その14
「正直、最初からこういう説明会をやってほしかった気はするけど…ありがとう」涼一が風馬を見る。
「本当に助かります」うれしそうな玲香。「能力のある方は、頭の中で、ちゃちゃちゃーって、わかっちゃうのかもしれないですけど、私なんかは、もう、わけがわからないです。翔太から話を聞いていても、隙間だらけというか…」
賢児も言う。
「だよなあ。理解力のある玲香ですら、こんななんだ。俺なんか、困っちゃうよ」
「そんなことありません。賢児さまが、おわかりにならないなら、説明がなされていないか、説明の仕方が悪いんです!」
「…どうもすみません」
風馬が玲香に謝ると、翔太が立ち上がった。
「あのお、この二人は気にせんといて、ええです。いちゃいちゃするネタを探すのが趣味ですさかい。…まあでも、わかんない人にわこうてもらうのは、大事なことです」
「そうそう。翔太くんの言うとおりだよ。いろんな意味でね」
涼一が言うと、風馬が説明を始めた。
「わからない人たちが疑問に思っていることを集約すると、大きくは3つくらいになるようですね。
ひとつは、“命”の力というのは何なのか。どういうシステムで何ができるのか。
2つ目は、かあさんが感じている危機というのは何なのか。
3つ目は…僕たちが行動に出たとき、僕たちにどんな危害が及ぶのか。“命”の力で、それを阻止することはできるのか」
「風馬、大切なことが抜けているわ。…誰が具体的にどういう力を持っていて、これから先、“命”になるのは誰なのか」腕組みをした華織が言う。
「…ああ、そうだね。むしろ一番の関心事は、そこかもしれない。じゃあ順番に。
まず、一つ目。“命”の力というのは何なのか。どういうシステムで何ができるのか。
“命”の力は、簡単に言えば、未来を受け取り、必要があれば補正を試みる能力です。
受け取る未来は吉事と凶事に分けられ、それぞれ、“壱の命”“弐の命”と称される人が、その任を担っています。
必要があれば補正するのは、主に“弐の命”の仕事で、災いを少しでも小さくするために、“命”は望ましい未来をプレゼンテーションして、神と駆け引きをするんです。
その際には、一部実際に、未来を変えて見せます。それが認められれば、“命”は具体的に凶事を排除するための儀式、“夢違え”を執り行います。
“命”の力というのは、未来を受け取るのが最重要なのではなくて、この、未来を補正する能力が重要なんです。母は、歴代の“命”の中でも、力のある者とされていますが、これは補正能力に優れているが故です。
そして、どういうシステムなのかということですが、現在、全国に15前後のブロックがあります。母の場合は清流のある静岡を中心としたブロック。これは霊峰富士に関わる特別区です。
ブロックの拠点は、伊勢や白山、箱根といった神社の傍に置かれています。
1ブロックごとに、“壱の命”“弐の命”、それぞれの“弐の位”と呼ばれる見習いがいるので、大まかに言うと、“命”は4人いることになります。
そして、宿は1ブロックに対して4つ。…宿側のことに関しては、また後で説明します。
“命”が選ばれる仕組みですが、“命”になるには条件が3つあります。機関、前の“命”、本人の意思というか承認です。すべてが揃わないと“命”にはなれません。
流れとしては、機関が“命”になり得ると思った人間を指名し、近親者である現在の“命”、もしくは“命”の経験者が、それを認めるかどうか、そして本人が“命”の任に就く意思があるかどうかです。
ここまでの説明で、何か質問はありますか?」
「霊峰富士の特別区というのは、伯母さんが“命”をやめて、宿たちもお役御免を申し出た後はどうなってたの? 特別区というくらいだから、大切なところなんだろうし、別の人たちでやってたんだろう?
伯母さんが再登板決定する前にやってた人たちと統合ってことでもないようだし、その辺はどうなってるんだい?」
涼一が聞くと風馬がくすりと笑った。
「涼一らしい質問だな。重箱の隅をつついているようで、けっこう核心を突いてる。
それがね、皆、やめちゃったり、首になったりなんだ。“命”の二人は引退時期だったんだけど、宿は…宿主に続けられない事情が出来たり、当主争いでもめたりしてて、そこへちょうど、母さんと父さんが伊勢に行って手を挙げたものだから、じゃあ、総取替えしましょうということになった」
「ふーん。じゃあ、龍や紗由の現時点での“命”就任阻止が目的というより、最初から、復興のほうが伊勢参りのメインの目的だったりしたの?」
「メインもサブもないわ、涼ちゃん。両方実現できないと、二人のことも、“命”のシステムも守れないの。涼ちゃんなら、そのくらいわかるでしょ?」
「さゆ、わかるよ! あのね、おばあさまはね、いちどにいいこと、いっぱいしようとしたの。さゆも、きのう、プリンとケーキ、おいしいの、いちどにりょうほうたべたよ」
手を挙げて自慢げに言う紗由に、周子が尋ねた。
「プリンは誰にもらったの? かあさまはケーキしか出してないでしょ?」
「あ…」しまったという顔になる紗由。
「…僕だけど」龍がおずおずと答える。「和江さんが、かぼちゃマンゴープリンの試作品を作ってたんだ。ちょっと、もらってみた…」
「一度に両方というのは、危険も伴うってことだな」
涼一が言うと、華織が切り返す。
「危険を察知するのが本業だから、ご心配なく」
「…あの、機関というのは、どういうものなのですか?」
玲香が質問すると風馬が答えた。
「機関は…そうですね、官僚みたいな組織とでも言ったらいいでしょうか。
元々、伊勢の宮司とその見習いたちから成る集団で、“命”が関わる儀式を補佐する人たちでした。彼ら自身に“命”ほどの能力はありません。
最近では、機関の次期総帥に自ら名乗りを上げた人間、“跡継ぎ”が、改革という名を借りて様々な実験を始めました。
現総帥は元々統率力に長けていたわけでもなく、機関内が混乱していることも、この状況を助長しています。だから母たちは危機感を募らせました。
“命”の力の再確認と称して、恐怖政治的に“命”を追い詰め、いや、新興宗教が対象を洗脳するのと同じように相手を取り込んでいこうとする。
“命”自体の力が弱体化するような方向に操作を進めているというか、限られた“命”のみ、その力が残るように操作し、自分たちの影響力を高めやすい形に持って行く。
ただ…この操作をするためには、それなりの力がある“命”の協力が必要と思われます。現時点で“跡継ぎ”側にいる“命”もいるかもしれない。ですから、“命”だから味方という方程式は成り立ちません。
また、“命”の中には、自分の力を伝授し、配下を取り仕切る執事のような存在、“命宮”を抱えている者もいます。けっこう複雑だし、読みづらいですね」
「その通りです。僕が機関側の人間ということも、ありえますし、華織さんや風馬さんがそうかもしれません」一条誠が淡々と言う。
「あはは。みんなそうだったら、すごいね」
賢児が笑うと、誠が賢児をじっと見つめた。
「ええ、そうです。僕にしても…いや、華織さんですら、敵味方を判別するのは至難の業なんです。能力者同士ですからね。
過剰に防御しても怪しまれる。機関からも、動きを不審がられるかもしれない。微妙な駆け引きの繰り返しなんです」
「まるで政治の世界ですね」
「西園寺家、四辻家以外でも、政治の世界に関わる“命”の血筋はあると思われます。それから、司法との関わりなら、周子さんのご実家、鷹司家のご本家もそうでしょう」誠が言う。
「鷹司がですか?…でも、本家…父の兄が継いでいますが、そんな力の気配は微塵も感じたことがありません」
「“命”の血筋と言っても、能力のある者が常にいるわけではないんです。西園寺家の輩出率が高いだけで。普通、一代か二代飛びますね。
だから“命”の家というのは、以前は一つのブロックに10家くらいありました。今では半分くらいになっているようですが」
「知りませんでした…」
「鷹司の家について、もっと聞きたいことがあれば、誠くんに個別に聞くといいよ。鷹司家ともかかわりがあったようだから」
風馬が言うと周子はこくりと頷いた。
「それから、2つ目の、かあさんが感じている危機というのは何なのかということだけれど、これはさっきの玲香さんの質問、機関に関する説明で代えさせてもらいます。危機感の対象ニアリーイコール機関ということで。
…イコールにならない理由は、機関に取り込まれた、あるいは取り込まれようとしている“命”の数と総力が、現時点では把握できていないから。
つまり、その把握をするための策を練るのが、僕らの最初の仕事なんです」
「3つ目の、僕たちが行動に出たとき、どんな危害が及ぶのか、ということですが、これもはっきりとした事は言えません。
ただ、四辻先生の件は疑念の残るところです。母があと少しで“弐の命”に再就任して、僕が“弐の位”に就く以上、僕たちの命を直接狙うようなことはしてこないと思います。母が“それ”を受け取ってしまうでしょうから、そもそも無理でしょうしね。
それに、母と同等の力を持つ誠さんもいますので、きっちりと予防線を張ることはできると思います。ですから、肉体的な危険というよりは、思想的な危険、取り込もうとする力が働くと見るほうが現実的でしょう」
「物理的な危険を仕掛けられることはあるのかな。例えば会社が危ない目にあったり…」
賢児が言うと、誠が答えた。
「サイオン・イマジカのことでしたら、社員を調べなおしたほうがいいですね。おそらく何人かは関係者が入っていると思います。
澪に全員の履歴書をチェックさせてください。躍太郎さんが関わっている他の何社かも同様に調査が必要だと思います」
「関係書類は用意してあるから、後で澪さんにお願いしよう」躍太郎が言う。
「関係者というのは、敵か味方かわからないけど、機関の者と“命”の血筋の者という意味なのかな?」
涼一が確認すると誠が答える。
「そうですね。プラス、敵か味方かわからない“宿”の関係者でしょうか」
風馬が説明を続ける。
「あとは…誰が具体的にどういう力を持っていて、誰がこの先、“命”になるのか、でしたね。
さっき説明した“命”の基本的能力を持っているのは…まず、実際に現れているのは、母、誠さん、僕と龍の4人です。それから、封印を開ければ可能なのが、保叔父さんと、…現時点では四辻家の奏子ちゃんと、もうひとりいます」
「かなこちゃんだ!」紗由がびっくりして叫ぶ。
「もうひとり?」涼一が言う。
「あの奏子ちゃんが…」玲香も驚く。
「奏子ちゃんは、まだ知らないから、内緒だよ、紗由。…まあ“命”というのは、お転婆だけがなるわけではないので」
風馬は、玲香に向かって微笑むと、ちらりと華織を見た。
それに続けて説明する誠。
「中には、基本の能力が異なる者もいます。
華織さんや僕のようなタイプは“ストレート”と呼ばれますが、それ以外の力が基本になっている者は“バラエティ”つまり、変種と呼ばれます。
バラエティの力は、文字通りいろんなパターンがあるのですが、“ストレート”と大きく違うところは、未来志向ではない、つまり過去を知るのに適しているということです。具体的に言うと、紗由ちゃんと澪」
「さゆだあ!」再びびっくりする紗由。
「澪は、人、物、場所などから、過去の情報を引き出すことができます。特に石の使い方が上手です。僕が見つけてきた石は、必ず味方にする。百戦百勝ですよ。
紗由ちゃんの場合は、やってることは澪と、ほぼ同じなのですが、触れたものの記憶がどんどん溜まっていっているようですね。
まだ子供ですから、どのタイミングでその記憶を組み合わせて口にするかというのが、いささか不規則ですけれど、大人になれば、だいぶ情報が整理されて、かなり有用かと思います」
「さゆは、もうおとなだよ! よっつなんだから!」
紗由が立ち上がって、ぷーっと口を膨らませると、右手で数字の4を示す。
「もっと大人になると、もっといろんなことができるんだってさ」涼一は紗由を抱きかかえて、自分の膝に座らせた。
「ごめんね、紗由ちゃん。レディに向かって失礼なこと言っちゃったね。許してね」
誠がにっこり微笑むと、紗由もにっこり笑った。
「うん!」
「…油断のならん、にいさんやな。紗由ちゃんはレディいう言葉に弱いんや」小声でつぶやく翔太。
「それから、“ストレート”たちの“バラエティ”な部分、基本能力以外にできることですが、これは色々ですね」
風馬が後を続けた。
「僕の場合は、相手の体との対話です。相手の体調の変化を読み取って、体を説得して元の状態に戻ってもらうのが、世間ではヒーリングと呼ばれているものです。
それを、絵を通じてやることもあります。また、自分の記憶や思念を読まれないように防御することもできます。遠隔で対話もできますが、その範囲には限度があるのが難点です。今回も、僕が相手方を特定できずにいるのは、そのせいです。
母の場合はですね、禁忌日には力がだいぶ落ちますが、それ以外の日であれば、僕に出来ることは、僕以上に出来ます。
龍は、母を小粒にした感じですね。一通りのことはできるはずですが、母が龍の力を封じていたりもするので、ムラがあります。禁忌日には力は使えません。でも、石を操る力は、母や僕より優れているかもしれません」
「そうですね。一条家の羽龍の水晶を誰かが自由に扱えるというのは、想定していませんでしたし」 誠がくすりと笑って後を続ける。「それから僕のほうは、力が“弐の命”に特化されたものではないので、吉事側から未来へアプローチすることも可能です。
あ、“弐の命”でも、吉事は受け取れます。ただ、着任期間中は、凶事に特化するよう訓練を重ねますので、吉事を受け取らずにいるということなんです」
「でも兄さんの場合は、ちょっと特殊なんです。
備えている力はものすごく強いんですが、先代からの制約を受けていて、あと1年ぐらいは、パートナーがいないと、“バラエティ”の部分の力が使えないんです」
「一人じゃ力を使えないの?」賢児が聞く。
「はい。その代わり、パートナーがいれば、相手方の力を丸々写し取って使えます」
「仮面ライダーやと、相手の力、吸い取るのおりますけど、そんなんですか?」翔太がわくわくしながら聞く。
「うーん、残念ながら、吸い取って倒すのはできないなあ。コピーするだけだから」
「コピーしたものは、その都度消えちゃうの。仮面ライダーみたいにはいかなくて、ごめんなさいね、翔太くん」澪がくすっと笑う。
「あ、いや。澪さんみたいに可愛いライダーがおったら、敵も困りますさかい」
へへっと笑う翔太に、玲香が小声で注意する。
「敵が困らないと、こっちが困るでしょ」
「そして、そのパートナー役は、今まで私がやっていました。この先、華織さんや風馬さん、あるいは龍くんと組むのであれば、かなりのことが可能かと思います」澪が言う。
「親父の封印というのは解くの? あと、紗由はこの先、“命”になる可能性はあるの? 龍は…あるんだよな、この流れだと」賢児が尋ねる。
「うん。僕はずーっとずーっと先だけど、“命”になるよ。たぶん、じいじぐらいの歳になってから。あ、その前に、じいじの仕事を継ぐよ。そっちが先なんだ」
「龍の場合は、もう自分で受け取って納得したようだから、そのまま進むと思うわ」華織が言う。
「それから、紗由は…というより、“バラエティ”は原則として“命”にはなれないの」
「じゃあ、このまま大丈夫なんだね」涼一が華織を問い詰める。
「…それが、そうとも言えないのよね」
「“ストレート”としての力が出てきたら、たぶん指名されるだろうしね」風馬が言う。「西園寺家の人間に能力が出たら、漏れなく指名は受けるものと考えたほうがいい。場合によっては、“バラエティ”の時点でもね」
「でも、基本の力が備わってなかったら、仕事できないよね」賢児が不思議そうに言う。
「もう少し成長してから力が出てくる場合があるし、叔父さんのところは、一代空いている分、次の代で力が濃縮されて出てくる可能性もある。
他家で“命”がうちほど多く出てないのは、濃縮して1代おきや2代おきで、力としてやっと合格レベルということなんだ」
「じゃあ、紗由は親父より力が強くなっちゃうわけ?」賢児が聞く。
「いや、そこまではわからないな。そうそう、力の出方に関しては、受け取れないんだよ、“命”にも。吉凶を越えた事象というのに該当するらしい。神様にとっては、普通のことなんだろうな。僕らは、普通のことは受け取らない」
「じゃあ、出てみないとわからないということだな」溜め息をつく涼一。
「それと、誠さんが相手の力をコピーするのと反対の力、自分の力を相手にコピーできる者がいるという噂もあるから、そういうのを、よこされたら、ちょっと困る」
「でも、さほど心配はいらないと思いますよ、涼一さん。もし、やたらとその力を使ったら、世間は“命”だらけになりますから、よほどのことがない限り、使わないでしょうから」誠が涼一を見つめる。
「指名を受けたところで、前の“命”の認証と本人の意思が必要だから、母さんか僕か龍がNOと言えばいいんだ。でなければ、紗由がやりたくないって言えばいいさ」
「さゆはね、みことじゃなくてね、およめしゃんドレスきて、およめしゃんになるんだよ!」
「そうだよなあ。…で、ええと、親父はどうなるの?」賢児が華織に聞く。
「保ちゃんは“命”にはしません。政治の道を全うしてもらいます」
「…そうだ。もうひとつ、前々から聞きたかったことがあるんだけど、いい?」賢児が躍太郎を見る。
「どうぞ」
「伯父さんはどういう力の持ち主なの? 詳しく聞いたことないんだけど」
「“命”のバランサーみたいなものだよ。“命”の精神バランスが崩れそうになったり、危険な思想にとらわれそうになったとき、今の状況ではまずいとか、そういう大まかなことを感じ取れる。
だが、私は宿の息子だったときには、その任を果たしたことはない。父が他界して、そのまま西園寺家に入ったからね。いわば、華織のための専用バランサーだ。そのぶん、力の秀逸な彼女の元で修行を積んできたともいえるが。
まあ今後は、華織だけではなく、風馬や、いずれ“命”になる人間たちの手伝いもすることになる。翔太君と一緒に、というか、私が生きている間に翔太くんには、そのスキルをすべて伝授するつもりだよ」
「うわあ。えらいこっちゃあ…」
「岡埜堂のおまんじゅうをぎょーさん食うて、気張らんとあかんな!」わざと関西弁で翔太に話しかける躍太郎。
「がってんしょうちです! おかんにも、よう言うて、おまんじゅう増やしてもらいますさかい」キリっとした口調で敬礼のポーズをする翔太。
「じゃあ、細かいことは、それぞれ個別に誰かに聞いてもらえるかな。
今後は、相談と報告を兼ねて、月1位でこういう会合を持ちたいと思います」
風馬がそう締めくくると、会合は一応そこで幕を閉じた。
「もう昼前か。ニュースやってるかな」
賢児がテレビをつけると、火事の映像が映った。
翔太がテレビをじっと見つめて叫ぶ。
「玲ちゃん! 大変や。白ポンちの隣やで、これ!」
「ええっ!」
玲香が慌てて振り返ると、確かに燃えていたのは、ホテルブリリアントの隣のビルだった。
「大丈夫かしら…。けっこう火の勢いがすごいわね」
「とりあえずビルのほうは皆避難したみたいだな」ニュースを聞きながら言う賢児。
「うわあ。これだと、客間に煙が入り放題や…」
「匂いが抜けるまで、当分使えないわね。うちのほうでも、お客様振り分けが来るかしら」
「せやなあ。この時期は、あそこは学会のお客で満室やもんなあ…」
玲香と翔太の会話に釣られたのか、他の人間も画面を食い入るように見ていた。
「翔太くん、スマホ鳴ってるよ!」
「さんきゅう、龍くん。…きっと、おかんからや」
翔太がリュックのところへ駆けて行くと、テーブルの前には、澪が瞬きもせずに黙って立っていた。
「…澪さん? どないしましたん」
翔太の声にハッとする澪。
「え? あ…ごめんなさい、邪魔だったわね」
「いえ、そないなこと…」そう言いながら携帯を取る翔太。「ああ、見てるで。大変やなあ…」
鈴音と話をしながらも、翔太は澪の様子が気になって仕方がなかった。
“今の…何なんやろ…?”
* * *
「今日はありがとう。フォローしてもらえて助かったよ」風馬が澪に言う。
「いえ…わかることを、お伝えさせてもらっただけですから」
「…ちょっと、相談にのってもらっていいかな」
「何でしょう」
「ご存知の通り、両親が今、静岡に宿を建てていて、その傍に自宅用として4階建てのビルも一緒に建てているんだけど、1階は僕専用のアトリエにする予定なんだ。
常設で絵を飾ろうと思うんだけど、どれを飾ったらいいか、今後の絵のプランはどうしたらいいか、君の意見を聞きたいんだ」
「あ…はい…!」澪の笑顔がこぼれる。
「それと、父さんが関わった会社の関係者だけじゃなくて、僕のほうで家にいなかった間に関わった人たち、彼らの情報も読んでもらえないかな」
「はい、もちろんです。できれば、他の皆さんにも一人ずつお話をうかがって、リーディングしたいと思ってます」
「もしかして、誰かが“跡継ぎ”と接触したかもしれないと思ってるのかな?」
風馬の問いに、こくんとうなずく澪。
「僕もだよ。でも、涼一、賢児、周子さん、玲香さんに話を聞くときは注意してね」
「はい。接触の可能性については言わずにおきます。彼らの頭から漏れると面倒ですから」
「じゃあ、詳しいことはまた後で」
澪は、風馬の後姿を見つめながら、左腕の袖の中にある翡翠のバングルを右手で握り締めた。
* * *




