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十二話 『第一王女と大公爵息子三男の意味深な密会』

 リンの案内によって通された場所は、アルザリア学院内でもっとも異質な場所。

 王室科の施設であった。


 通常、王室科に入れるのは王侯・王族のみ。

 普通の学院生は近付く事すら許されない禁断の場所である。


 そこは最早、帝国国王が住まう王宮と同じ扱いで、ここではイグアス・グレイシスの名さえも霞みに消えてしまう。


「誰とも視線を合わせない様にするでござる」

「ござる! 待って! 置いてかないで! 怖い、怖いよ」

「拙者はリンでござるよ……」


 そんな華やかに飾り立てられた場所を足早に通り抜け、誰ともすれ違う事なく、最奧の防音処理を施された頑丈な部屋にたどり着く。

 そこに入ると……


「お? タレムよ、来たか。待っていたぞ?」

「シャルル王女様!」

「……むっ」


 綺麗なお姫様ドレスで着飾ったシャルルが一人で出迎えてくれた。

 半日ぶりの再会に、傍らのタレムがイグアスを近寄ると……


「このっ! たわけッ! 《プリンセス・クロスチョォォップ》!」


 開口一番、シャルルの得意技、クロスチョップを打ち込まれた。


 ドスンっ。


「な、なぜに!?」


 シャルルは、急な攻撃に困惑するタレムの胸元を締め上げて、鋭い眼で睨みつけた。

 ……誰が見ても客観的に怒っている。


(まさか! シャルル王女様は、本当に選民主義で、俺を騙していたのか!? そんな――)


「よくもっ! よくも俺を騙したなッ! 俺と結婚してくれるって言ったのにぃ! 初めてを奪ったのにぃ! この裏切り者ッ!」

「……ん? 何を言っているんだ、私はそちに嘘は言わん。騙してなどいないぞ? マイダリーン」

「え? じゃ、なんでクロスチョップ? マイハニー」


 さらに深く困惑するタレムがそう聞くと、シャルルは少しだけ頬を桜色に染めて、タレムの胸元から手を離し、背中に腕を回して抱きしめる。


「私はな。タレムよ。忙しい中、ほんの一刻だが時間を作り、そちと親睦を深めようと、会っているのだ。そちの言葉に会わせるのなら、未来の夫とイチャイチャしたかった」

「……」

「それなのにそちは、私を『シャルル王女様』などと、仰々しい名で呼ぶのだ。そちにとって私は王女なのか? 王侯という権力者なのか?」

「……っ!」

「違うであろう? 私とそちは同格になるのではないのか? 身分は関係ないのであろう? それとも、やはり、私は……ダメなのか?」


 シャルルの声は尻すぼみになっていて、最後は震えて消えてしまいそうな程であった。

 そんな声を聞いて、タレムは自分が情けなくなった。


(シャルル王女様は……俺なんかより、俺のことを真剣に考えていてくれたんだ!)


「ごめん。シャル……」


 シャルルの肩を掴んで、心から謝った。

 タレムにとってシャルルは、王女シャルル・アルザリア・シャルロットではなく、ただの婚約者シャルなのだ。


「馬鹿者……謝られると本当に惨めになるのだぞ。そうではないだろう?」


 言われて、ハッと気づき、シャルルの腰に手を回し抱きしめる。

 そして、


「……うん。ありがとうシャル。俺の婚約者で居てくれて」

「うむ。ぎりぎり合格点だな」


 にやっと、柔らかく笑ったシャルルにキスをした。


 ちゅっ。


 シャルルはタレムからのキスを一度受けてから、


「まてまて。タレム。それは後だ。先に、そちの友人と話をさせてくれ」


 さらにイチャイチャしようとするのは止めて、膝を付き頭を地面につけるイグアスに視線を向けた。

 そこで、タレムもイグアスの存在を思い出す。

 ……だから、


「ちょっちょっちょっちょっ! シャル!? ダメだよ。ダメ。イグアスと話さないで」

「む? ……なんでだ? せっかく招いたのだから、よいではないか? それとも、そちの親友は私に会わせらないような不届き者なのか?」

「逆だよ! 逆! イグアスは普通に良い奴だし。普通に俺より格好良い! イグアスと仲良くなったら、シャルが取られちゃう」

「……独占欲が高すぎるとこう言う面で面倒なのだな。だが、タレムよ。それは少々、私をみくびり過ぎているぞ? 逆に不愉快な心配だ。そちは嫁になる者を信じる事も出来ないのか? 私が言った言葉を信じる事も出来ないのか?」

「……うっ。分かったよ。でも――」

「くどい!」


 すばんっ!


 シャルルは見兼ねてタレムを突き飛ばし、


「だが、まあ、そちの深い愛情は伝わった。それは……悪くはないものだったぞ? 少し待っているのだ」

「シャル……」


 今までで一番柔らかい微笑みでそう言って、頭を下げるイグアスの前に立った。

 そして、イグアスを見下ろしたまま、


「まあ、なんだ。楽にしてよい……と。言うつもりであったが、タレムがああなのでな。そのままで許せ」

「……ハッ」


 イグアスもシャルルの声も、タレムと話す時よりも固い。

 王女と大公爵(だいこうしゃく)息子三男は、形式的には頭を下げるイグアスの図の通り、王女の方が権力が高い。

 だが、帝国を動かすという点で見て、自質的な権力は真逆である。

 シャルルとイグアスは政治的に非常に面倒な立場であった。


 出来れば、お互いに相対したくはなかったであろう。

 だからこそ、シャルルがイグアスを呼んだ事に何かしらの意味がある。

 タレム、イグアス、シャルルの三人ともこの重大な密会に緊張を隠せなかった。


「して。プリンセス・シャルル殿下。私にどのような話があるのでしょうか? いくらタレムを籠絡したからと言ってグレイシス家がプリンセスに協力することはありませんよ?」


 イグアスからの先制攻撃。

 シャルルを拒絶した。


 その為、二人の間には険悪で重い空気が満ちる。

 これはこれで、一触即発の危機。


「うむ。それでよい」


 だが、シャルルはさらりと流し、微笑んでいた。

 その微笑みをイグアスは見ることは出来ないが、見ていたタレムはほっと胸を撫で下ろす。

 ……シャルルに、イグアスと揉めるつもりはない。

 そういう事が一瞬で解る笑顔だっからだ。


「私はタレムと同格だが、そちと同格ではない。同格に成りたいとも、したいとも思わん。そちはそちのままでよいのだ」

「……ならば、何用でしょう?」

「ん? 用があるのはそちではないのか? むろん、くだらん(まつりごと)の話ではないぞ?」

「っ!」


 この時、イグアスは、気配でシャルルがほくそ笑むのが解った。

 ……勝ち誇られたのだ。

 実際、イグアスは、タレムを籠絡したシャルルの事を観る必要があった。


 タレムを利用しようとしていたなら、イグアスが全力でシャルルの邪魔をするために。

 だから、本当に一本取られていたのだ。


「…………なるほど。プリンセス・シャルル。本当に変わられましたね」

「そちらのおかげでな。何より……のおかげだ。で? ……よいな?」

「ええ。どうぞ。私からは何も致しません。もちろん、協力も致しませんが」

「くどい! 最初からそれでよいと言ってる」

「……ハッ。失礼致しました」

「ならば、話は終わりだ。そのまま下がれ。私はタレムともう少し語らっていく」

「……御意のままに」


 聞いていたタレムには、何一つ意味の解らない会話であった。

 だが、イグアスとシャルルにとっては大きな意味のある会話であった。


 それ以上、用がないイグアスは、シャルルに従って退室していく。

 一応の礼儀は残したまま、けしてシャルルと顔を合わせずに……

 だが、最後に、立ち止まり……


「プリンセス・シャルル。……貴女が本当にタレムの妻となったのなら、その時は――このイグアス。全力でお力をお貸し致しますので」

「うむ。あいわかった。その時はな。だが、無粋だぞ? 私はそんなものの為にタレムと結婚するのではない。私の野望ぐらい、私が叶える」

「ええ。解っています。これは、私のための言葉ですので。それと……」

「まだあるのか!」

「ええ。これは友人の恋人に対する純粋な心配ですが。昔と変わった貴女だからこそ、邪魔だと思う者が潜んでいることにご注意を」

「……そうか。心に止めておこう」

「では、失礼致しまする」


 イグアスは、退室して行った。

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