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その3


 涼一は夕食の後に、光彦おすすめの地酒を注文した。

「うまいなあ」しみじみ杯を傾ける涼一。

「最近、日本酒が多いわね、涼一さん。一緒に飲む相手の趣向が変わったのかしら?」注ぎながら意味深な目で尋ねる周子。

「最近、研究室で、酵母菌の働きをプラスした場合の反応を見てるんだよ。

 助手が、いろんな日本酒買ってきて、それでも試してるんだけど、実験に使う量は限られてるし、残りは深夜残業がてら賞味してる。

 このままだと、日本酒紀行の本が書けそうだよ」

「まあ、すごい。…そうだわ。龍が大きくなったら、一緒に全国の酒蔵を巡って、旅行記でも…」言いながら、周子の表情が青ざめた。「あ…」小さくつぶやきながら、頭を抑えて上半身をふら付かせる周子。


「周子、どうした?」涼一が向かい側の席から駆け寄り、周子を抱きかかえる。

「かあさま!」周子の腕に触れる龍。

 紗由も周子の手を取り、ぎゅっと握った。

「…だいじょうぶ。…ごめんなさい」周子は軽く頭を振った。「一気に飲みすぎちゃったかしら。ちょっとふら付いちゃったわ」

「横になるか?」心配そうに覗き込む涼一。

「ううん。平気。…ゆっくり飲むわね」

「くるまで、おねんねする?」

「え?」紗由の言葉に驚いて見つめる周子。「…お布団がいいなあ」

「紗由は車で寝たいのか?」


 涼一が聞くと、紗由は難しい顔で答えた。

「おうちかえれなくなるから、やだ」

「そうだよなあ、紗由。かくれんぼの途中で寝ちゃったら、とりさんち行っちゃったもんなあ」苦笑する涼一。

「けんかになっちゃうし…」

「ああ。翔太くんは、玲香さんに叱られてたようだしなあ」

「くるまが、がたがたってなるからね、あたまごっつんするんだよ」

「シートベルトしてなかったもんなあ。ブレーキかけたら、転がっちゃいそうだ。…まあ、怪我とかしなくてよかったよ、本当に」


 涼一が紗由の頭をなでると、紗由はほっぺたを、ぷーっとふくらませた。

「おねんねしてたから、ベルトできなかったんだよ」

「そりゃ、そうだな」笑う涼一。

「でも、ベルトしないと、おそと出れた」

「うーん。車の中にいたままだったら、犯人の出方によっては、かえって危なかったかもしれないしなあ。…運がよかったんだな」

「たすかって、よかった、よかった」紗由がニコニコと笑う。


「おい、紗由。他人事みたいに言ってるんじゃないぞ。父さまだってな、話を聞いたときは、心配で心臓が止まりそうになったんだからな」

 涼一が紗由の両頬をきゅっと両手で挟むと、紗由が楽しそうにきゃあと声を上げる。

 だが、その傍らでは、目を伏せた周子と、周子を見つめながら拳を握り締める龍の姿があった。


  *  *  *


 龍と紗由が寝た後、涼一と周子は室内テラスに席を変えて、紅茶を飲んでいた。

「酔いは冷めたかい、お嬢様?」涼一がからかう。

「もっと飲みたいくらいだわ、気分的には…」

 いつもなら、おどけて返事をするであろう周子が暗い表情で答える。

「やっぱり何かあったんだな。最近、様子がおかしいよ」

 周子は、テラスの冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

「そんなものを飲まないと、言えないようなことなのか?」涼一が周子の手を押さえた。

「…そうよ。そう…」涼一の手を振り払う周子。


 ゆっくりと両手でまぶたを覆う周子に涼一は言った。

「怖い夢って、どんな夢だい?」

「紗由が話したのね…」

「叱らないでやってくれ。紗由は紗由なりに、おまえのことを心配してるんだ。

 特殊な力とか関係なしに、母親の変化を感じ取ってるんだろう。だから、かあさまの言いつけを破ってまで、俺にその話をした」

「…怖かったのよ。話すと、どんどん思い出しそうで。その先を知ってもいいものなのか…怖かったの」


「そういう時のために、俺がいるんじゃないのか?」周子の手を握る涼一。

「それは…」

「俺じゃ、わからないと思ったか?…そうだよな、俺には龍や紗由のような特別な能力はない。その一端を知ってしまったおまえにしてみたら、頼るに値しない存在なのかもしれないよな、俺は…」

「違うわ、そんなふうに思ってたわけじゃない」


「でもな、おまえのことを思う特別能力は、誰よりも兼ね備えているんだ。おまえを守りたいと思う気持ちも」

「涼一さん…」周子の目から涙が零れ落ちる。

「怖い夢は、二人で半分にすればいいじゃないか、紗由がいつも、半分こってしているみたいに」涼一は周子の頭をゆっくりとなでた。

 涼一の腕を取り、握り締める周子。

「俺が全部受け止める…だから大丈夫だ」

 涼一は、周子から握り締められた手をはずし、逆に周子の両手を包み込んだ。


  *  *  *


「涼一!…どうしたんだ。一人か?」

 庭の手入れをしていた風馬は、突然現れた涼一の姿に驚いて立ち上がった。

「ああ。この前の件、まだ、ちゃんと礼を言ってなかったからな」

「それでわざわざ来てくれたのか。いいのに、そんなこと。…紗由の様子はどう? 変わりないか?」

「ああ。お蔭様で。…周子は…よくわからない」

 一瞬、二人の間に沈黙が流れた。

「…そうか」


「考えてみれば、伯母さんも、すごいことするよな。周子を狙い撃ちなんだから。息子のアキレス腱を狙う母親って、そうそういないぞ」

「はは、そうだな。でも僕は、そういうかあさんが好きだよ。非常に無駄がない。…そういうの、おまえも好きだろ?」

「研究仲間ならスカウトしたい人材だとは思うけどね。あいにくと俺はMじゃないんで、付き合いきれないよ」

「…そうか。俺はMか」声を上げて笑う風馬。「それなら辻褄が合うな。虐げられても、…報われなくても、苦にならないのが」

「じゃあ、俺に礼を言われるのも苦にならないな」ふっと笑う涼一。

「ああ」

「感謝してる。紗由と周子を助けてもらって。悔しいが、俺にはできないことだから。本当にありがとう」涼一が深く頭を下げた。

「いや…」


「ただ、確認したいことがある」

「何だ」

「あの事故の後、おまえが周子にしたのは、本当に力の伝授なのか?」

「え?」目を見開いて涼一を凝視する風馬。

「伯母さんやおまえの説明だと、おまえが事故の後に“命”の力の幾ばくかを周子に伝授したから、紗由の力に反応して、周子の力も現れた、ということだったよな」

「…まあ、大雑把に言えばそんなところだ」

「だがそれは、一面的な見方だ。俺は俺なりに仮説を立ててみたんだ」

「仮説?」

「そう。仮説だ。…その前に、疑問にいくつか答えてくれないかな」

「どうぞ」


「“命”の力というのは、周子に伝授した力というのは、どういうものなんだ? それを伝授されると、何ができるようになる?」

「何って…“命”の力は、未来の吉凶を受け取ること。それが基本だ。その後、何をするかというのも重要なことだが」

「“命”は、過去の出来事も受け取ることが、知ることができるのか?」

「いや、それはしない。できないというより、してはいけないんだ。

 過去に対して何かしだしたら、現在が狂う。受け取った後にその未来に変化を与えられる可能性のある人間は、過去を受け取ることを禁じられてる」


「そうか…おかしいなあ。俺が傍にいて感じた周子の変化は、“命”のそれとは、ちょっと違うようだ。

 どちらかと言えば、過去を当てて生活に役立てている感じだ。龍や紗由や俺の日々の生活を細かく思い出しては、今の状態に対して気を遣う。

 でも、“命”は過去について受け取ることはできないんだよな。玲香さんからも、伯母さんがそう言っていたと聞いた。けどな、そもそも、周子が“命”のように未来を予測してるのを見たことがないんだよ」

「いろんなパターン、制限の有無もある。それに、おまえの知らないところで、そういう兆候が現れているかもしれないじゃないか」


「じゃあ、次の質問。なぜ周子は、伝授の後、6年も経つまで、その力が現れなかったんだい?」

「力の現れ方には、それこそ個人差がある。元々、彼女はその手のことに疎い部分があったからな。紗由の力という、強いきっかけがあって、初めて出てきたということだろう」

「紗由の力というのは、そんなに能動的なものなのか?」

「どういう意味だ?」


「伯母さんたちがいなかったときの紗由の状態だが、伯母さんの説明によれば、龍と伯母さんが会話しているのを聞き取ったり…いや、正確には、テレビを見ているように、その様子を見ることができるということだな、そんな形で龍の感じ取ったことを受け取るという話だった。

 つまり、紗由は誰かの影響を受ける側、視聴者なんだ。誰かに何かを発信する側、つまり力を及ぼす側じゃない。

 さらに言うなら、紗由の力は伯母さんや龍のように未来志向ばかりではない。今ある何かを受け取れるのは、伯母さんや龍と同じかもしれないが、紗由は過去のことを当てるというか、理解しているように思える。

 例えば、伯母さんが50年前に飛呂之さんに、あなたの宝物を家にもらうと言った事を理解して紗由は彼に言った。玲香さんを賢児の嫁にくれって。

 紗由の力は、おまえの言うところの正統な“命”の能力とは質の違いがかなりあるのに、どうして、周子の力の発現のきっかけになれたんだろうか」


「血のつながりがあるからじゃないのか。他の人間に影響を及ぼすことは無理でも、周子さんに対してだけは可能だったんだろう」

「そうか。力の質と、その加減というのは、ずいぶんとご都合主義にできてるものなんだなあ。

 だったら、天馬のことも、伯母さんと伯父さんとおまえ、3人の強い力の影響で、何とかできそうだったものだがなあ」

「天馬は、おまえが考える以上に力が強かったよ」人差し指でメガネを軽く押し上げる風馬。


「ふーん。なのに、機関はおまえを指名したんだ。…まあ、それは今はいい。ところで、おまえ、翔太くんの力、知ってるよな?」

「もちろん。彼は、完全に開く前からすでに他人のチャクラの状態が読めた」

「そう。俺も読まれたことがあったよ。落ち込んでたら、押し花の栞を作ってくれた。能力値が高いだけじゃなくて、優しい子だよ。…ちょっと口の立つ賢児ってとこかな」

「そうだな」風馬の表情が少し緩む。


「その彼が言ってたんだ。おまえが剣と名乗っていて、彼と初めて会ったときのことだよ。胸のぴかぴかが、部屋に入ってきた瞬間ものすごくて、伯母さんよりすごいくらいだったそうだ。

 それがあっという間に包帯を巻いたようになった、閉じたようになったんだそうだ。それって、すごい技じゃないのか?」

「…そんなことはない」風馬は再び目を伏せた。

「その頃、つまり、一連の変化が周子の上に起きていた時期は、伯母さんの力は制限されていた。だから、翔太くんの目には、“命さまよりすごいくらい”のピカピカに見えたんだろう。

 結論はこういうことだ。その時期、一番力があったのは、風馬、おまえだ。おまえには、伯母さん以上のことができた」

「だから、そんなことはないと…」否定しながらも、うまく言葉をつなげずにいる風馬。


「まあ、いったんそれは置いておこう。ここで仮説だ。

 …周子はおまえから力を伝授されたんじゃない。記憶を封じられたんだ。

 そして6年後、羽龍が咥えた水晶、あの針水晶の力に反応して、封じられた記憶が揺さぶられた。それで過去の出来事に過敏に反応した。そう考えれば辻褄があう。

 紗由の力が過去志向なのも、たぶん水晶のせいだろうな。水晶には記憶力の維持や喚起という効能もあるそうじゃないか。水晶だけじゃない。紗由のビー玉に混ざっていたものには、別のパワーストーンもあった。これまた、記憶と関連が深いとされている石、イエロージェイドだ。

 周子に紗由の思考が読めたのは、針水晶の性質というより、伝達補助具としての羽龍の水晶の性質ゆえだ。そもそもあれは、伯母さんが龍と連絡をするために置いて行ったものだからな。

 周子は針水晶の基本に反応した後、針水晶のオプション部分にも反応したんだ」

「何で、そんなこと…」


「ただ、おまえが封じたのは、事故の記憶だけじゃない。周子の名前以外のすべてだった。

 そんな、彼女の人生を奪いかねない行為をしたのは、おまえが周子の人生をリセットしたかったからだ」

「何でそんなことをする必要がある」やっと強い声で話す風馬。

「俺と付き合ってたことを周子が忘れれば、周子が自分のものになるかもしれない。そう思ったからだよ。それくらい周子に惚れてたおまえは、その時、欲に負けたんだ。

 それを知った伯母さんは、おまえを勘当した。というより、おまえに反省して生き直してほしかったんだろうな。天馬との命継承争いの件とは別の意味でも。

“命”の証は4つ。天珠、スギライトとラリマーのブレスレット、それから翡翠でできた羽龍と、その口に咥えられた針水晶。そんな大切なもののうち2つを、伯母さんはおまえに渡したんだもんな。

 天珠という石は、持つ人間の邪気に反応するそうだな。石から許してもらえるまで、おまえはきっと辛い思いをしたんだろう。

 おまえが今の段階でかなりの力を持っているということは、石に許されたということだろうし、それまでの苦労は察するよ」

 涼一の言葉に、風馬はしばらく黙ったままだった。そして、やがて重い口を開いた。


「まあ、無駄だったけどな。周ちゃんは、おまえの顔を見たとたんに、封印を解いて、おまえの名前を呼んだんだ」風馬が空を見上げる。

 涼一は言葉を続けた。

「おまえ、玲香さんとの会話で、こう言ってたそうだな。

 伯母さんがおまえの描いた絵を強引に塗りつぶし、おまえがそれを塗りなおすと、そこから、おまえの位置と行動意図が読まれて、その繰り返しだと。

 つまり、紗由が不安定になったのは、説明されたとおり伯母さんが紗由の力を強めたから。そして、周子がいったん落ち着いたように見えたのは、おまえが遠隔で紗由と周子に調整を試みたからだ。

 だがそれに対して、伯母さんは再度、紗由の力を増幅させた。伯母さんが制限されている間ならまだしも、全開になったら、おまえでも勝てない。いたちごっこだと思ったから、戻って来たんだろう?…今度は周子を救うために」


「涼ちゃんは、昔から頭だけはいいんだよな。性格はよくないくせに」

「中途半端な優しさなんて、何の役にも立たないよ。おまえも…どうせ優しいなら、賢児ぐらいの域まで達してればよかったんだ」

「おっしゃるとおり」風馬が笑う。「ああ、でも、玲香さんとの会話、うっかりしちゃったな」

「彼女を甘く見ないほうがいい。カウンセリングが専門ということもあるが、それだけじゃない。彼女の、人から何かを引き出す力は天性のものだ」

「恥ずかしながら、読めなかったよ、そこまで」

「おまえにしてみれば、翔太くんのようなタイプの力に目が行くんだろうけどな。よーく考えてみろよ。彼女は、あの賢児が選んだ女性なんだぞ」

「忘れてたよ。昔から、最強なのは“けんたん”だったな」

 二人が笑う。


「…すまなかった、本当に」頭を下げる風馬。

「もういいさ。おまえは、本気で周子を救おうとしてくれたんだ。あの伯母さんに対抗してまで。それは結局、俺たち家族を救ってくれたことでもある」

「涼一…」


「で、本題はここからだ。おまえも感じているだろうが、周子の記憶が半分戻ってる。

 …その部分だけ話を聞いていても、かなりしんどいものだ。

 当事者の龍には絶対に聞かせたくない。少なくとも、もっと大人になって受け止められるようになるまではな。今戻っている記憶が、龍に悟られてもOKなギリギリのラインだと俺は思っている」

「まさか、おまえ…」

「周子の記憶を、もう一度封じてくれ」

「…もし、おまえのことを思い出せなくなったら、どうするんだ。紗由ちゃんのことや、龍のことも」


「おまえの力をもってすれば、それくらいのことは出来るという意味か?…それなら、俺はおまえを信じるよ」

「ずいぶんと非科学的な科学者だな」

「俺は、優秀な科学者である前に、よき父親で、よき夫、ついでを言うなら、孝行息子で弟思いでもある。

 …そして、優秀な科学者であるためには、信じなければならない。科学が人に幸せをもたらす可能性、その発見に自分がたどりつける可能性をね。どんなに人からたたかれようが、だ。

 それに比べれば、幼馴染の従兄弟を信じることくらい、容易いことだ。…それに、賢児がおまえのことを大好きだった。信じるにはそれで十分だよ」

「やっぱり最強は“けんたん”か」

「もちろんだ。…あいつに、おまえのことを好きなままで、いさせてくれ」


「わかった…。ただ、かあさんの許可がないとできない。あの時は、かあさんが眠りについているときだったから、僕も自由にできた。

 でも、今は無理だ。西園寺家の人間の力は、彼女が制御している」

「じゃあ、楽勝だろ。龍を苦しませないための処置なんだ。伯母さんが反対する理由なんてない」

「…いや、もしそれが、龍への“お試し”だったら…」唇をかむ風馬。

「お試し?」

「ああ。“命”になる人間と、開かれた童になる宿の人間には、テストのようなものがあるんだ。例えば、翔太くんの場合だと、誘拐事件の時に紗由と一緒にいてどう対処するかだった。それが“命”の側にもある。

 かあさんの場合は、“命”になる経緯そのものが、お試しだった。本来、保叔父さんのほうが力が強かったのに、あえて自分が凶事を受け取る“弐の命”という職位に就くことを選んだ。

 凶事のビジョンをダイレクトに受け取る役目だ。精神的にもかなりの強靭さが要求される。幼い弟に辛い思いをさせたくなかったんだろうな。かなり家族と揉めたらしい」

「そうだったのか…」


「次は僕の番だった。おまえも知っての通り、天馬との確執、欲に負けた後のこと、まあ、いろいろさ」

「…その次に“命”になるのは…龍なのか?」

「ああ、そうだ。だが、それは半世紀先のことだ。おまえも僕も生きているかどうか、わからないな」くすりと笑う風馬。「龍は、保叔父さんの仕事を継いだ後だ。社会に貢献した後に、さらに天と交流する」

「もしかして…その次というのも、わかってるのか?」

「紗由のことか?…まだわからないよ。今見ている限りは、紗由にそこまでの力は出ていない。

 それに“命”になるには、能力もそうだが、機関の推薦と本人の意思と、前の“命”の承認が必要だ」

「そうか…」


「話を戻そう。事故の真相を知ることが、龍へのお試しなのだとしたら、僕はもちろん、かあさんにも手は出せない。見守るしかない」

「“命”というシステムは、人を不幸から救うためにあるくせに、“命”になる本人を不幸するわけだ」

「ああ、そうだ。でも、そういうお試しを受けてかあさんが“命”にならなかったら、今頃、おまえや賢児が僕と同じ思いをしてるんだよ」

「親父を守りたかったという気持ちには感謝する。

 だが、選んだのは伯母さんの意思だ。自己責任だよ。だから俺も、その自己責任の上で頼んでいるんだ。周子の記憶を封じてくれと。

 確かに、周子の記憶を、家族皆で受け取って、それに向かい合うという選択肢もある。…だが、俺はそれはしたくないんだ、できるならば。

 龍は、とても繊細な子だ。利発さに大人は騙されるのかもしれないが、何もかも受け止めているわけじゃない。

 親に先立たれて、本当の祖父と祖母は静岡に行く。そんな中で、龍にこれ以上、悲しい思いをさせたくない。お試しなんて関係ない。俺は龍を守りたいんだ」

「涼一が納得しようがしまいが、理路整然と成り立っていく。だからシステムなんだ」


「…じゃあ、そのシステムに則って、龍を傷つけずに済む方法を考えてくれ。おまえは“命”の候補者なんだろ? そのぐらいの力はあるだろ?

 何なら、親父や紗由の力の封印を解いて、全員で協力すればいいじゃないか。凶事を変化させる力があるんだろ!」

「…だから、システムに関することには手は出せない」左手の甲を額に押し当てるようにしながら、額を軽く二度叩く風馬。

「出したことがないというだけだろ」

「出そうとした人間がいるんだよ。…おまえも知ってる人間だ。そして彼はもう、この世にはいない」

「…まさか、四辻先生か?」

「そうだ」

 言葉を失う涼一。


「僕もいろいろと思うところはある。だが、すぐにどうこうはできないよ。危険過ぎるからね」

「…そうだったのか。四辻先生も“命”の血筋だったのか」

「ここだけの話にしておいてくれ」

「わかった…。じゃあ、事故の真相を知ることが、龍へのお試しだったとしたら、それはおまえや伯母さんにも、どうにもできないんだな」

「ああ、そうだ」目を伏せる風馬。「周ちゃんの記憶を封じて、様子を見たいというなら、それはさっきも言ったとおり、かあさんと相談の上でだ」

「わかった。…後で、周子を連れて伯母さんのところへうかがうよ」

「ああ、そうしてくれ。話は通しておく」

 涼一は、何か言いかけたが、口をつぐみ、その場を立ち去った。

 残された風馬は、涼一の後姿をずっと見つめていた。


  *  *  *


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