十五話 『朝霧が発生する場所で』
――翌朝。
泉の水が蒸発し朝霧が発生する場所で、
「ふむ。ぎりぎり……落第点だな」
タレムから昨晩のマリカとのいきさつを聞いたシャルルがそういった……
今日のシャルルは、タレムを誰よりも魅了している美しい赤髪というマリカに似せて、赤色のワンピースを着てみたりしている。
……が、
「お前! ふざけんなよ! シャルの言う通りにやったんだかんな! マリカちゃん、青い顔で脱兎のごとく走って言っちゃったんだぞ! 絶対嫌われたよぉ~」
タレムは、そんな乙女の戦略など気付かず、シャルルの足元に四つん這いになっていた。
「ふんっ。私は、綺麗に振ってこいと言ったはずだ。そちが無駄に『好きだった』を強調するから、そちから見放される寂寥感よりも、そちに捨てられた憎悪が勝ってしまったな。これはいきなり計画失敗の危機だぞ?」
「どどどどど! どうすんだよぉおおおお~~っ。マリカちゃんいないとハーレムなんて意味ないよぉおおおお」
ガシガシガシっ。
タレムが地面を割る勢いで小突きまくる。
その顔は世界の終わりを見たかのようである。
……仕方ない。
シャルルはそう思って、タレムの頭を撫でながら、
「ま、私調べでは、マリカは、そちを特別強く慕っておる。次に接触したときに、プランを三つ飛ばして、プラン四を実行すればデレるであろう」
「デレなかったら? 俺、マジ泣きするよ?」
「よいよい。その時は、私の胸で受け止めてやろう」
「シャルぅぅぅッ!」
まるで大空の様なシャルルの大きい心に、タレムは何かを感じ入り、シャルルの固めの胸に飛び込んだ。
「よしよし。ほら、シャンとするのだ。今日は逢い引きしにきた訳ではないのだぞ?」
「え? いちゃいちゃしないの? 俺の荒んだ心を癒してくれないの?」
「うむ。時は金より高し。今は、そちをハーレムの王にする計画を進めるのだ」
シャルルがニヤリと決め顔で人差し指を空に輝く太陽に向けた。
その姿は、流石は王族王女であり、常人には纏えない圧倒的なカリスマ感にあふれている。
……が、すぐに、シャルルは、しゅんとして、タレムの頭を優しく抱きしめると、
「すまぬな。タレム。私がもっと時間を作れれば良いのだが……やっぱり、今日は、やめておくか?」
そう、聞いたシャルルの表情には、先程までの圧倒的なカリスマ感が無くなっていた。
その不安そうな人を見て、タレムが拳を握って立ち上がり、
「いや! シャルと会えるだけで今は満足するよ! 時は金より高し。……か。うん。そうだね、俺は頑張らないと。だって、このハーレム計画は、俺の夢を叶える為にシャルが考えてくれた計画なんだから!」
「っ! うむ。うむうむ。そちは良い男よっ! 私はまっこと良い男に巡り会えた!」
「シャル」
「タレム」
二人が見つめ合うと、二人の脳が背景をばら色で染め上げる。
回りを省みず、どちらともなくキスを交わそうとしたその時。
「コホンっ。姫。殿。拙者、用がないなら帰っても良いでござるか? 拙者、昨日は夜勤だったのに、姫にいきなり呼び出されて、いちゃいちゃをみせつけられる気持ち分かるでござるか?」
と、ぼーっと見ていたシャルルの従者リンが、鬼仮面の上からでも分かるほど大きな欠伸をしながら呟いた。
「「――っ!」」
それで、二人のばら色世界は簡単に砕けちり、
「おっほ……おっほんっ! では、タレムよ。ハーレム計画その一だ。先ずは、そちを鍛え上げるぞ! ……リンがな」
「え? 拙者でござるか~? 姫の色恋に拙者を巻き込まないで欲しいでござるよ」
「リン。後で王室ご用達の甘味和菓子を食わせてやる」
「和菓子!? やる! やるでござる!」
「と。言うことだ。タレム」
そうな感じになった。
「って! 結局、武力特訓なんだ」
「うむ。ハーレムにせよ。なんにせよ。先ずは騎士にならねば、始まらぬからな」
爵位史上主義のアルザリア帝国では、爵位が無ければたった一人との結婚すら、認められない。
そういう意味。
「それに、私は王女。次期に女王となるものだ。タレムと結婚するならば、タレムには最低でも、三千騎長・公爵にはなって貰わねばならぬ。銀髪で養子のそちと結ぶにはどうしても回りを黙らせる権力が必要だからな」
「シャルと結婚するまでの道は遠いなぁ」
「やり甲斐があると言うことか?」
ニヤリと、シャルルはタレムを煽るように、言って笑い。
タレムもそんなシャルルを冷ややかに笑った。
……やっぱり、シャルルを手に入れたい。
タレムの、シャルルへの気持ちが強くなる一方である。
「まあ、他にもプランがあるのだが……とにかく、武力と権力はあればあるほど打つ手が増える。故に、昨日も言ったが、ハーレム王計画の一歩として、タレムは騎士となり、マリカを正式に嫁にするのだ!」
「うぉっしゃぁぁっ! マリカを嫁にしてやる!!」
と、言うことで、やる気マックスのタレムは、数分後……
リンとの組み手で、地面の土を舐めていた。
「ふむ……よわ。う、ううん。流石は敗北王だな。して、リン。タレムはどうだ?」
「そうでござるな……よわ。ゴホンっ。これより下に行くことはないでござるよ」
『『弱い』って言いたいなら言えよ! 言ってくれた方が幾分マシだ!』
「ふむ。では……『弱い』な」
「ええ、クソ雑魚でござる。ここまで弱い帝国人はいないでござる。逆に圧巻したでござる」
『うわぁああああああああっ。このっ鬼ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――っ!』
閑話休題。
「でもさ。真面目な話。俺の魔法、戦闘に関しては使い物にならないからさ……武力もそこまで期待できないよ?」
タレムは自分で言っていて悲しくなるが、それは、《敗北王》と言われるまで、積み重ねた事実である。
シャルルの計画に、タレムの武力が必須ならば、それは無理という話だ。
「いや。タレムよ。そちは勘違いしているぞ? 魔法の強弱なんて、騎士の実力にたいした差を生み出さない」
「……は? 何言ってんの?」
魔法の力こそが、帝国騎士を最強に至らしめているもの。
タレムだって、強力な魔法に何度苦汁を飲まされたか分からない。
……それを、
「現に、タレムが今、ボコられたリンは、魔法など使えんからな」
「うっいす。拙者、帝国人じゃないでござるから、魔法なんて不可思議使えないでござるよ?」
「……っ!」
言われて、タレムは思い出す。
確かに、リンは一度も魔法を使わず、タレムを地に伏せていた。
「それでいて、少々特殊な事情もあるが、リンは若干十二歳にして、既に千騎長・子爵に上り詰めている」
「千騎長! しかも魔法を使わずに!?」
百人の兵団を結成出来るのが騎士。
千騎長は、その騎士を千人従属させられる特権があるという事。
つまり、リンは十二歳にして、十万人の軍隊を持っているという事になる。
それは武力に富んだ帝国でも、百人といない上級騎士の一人と言うことだ。
「タレムよ。私はそちの妻になる女だ。そちの苦しみは、全てではないが多少は理解しているつもりだ。魔法を使わず千騎長となったリンならば、少しは上を見上げられるか?」
「……っ!」
――十分だった。
タレムが、失った自信と希望をもつには、リンという存在は、十分以上。
「ごめん。シャル。俺、頑張れるよ」
「……落第点だ。謝られても嬉しくないぞ?」
にやり。
このシャルルの強気な微笑みに、タレムはもう何度も救われていた。
「……っ! ありがとうシャル! 俺、頑張ってシャルを嫁にしてみせる」
「うむっ! 次は一回目からそう言うのだぞ?」
こうして、タレムとリンの騎士を目指す秘密の特訓が幕を開けたである。




