十三話 『目指すは理想のハーレムだ!』
ご挨拶を済ませたシャルルは、イグアスが居なくなった瞬間、表情を崩してタレムの腕に抱き着いた。
「さて。無駄な事に存外、時間を取られてしまったからな。ここからは夫婦水入らず。タレムが好きな事をしてよいぞ?」
「…………」
「して。何がしたい? また、接吻か? それならば、今度はもう少し過激な奴にしてみるか。それとも――」
「シャル」
「ん? なんだ? タレム」
「疲れてるんでしょ? なら、ゆっくりしよ」
「……っ!」
タレムは言いながら、シャルルの腰を抱いて、部屋の腰掛けに腰を降ろした。
そして、シャルルに寄り添いながらゆっくりと背中を撫で始める。
「……むぅ。折角、時間を作ったのだぞ? もっと恋人らしいことをしないのか?」
「恋人らしいことってさ。きっと、無理してすることじゃないよ」
「っ!」
「シャル。解ってる? 俺は、ただのハーレムを作りたいんじゃないんだよ? 理想のハーレムを作りたいんだ。それは、ハーレムの誰かが無理していたら絶対に出来ないことなんだよ」
「……」
「シャルは俺の最初のハーレムなんだ。後の見本になる人なんだ。お互い無理せずにゆっくりとハーレムしようよ」
「ふっ……主語がハーレムだから、意味が解らんな。だが……そちの言いたいことは何となく解った。よい、見本に成りたいな」
シャルルは、ニヤリと柔らかく微笑んで、タレムの肩に頭を預けた。
二人に流れる甘い時間がゆっくりと進み出す。
「……だが、タレム。私はキスがしたかったんだぞ?」
「フッ。そうなんだ……なら、しよう」
指を絡めて手を繋ぎ、そっと唇を接触させた。
カツッ!
歯がぶつかってしまった。
お互いにその行為が、くすぐったくて笑ってしまう。
「慣れないものだな」
「だね。でも、そのうち慣れるよ」
「そうか……確かに、私は無理をしていたのかもな。キスも満足に出来ないのに……先に行こうなんて片腹痛いわ」
「というか、全然そんな気しないけど、シャルとは今日の朝、あったばっかりだからさ。展開早すぎて逆に冷静になるよ」
「む……そうか。そうだったな。タレムは今日の朝、私と初めてあったのだったな」
何故か、シャルルのその言葉に、悲しい色をタレムは感じた。
されど、
「そうだよ」
それが真実。
「だからさ、シャルの事、少し教えてよ」
「ん? 別によいが……何を話せばよい?」
「さっき、イグアスと話してた裏の意味とか……俺にはわかんなかったんだけど」
「それは……ダメだ」
「え? いきなり浮気?」
「そうじゃない……むしろ、そちと一緒になるために、わざわざ時間を使ったのだぞ?」
「……」
それにしては、タレムから見て、イグアスとシャルルには深い繋がりがあったように見えた。
だが、それを聞いたところで、シャルルは、はぐらかすであろう。
タレムに話す気なら、すでに話している。
ジーっ。
「ダメだったらダメだ! 私を信じてくれ」
タレムは、シャルルの整った顔を見つめて、
「解った。シャルを信じるよ。じゃあ、代わりにシャルがさっき言ってた野望って何? イグアスも邪魔だなんだと不穏なことを言ってたけどさ。もしかして、グレイシス家と何か揉めているの?」
王室と貴族の政争。
国の舵取りを巡って、帝国深部では醜い勢力争いが絶えず起こっている。
実際、タレムのアルタイル家は、数年前まで元、大公爵だったが、その勢力争いに破れ、男爵まで降格されたのだ。
次期女王候補のシャルルなら、他の王子・王女との王権政争でグレイシス家と対立する可能性は十分にある。
そうなると、タレムは、恋人と親友が争うことになってしまう。
その時……タレムは――
「いや、今はもうグレイシス家とは揉めていない。タレムを利用した訳でもないが、タレムと私が恋仲であれば揉めることもそうそう起こらんだろう。タレムのアルタイル家とイグアスのグレイシス家は盟友の間柄なのだろう?」
「どうだろ? 俺とイグアスは確かに親友だけど。俺は後継ぎを外れて家出してるし、イグアスも三男で能力もそこそこ、後継ぎ候補からは外れてる」
「む? そちとイグアスが後継ぎではないのか?」
そこで、タレムはシャルルに驚愕した表情で見られてしまった。
もしかしたら、シャルルはイグアスとタレムの関係性を見込んでいたのかもしれない。
「悪い。シャルの役に立てなくて。俺もイグアスも今は権力を殆ど持ってないんだ。だけど、それでも家にはがんじがらめにからみとられている。不自由な身さ」
「よいよい。それはどうでもよいのだ。最初からタレムの力を当てになどしておらぬからな」
「それはそれで悲しいな」
悲しいから、タレムはそっと、力を入れて、シャルルの身体と密着した。
ぺたっと、生皮膚と生皮膚が交わって、気持ちが良い。
シャルルもタレムに身を預けていて、されるがままになっている。
「で? シャルの野望って?」
「誰にも言ってはならぬぞ? 私はな、女王になり、三百年続くという、フィースラリアとのくだらない戦争を終わらせたいのだ」
「戦争を終わらせる……本気?」
それは、戦いの血で作り上げられたアルザリア帝国を否定する言葉。
戦争を終わらせたいなど、口にすれば、すぐさま憲兵団に引っ捕らえられることになるだろう。
「うむ。そのために、私は色々と手を回しているのだからな」
この時、タレムは、シャルルは平和主義だとイグアスが言っていたことを思い出した。
「戦争など、終らせて、差別のない国を作りたいんだ。両国で国交も始めたい。そのためになら、敗北の名を刻む。帝国随一の愚王にだってなろう」
「そっか……なら、その時は夫婦で敗北王だね」
タレムはそう呟いて、今度はシャルルを肯定しようと、抱きしめる力を強めた。
ぎゅ~~っ。
「んっ……ふふふ。そうだな。……それはそうとタレムよ。どうせなら、私を膝の上に載せて、抱きしめてくれぬか? そちに抱かれるのは心が休まるようだ」
「大歓迎」
言って、いそいそとシャルルを膝に表向きで載せ、お腹に手を回し抱きしめる。
タレムはシャルルの柔らかい身体がが気持ち良く、シャルルは、タレムに抱かれる圧迫感が安心感を与えていた。
そうやって暫く、二人とも静かに癒されてから、唐突に、
「私はそちに言わねばならぬ事、言いたいこと、言えないこと、沢山あるが……言いたくないことはない。隠したいことはあるがな」
そんなことを呟いた。
「ん? どういう意味?」
「私は臆病だから、そちに言えないことが沢山あるが、隠したい訳でもない……それを言っておきたかったのだ」
「んーっ? 良くわかんないけど。解ったよ。シャルが何かを隠してても怒らないことにする。ただ、その時になったら、理由は話してよ?」
「うむ……そちの信頼を裏切ることはしない!」
シャルルは何かが吹っ切れたように、手足を伸ばした。
そして、再び戻したときには、お腹に回されたタレムの腕にそっと手を置いた。
「よし。私の事はもうよいな?」
「え? もう終わり?」
「うむ。レディーに秘密は憑き物だ。それに、私の事で今のそちが出来ることは何もないからな。ハッハッハ」
「うぅ……シャルって地味に鋭い攻撃して来るよね」
言葉とは時にどんな物理攻撃よりも痛くなる。
「ふふ、だから、今はそちのハーレム計画を進めよう」
シャルルはそう言って、
「計画?」
「うむ。考えて置いたぞ。そちがハーレムの王になる。計画をな」
ニヤリと悪餓鬼のように笑うのであった。




