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十四話 『酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……』

 それは夕暮れ時。

 観るもの全てを振り返らせる絶対的な美を持つ赤髪赤眼の少女マリカは、大好きな幼なじみのお兄ちゃん、タレムが住み着いている馬小屋に足を運んで来ていた。


「ふぅ~~っ。昨日の今日でございますから、気が滅入ってしまいそうでございます。(まさか……タレム様と会うのに嬉しくない日が来ようとは)」


 マリカは別に、タレムがどんな貧相な生活をしていようが構わなかった。

 それを健気に支えようと思っていた。

 でも、


(タレム様のお言葉は余りにも酷でございます。好きな人を独占したいと思うことは間違っているのでしょうか?)


 タレムの事なら全て許せる。

 だが、タレムが他の女達と仲良くすることだけは、マリカには許せないことであった。

 そんなものを見た日には胃がキリキリと音を立て、好きな筈の修道女のお仕事中も上の空になってしまう。


「先ずは、タレム様とちゃんとお話致しましょう。そうすれば……解り合える筈でございます」


 そんな事を呟きながら、重い溜息と共に、マリカが馬小屋を開けようとした時。


「あ、マリカ……。また……来てくれたんだ」

「っ!」


 丁度良く帰宅してきたタレムが、マリカの後ろから声をかけた。

 当然、タレムの声にも戸惑いの色はあったが、それよりもマリカの身体がタレムの声にぴくんと跳ね上がり凍りついた。


「今、まりかって……?」


 そう、タレムが初めてちゃんとした名前を呼んでくれたからだ。

 まさか、名前を呼ばれるだけウキウキする気分に成れるとは誰も思わない。

 嬉しさで弾む心臓と、気まずさで跳ね上がる心臓は五分五分。


「うん……ちょっとね。何時までも、子供扱いは良くないと思い直してさ。嫌だった? 嫌なら戻すけど――」

「嫌じゃありませんっ!!」

「そっ、そう。なら良かった。さ、とりあえず。中に入らない?」

「は……はい。仰せのままに」


 タレムがマリカを追い越して、馬小屋の扉を開ける。


「さ、マリカ。レディーファーストで」

「……タレム様」


 ニカッと笑って、格好を付けるタレムは、逆に格好が悪いのだが……

 マリカには、その格好の悪さも、味があり、また恋しい。

 だから、


(……雌の臭いがなさいます)


 懐に持っている塩を振り掛けたい衝動もぐっと堪える事が出来た。

 そんなマリカが足を踏み入れると、そこは汚い馬小屋ではなく、タレムの匂いが香る天国の様な場所になる。


 後から続いて入り、扉を閉めたタレムが、再びマリカを追い抜いて、蝋燭に火を点そうとマッチを摩ろうとする。

 それを見て、慌ててマリカは魔法の《聖炎》で火を点した。


 ……これで、炎の熱と蝋燭の香に癒しの効果が付与される。


「ありがと」

「……いえ、これも花嫁修業となりますので。タレム様は私に任せて楽になさってくださいませ」


 まるでタレムは昨日の事がなかったようにマリカに接している。

 だからマリカも、もしかしたら昨日の事は何かの間違えだったんだと、そう思えてきた。

 ならば、マリカは普通にこの花嫁修業生活を楽しめばいい。


「ではっ♪ 私は、夕餉の準備を致します。タレム様はお寛ぎなさっていてくださいませ――」

「マリカ」

「あっ、ふふふ。お風呂も湧かしておいてしまいましょう。勿論、今日もお手伝い――」

「ちょっと、話そうよ」

「あうぅ……そうで、ございますよね」


 だが、事はそんなに楽な話でもなかった。

 タレムは昨日の事を忘れてなどいないのだから……


 ぽんぽんとタレムが叩いて示した椅子に、マリカは座り、ゴクリと唾を飲み込む。

 その前に、タレムも腰を下ろし、二人は向かい合った。

 

「それで……お話とは、昨日の?」

「うん。昨日の続き――」

「それはイヤッ!」

「……」


 マリカの口が勝手に動く。


「一晩……いえ、昨日からずっと私はタレム様の事を考えておりました。でも、……やっぱり嫌です。嫌でございます」

「……なんで?」

「私は、好きな人には私だけを好きになって、私だけを見て貰いたいのでごさいます。他の雌を抱いた腕で、私もなんて言語道断。そんなことをされてしまったら嫉妬の炎で焼け死んでしまいます」

「……」

「タレム様。どうか……私を愛してくれると言うなのら、私をタレム様の唯一無二になさってくださいませ。それならば、私は誠心誠意、タレム様をお支え致しますので」

「……」

「……どうか。後悔はさせませんので」

「……」

「どうか!」

「……」


 マリカの言葉を聞いたタレムは、暫く無言で瞳を閉じてから、何度か口をぱくぱく動かして……三十分後ようやく言った言葉は、


「……なら、昨日の話は無かった事にしよう」


 これだった。


「……え?」


 マリカは身体から血が抜けて行くような感覚に襲われる。

 ――寒い。


「俺は、マリカを子供の頃から好きだったけれど。俺のハーレムには必要不可欠だけれども……マリカがそういうならしかたないだろ?」

「……ぁぅぁっ」

 

 まさか、タレムがそんなこと言い出すとは思っていなかった。

 マリカの知るタレムはふざけた様なことを言うことがあっても、それは本気であり、こんなふうに人の気持ちを弄ぶ様な事は絶対にしない。

 マリカを哀しませる様なことは絶対に言わない……と思っていた。

 ……だが、これはなんだ?


「いや……大好きなマリカにはハーレムになって欲しかったけど。マリカがそこまで嫌がるなら仕方ないって話だよ?」

「……ぁぅっ。なんで? そんな……酷いよ」


 タレムは、ハーレムというマリカが理解できないためのものに、マリカを口説いたのにも関わらず簡単に捨てたのだ。


「……俺は、俺の理想のハーレムを作るっ!」

「酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……酷い……こんなの酷いよぉおおおおおッ!」


 バサッ!


 マリカは何もかも分からなくって、気付けばタレムの馬小屋を駆け出していた。

 胸に込み上がる思いは、幼い頃から積み重ねた恋心から一転。

 憎しみさえ溢れ出す。


 その夜。マリカは一晩中、枕を濡らしつづけたという。

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