一話 『夢を語って論破されるという哀しさ』
馬小屋と言っても良いボロ小屋で、銀髪碧眼ショートストレートの少年が……
――バシンッ!
と、コレまたボロボロの小さいテーブルに足を掛けて、
「俺は! 俺の理想のハーレムを築く!!」
そう叫んだ。
……足を掛けたテーブルがメキメキと音を立てて崩壊する。
「……タレム兄さん。寝言は寝てから言うものですよ?」
そんな締まらないタレムに、ジトッとした視線で呟くのは、薄黄色の髪が背中を覆うロングストレート少女。
「おいおい……クラリス。誰が兄さんだ!」
「兄さんが兄さんですよ! っていうかそこですか!」
「そこだよ! 俺とお前は赤の他人じゃないか! 嫁入り前の娘が男の家に不法侵入は良くないぞ?」
「私と兄さんは血こそ繋がっていませんが、自他ともに認める仲の良い兄妹です! それにここはアルザリア帝国学院が保有している馬小屋です。不法侵入しているのは兄さんの方ですよ!」
「俺は、学院生徒だから、不法侵入じゃない! 不法占拠だ!」
「……兄さん。それは、五十歩百歩……で、余計悪いです」
「それ、使い方違くない?」
「わざとですっ!」
ボロボロの服を身に纏うタレムと違い、クラリスの服は小綺麗でシワ一つ見当たらない。
……二人とも、アルタイル男爵の名を持つ貴族の兄妹なのだが、身なりの差は、下民と王族程離れている。
その理由は……タレムがアルタイル家で引き取られた養子だから――
「そんなことよりも、兄さんは早く家出なんて子供っぽいことを辞めて、屋敷に戻ってきてください」
……ではなく。
ただ、タレムがアルタイル家を家出しているだけであった。
クラリスはそんな兄を連れ戻そうとしているのである。
「嫌だ! 俺は家には戻らないぞ! 騎士王になって! ハーレムを築くって決めたんだ!」
「騎士王ですか……」
騎士王とは、アルザリア帝国騎士の中で最強の騎士に与えられる爵位のようなもの。
だが、アルザリア帝国五百年の歴史で、騎士王の名を手に入れた人間は五百年前の初代騎士王、《アルフッド・グレイシス》ただ一人。
歴戦の騎士もそれを言葉にすることは畏れ多いのだが……
「確か、兄さんは、騎士科の順位戦で九十九連敗中。騎士を目指す二百人の同級生達の中で最下位と記憶していますが?」
「うっ!」
「学院史上初の快挙ということで、通常、成績上位者に与えられる二つ名を贈呈されたそうですね……確か」
「辞めて辞めて辞めて!!」
「……そう。《敗北王》……ええ。とても素晴らしい二つ名ですね。語感が騎士王に似ていますね。良かったですね」
「嫌だぁああああああああああああああああああああああああああ――ッ!」
そう、タレムはアルザリア帝国五百年の歴史で最弱のお墨付きをもらった男だった。
通常、タレムが通うアルザリア帝国学院は、貴族の血筋で騎士を志す者ならば、誰でも騎士になれる様になっている。
……なのだが、タレムはまだ、騎士になれていない。
そんな人間は、アルザリア帝国学院高等部騎士科一年二百人の中で……いや、帝国建国以来タレム一人だけであった。
「先日、学院から通達が来ましたよ? 兄さんは騎士の才能がないので、他の科に変更してはどうかと」
クラリスが言いながら、タレムが壊したテーブルを手で触ると、テーブルが黄色く光り輝き、自動で再生していく。
クラリスの魔法で《再生光》といい、閃光を当てたモノを当てただけ再生させるという能力である。
……アルザリア帝国人にはこういう《魔法》と言われる特殊な力を持っている人間が、それなりにいる為、珍しい事ではない。
クラリスはタレムが壊す前より綺麗になったテーブルに、したり顔で件の通達書を置いた。
……わざわざ証拠を見せたのだ。
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 俺は沢山の嫁を侍らせるハーレムを作るんだ! 絶対、騎士王になるんだ!」
しかし、それを見てもタレムは地団田を踏んで暴れ回る。
……コレが、アルタイル男爵家の長男で自分の兄かと思うと、クラリスは頭痛で頭を抱えたくなった。
「……兄さん。我が儘を言わないでくださいよ。兄さんじゃ、騎士王どころか騎士にすらなれないじゃないですか。屋敷に戻れば相応の未来が待っているんですよ?」
「なれるよ! なれる! いつか俺の努力は報われる!」
「報われません」
「報われる!」
「ません!」
「……」
「……」
タレムとクラリスの視線がぶつかり火花を散らす。
そのまま長い間、無言で視線の応酬を繰り返していると、先にクラリスが、
「プッ。フフフ……もうっ。兄さんったら、敗北王の何処からそんな自信が沸き上がって来るんですか」
笑ってしまった。
(兄さんはきっと帝国史上最強の……馬鹿ですね)
クラリスの胸に浮かぶのは呆れだが、嫌悪ではない。
何故か、タレムのこういうところは嫌いになれないのだ。
「兄さんは何故、ハーレムなんて馬鹿なことを言っているのですか?」
「男の浪漫だからだ」
「ああっ……馬鹿だからですね」
「お前な……」
いつの間にか馬小屋に差し込む太陽光がオレンジ色になっている。
それを見て、クラリスは立ち上がり、優雅にスカートに付いた砂埃を払った。
「兄さんはアルタイル家の長男です。騎士にならずとも、真面目に生きれば、それなりのお嫁さんを娶る事ができるんですよ?」
「それじゃ、ハーレムにならないないだろ!」
「このままでは、アルタイル家を追い出されて結婚すら出来なくなると、私は言っているのですが?」
「……ぅ」
……それはそれで嫌だ。
でも、それでも、タレムは、胸を張って言った。
「俺は俺の理想のハーレムを築く! それを諦める事は出来ないんだ!」
「……そうですか。兄さんらしいです」
クラリスはそう呟いて、タレムに背を向ける。
「では、全てを失うまで、頑張ってください」
「……ひでぇな」
「当然です。私は、兄さんにハーレムなんて無理だと思っていますから」
「……もう、分かったから、帰れよ。シッシ」
タレムは最後までチクチクと刺して来るクラリスに、適当に手を振って見送るのだった。
失礼。最初だけ挨拶させて頂きます。
オジsunです。
拝読ありがとうございます。
初日のみ、十話程、投稿致します。
少しでも気入って頂けたのなら、ブクマ・評価して頂ければ幸です。
感想は何時でも何でもクレクレです。
人気関係なく、一章完結(一区切り)までは必ず終わらせるので御安心してください。
では、一章完結の後書きでまた、お会い出来れば光栄です。