十九話 『男同士で話すだけ』
タレムの夢のハーレムは、シャルルのおかけで徐々にだが形が見えてきた。
そんな中、タレムが今、しなければいけないことは何か?
騎士になる事や、シャルルと甘い時間を過ごすこと、現在絶賛嫌われ中のアイリスとの関係を良くすること。
他にも気になる女の子を口説いたり、新しい出逢いを探したり……
以上も大事であるが、タレムは、そんな事よりも早急に、やらねばならない事があった。
それは……昨晩、再び泣かせてしまったマリカとの関係修復だ。
されど、それは簡単なことではなかった。
何度かマリカと顔を合わせても、気付かぬふりをされ。
ならばと、マリカの学ぶ聖教科に足を運ぶも居留守。
タレムはマリカから完全に、嫌われてしまったのである。
故に!
「後生ッ! 後生だからイグアァァ~ス! 俺と、俺とマリカちゃんの仲を取り持ってぇええええええええ~~」
「……」
……マリカの兄である親友イグアス・グレイシスから攻めてみた。
で、そのイグアスは、全ての事情とタレムの懇願を瞳をつぶり聞き遂げると、
「う~ん。すまない。タレムの力になってやりたいが……『好きな人を独占したい』マリカの気持ちも分かるんだ。(と言うより、マリカの方が正しい気がするんだよな)」
きっぱりと断ってしまう。
だが、そうは問屋を降ろさないと、タレムが足掻く。
「――ッ。そんなぁ~っ。イグアス! 俺達、親友だろ? 親友だよな?」
これぞ、秘技、『なあ? 俺達親友だよな? お前は俺の仲間だよな? 裏切らないよな?』作戦である。
これを悪い友人にやられて断れず、帝国暗部で非合法に売買されている中毒性が高い『強化薬』とかに手を染める騎士がたくさん居るとかいないとか……
そんな卑劣だが効果的なタレムのお願いは……
「オレは誰よりもお前を信じている。そして、マリカの事も信じてる。だからこそ、お前達が導いた答えならそれが最善だと信じられるんだ」
「うっ……」
イグアスの真っすぐで綺麗な友情と信頼が、タレムの浅知恵を粉々に打ち砕いた。
これこそがタレムの親友、イグアス・グレイシスという、英雄の血と名を受け継ぐ正義の騎士である。
「うわああああっ。辞めて辞めて辞めて! 俺が悪い奴みたいじゃん! 汚れてるみたいじゃん! もっと、なんかあるんだろ? 俺の頼みを断る理由が! うわっぺらは捨てちまえ!」
……英雄であるイグアスの言動は、子悪党なタレムには猛毒であった。
「(ま。マリカに、この件に口を出したら、許さないって、脅されたってのもあるがな)」
「え?」
「いや、何でもないぞ?」
イグアスは、昔、シャルルに襲われたマリカを助けなかった過去があるため、マリカには頭が上がらないのである。
(そういえば、マリカが極度の女性嫌いになったのも、あの時からだったっけな……)
「……タレム。そういえば、ミス・アイリスとも結婚したいんだったな?」
「ん? そうだけど? それが?」
タレムは記憶を失っているが、アイリスは、元々タレムの許嫁であった。
それは疑う予知なく政略的な婚約であったが、アイリスは、偉くタレムの事を気に入っていた。
そして、その関係をぶち壊したのは……
「…………………………」
「イグアス?」
「な、タレム。これはただの余計なお世話なんだろうが、お前のハーレムを本気で作るなら、プリンセス・シャルルは諦めた方が良いかも知れないぞ?」
「……っ!」
この時、奇しくもイグアスの忠告が、今朝のアイリスと重なった。
……これは、偶然だろうか?
(イグアスとアイリスの共通点……そんなの……あるわけ)
ズキンッ!
思考を阻む古傷の叫びに、タレムの意識は引き戻される。
「くそっ……アイリスちゃんも、イグアスもなんだよ一体」
「……アイリス? アイリスがお前に接触したのか!? 何を話したんだ?」
「……ああ。イグアスと同じようなことだよ。確か……シャルはダメ。シャルと馴れ合うのは辞めろ。だったっけな? 俺には良く解らなかったけど……何か、あるの?」
このタレムの問いは、『裏の意味があるのか?』ということである。
貴族達の会話には、稀に重要な事を隠している時がある。
聞く人が聞けば全く違う意味なる事もあるのだ。
「……さて。どうだろうな? まだ、オレも解らないが……調べる必要はあるぞ? 何せ、交流がない三大公爵の子息がわざわざ接触したんだからな。しかもどの程度か知らないが王女とお前の事をしられている。気をつけろよな?」
「交流が全くないは言い過ぎだよ。俺のハーレム候補だよ? 普通にアイリスちゃんが、会いに来てくれたってだけかも知れないし。それならほらっ……ただのジェラシーだ」
「ふっ……たくっ。お前って奴は……。そうだったら良いな。ま、一応、探ってはみるぞ? というか、プリンセスには伝えとけ」
「分かってるよ。円満なハーレムに隠し事はないからね。ただ……アイリスちゃんなら、悪いようにはならないよ」
……タレムはアイリスを信じていた。
アイリスとは一昨日の順位戦で初めて会い話したが、一目でハーレムに入れると決めてしまった。
シャルルの時も早かったが、アイリスはそれ以上で、タレムの何かがアイリスを全力で、欲しいと叫んだのだ。
好きな女の子を、伴侶にする女の子を、タレムが疑うことはない。
ただ……
「アイリス・クラネット。クラネット大公爵……そして、シャルル・アルザリア・シャルロット。帝国最強の武力を持つ公爵と、平和主義と噂される王女……か。嫌な符合だな」
恋に盲目なタレムの代わりに、イグアスの瞳は広く、深く、鋭く、磨かれていた……




