その6
今日は龍と紗由の通う青蘭学園で、幼稚部から高等部までを通じたバザーが開催されていた。
関係者が同行していれば、部外者でも入れるということだったので、玲香と翔太も、その催し物に参加していた。
翔太の目的は、紗由たち年少部が披露するお遊戯だったのだが、バザー自体もなかなかの盛況ぶりで、翔太は一人であちらこちらを見て回っていた。
「翔太くん!」
手作りお菓子のブースの前で翔太に声を掛けたのは、今来たばかりの涼一だった。
「涼一はん!」
うれしそうに涼一に駆け寄った翔太が、涼一の手をぎゅっと握る。
「どうした。一人なのかい?」辺りを見回す涼一。
「えーと、みんなは、あそこのたこ焼きやさんに…」
翔太が指差すほうを見ると、周子、賢児、玲香、龍の4人が、ふたつ向こうのブースの前でたこ焼きを黙々と頬張っている姿が目に入った。
「夢中だな、みんな…。そんなに美味いのかい?」
「今日取れた、明石のたこ入りですわ。さっき食べましたけど、そりゃあもお、きゅきゅきゅって噛み応えがたまらんですわ。
しかも、静岡の桜海老入りでっせ。それが8個入りで200円て、あり得ない値段ですやろ」
「ふーん…」
「待っててください。もろうてきますから!」翔太は駆け出した。
「あ…」翔太の後姿を見送った後、涼一は辺りを見回した。
数メートル先のブースに目が行く。
最近、学園のバザーに出るのは、贈答品の使いまわしだったり、不用になったブランド物が主なのだが、そのブースに置かれていたのは、手作りのアクセサリ、民芸品調の箱や籠、巾着袋など、一昔前のバザーといった感じの品々だった。
だが、逆にそれに懐かしさを覚えた涼一は、ブースへ近づき始めた。
そこへ、たこ焼きを持った翔太がダッシュしてくる。
「翔太くん、そんなに慌てなくていいよ!」
ところが翔太は、声を掛けた涼一の横を通り抜け、涼一が向かおうとしていたブースへ駆け寄って行った。
「翔太くん…?」涼一も足早に近づく。
「涼一はん…この箱、ぴかぴかが…」驚いた顔で涼一を見上げる翔太。
「どうした?」
隅にあったパイプイスの上にたこ焼きを置くと、翔太は涼一の袖を引っ張って、その横へ連れて行った。
「あの、右がわの茶色いかご、すごいぴかぴかです。前に見せてもろた、羽龍の水晶とおんなじ色です」
「羽龍の水晶と…?」
「はい」
翔太が頷くと、涼一はそのブースへ再度近寄り、そのかごを手に取った。蓋を取ってみると、小さめの巾着袋がひとつ入っていた。
口紐が堅く結ばれているので、中身はすぐには確認できないが、触ると硬いガラス球のようなものがいくつも入っている感触がある。そして中には、もうひとつ別の何かが入っているようだった。
涼一が係りの者に声を掛けた。
「これは、おいくらですか?」
「500円です」エプロンを掛けた女性が愛想よく答える。
「中身も一緒でいいんですか?」
「中身ですか? 何か入ってたかしら?…ええと…それも一緒にどうぞ」
「じゃあ、これください。お釣りはけっこうです」涼一は千円札を相手に渡した。
* * *
西園寺家に戻った一行は、涼一が買った籠を興味津々に眺めていた。
「じゃあ、この巾着の中に入っているのは羽龍の水晶なの?」かごの中身を眺め回しながら聞く周子。
「たぶんね。翔太くんが、オーラを読み取った限りでは、どうも、そうらし…どうした、翔太くん。何か、見えるのかい?」
頭を抱え込む翔太を、涼一が覗き込んだ。
「…たこ焼き…おいてきてもうたです。まだ4個もあったのに…」泣きそうな顔で涼一を見上げる翔太。
「翔太。今大事なのは、それじゃないでしょ」玲香が翔太の腕を引っ張る。
「そうだ…何か忘れてると思ったんだ。たこ焼きだよ、翔太くん」涼一も悔しそうだ。
「たこやき、たべたの?」紗由が仁王立ちになる。「さゆ、たべてないよ。とうさま!」
「と、とうさまは、食べられなかったんだぞ。食べてないぞ」無実を主張する涼一。
「そーゆーもんだいじゃないの」紗由がぷーっとほっぺたを膨らませる。
じゃあ、どんな問題なのかと、その場にいた全員が思ったが、ここで口を出すとわが身に降りかかってきそうな気がしたので、皆おとなしくしていた。
「さ、紗由。たこ焼きなら、後でかあさまが、いーっぱい作ってあげるわ。今はほら、ね、大事なお話の途中だから」非難の矛先が自分に向く前に、守りに入る周子。「お好み焼きも付けちゃおうかなあ」
「周子…おまえ、けっこう姑息だな」不満げな涼一。
「危機管理に余念がないだけよ」しらっと答える周子。
「紗由ちゃん、ごめんな。俺、お遊戯待ってる間に、たこ焼き食うてもうた…」
「おいちかった?」
「あかん、あかん。紗由ちゃんがおらんかったから、全然おいしゅうないわ」
「ふうん」翔太の言葉に少し気を良くする紗由。
「だから、お夕飯に、紗由ちゃんがおいしいたこ焼き作ってくれへんかなあ」
翔太の言葉に、向かい側にいた龍が激しく首を振って合図するが、翔太は意味がわからず首をかしげる。
「いいよ。チョコがはいったの、つくってあげるね」紗由がニッコリ笑う。
「タコの代わりにチョコ入れるんか。甘くてうまそやなあ」
「ちがうよ。タコとチョコいれるの」
「え?…」固まる翔太。
あわてて龍の顔を見ると、そこには溜め息をつく龍の姿があった。
「と、ところでさ、中身を確認してみようか?」賢児が助け舟を出す。
「そうですね。確認したほうが」
「玲ちゃん。乱暴にしたら、あかんで。フランスの包み紙やと思って、そーっと、そーっと、開けるんやで」
「わかってます」翔太をキッとにらむ玲香。
固結びされた袋の紐を玲香が悪戦苦闘しながら解くと、中から現れたのは10個ほどの黄色い玉だった。
「えーと、これとこれが羽龍の水晶だよ」龍が二つの玉を手に取る。
「綺麗な黄水晶…」玲香が覗き込む。
涼一、周子、賢児の3人も、順番にそれらを手にとって眺める。
「この包みのほうも開けてみましょうか」
玲香が巾着の中の包みを取り出し広げると、そこから現れたのは翡翠でできた羽龍だった。
「羽龍だ…。でも、うちのとは色がちょっと違うんだね。飛呂之さんのブレスレットに少し似てる」龍が手にとって眺め回した。
西園寺家の羽龍はグリーン一色だが、この羽龍は、ブルー、グリーン、ラベンダーといった3色からなる品だった。龍が言うように、玲香の父の飛呂之の持っているブレスレットと同じような色彩だった。
「色もそうだけど、角の数も違う。これは2本だけど、うちのは額の真ん中からもう一本生えてるもん」
「へえ。よく見てるなあ」賢児が感心する。
「ええと…こっちの水晶が、この羽龍とペアだね。でも、こっちの水晶とペアになる羽龍は、どこにあるんだろう…」龍がぽつりと言う。
「あ、そうか。水晶が2個あるってことは、羽龍も2体あるんだよな」
「この子、変やわ」
龍がペアだと言ったほうの水晶を手に取り、翔太が難しい顔になった。
「何が変なの?」
「袋開けたら、ぴかぴかの色が変わった…」
「どんなふうに変わったんだい?」涼一が尋ねる。
「さっきまで、西園寺のおうちの子と同じ色してたのに、今は全然違います」
「うちに来たかったのかなあ」龍が言う。「だから、うちの子と同じ色になって、翔太くんを呼んだのかも」
「うーん。何でこの子たちは、うちに来たかったんだ? それに何で、あんなところで売ってたのかな」首をかしげる賢児。
「後で、おばあさまに見てもらうよ」
考え込む一同をよそに、紗由は水晶の入っていた巾着袋自体が気になって仕方がないようだった。
「おひなさまのおまつりのおかしと、おんなじもようだね」
「お雛様のお菓子?」周子が袋を手に取る。「ああ。菱餅のことね。うちがいつも使う菱餅は、ただのひし形じゃなくて、上が花菱模様に押し型されてるものね」
「この模様…」難しい顔になる賢児。
「どうなさったんですか?」
「うちのソフトにあるだろ。家紋に変形を加えて、その図形データを数値化して、バトルするゲーム」
「はい。クレストバトラーですね」
「四辻のおじさんとやったことがあるんだ。…四辻家の家紋が唐花菱だった」
「この巾着の模様…ですか?」
「これ、四辻家の筋のものなのかな」
「だとしたら、四辻家は“命”の職に就いているお家なんでしょうか」
「来週、奥様と響子さんにお会いする機会があるわ。確認してみましょうか」
響子というのは、四辻家の嫁だ。
「やめておけ」周子の提案を一蹴する涼一。
「涼一さん?」
「どうしたの、兄貴」
「これらをバザーで買いましたが、お宅か、お宅のご親戚のものですかとでも聞くつもりか。いきなりそんなことして違っていたら、不審に思われるだけだ。
こっちの事情を全部話せるわけじゃいのに、よけいなことはしないほうがいい」
「そうだよ。外でやたらと“命”に関することを話したら駄目だよ。“命”の家か、巫女寄せ宿の中でだけだよ」龍も涼一に同意する。
「ご、ごめんなさい」慌てて謝る周子。
「それに、お印の品が外に出るってことは、何か特別な事情があると思う。
本当は出しちゃいけないんだから、もし、四辻のおじさまの家のものだとしても、おばさまは、そうですなんて言わないと思う」
「そうか…。じゃあ、やっぱり伯母さんからの指示待ちだな」
その場は、それでいったん話が終わった。
* * *
「おかしいよ。確かにおかしい」腕組みをして天井を見上げる賢児。
「そうですね。どうして、ああいうものが、あんな場所で…」
「そうじゃなくて、兄貴だよ」
「涼一さんですか?」
「あの、探究心旺盛な兄貴がだぜ、誰より知りたがりな兄貴が、調査にストップをかけるなんて、ありえない。…何かあるような気がするなあ」
「うーん。知りたがりさんが、知ろうとしないときは、翔太の例で言うと、知られると都合が悪いときでしょうか」
「都合が悪い?」
「この前、岡埜堂のおまんじゅう詰め合わせがテーブルから消えたんです。
鈴ちゃんは、翔太に食べさせてあげようと思って、いろんな種類が入った特別セットを買ってきたのに、なくなっちゃったんで、大慌てで捜してたんですけど、肝心の翔太は、もういいって」
「もしかして、翔太が食べちゃってたの?」
「ええ。父さんや義兄さんと一緒に。しかも、鈴ちゃんの分を残さずに」
「うわあ。一番やばいパターンだな…」
「おまんじゅうの行方を知ってても、言えませんよねえ」くすりと笑う玲香。
「…兄貴、何か知ってるのかな。翔太の例で言えば、情報を共有している人間がいて、そいつに確認してからでないと、やたらなことは言えない、とか」
「どうでしょうか。しばらく家の中がバタバタしていて、やっと落ち着いたわけですから、単純に、やたらなことには首を突っ込むなということなのかもしれませんし」
「そうだな。…でも、兄貴の言動は置いておいても、門外不出の品々が外に出るというのは、どこかの“命”の家で何かが起きてるんだよな」
「私も、ちょっと気になったことがあります」
「何?」
「龍くん、言ってましたよね。買わせるために翔太を呼んだのかもしれないって。
でも、それだと翔太の能力と行動予定の両方を把握していないといけません。そんなことを知りえるのは、いわゆる未来を読むタイプの能力者ですよね。
翔太は今回たまたま、影童を持ってきていました。様子がおかしいから、“命”さまに見てもらうって。だからピカピカが見えたんです。それをわかっていたということですよね。
あと逆に、もしかしたら、あのかごは別の人が買う予定だったのに、翔太がたまたま見つけてしまった可能性もあるんじゃないでしょうか」
「後者だったら、うちに捜しに来るかもな」
「で、私は、やっぱり四辻家のものなんじゃないかと思います」
「どうして?」
「家紋が目印ということは考えられないですか。バザーは商品が多いですから、翔太のような力のある人間じゃなかったら、見分けられずに紛れ込んじゃう可能性もありますよね。家紋というのは、他の人に気づかれずに、いい手がかりになると思うんです。
それから、“命”の職務に関する守秘義務をまっとうしようとすると、一般庶民では難しいですよね。
修行場所への移動が秘密裏に行えたり、マスコミなどの報道を規制できる立場でないと。つまり、それなりのお家柄だとか、権力の持ち主でないと、情報操作や隔離が難しいと思うんです」
「まあ、そうだな」
「となると、“命”の職に就くのは、西園寺家と同等クラスのお家柄。かなり以前からあったシステムだということを考えると、お公家様のおうちとか…。
ただ、ちょっと妙な点もあって…」
「何が妙なの?」
「龍くんがペアだと言った、羽龍の翡翠と針水晶の質です。ちぐはぐと言うか…」
「ちぐはぐって?」賢児が怪訝そうな顔になる。
「はい。さっきの羽龍ですが、だいぶグレードの高いものではありますけど、西園寺家の羽龍の翡翠のほうが上です。
透明度や、明るさと深さを兼ね備えた石質から言って、西園寺家のほうは、ロウカンと呼ばれる最高級品だと思います。歴史的には、西太后が熱狂的に蒐集したことで知られています。
でも、針水晶のほうは、さっきのもののほうが、西園寺家のものよりグレード的に上なんです。かなり高額な品じゃないでしょうか。
ですから、あのペアは、ペアとして釣り合いが取れてないような。もうひとつの水晶とのほうが、あの羽龍とは、ペアとしてふさわしい感じがします」
「そうか。…伯母さんの羽龍と水晶は、そういう意味でバランスが取れてるの?」
「はい。そう思います」
「ふーん。何かちょっと妙な感じがするな。でも、龍がそれを間違えるかなあ…。それにしても、パワーストーンに詳しいね」
「いろんなヒーリングセミナーに出かけると、パワーストーン即売会みたいになってるところもありますし、そういうところへ通いつめている人たちは、皆詳しいんですよ。
そこに潜入捜査するための基礎知識というところですね。宝石に関する資格も趣味の延長で取りました」
「ふうん。…ねえ、じゃあ、あのブレスレットの石…ネクタイピンの石はどうなの?」
「スギライトとラリマーですか? 紫の石、スギライトのほうは、20世紀随一の癒し効果があるとまで言われたくらい、パワーの強い石です。
普通、石は、パワーがある反面、邪気も吸ってしまうため、時々浄化が必要なんですけど、この石はそれが必要ないと言われたりもします。霊的な能力を開花させ、それから、パートナーとの不変の愛に効果をもたらすと言われています。
水色の石のラリマーのほうは、間違った考えをただし、洞察力やアイデアを提供してくれます。周囲とのコミュニケーションをスムースにしたり、苦痛を和らげる作用もあります」
「“命”の仕事に必要そうな力ばかりだな」
「…そうですね。“弐の命”は、かなり苦痛を伴うお仕事のようですから」
「でも、パートナーとの不変の愛っていうのがあったから、伯母さんは伯父さんと結ばれたのかな」うれしそうに笑う賢児。
「そうかもしれませんね」
「じゃあ、俺もあの石でタイピン作ってもらったから、バッチリだな」
「…そうかもしれませんね」
玲香は恥ずかしそうに目を伏せた。賢児にスギライトとラリマーのネクタイピンを作ったとき、それぞれの石の効能を考えて、思いを込めていたからだ。
賢児さまとずっと一緒にいられますように、彼が仕事でその洞察力やアイデアを発揮して、会社の人たちと上手にコミュニケーションをはかりながら、仕事がうまく進みますように、重責からのストレスが和らげられますように、と。
「かも、じゃないだろ。絶対にそうなんだ」
賢児は少しふくれっつらをしながら玲香に近づくと、後ろから玲香を抱きしめた。
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