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13/19

その13


 光彦の実家の石問屋では、光彦の母親の奈美が、目を丸くして、華織と紗由を迎え入れていた。

「まあ、これはこれは。ようこそ、おいでなさいまし。お二人とも、うかがってた以上のべっぴんさんで。ほんま、羨ましいですわぁ」

 何度もうなづく奈美に、華織がよそ行きの穏やかな笑顔で挨拶をする。

「お邪魔いたします。清流さんにうかがう度に、光彦さんが美味しいお料理を作ってくださるので、すっかりファンになってしまいました。この度は、ご実家のほうにもお世話になりますが、よろしくお願いいたします」


「こんにちは! さいおんじさゆです。よっつです!」右手で数字の4を示しながら頭を下げる紗由。

「まあ、紗由ちゃんでっか。かわええわあ。ほんまに、かわええ。お目目がくりくりで、まつげが長うて、色が真っ白や。お鼻も高いのねえ。もう、どこから見ても、かわええの一言やわ」一気にまくしたて、溜め息をつく奈美。


 やれやれとばかりに翔太が言う。

「奈美ちゃん。紗由ちゃんがかわええのは、お天道様が東から登るのおんなじくらい、当たり前やから、何度も言わんとええで。華織さんがお綺麗なのも同じや。言ってると、きりがないさかいなあ。んで、奈美ちゃん、ええ石あったんか?」

 辺りを見回す翔太。

「そうそう、石やわ、石。向こうさんに連絡したら、昨日、ぎょーさん持ってきてくれはったわ。奥に並べてあるさかい、どうぞ、どうぞ」


 奥の部屋に通された華織と紗由は、並べられた石に、吸い込まれるように見入っていた。

「奈美ちゃん、この前のおっきいアメジスト、民自党の先生方に評判らしいで。西園寺先生が言うてはったわ」

「ああ、あれか。一条さんが言うとったとおりやったわ。あの石は、国を司る人の手に渡るお品やそうや。うちも、あないに見事な対のアメジストドーム、見たことあらへん」

「…あの、石をお取引されている方、一条さんとおっしゃるんですか?」

「ええ。まだ30過ぎくらいのお若い方でして。売れた分だけお支払いいう形の委託販売ですし、ほんまにええ仕入先なんですわ」


「次の機会に、その方にここでお会いして、石に関するレクチャーをしていただくことは可能でしょうか?」

「はい。それは、かましまへんけど、なんや一月くらい留守になさるそうです。世界中回って、こういう石を見つけるんやそうで。

 昨日もこれらを持ってきはったのは、妹さんなんですわ」

「まあ、そうですの。では一ヵ月後の楽しみに取っておきますわ」にっこり微笑む華織。


「おばあさま。この子、グランパにあげる」紗由が華織の袖を引っ張る。

「ああ、この子ね。ええ、そうしましょう」

 紗由が指差したのは、直径15センチくらいの水晶だった。

「あとねえ、この子は秘密基地に置くの」

 次に紗由が選んだのは、龍の彫り物が施されたタイタンルチルの置物だ。

「ふふ。いいわね。じゃあ、おばあさまはこちらの子にするわね」

 華織はブルーアンバーのペンダントトップを手に取った。やはり龍の細工が施されている。


「紗由、自分のを選んでいいわよ」

「うーん」途端に難しい顔で腕組をする紗由。「しょうたくんがえらんで!」

「…そやなあ」目を細めて、石のぴかぴかを確認する翔太。「これかなあ。石は黄色やないけど、これがええ思う」

「じゃあ、これ!」紗由は、翔太が選んだラブラドライトを華織に差し出した。


「わかったわ。じゃあ、あとはそうね…おばあさまは風馬のぶんを選ぶから、紗由はかあさまのぶんを選んでね」

「はい!」今度は自分で選ぶつもりなのか、必死に石を見つめる紗由。「この赤いのがいい。かあさま、これもってれば、ずっとげんきだよ」

 紗由は大粒のスペサルタイトガーネットを指差した。

「そうね。かあさまもきっと喜ぶわ」

 そう言いながら、華織は翡翠のバングルを手に取り腕にはめ、大きさを確認した。

「それでは、全部で6点いただきます」

 華織は奈美を呼び寄せた。


  *  *  *


 翔太を送りがてら清流に立ち寄った奈美は、鈴音に、華織の買い物の様子をまくしたてるように説明した。

「んまあ、ほんまにびっくらこいたで」奈美が手でぱたぱたと顔を仰ぎながら鈴音に言う。「売値で1千万くらい、ものの5分で、ぽーんとお買い上げや。しかも半分は紗由ちゃんが選んどるんやで。なんやもう、くらくらしたわ。普段、どんな生活しとるんやろな」


「けっこう普通やで。おうちで野菜作っとるしなあ。周子はんなんか…あ、周子はん言うのは紗由ちゃんのかあさまな。スーパーの詰め放題の達人らしいで。玲ちゃんがお供したら、詰め方指導された言うとった」

「涼一さんがビニール袋の特質と詰める食材の形状を事前にレクチャーして、万全の体制で臨みそうよね、あのご夫婦。あ…涼一さんというのは、紗由ちゃんのお父さんです」

「ああ、有名な学者さんなんやろ。それにしても、お金持ちいうのは、ようわからん生き物やな」

「まあでも、ありがたいお客様ですよね。5分で1千万の売り上げって」

「せやけどな、玲ちゃんが嫁に行く家やいうのに、さすがに普通の売値じゃ、お渡しでけへんやろ。向こうさんは、普通に払うおっしゃったんやけど、ほら、紗由ちゃんとの将来的なことも考えなあかんし、500万ぽっきりにしといたわ」

「大丈夫なんですか? 半額まで値引いちゃって」びっくりする鈴音。


「平気、平気。それにパワーストーンは副業やで。正直、価値などようわからんものもあるしなあ。うちの商売は、あくまで墓石。お友達も紹介してくださる言うてたし。初回は5千円ぽっきりのホストクラブ方式で、ええやろ」豪快に笑う奈美。

「…初回は、5千円ぽっきりなんですか?」鈴音が首をかしげる。

「え? ちょっと鈴音はん、いややわ、何勘違いしとるの。友達が行っただけやがな」不自然に目を見開く奈美。

「奈美ちゃん、おじいにバレる前にやめとき」翔太が呆れたようにつぶやく。

「…2回でやめたわ」不機嫌そうに答える奈美。


「それがええ。奈美ちゃんには、俺がおるやろ」翔太がキリッとした目で奈美を見る。

「そやなあ、翔ちゃん、ほんまや。…だいたい、何で自分が飲みもせえへんのに、何十万もするボトル入れなあかんの。こっちの足元見て、時計やら車やらねだってくるし、んなもん、自分で稼げいう話や。なあ」鈴音に同意を求める奈美。

「そうですよねえ…」

 内心、そのおねだりが主な儲けなんじゃないかと思った鈴音だが、とりあえず姑の言うことには逆らわずにおくことにした。


「それにほら、紗由ちゃんが翔ちゃんとこ嫁はんに来ても大丈夫なように、翔ちゃんの結婚資金、がっぽりためとかんとな。よその男に金使うとる場合やおまへん」神妙な顔で答える奈美。

「…紗由ちゃんとのことは反対なんじゃなかったんですか?」

「あないにかわええ子、目の前で見てしもたら、もうなあ…。あの、くりくりお目目で“翔太くんのおばあさまに会えて嬉しいです”なんぞ言うんやでえ。

 おまけにな、うちの大好きな麻布煎餅店のお煎餅、お土産にて持ってきてくれはって、“紗由が買いに行きました”やて。

 あんさんと翔ちゃんが、ぎょーさん試飲して選んでくれたお茶と一緒に、おいしゅういただきましたわ」

 鈴音に向かい、何度も頷きながら奈美が言う。

「そうですか。よかったですね」

「ええか、鈴音さん。こうなったら、何が何でも、紗由ちゃんを清流に嫁にもらうんや。紗由ちゃんは、絶対に翔ちゃんに惚れとるで」

 先日とは打って変わった様子で、紗由を翔太の嫁にと何度も繰り返し、ようやく奈美は帰って行った。


  *  *  *


 後日、玲香の挙式のことで鈴音が電話をしたとき、華織が奈美のところで買ったパワーストーンの話が話題に上った。

「もう、奈美ちゃん、目を白黒させてたわよ。今回、特別サービスで半値の500万にしておいたようだけど、それでもすごいわよねえ」

 鈴音が笑うと、玲香が聞きなおした。

「半値で500万ていうことは、売値は1千万だったはずだってこと?」

「うん、そうみたい。原価は4分の一くらいだって言ってたから、それでも250万の儲けよね」

「そんなはずないわ」

「何が?」

「宝石、今日、私も見せてもらったんだけど、普通に考えたら、どう見ても売値は合計2千万はするような石だったわよ」


「え? どういうこと?」今度は鈴音が聞きなおす。

「石を売りに来た人の言い値が安過ぎるのよ。相場の半分よ、それじゃあ」

「そうなの?…まあ確かに奈美ちゃんも、委託販売だから、相手のいい値で石の価値はよくわからずに売ってる部分もあるみたいだけど…。

 先方もどうしたのかしら。今回は間違えちゃったのかしらね。以前からお付き合いがあるところよねえ…」


 玲香は何かひっかかるものを感じた。いくらなんでも、そんな値段で売りに来るのはおかしい。例のアメジストといい、今までの石はまっとうな値段だったはずだ。

“何で華織さんのときだけ…? 何が目的なの? その人、何者…?”


「玲ちゃん、それよりも招待客のことだけど…」

「会社関係の招待客はリストを作って周子さんに渡したところ。これからそっちにもメールするね」

 相談を進めながらも、玲香の頭の片隅には、その業者のことが離れなかった。


  *  *  *


 数日後、石を委託販売に来た一条の妹が、奈美のところに残りの宝石を引き取りに来た。

「やっぱり東京の資産家はんは違いますなあ。数は半分以上残ってもうたけど、高いもん順に選ばりはって、丸儲けやわ。いつも、ええ石持ってきてもろて、おおきに。お兄さんにもよろしく言うといてな」

 奈美は上機嫌で彼女に残りの石を渡そうとしていたそのとき、電話が鳴った。

「あらまあ、西園寺はん。先日はどうもありがとうございました。

 …え? 残りもでっか? あらあら、間に合うてよかったですわ。今、ちょうど引き取りにいらはってて…ええ、もちろんですわ、ええ、ええ。ほな、ご請求書、お送りしますよってに、はい、はい」

 奈美は事務的な説明をいくつかすると、電話を切った。


「一条はん。これ、全部いただきますわ。先方が残りも欲しい言うてきましたのや。あんさん、商運ありますなあ」

「…あの、私、これから東京に戻るんですけど、よろしかったら、お届けしましょうか」

「あら、そんな悪いわあ」

「いえ、ついでですし」

「そうや、あんさんも石のことは詳しいんですかいな? 先方さんがな、石のこと説明してほしいから、お兄さんにお会いしたい言うとったんやわ」

「はい、ご説明なら私からもできます。宝石鑑定士の資格も持っておりますから」

「まあまあ、お若いのに偉いこと。そんなら、お願いしてええかしらねえ」

 奈美は機嫌よく、残りの宝石を彼女に渡した。


  *  *  *


 呼び鈴が鳴ると、華織は小走りに玄関のドアを開けた。

「いらっしゃいませ。わざわざ、ありがとうございます。さあ、どうぞ、おあがりになって」

 華織が手招きをすると、女性は一歩玄関の中に入って、深くお辞儀をした。

「初めまして。一条澪と申します。今日は、兄の代理でお伺いしました。失礼いたします」

「あいさつは、あとでけっこうですわ。さあ、奥へどうぞ」


 華織が招き入れたリビングは、40畳はあろうかという広さだった。保のいる本宅ほどの広さはないものの、ワンフロアがまるまる一軒という形のマンションだ。

「素敵なお宅ですね。こんなところに住んでみたいです」

 澪がうっとりしながら言うと、華織はくすりと笑った。

「いずれ、住めるんじゃないかしら」

「え?」

「息子と結婚なさるおつもりだとか。そうしたら、ここにも住めるでしょう?」

「あ…。あの、それは…」恥ずかしそうに、うつむく澪。

「今、来るから、お紅茶でも飲みながら、ちょっとお待ちになってね」

「あの、肝心の用件を…」澪が、バッグから慌てて10点あまりの宝石を取り出す。「ご確認ください。あと、何か説明が必要な場合は、お申し付け下さい」

「あ、そうだわ。一件電話を…」

 華織はそう言って立ち上がると、窓のほうへ近づいた。


 華織が電話を終えてソファーに戻ってくると、そこへ出かける仕度をした風馬が現れた。

「かあさん、何? 手短に頼むよ。涼一のやつ、時間にうるさいんだ…あ!」

「大丈夫よ、風馬。涼ちゃんには今、電話しておいたわ。明日にするからって」

「するから、って、何だよ、それ!」

「お客様の前で大声出さないの。…ごめんなさいね、不作法で」微笑む華織。


「あ、あの、こんにちは!」澪が立ち上がって頭を下げる。

「…何しに来たの、君は」不機嫌そうな顔で答える風馬。

「ちょっと、風馬。私のお客様にそんな言い方しないでちょうだい。私がお呼びしたの。これらも追加で購入しようと思って。わざわざ名古屋から持ってきていただいたのよ」

「追加って…まさか、これも…」自分の左手にはめられた翡翠のバングルを見つめる風馬。

「ええ、そうよ。私のこれも、躍太郎さんの水晶も、全部そう」華織がにっこり笑う

「君…宝石屋だったの?」怪訝な顔で聞く風馬。

「風馬…。そういうセンスのない質問はやめてちょうだい。四辻家の天珠をあなたに渡した人間が、ただの宝石屋さんなわけないでしょう?」

「そりゃあ、そうだけど…」

 風馬は不機嫌な顔のまま、華織の隣に座る。


「そうだわ、澪さん。私も不思議に思ってたの。

 涼ちゃん…ええと、私の甥なんだけど、四辻家の羽龍と水晶、そしてもうひとつ別の水晶を、彼の子供たちが通う学園のバザーで入手してね。

 でも、四辻家で聞いたら、天珠もそのバザーに出品したって言うの。どうしてそれを、あなたが持っていらっしゃったのかしら?」

「天珠は…ご機嫌斜めのようだったので、隔離したんです」

「盗んだってこと?」風馬が眉間にしわを寄せる。

「わかりやすく言うと、そうです」

 にこにこと笑う澪。

「売り子さんのふりをして、食器のセットに入っていたお印たちを取り出して、別のかごに入れておきました。

 売れなさそうなかごだったので、後で自分で買おうと思ってたんですけれど、焼きそばを食べている間に、誰かが買って行ってしまったんです…」


「じゃあ翔太くんが、うっかり見つけてしまったのね。…ええと、翔太くんというのはね、」

「知っています。…清流の七代目。前に、兄と泊まりに行ったときに、庭を案内してもらいました。兄が、自分のグループの宿にはいない逸材だって言っていました。

 何でも“あの人”の改革案で、“命”が宿の担当者を指名できるように、というのがあるらしくて、兄も念のため、あちらこちらを見て回っていたんです。

 御園走太郎さんと躍太郎さんのお名前もその時に知りました。あとは、翔太くんの曾おじいさまの跳治さんも。

 でも、私は翔太くんに一目ぼれです。食事のときの板前スタイル、すっごく可愛いですよね」目をキラキラさせながら言う澪。


「そうなのよ。能力値はもちろんのこと、可愛いらしいし、女心をわかってるし、うちの息子とは大違いだわ」

「そんなことありません! 風馬さんは能力的に優れているだけじゃなくて、とっても素敵な方です!」澪がキッと唇を結ぶ。

「あのさ…君は僕の何を知ってるわけ?」

「…ええと…私の知っている風馬さんは、これです」

 澪はバッグから厚手のバインダーを取り出し、それをめくって見せた。

「私が15歳の頃から今までの、風馬さんが国内外の個展に出された絵です」


 そこにあったのは、風馬が個展で販売していたポストカードや、雑誌で取材されたときの切り抜き、写真に収められた絵などの数々だった。

「兄から、おまえはこの人のお嫁さんになるんだと言われてから、気になって自分で集めました」風馬を見つめる澪。

「風馬って、こんな絵を描いてたの。ふうん…」

「かあさん。ふうん、じゃなくてさ、もう少し息子に興味持ちなよ」

「家出していた息子に興味って言われても…」口を尖らす華織。

「心配したら、息子の動向を案じて情報を集めるとか、するでしょ、普通」

「あら。普通の母親だなんて思ってないくせに、どうしてこういう時だけ、そういう都合のいいこと言うのかしら」


「あの、大丈夫です! 華織さんにこのバインダーを差し上げますから、そこから、いなかった間の風馬さんを感じ取って下さい」

「でも、これ、あなたには大切なものなんでしょう?」

「…そうですけど、私は全部覚えましたから。念写できるくらいに何度も何度も見ましたから」うれしそうに笑う澪

「念写ができるの?」風馬が聞く。

「えーと、それは物のたとえでして…私の場合は、物や人、場所から、記憶を読み取ることができます。過去も…です」

「そうか。じゃあ、“ストレート”じゃないんだね」

「はい。紗由ちゃんと同じです。このままでは“命”にはなれません」


「そう。お兄様は…“命”よね?」

「はい。でも、昨年の退位後に兄を継ぐべき“弐の位”の者、兄が育ててきた者が、いきなり降ろされたんです。兄は機関に対して不信感を持って、調査しました。それで、機関をこのままにしてはおけないと…。

 機関は、“命”の質を高めるどころか、ごく一部の“命”の系列以外、劣化させたいかのような方策をとっています。このままだと、そうやって“命”の質が衰えていく分、機関にその“言の葉”を操られかねません。

 それを危惧した兄が、同じようにご自分の“弐の位”を降ろされて危機感を抱いていた四辻先生と一緒に、全国に探りを入れたんです。でも…四辻先生は、あんなことに…」

 言葉を詰まらせる澪。


「そう。やっぱり、あなたのお兄様だったのね、助けてくれとか、自分は味方だとか、定期的にシグナルを送ってきていたうちのお一人は…」華織がうつむく。

「お願いします! どうか協力していただけませんか? このままだと、“あの人”の思うままになってしまいます…」身を乗り出して、華織に頭を下げる澪。

「“あの人”というのは…機関の総帥の継承者?」

 風馬が聞くと、澪は深刻な顔で答えた。

「はい、そうです。正確に言うと、次期総帥の座を狙い、方々に働きかけをしている人物。でも…危険です。何事もゲーム感覚で捕らえているというか、いろんな実験を目論んでいるようなんです。

 “命”の制度を今風のものに再構築しようとして、総帥の周囲に働きかけをしているようです。機関内でも、それに乗るか乗らないかで意見が分かれて、統一性のない統治がされているようです。

 何より、新制度の構築は、やり方によっては伝統の破壊です。“命”の力そのものの破壊でもあります。

 現に、この一年、そうやってかき回された結果、“命”の力の質が確実に落ちています。私が知っている“命”たちを見ていても、そのほとんどは正直、私より能力値が低い。あんな人たちに任せておいたら、この国はおかしくなってしまいます」

 澪は必死な表情で訴えた。


「そうね。“命”の質の低下は、私もかなり感じているわ。見逃せないレベルだと思います」

「兄は…華織さんと一緒に、この状況を何とか打破したいんです。争いを起こしたいわけではありません。私たちの能力を駆使して、以前の状況に戻したいと思っているだけです。お願いします。兄に協力していただけませんか?」

「ええ、もちろんよ。そのために、あなたを呼び寄せたのだから」華織が微笑む。

「ありがとうございます!」腰が折れ曲がりそうなくらいに澪が頭を下げる。

「あの水晶は君のものなの?」

「はい! でも、すぐに龍くんに封じられてしまいました」恥ずかしそうに言う澪。

「かなりの通信能力があるよね、あの水晶」

「あの子は…兄と私を守ってくれています。両親と離れてから、ずっと」


「ご両親はどちらに?」

「今はハワイで暮らしています。母の療養もかねて」

「そう。大変ね。お母様、早く良くなるとよろしいわね。

 …そうだわ。よければこの子を使ってちょうだい。一応、ヒーラーを名乗ってたぐらいだから、多少は使えると思うわ」

「そうだね。それに関しては、僕で役に立てそうなことがあれば…。

 何はともあれ、あのクラスの水晶が与えられるということは、石に関しては西園寺家よりも能力レベルが上なことは間違いないね」風馬が華織を見る。

「そうね。今まで会ったことがなかったけど、そのようだわ」華織も風馬を見つめる。


「あの、念のため申し上げておきますが、私たちは、能力値がどうのこうのとか、他の家の人たちを従えようだとか、そういうことは、どうでもいいんです。

 明日には兄から連絡が入ると思います。兄の話を聞いて、今後どうするかをお決めください」

 澪はそこまで言うと、ソファーに座っていた膝をピシッとそろえて、華織に頭を下げた。

「…でも、敵か味方かの、証明はできないんだよね」

「では、条件なり、リクエストなり、出して下さい」

 澪が言うと、風馬は彼女に言った。

「じゃあ、僕との結婚は撤回して。そうしたら、西園寺家は全面的に協力する」

「あ…」

「ちょっと、風馬。何言い出すの」

「わかりました。…不快な思いをさせて、申し訳ありませんでした」澪が深々と頭を下げる。「失礼します」

「待って、澪さん。…もう、何なの風馬ってば!」

 追いかける華織をすり抜け、澪は玄関のドアを開き、外へ飛び出した。


  *  *  *


 戻ってきた華織は苛立たし気に言った。

「まったく…。大人気ないにも程があるわ。一回り以上下の可愛い子が結婚してくれるって言ってるだけでも、ありがたいと思いなさい。ちょっと顔がいいだけで女が寄って来ると思ってたら、大間違いよ!」

 華織は風馬を睨むと、自分の部屋へ行ってしまった。

「かあさん!」

 風馬は華織を引きとめようと立ち上がったが、思い直して、またソファーに座った。

“むちゃくちゃだよ、かあさん…”

 風馬は深く溜め息をつくと、澪が残していったバインダーを手に取り、ぱらぱらとめくった。

 バインダーの終わりには、それぞれの絵のタイトルと、それに対する感想を書き込んだノートが入っていた。手に取り読み始める風馬。


“彼は迷ってる。迷っている人たちには、こういう絵はうけるのかもしれないし、売れるのかもしれない。でも、こんな中途半端な絵は彼の絵じゃない”

“あーあ、だめだめ。だらしないなあ。祈りって、こんなものじゃない。祈りをしている人を見るのが祈りじゃない。自分で祈るのが祈り。きれいな構図にこだわりすぎるから、こんなことになる。そんな持ち味じゃないって、誰か言ってやってよ!”

“この絵がいちばん好き。あの子の手を描いたやさしい絵。この子の手から伝わってくる美しい人。彼の愛しい人だろうか。そうか、きっと娘なんだ。愛しい人の愛しい娘の未来に願いを込めて、一筆一筆ていねいに描かれた、この絵。私はこれがいちばん好き”

“今回、色使いが微妙に変わっている。窓を開けたような気持ちが伝わってくる絵だ。次の作品が早く見たい”


 風馬は、正直驚いていた。

 彼女は自分の絵を理解している。

 世間からの評価をはがゆく思った時期の迷いさえ汲み取っている。だが、“力”を使って無理やり思念を覗き込まれた覚えはない。すべて絵から読み取ったのだとしたら、彼女の記憶を追跡する能力は本物だ。

 そして彼女は、兄から自分の将来の結婚相手を告げられた15の頃からずっと、彼女なりに夢を膨らませてきたのだろう。

“かあさんの言うとおりだ。大人気なかったかな…。別にこれまで迷惑行為をされたわけでもないし”

 風馬はバインダーをもう一度最初からめくり始めた。


  *  *  *


 翌週、一条誠が華織の元を訪れた。スーツ姿で手土産を持ち、一見、商談に来たサラリーマンのようにも見える。

「初めてお目にかかります。一条誠と申します」

「初めまして。お会いできるのを楽しみにしてましたのよ」

「僕もです。長年憧れてきた人にお会いできて光栄です。…でも、風馬さんには妹が失礼しました。申し訳ありません」頭を下げる一条。

「いや…僕のほうこそ大人気ない言い方をして、すみません」風馬も頭を下げる。

「お兄さんに謝っても仕方ないでしょう? 澪さんにお謝りなさい」

 華織が冷たい言い方をする。

「澪さんは、お変わりなくて?」

「…それが、部屋にこもりきりでして」下を向く一条。

「本当にごめんなさいね…ちょっと失礼」


 席を立った華織は、しばらくすると小さな箱を手に戻って来た。

「風馬。これ、今から澪さんにお返ししてきて」

「え?」

「この前、お渡しするの忘れたから」

 誠が目の前にいるのにもかかわらず、華織は彼に渡さなかった。

「お使いがちゃんとできないと、もう家には入れませんよ」

 すました顔で言う華織に、思わず吹き出す誠。

「あ、すみません。僕が持って帰りますから」

「いいえ、だめよ、誠さん。今、この子の光は鈍っている。澪さんが悲しんでいるからだわ。あなたなら、おわかりのはずよ。

 …風馬。これから誠さんと澪さんの力が必要なことぐらい、あなたにだってわかるでしょう? 結婚は、したくなければ、しなくていいから、自分の役割はきちんと果たしてちょうだい」

「わかったよ。…行って来ます。…どうぞ、ごゆっくり」

 風馬は誠に頭を下げると、部屋から出て行った。


  *  *  *


 “ほむら”はベッドに横たわり天井の模様を見つめた。


“最初の仕掛けだけで、向こうが自爆してくれると思ったんだが、完全に失敗だ…。

 まあ、次の仕掛けに相手がどう動くかが見ものだが、こっちがこんなに動きが取れないんじゃ、フォローができないな。やっと出番が回ってきたというのに…。

 それに、たったあれだけの時間で、彼女の力がこんなに大きくなるとは思っても見なかった。ややこしいことになったものだ…”


 “ほむら”は目を閉じると、そのまま眠りに落ちた。


  *  *  *


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