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十六話 『世に盾突いた事、いつか必ず後悔させてやる』

「グボォオオッ!」

「……今日は、ここまでで、ござる」


 溝内に掌底が決まり、タレムが気絶したのを見て、リンが特訓の終了を判断した。


「リン……やり過ぎだぞ」

「……」


 シャルルが気絶したタレムを介抱しようと近付きながら、あまりに容赦のなかったリンを叱り付けた。


「厳しくしなければならぬのかもしれぬが……タレムは私の愛しい婚約者。なるべく優しく教えてやってほしい」


 瞳を閉じて眠っているタレムの銀髪をシャルルは穏やかな眼差しで払っている。

 そんなシャルルにリンは、鬼仮面の内から凍てつく視線と声で、


「姫……どんなに鍛えようと、そいつ使えないでござるよ? この国で魔法が弱いのは致命的でござる」

「そう言うな……リンも魔法は使えないだろう」

「確かに拙者に魔法は使えないでござる。魔法は、でござるが」

「……」


 リンがシャルルに何を言いたいかは、十二分に分かっていた。


「姫。いつまで慣れない手練手管でそいつを籠絡するでござるか?」

「……」

「姫は、姫の野望に要らないものは切り捨てる。そういう人間でござるのでは?」

「……」

「そいつはアルタイル家の後継ぎでも無いようでござるし、要のイグアス殿とも、使えるほど縁が濃いとも思わないでござる」

「……」


 リンは、タレムを切り捨てろと言っているのだ。

 それに、シャルルは無言で、タレムの顔を見つめていた。


「姫!」

「リンは……私がタレムを本気で好いているとはおもわんのか?」

「まさか、姫は女である事も、何かも捨てて居るはず。『男? 結婚? そんなもの力を取り入れる手段にすぎんわ』そう言っていたことを、拙者は忘れてないでござる」

「……」

「それとも、拙者との契約、反故にするお積りでござるか?」


 そう言ったリンは、懐のクナイを触り、シャルルを見つめた。

 その冷たい視線は、無色透明で、なにもない。

 だからこそ、鋭いのだ。


「それはない!」


 そんな中、シャルルは即答する。

 

「私は、この国の女王となり、世界の平和を手に入れる」

「ならば、遊びはやめて欲しいでござる。拙者達に……いや、姫にそんな時間はないでござるよ?」

「タレムは――」


 言いながら、シャルルは十年前の記憶を思い起こしていた。

 

 ――それは、王族と貴族の公爵以上が参加するの社交界での事。

 そこでは、シャルルと同じくらいの少年少女達が、楽しそうにはしゃいでいた。


 そんな少年少女の一人、まるっとしている赤髪の少女、マリカ・グレイシスが何かの拍子に躓いて、ぶつかってしまうという不幸な事故が起こる。

 その時、マリカが持っていた食べ物が、べとりとシャルルの綺麗なお姫様服を汚してしまったのである。


 そうなって、シャルルが思った事は二文字。

 

 ――死刑。


 たかだか公爵の子息が、第一王女であり帝国で帝の次に高潔な血が流れるシャルルを汚したのだ。

 死を持って償わせずにどうするか!


『あぅ……も、もうしわけございませんです』


 シャルルに当たったマリカが、五歳にしては丁寧に謝罪していたのだが……

 シャルルは、テーブルから果物ナイフを手にとって、


『ふんっ。悪気があるなら死ぬがよい!』

『――ッ!』


 怒りのままに、果物ナイフをマリカの顔面目掛け突き刺した。


 ぐさりっ!


『――ッ!』


 突き刺さり、どろりと血が流れ、社交界の床が鮮血で汚れるが、血を流したのはマリカではなく、寸前で割り込ん出来た銀髪の少年。

 その右腕であった。


『ぐぅ……マリカちゃんっ。大丈夫?』

『タレムお兄ちゃんッ!』


 そう、この時、マリカを庇ったのが当時六歳のタレム・アルタイルである。

 そして、これが、タレムとシャルルの運命的を変える出会いであり、最悪の出会いでもある。


『銀髪? 非国民(フィースラリア)の血ではないか! 愚かで汚らわしい者よ。邪魔をするならば、キサマも死ぬがよい』


 タレムの腕に刺さった果物ナイフを抜いて、再びシャルルが振りかぶる。

 ……シャルルは王女、下手に反撃もできない。だから、


『――ッ!』

『タレムお兄ちゃんッ!』


 咄嗟にタレムは背中を盾にしてマリカを庇い、守った。

 その背中に、ナイフが突き刺さる瞬間。


 ザッ!


 赤髪の少年、六歳のイグアスが、シャルルの腕を掴んで止めていた。


 ――王女への不敬罪。これで、正真正銘、シャルルは少年少女たちを殺して良くなった。

 そう思うと自ずとシャルルの口端は醜く歪む。


『タレム……マリカを守ってくれた事、感謝する。助かった。そして、ごめん。一瞬、妹を、お前を助けることを迷ったオレを許してくれ』

『俺は全然良いけどさ。兄としてマリカちゃんは守ろうよ。でも、面倒なことになったよね。俺こそごめん』


 もちろん、五歳の子供でも、貴族の英才教育を受けてきたタレム達には、王族の威光に逆らうことがどれだけ愚かな事なのか、解っていた。

 だからこそ、イグアスはマリカを助ける事が遅れたのだ。

 ……いや、圧倒的な権力の前に、イグアスはマリカを助けることが出来なかった。

 イグアスには出来い事を、タレムはいつも簡単やってしまう。


『やっぱり、タレムは凄いな』

『やめてよ。マリカちゃんが危ないと思ったら身体が勝手に動いただけだから』

『にぃさま。タレムお兄ちゃんの……手が……手がぁっ』


 ざわざわざわざわ。

 

 そこまで来ると、他の王貴族達も騒ぎに気づき、状況を見守りはじめる。

 たたかが子供の癇癪とは言え、未来の公爵と王族の争い。

 簡単には止めらるものではなく、どちらかに加勢出来るものでもない。

 それでも、もう少し時が立てば、タレム達ではなく、王女に加勢され、タレム達が処刑されていただろう。


 その最悪の未来を変えたのは……ふらりと間に入ってきて美しい薄氷色の長髪をたなびかせた、


『ねぇ。高潔な血の王女ちゃま。この天才、アイリス・クラネットの許婚。神才タレム・アルタイルを傷つけた意味。アンタに理解できているかしら?』

『――ッ!』


 同じく六歳のアイリスが、絶対零度の視線と声で、タレムの右腕の氷結し出血を止めるながら、シャルルを睨みつけた。

 その視線が、社交界会場全体の室度を五度下げてしまう。


『それと、そこの赤い腰抜けとデブは、一応、私と並ぶ天才、イグアス・グレイシスに、マリカ・グレイシスよ。ねぇ? 凡庸な王女ちゃま。この状況。本当にわかってるの? それとも死ぬの? 死ぬのね? てっ言うか、死んで!』


 帝国随一の武力を持つと言われる《クラネット》大公爵。

 帝国随一の義勇貴族と言われる《グレイシス》大公爵。

 帝国随一の政治力をもつと言われていた《アルタイル》大公爵。 


 当時、貴族界の御三家と言われていた大貴族と事を起こすのは、流石の王女とて、旗色が悪かった。

 

『ぐぐぐくっ! 卑しい産まれの分際で! 世に盾突いた事、いつか必ず後悔させてやるからな!』


 シャルルは悔しくて、頭が割れそうになるほど怒りを覚えながらも、ぐっと堪えてその場を終わらせる。

 子供といえども王貴族の世界はシビアなのである。


『ふんっ。まるで負け犬の遠ぼえね。わんわんって言わないと分からないの? ……私は死ねって言ってるの! 死んで!! いますぐ! さあ! 早く! 私のタレムを傷つけたんだから……死になさいよぉおおお――ッ!』

『お、おい。ミス・アイリスもう止せ。本当に争ったら切られるのはオレ達だ』

『兄さんっ! 兄さんっ! しっかりして。いや、お兄ちゃんっ!』

『タレムお兄ちゃん……うわぁああん。死なないでぇ』

『マリカちゃん。クラリス、大丈夫だから。……死なないよ』


 そんなタレム達のてんわやんわな騒ぎ声が響くが、既にシャルルはその場を立ち去っていた。


《過去編続く》

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