の生徒たちは、定期的に一対一の模擬戦を行っている。
模擬戦の結果は成績に直結し、全ての生徒に順位を割り振るため、順位戦と言われていた。
今日はその順位戦が行われる日。
同時に、騎士科二百人、全ての対戦相手を記した組み合わせ表も公表される。
そこには、こう記されていた。
順位戦第百節。第三試合。《タレム・アルタイル》VS 《アイリス・クラネット》
それを確認した深紅の髪と瞳をもつ少年が、隣に並ぶタレムの肩を叩いて、
「アイリス・クラネット。騎士名は《氷の女王》か。今回、タレムの相手は、厄介だな」
「おいおいおい。イグアス。厄介だな。なんて、もんじゃないだろう……最悪だよ」
タレムにイグアスと呼ばれた紅髪の少年は、タレムと同じアルザリア帝国学院、騎士科の生徒であり、大親友、イグアス・グレイシスだ。
イグアスのグレイシス家は騎士王、《アルフレッド・グレイシス》の末裔であり、アルザリア帝国を自質的に支える三大公爵の一つでもある。
……と、言ってもイグアスは三男坊。当主の座に付くことはまずない。
そういう点でも、タレムとイグアスは仲良しであった。
学院では、だいたい一緒に行動する二人は、慣例的に話ながら順位戦が行われる闘技場へ向かう。
「何言ってるんだ。タレムなら最悪って事もないだろう?」
「いや、最悪だろう。俺の戦績と汚名、忘れたのかよ……」
「九十九戦九十九敗。《敗北王》だろ? 知ってるさ」
「うぅ……っ。で、対する《氷の女王》様は、現在無敗で、アルザリア学院、騎士科史上、最強の素質って言われている」
つまり、アルザリア帝国学院史上最弱。対、アルザリア帝国学院史上最強。の戦いである。
……明らかに悪意のあるマッチング。
(まあ、マッチングはランダムなんだけど……昨日、クラリスにあれだけ言った手前、今日こそは負けられない)
タレムは、妹から向けられた侮蔑の視線を思い出しながら、嫌な汗を大量にかいていた。
……ここで、また負けたら赤っ恥をかくことになる。
「ま、落ち着けって」
イグアスは、そんなタレムの強張った両肩を揉んで、
「帝国騎士に過去の戦績なんて関係ないだろう? 大事なのは、魔法の相性とその使い方だ」
「魔法の相性ね。でも、俺の魔法……しょぼいんだけど」
「何を言ってるんだ、お前の魔法は『――』だぞ? 使い方次第で……」
――ズキンっ。
急にタレムの額に残る古傷が激しく痛み始めた。
「ぐぅ――ッ!」
……熱い……熱い……熱いッ!
――ズキンっズキンっズキンっズキン……
「タレム! タレム! おい。タレム! 大丈夫か! タレム!」
「……あ。悪い、何時もの奴だ」
余りの痛みにしゃがみ込んでいたタレムが、イグアスに身体を揺さぶられて正気に戻る。
……たまにだが、タレムにはこうして古傷が疼くことがあるのだ。
だが、何時もすぐに痛みは引き、身体に異常はない。
「……で? 俺の魔法が何だっけ?」
「……。……使い方次第って話だ」
「ま、そうだよな」
タレムは、適当に話をもどしながら、古傷の跡を触る。
(この傷。……何時付いたか、覚えてないんだよなぁ)
「……とにかく、だ。タレム。オレとの約束を忘れるなよ?」
イグアスとタレムの約束。
タレムが作る騎士団傘下にイグアスが加わるというもの。
つまり、イグアスは将来、タレムの従属騎士になりたいと言っているのだ。
「ああ……お前はまだ、そんなことを言ってるのか」
「当然だ」
「……ふっ。そうだな。お前はそういう奴だったな」
そのためには、何よりもまず、順位戦に勝ち、騎士の爵位を手に入れなければならない。
……勝てと、イグアスは言っているのだ。
「任せろ! 俺は、騎士王になって、ハーレムを作るんだからな! 騎士なんて通過点に過ぎないぜ!!」
「おう。その意気だ」
そうして、タレムとイグアスは互いに拳を合わせると、それぞれの闘技場へ向かうのであった。




