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十七話 『全てを背負い、全てを許す王となる』

 少年少女達から離れた人気の無い場所で、


『くそっ! くそっ! くそッ! 下賎な血の分際で! 高貴な私に恥を……っ。許さんっ! 許さんっ! このままでなるものか!』


 シャルルは壁を蹴っていた。

 沸々と沸き上がる怒りが止まらない。

 当たり前だ、シャルルは世界で一番偉大な父と世界で一番秀麗な母との間に産まれた子。

 

 それなのに、豚の様にまるっとしていた少女は、シャルルを汚し、

 汚れた血筋が見える銀髪の少年は、シャルルの邪魔をして、

 強い英気を瞳に光らせた英雄の子孫は、シャルルの腕に触れ、

 高慢ちきな薄氷の少女は、シャルルの尊厳を踏みにじった。


 ……許せない。シャルルがそう思うのは当たり前の事だった。


『絶対に殺してやる』


 何より許せないのが、やはり国敵の系譜、銀髪の少年タレム・アルタイルが、シャルルを全く畏れず媚びず同じ視線で話していたこと。

 まだ、マリカや、イグアス、アイリスは帝国最上位貴族の産まれ、ぎりぎり恩情の余地はある。


『……タレム・アルタイル。お父さまの敵。卑しく汚らわしい銀髪のキサマだけ絶対に許すものか!』


 シャルルは、タレムを陥れる計画を練り上げる。

 

(どうすれば良い? どうすれば良い?)


 ――っ。


 そんなことを長く考えていたシャルルの前に前触れなく、現れた覆面の集団が、シャルルの道を塞いでしまう。

 そして、

 

『む! キサマら何奴! 世を誰と心得るか!? 世は――』

『帝が後継、シャルル・アルザリア・シャルロットだな?』

『っ! そうだ。わかっているならどくがよい。今はキサマらに患う時間も惜しいのだ!!』

『その命、貰っていこう』


 ブスンっ!


『……え?』


 その時、素っ頓狂な声を出したシャルルのお腹に、ナイフが突き刺さり、肉を裂かれた。


 ――痛い。


 という、感覚より先に、疑問が来る。

 

『な……なにを……なぜ……?』


 今、自分の身に降りかかった災厄をシャルルの頭は理解できなかった。

 代わりに、


 ――熱い。熱いッ! 熱いッ!


 急激に襲ってくる猛烈な痛み。


『ぐがぁああああああああああああああああ――ッ!』


(何が!? 何が起こっているのだ!? なにが!?)


 とめどなく沸き上がる疑問と、激痛の狭間で、シャルルの耳に襲撃者の声が響く。


『ふっ。依頼主は、この国のとある貴族だぞ? 国の王女が……嫌われた者だな』

『ガァッ!?』


 シャルルにはその言葉をかみ砕いて意味に落とし込む余裕はなかった。

 ただ一つだけ解る事はある。


 ――このままでは、殺される。


(逃げないと。逃げて誰かに助けて貰わないと)


 咄嗟にシャルルは、反転し逃げした。


『おっと。猛毒入りなんだがな、動けるのか……逃がさねぇぜ。始末するぞ』


 グサリッ! グサリッ! グサリッ!


 だが、襲撃者達はシャルルを何度も切り付けた。

 切り付けられた部位が、火に炙られる様な激痛の悲鳴を上げる。


『ぐガァッ! ……ガァ……やだぁ……やだぁ……やだぁ……』

 

 ――死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。


『そこのっ! 助けてくれっ! 待て……待って……助けて……助けてよぉ』


 凄まじい生への執念で、シャルルが逃げた事で、僅かな社交界の参加者や、シャルルを探していた使用人達と遭遇し、助けを求めた。

 ……が、誰しもが、血まみれのシャルルを見て、鼻で嘲り、見て見ぬ振りをした。


 王貴界では暗殺など常套手段であり、暗殺現場を目撃しようとも助けようとしなければ見逃される。

 そんな暗黙のルールがあった。


『ふっ……足掻くのはやめておけ。惨めになるぞ? 誰も助けやしない。 それが王女としての、お前の人望だ』

『――ッ!』


 その言葉だけは、シャルルの脳髄を直撃し、今までの横暴な振る舞いを思い起こさせた。

 もし、シャルルの前で、知り合いの誰かが暗殺されていたら、シャルルは助けるだろうか?

 いや、絶対に助けない。

 自分より劣る存在を助ける価値は無いからだ。


『世は……世は……帝が……後継、シャルル・アルザリア・シャルロット……世界で一番……高潔な者……だから、助けるのだ。……誰か……助けるのだ。助けてくれれば、なんでも……なんでも……褒美をくれてやろう……助けてぇ……助けてぇっ! 世は、世は! 死にたくない!!』


 シャルルが床を赤く染めてはいずり回りながら、懇願してもなお、誰一人、シャルルの為に動く者はいなかった。


(嫌だ……死にたくない。死にたくない。なんで? なんで? なんで? 世がこんな目に?)


 そんなシャルルが、それでも生を諦められず、はいずり、階段から転げちた先に……


『あああっ! もうっ! ムカつく! あのくそ馬鹿ゴミ王女っ! これだから温室育ちの糞犬は! 噛み付く相手も選べないの? しね! しね! しね! ……ねえ? タレム。忌ま忌ましいわ。このままじゃこの怒りが収まらない。やっぱり殺しに行きましょう』

『なに言ってんだよ。俺はクラリスとマリカのお陰で大丈夫だからもう良いって』

『私、アイリスお姉ちゃんに賛成でございますっ。……私も、あのメスが許せません』

『クラリス。ミス・アイリスも、ここは抑えるんだ。王族と揉めるのは父様達だって困らせる』

『フフフ……流石は、妹を見捨てた豚野郎様(チキン)ですね。ですが、私も同意見です。アイリスさん。マリカさん。兄さんをこれ以上、厄介ごとに巻き込まないで欲しいです』


 まだ、シャルルの蛮行の怒りに震えているタレム達が、シャルルの目に入った時。


『あ……っ。これが……』


(……自業自得)


 シャルルはその言葉を悟ること出来た。

 もう、自分は助からない。


 シャルルの使用人や護衛が助けないのだ。

 万に一つも。タレム達がシャルルを救う事は無いだろう。

 

(これでようやく……)


 諦め――


『……死にたくない。……助けて――ッ』


 諦められなかった。

 それでも、まだ、シャルルは死にたくなかった。

 そんな瀕死のシャルルの足掻きに、タレム達が気づく。


『うふんっ♪ あらっ? ご王女ちゃま♪ うふふん♪ 良い気味ね♪』

『っ!』


 それを見たアイリスは瞬時に状況を理解し最高の微笑みを浮かべた。 


『助けてぇ……世は……死にたくない……死にたくない……死にたくない……』

『わんわん? あら、皆々様。犬の泣き声がさえずってますわね!』


 ここに来て全力でアイリスに煽られるが、シャルルにはもう怒りと屈辱は湧いてこなかった。

 これが……シャルルのしてきた結果だと、誰も助けないと解っていたから……


 アイリスの様に口には出さないが、他の子供達も無言で視線をそらしている。


『うふふ♪ そういえばさっき。駄犬がなにが騒いで居たわね。確か……ああそうそう。『世に盾突いた事を、必ず後悔させてやる』だったかしら?』

『――っ!』


 この時、シャルルは、子供達の……いや、シャルルが、今まで見下して来た者たちの総意が、アイリスの冷たい視線と言葉に宿っている気さえした。


『もう一度言うわ。いい気味ね』

『――ッ!』

『私達に盾突いた事を後悔しながら逝きなさい! タレムを傷つけたアンタを私は絶対に許さない!』


 アイリスの言葉がシャルルの心に深く刺さり、シャルルが、伸ばしていた手の力が抜ける。

 後ろから現れた覆面の集団が、シャルルに止めのナイフを付き下ろす。


(……ようやく解った。世の血は、世の力ではなかった。世に、誰かに助けてもらう価値はなかった。だって、世は、誰一人助けて来なかったではないか! 世が……見捨てて来たではないか! 許されざる事をしてきたのだな。こんな時だけ世がしてこなかった事を、誰がしてくれると言うのだ。誰が許してくれると言うのだ……)


 その時だ。


『俺は許すよ』


 そう言って、床に落ちようとしたシャルルの腕をタレムだ掴んだのは……


『『『え?』』』


 一瞬、その場に居た全ての人間が凍りつく。

 暗殺現場を見かけたものは、絶対に被害者を助けてはいけない。

 それが、暗黙のルール。

 守らねば、助けた者にまで、暗殺者の狂気と、裏で操る黒幕の敵意が向いてしまう。


 王女暗殺を奸計出来るほどの貴族を敵に回す。


『なんで?』


 一番先に、我に帰ったのは、奇しくも一番、困惑に見回れていたシャルルだった。


『世は……キサマを……非国民と冒涜し、切り付けたのに……キサマが一番、世を憎んで――』

『関係ない』


 タレムはそういって、血まみれのシャルルを抱き寄せると、


『生きたいと望むことに、王族も貴族も血筋も因縁も関係ないだろ?』

『……っ!』

『シャルル・アルザリア・シャルロット王女様。俺は、君を許すよ?』

『……あっ……ああっ……あああああっ』


 この時、この瞬間。

 シャルルの選民主義は跡形もなく崩れ去った。


『だから、シャルル様も、マリカやアイリスを許してあげて。間違いは、失敗は、恨みも憎しみも、許して前に進むんだって……俺はそう、父上に教わったから』


 こうして、タレムがシャルルを助けたことで、なし崩し的に、イグアスやクラリスもシャルルを助ける事になり、御三家子息が助けるならばと……他の貴族達も王女を救助したのであった。


 ……この時、シャルルを守ろうとしたタレムは頭に重傷を負い。

 それまでの記憶を全てなくす事になる。(御三家や貴族達の思惑で、シャルルにはタレムが死んだと伝えられる)


 そして、タレムの記憶喪失は貴族界隈で良いように利用され、アルタイル家を妬む者達の工作により、王女の命を守った英雄ではなく、王女を暗殺から守れず瀕死の怪我を負わせた無能として扱われる事になる。

 そのせいで、アルタイル家は大公爵の爵位を剥奪、男爵まで落とされることになるのだが、それはまた別の話。


 ――様々な陰謀によって隠されたが、十年前、そんなことがあったのだ。


 追憶を辞めたシャルルは、気絶したタレムを強く抱きしめて、己が従者に固い声で言う。


「私はもう……タレムを裏切らない。タレムが私を必要とするならば、私の全てでタレムを支える。タレムの夢を叶えさてやる」

「本気……でござるか? 姫には――」

「くどい!!」


 シャルルの気迫が風を呼び起こし、突風はタレムとシャルルを守るように包み込んだ。


「先に言っておくぞ。リン。タレムが居るならば私が女を捨てる事は無い。野望の為に身を売ることも出来ない」


 言ってシャルルはニヤリと笑い、


「だが……それでも、タレムと結婚する私は、他のどんな権力者と結婚する私よりも強いぞ?」

「馬鹿な……でござるよ。そいつには何の力もないでござる」

「ふっ……それはそちがタレムを、この溢れる愛情を、その強さを、何も知らないだけなのだ」

「……」


 シャルルが、誰にも向けたことのない優しい微笑みで、タレムの顔を触り守っているのを、リンは見て……


「わかりやした。わかりやしたっす。姫がそこまで言うなら、もう少し付き合うでござるよ」


 肩の力を抜いていた。


「ふむ。それがよい。タレムの夢はハーレムだから、リンも頑張れば、タレムの寵愛、受けられるやも知れぬぞ?」

「……姫。拙者も先に言っておくでござるよ? 姫には大恩があるとはいえ、拙者との契約が果たせそうにないと判断したら、姫を見捨てるでござる」

「そうか。見捨てるか……」


 誰かを見捨て、切り捨てた先に待つのは何か、シャルルは既に知っている。

 ……だが、そんなシャルルだからこそ、


「よいよい。それも、私が背負う業だ。私は全てを背負い、そして、全てを許す王となる」


 言いながら、シャルルは愛おしそうにタレムの顔を見つめていた。


「それが出来ねば、世界平和を成し遂げる敗北王になれぬからな」

「……」


 そして、眠るタレムに口づけをするのであった。

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