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その16


 涼一と周子が10時半頃に帰宅すると、龍も紗由も、もうベッドに入っていた。

「紗由ったら、すぐにお布団蹴飛ばしちゃうんだから…」

 布団から半分からだが出ている紗由とは対象に、龍のほうは手足が布団からはみ出ることもなく、きれいに寝ていた。

「ふふ。龍はいつも寝相がいいわね」

「どんな夢見てるのかな、二人とも…。おやすみ」

 涼一は二人の頭をなで、彼らのベッドルームを後にした。


  *  *  *


「ねえ、涼一さん。四辻家に連絡するときは、電話やメールは使わないほうがいいかしら」

「そうだなあ。皆そろって伊勢詣でしてる時期以外は、当分、念のため、そうしておこうか。

 響子さんや疾人くんに連絡したいなら、手紙にして、幼稚園で紗由から奏子ちゃんに渡してもらえばいいんじゃないか」

「そうね。そうするわ」

「何か確認したいことでもあるの?」

「…これね、紗由が選んでくれた、この石、スペサルタイトガーネットというんですって」

 周子が胸元の赤い石を大事そうに触れる。

「これを身に付けてると疲れ知らずっていうか…それに事務所の人たちが、やけに素直に言うことを聞いてくれる感じがするの。何だか強力なアイテムなのよね。

 翔太くんの話だと、伯母さまは宝石を誰に買うかを決めてあって、その人にあった石を選ぶという形だったようなの。つまり、この石はこれからの私に必要だから私の元に来たわけよね」

「そうだな」


「で、四辻先生と誠さんは以前から交流があったんでしょう。そうしたら、こういう石を、四辻家の方々もお持ちなのかしらって思ったの。

 もしそうなら、誰がどういうふうに何を選んだか、今どうなっているのか。それって、今後のことと関わりのあることじゃないかしらと思って」

「なるほどね。コレクション情報か。それで相手の状態と役割のようなものも推察できるかもしれないな」


「ねえ。同じ石を持ってたら、同じ役割なのかしら」

「方向性がある程度同じ、というくらいは言えるのかもな」

「そう…」

「誰か周子と同じ石なのか?」

「ううん。私じゃないの。紗由の石が…伯母さまは紗由に自分で選んでいいって言ったんだけど、紗由は翔太くんに選んでもらったんですって。そのラブラドライトっていう石がね、お義父さまのネクタイピンと同じ石なの」


「もしかして、伯母さんが親父に贈った、あれか?」

「ええ、そう。玲香さんに聞いたら、あの石は、潜在能力を引き出したり、ネガティブなエネルギーを取り除いたり、自分に必要な人や物を引き寄せる強い力があるそうなの」

「へえ。伯母さん、親父のことは絶対に“命”にしないって言ってるのに、能力引き出し系の石をあげちゃってるんだ」

「翔太くんが同じものを紗由に選んだっていうのも面白いな」

「なんかね、彼に任せておけば、紗由は守ってもらえるって気がしちゃったわ」うふふと笑う周子。

「…そこまでは、まだいい。そりゃあ、翔太くんはいい子だし、申し分ないが……あー、でもなんか憂鬱になってきた」涼一が子供のように口を尖らせる。

「娘を嫁にやりたくない病で、疾人さんにカウンセリングでもしてもらう?」周子は楽しそうに笑った。


  *  *  *


 翌朝、朝食に一家がそろったとき、紗由が皆を見回しながら言った。

「さゆはね、わかったです」

「何が? 何か感じたのか?」涼一が聞く。

「みおちゃんのおっぱいは、おうまさんのです!」

「え?」驚く周子。

「あいつ…。彼女、一回り以上、下だろ? 犯罪だな」驚く涼一。

「ねえ、紗由。何でそう思ったの?」

「おんなのカン」紗由が神妙な顔で言う。


「…周子、こういうときは、どうリアクションするのが正しいんだ?」眉間にしわを寄せる涼一。

「俺と玲香のときも、おんなのカンだったのか?」

 賢児が聞くと紗由は小声で言った。

「おばあさまが、ないしょでおしえてくれたよ」

「あ!」

 涼一、賢児、周子の3人が同時に声を上げた。


「どうしたんだ、おまえたち」保が不思議そうに3人を見る。

「そうか。なるほどね。…でも、風馬のほうは?」

「昨日の昼間、姉さんが私に一条家の二人のことを報告に来たときに、話を聞いてたからだろう。何でも、彼女、風馬のホテルを訪ねて、四辻の天珠を渡したときに、自分は一条くんから風馬と結婚すると言われたと、そう言ってたんだそうだ」

「…手品の種は以外とシンプルってことか」涼一が苦笑する。


「そうだな。深読みという作業は、時間の無駄に終わることが多い。問題は、目の前で起きていることに対する反射神経だ。…周子さんには、常々そう言っていたつもりだったが」保がベーコンを口に運ぶ。

「は、はい。先生」

 保の口調が仕事中のそれだったので、朝食中なのに、思わず“先生”と呼ぶ周子。

「おまえたちに、ひとつだけ言っておく。姉さんのことを陰であれこれ詮索する必要はない。知りたければ直接聞けばいい。

 答えが返ってこないなら、彼女が知らないか、その時点ではまだ教えられないか、どちらかだ」

 賢児が何か言おうとして、下を向く。


「あのね、しょうたくんはね、おばあさまにいっぱいきいてるよ。おしえてくれないときはね、いつきいたらいいですかってきくんだよ。それでね、ノートにメモするんだよ」

 紗由の言葉に、くすりと笑う保。

「翔太くんは、大人より頭がいいなあ」

「じいじ、そんな言い方したら、意地悪だよ。とうさまたちは、今まで何もわからなかったのに、いきなり戦闘モードに巻き込まれちゃって困ってるんだ」龍が3人の肩を持つ。


「…そうだな。すまなかった。確かに、周囲を良く見て、注意深く動くことは必要だ。だが、姉さん一家を疑っていたら、相手が付け入る隙を与えているのと同じだ」

「相手って誰?」賢児が少し不服そうに聞く。

「現在の機関と、少し先の機関…かな」

「じゃあ、過去の機関にいた人は味方?」

「そうだな。もう他界している人もいるだろうが」


「じゃあ、俺からも質問」涼一が言う。「親父は一条兄妹のことは、どう思う?」

「お兄さんのほうには、以前、四辻の家で会ったことがある。チェス仲間だと四辻は言ってたがな。何でも、家庭の事情とかで、かなり苦労しているらしい。

 …彼らのことをよく知るわけではないが…四辻は、信用していない人間を客間より奥へは通さない。私が一条くんと会ったのは、四辻の書斎だ」

「わかった。それが親父の答えなんだな」


「はい!」紗由が手を挙げる。

「紗由、じいじと、とうさまがお話してるところだから、いい子にしてましょうね」周子が隣にいる紗由の頭を撫でる。

「さゆのこたえをいいます!」

「…俺、聞きたいな、それ」賢児が言う。

「私も聞きたいよ」保が同意する。

「まことおにいさんは、かわいい子をいっぱいさがしてくるから、いいひとだとおもいます!」

「可愛い子って…宝石のこと?」確認する賢児。

「そうだと思うわ。私が買ってもらったこれも、すごく力のありそうな石よ」周子は賢児に胸元のペンダントを見せた。


「確かに、彼が探してきた石はすごい。私にも、夕べのおまえらの話が十分聞けるぐらいだからな」

「え?」

 涼一、賢児、周子の3人が同時に保を見た。

「何だ。龍から聞いてないのか」

 その言葉に今度は龍を見つめる3人。

「どういうことだ、龍?」涼一が聞く。

「夕べ、とうさまに話しかけたの、じいじだよ」

「はあ?」

「じいじの書斎に置物があるでしょう。おばあさまが買ってきた一番大きい石」

「ああ、龍の彫り物がしてあるやつか」賢児が言う。

「翔太くんとゲーム始める前に、じいじに本を返しに行ったの。じいじがあの石を撫でてたから、僕も撫でてみたら、頭の中がつながっちゃったんだ。じいじと置物と僕と水晶が」


「兄貴がおまえに指示した内容は筒抜けか」

「うん。でも、じいじは、ここでいきなり中止にすると、とうさまがうるさいから、予定通り翔太くんとゲームをしろって。だから、そうした」

「うるさいって何だよ、それ…」むっとした顔になる涼一。

「で、途中で親父が、兄貴か俺につながろうとして、おまえは指示通り翔太にメールを送らせた」

 龍がこくりと頷く。

「みんな水晶に触わりながら話してたから、龍を通じて全部、親父に筒抜けたんだな」涼一が溜め息をついた。


「だって、話すときは水晶に触れって、兄貴が指示したんじゃないか」

「…龍、あの、頭を撫でてやれというメールは、水晶のことを言っていたんじゃないのか」

「水晶?…違うよ、とうさま。太郎のことだよ」

「太郎?」賢児が首をかしげる。

「松田さんが昨日人間ドッグで一日留守だったんだ。だから事務所で太郎を預かってたんだけど、病院が少し長くなっちゃって、事務所閉めるまでに迎えが間に合わなかったんだよ。

 かあさまがお店に連れてったでしょ? 頭撫でるとね、すぐに、くーんて尻尾ふるんだよ。かわいいよ。昨日もね、紗由と一緒に晩御飯あげてきたんだ」ニコニコ顔の龍。

「たろちゃん、うちの子にならないかなあ」

 紗由が周子を見上げるが、周子は聞こえない振りをした。


「すまん…犬のこととは思わなくて、深読みしすぎた俺のミスだ」涼一が苦々しい顔で答える。

「だから、深読みするなと言ってるんだ。義兄さんが澪さんを誘導とか、おまえは考え過ぎだ」

「あれ? イマジカの名簿の話だよね。それって、もう水晶触ってなかったときの話だよね」賢児が言う。

「切断の仕方がわからなかったから、勝手に切れるまで放っておいた」淡々と答える保。

「おやじぃ…。全部聞いてたのかよ」

「まあ、2時間が限度だな。姉さんに扱い方を確認しておく」


「たろちゃんが、うちの子になるかどうかもきいてください」

「紗由。わんちゃんを飼ったら、誰がご飯を作ったり、お散歩に連れてったりするの? 前にも言ったでしょう。かあさまは当分忙しいから無理なの」

「こういうときこそぉ、ににんさんきゃくでぇー、がんばろーではありませんかぁー!」保の真似をして拳を振り上げる紗由。

 思わず涼一と賢児と龍が吹き出す。

「面白くてもダメ!」

 周子が紗由を叱ると、保が咳払いをした。

「あ…いえ、さほど面白いわけでは…」

「もう少し面白い演説を考えておくよ」

「さゆは、おもしろいよ。まねしやすいもん!」

 周子があわてて紗由の口をふさぐと、皆は黙々と朝食を続けた。


  *  *  *


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