その12
四辻家を訪れてからの数日、華織はまだ考えあぐねていた。
自分がやろうとしていること、奇しくもそれは、奏人と、もう一人の人間がやろうとしていたことでもあった。風馬も賛同して、自分のもとに戻って来た。
確かに、やり方を間違えれば危険を伴うことなのかもしれない。
だが、このままにしておけば、自分を継ぐ者たちに、いずれ災いが降りかかることにも成りかねないのだ。その点でも風馬と意見が一致している。
そして、機関に何らかの働きかけをしようと思っていたときに、自分たちの元に舞い込んだ強力なパワーの水晶。逆に戻ってこない四辻家の天珠の行方も意味深い。
水晶に関しては、こちらの思念を機関の人間に読まれぬよう、彼らが使う思念受信用の水晶に妨害をしかけることから、ことを始めようかと思った。
そしてそのためには、やってきた水晶の持ち主を探し出すこと。そう思っていたが、風馬はそれに対し別の提案をしてきた。
その内容で保や涼一を納得させるのは難しいことのように思えたが、この状況だと、何でも試みるしかない。
華織は保に電話をかけた。
* * *
風馬の説明を聞きながら、華織も躍太郎も不安げな顔になった。
「紗由と周子さんを使うって、どういうこと?」
「言葉の通りだよ。二人に手伝ってもらうんだ。別宮にある機関通信用の水晶か、この前の水晶、どちらにせよ、それらに同周波数を絡ませて波を変化させる方法なら、機関側に肉体的なダメージが行くわけでもないし、方法論自体はこっちがいい。
それに比べて、パワーストーンの組み合わせによって波を変化させる方法は、石の所有者にダメージが行きかねない。ダメージが長期間続くとも思えないけど、そのかわり、妨害効果も長くはないだろうし」
「水晶の真似をさせるんだろ? この前の水晶の持ち主じゃなくて、どうして紗由と周子さんという人選になるんだ」
意味がわからないという顔をする躍太郎。
「これだよ。翔太くんの、ぴかぴか日記」風馬が、テーブルの上にあったノートを開いた。「紗由の絵を見て気づくことない?」
「…紗由らしい、可愛い色だな。明るくて元気で。でも、やさしい感じもする」
躍太郎が言うと、風馬が笑った。
「まあ、確かにそうなんだけど…全部の紗由を見比べてみて気づくことない?」
そう言われて、躍太郎と華織と龍は、必死にページをめくった。
「ぴかぴかの外側が少しずつ違う」龍が言う。
「そう。どうしてだと思う?」
「もしかして、そばにいる人間のメインカラーになってるのか、外側の部分は。…ほら、涼一と手をつないでいる時は、外側がグリーンだ」
「当たり」
「紗由は、物まねがすごく上手だからなあ。じいじや、とうさまの真似も、よくやってる」
「そうよね。パーティーの時の保ちゃんの真似、後で見て大笑いしたわ」
「…それが紗由の“力”なんだよ」
「物まねが?」龍が聞く。
「現時点で彼女は、性能のいいコピーマシーンなんだ。まさしく“写”の一門の一員」
「そうか。周子さんが黄水晶のせいで通信能力が高まったとき、二人が親子だから、周子さんは紗由と共振して思念波を読みあえるようになったのかと思ったんだが、紗由が彼女をコピーしていたからだと考えたほうが辻褄が合うな。
力は、親子だからと言って遺伝するわけではないし、力の種類が同じというわけでもない」
躍太郎がつぶやく。
「そうなんだ。見え方としては、周ちゃんが紗由に共振してようが、紗由が周ちゃんをコピーしてようが、どちらでも同じなわけだからね」
「紗由の力は補助的に期間限定で引き出したつもりだったから、うっかりしてたわ。正直、そこまで考えなかった」肩をすくめる華織。
「まあ、かあさんが紗由の力をいじってた時点では、考える必要もないことだし、原則5歳にならないと、その能力値はきちんと測れない。
最初は彼女が“ストレート”だとばかり思っていたから、力の出方が不思議だったんだよ。
過去を読むという力は、まあ、やれば出ることもあるけれど、いきなり発現するパターンがありなものなのかどうか。
…僕の結論としてはNO。つまり紗由は現時点では“ストレート”じゃない。保叔父さんの直系なのに、どうしてなのかは、わからないけど。まあ、それはいいや。
紗由は通信能力とコピー能力、そして記憶力に優れている。相手の記憶とつながって、それをコピーし、自分の記憶として蓄えるんだ。
それらをつなげて言葉として発したときには、さも、紗由自身が過去を読んだように見えるっていうわけさ。今回のミッションには十分過ぎる力じゃないかな」
「じゃあおまえは、あの水晶の持ち主を見つけなくても、紗由にその役割をさせればいいって思うわけだな」
「そういうことだよ」
「そうすると、かあさまは何をするの?」
「水晶を持たせて、紗由の声を漏れなく拾わせて記録させる」
「記憶じゃなくて記録?」躍太郎が確認する。
「うん。記録だよ。紗由はデータベースの量は膨大だろうけど、それを整理して、こちらの目的に沿ってまとめる力は足りない。まだ小さいからな」
「その部分を、周子さんに担わせるということね」
「とりあえず、正確に記録できる人間が必要だ」
「かあさまに書記をやってもらうんだね」
「そうだよ」
「かあさまは、仕事ができる第二秘書だからね。ぴったりだよ、そういうの」
「そうね。周子さんには、ぴったりだわ」
華織は、うれしそうに笑う龍を、じっと見つめた。
* * *
龍が寝た後、華織、躍太郎、風馬、3人の話が改めて始まった。
「周子さんを担ぎ出さずに済む方法を考えたほうがいいわ」華織が下を向く。
「いや、周ちゃんにやってもらう。それに彼女には、もうひとつ大切な役割がある。気づかれた時に、紗由に目が行き過ぎないよう、相手の目をそらさせる役目だ」風馬が言う。
「おい、そんなことさせて、周子さんの身に何かあったら、どうするつもりだ」躍太郎が厳しい顔になる。
「そんなことになる前に、僕が相手の記憶を封じるよ」
「…風馬。あなたが私と違うジャンルでかなり優れているのは認めるけど、むやみやたらと他人の人生に影響を及ぼすようなことは、させられないわ」
「承知してるよ、かあさん。でも、将来、紗由の身に危険が及ぶのと、どちらがいいかということだよ」
「涼ちゃんが反対するに決まっているでしょう? 周子さんの記憶を封じろと言って来たばかりじゃないの。だいたい、紗由を使うこと自体も了承するとは思えないわ」
「将来的に紗由を守るためだよ。…龍を守るためでもある。
僕は西園寺家を離れていた間、全国を回って様々な形で“命”や“宿”と接触してきた。…別に、こんな形で役立てようと思ったわけじゃないけどね。
かあさんが感じている以上に、機関は危険な存在になりつつあるよ。中には、強硬手段も辞さない奴らもいる」
「だけど、そもそも龍に事故のことを悟らせたくないから、周子さんの記憶を封じたのよ。
再度封印を解くようなことをして、しかも周子さんに危険が及ぶ可能性のあることなんて…涼ちゃんがOKするわけがないでしょう」
「涼一に頼まれたんだ。紗由と周ちゃんを守ってくれって。だから全力を尽くすまでだよ」
「それはそうなんだろうが…」渋い顔の躍太郎。
「じゃあ、皆に話して、その上で決めよう。
…かあさん、僕は明日から京都だけど、2日くらいで戻るから、近いうちに皆を集めてよ。できれば、翔太くんと玲香さんも」
風馬はそれだけ言うと部屋を出て行った。
* * *
バイオリン教室の帰りに、龍は華織の家に立ち寄った。だが、留守のようで返事はなかった。
“よかった。ちょうどいいや”
龍は合鍵を使い家に入ると、華織の部屋に行った。そして、例の水晶が埋めてある桐の箱の前に立った。
「ちゃんと自己紹介してもらうよ」
龍は微笑むと、水晶を取り出し、掌に乗せた。
* * *
華織の元に2通の封書が届いた。
一通には、「近いうちにお立ち寄り下さい。父が待っています」という文面と、差出人の欄に「宮」の一文字があった。伊勢からの呼び出しだ。
“漏れちゃったのかしら、向こうに…。まあ、想定の範囲内ってやつだからかまわないけど”
伊勢からの呼び出しよりも華織の頭を悩ませたのは、もう一通のほうだった。
東京での個展が盛況のうちに終わり、京都での開催が決まった風馬は、その打ち合わせに京都まで出かけていたのだが、その風馬からだったのだ。
わざわざ封書で送ってきたこと自体が、電話やメールだと危険だとでも言っているかのようだ。華織は自分の思念を外界からシャットダウンしてから、手紙の封を開けた。
「かあさんへ。昨日はふたつ妙なことがあった。
僕の頭の中を覗き込んできたやつがいた。昼間のパーティーでお酒が入っていたこともあるが、途中で遮るのがやっとだった。母さんも気をつけて。龍にも伝えておいてほしい。
そして、夕方ホテルに、一条澪と名乗る若い女性が僕を訪ねてきた。今年の春に大学を卒業したと言っていたから、22~23歳だろう。僕を助けるためにやってきたのだという。
御園走太郎さんから頼まれたと彼女は言っていた。なぜその名前を知っているのかと聞いたら、神様が教えてくれたからと彼女は答えた。神様は、彼女が僕と結婚することも教えてくれたのだと言う。
最初は、ストーカーじみた絵のファンなのかとも思ったのだが、彼女は天珠を僕に見せて、これを返しておいてくれと言う。オーラから感じ取る限り、四辻家のものに思える。
頭の中を覗いたのは君かと聞いたら、彼女は違うと言って姿を消した」
華織もその女性に会ったことはなかった。不慮の事故で亡くなった、躍太郎の父、走太郎の名前を知っている女性。年齢からして、義父と直接の接点はないように思える。
だが、四辻家の天珠を持っているということは…。
華織は彼女の名前をつぶやくと、走太郎が亡くなった時から起きたことを、静かにゆっくりと頭の中で整理し始めた。
* * *
龍はここ何日か、風邪だと言って部屋にこもっていた。
だが、熱は多少高いものの、食欲が極端に落ちているわけでも、お腹を壊しているわけでもない。主治医も風邪というよりは、疲労から来る消耗のようなもので、しばらく安静にしていればいいだろうと言う。
“何かあったのかしら…”周子は心配な様子で食事を運んだ。
「起きてたの、龍。気分はどう?」
「うん。大丈夫だよ、かあさま。明日からは学校に行くよ」
「やだ、龍。明日はお休みよ」周子がくすっと笑う。
「あ、そうか。いっぱい寝てたら、よくわかんなくなっちゃった」龍も笑う。
「…よかったわ。元気になって。龍が元気でいてくれないと、かあさま、さみしいもの」周子が龍をぎゅっと抱きしめる。
「風邪、うつっちゃうから、だめだよ」
「うつせば治るでしょ。そうよ、そうすればよかったんだわ」うれしそうな周子。
「かあさま、僕のこと…好き?」
「当たり前でしょ」周子が笑い出す。
「じゃあ、かあさまは味方なんだ」
「かあさまだけじゃないわ。みんなそうよ。とうさまも、紗由も、じいじも、賢ちゃんも。あと、おばあさまやグランパもそうだし…亡くなったお父さんとお母さんもそうよ。
それから、事務所の人だって、かわいがってくれるでしょう?…もう、言い出したらきりがないわ」
「亡くなったお父さんとお母さんも?」
「当たり前でしょう? でもね、かあさまは、二人のぶんまで、ううん、もっともっと龍が好きよ。だって、かあさまには、これからもずっと龍との時間があるんだもの」
周子が微笑むと、龍は周子にしがみついて、ありがとうと小さくつぶやいた。
* * *
葉書が届いた翌々日、華織は皆を呼び集めた。風馬も京都から戻ってきていた。
届いた手紙の内容も含めた一連の華織の事情説明に、保、涼一、賢児の3人は、難しい顔をして黙りこくる。
とまどう周子。淡々とした表情の躍太郎に風馬、そして龍。
玲香は、機関がもたらす危険と、それを改善する必要性が今ひとつピンと来ない上に、紗由や周子に危険が及ばないのかと思い、質問したい気持ちでいっぱいだったが、緊張感漂うその場所で、自分が最初に言葉を発するのはためらわれた。
翔太も玲香と同様だったようで、口を開きかけて、すぐに口をつぐんだ。
目線が激しく動いているところを見ると、翔太が皆のぴかぴかの変化を観察しているのだろうと、玲香は思った。
そして意外なことに、口火を切ったのは当の紗由だった。
「さゆ、まねっこするよ!」ニコニコしながら紗由が言う。
「紗由! ちょっと待って。そういうことは、とうさまやかあさまが決めるから…」慌てる周子。
「待て、周子。紗由の言い分を聞こう」涼一が割って入る。「…紗由は…真似っこするのか?」
「うん。ええとね、まねっこすると、かいじんは、おはなしがきこえなくなるんでしょ?」
「ああ、そうだよ」
「どうしたのかなあっておもって、やってくるんでしょ?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、さゆがダイヤをばらまくから、レッドがうしろから、ぼっこぼこだよ!」
「ああ、そうだな」涼一が静かに笑う。
「ちょっと、兄貴! そうだな、じゃないだろ。紗由に何かあったら、どうするんだ」
「そのときのための隠れ蓑として、周子がいるわけだよな」
「そんなことしたら、周子さんが危ないじゃないか!」
「私は、紗由を守れるのなら、かまわないわ。でも…」周子がつぶやく。
“でも、事故のこと、全部思い出したら…龍が…”
「かあさま、僕のことなら大丈夫だよ」
「龍?」
自分の考えに反応されると思っていなかった周子は、びっくりして龍を見つめた。
「おばあさま、ごめんなさい。僕、あの水晶…埋めた水晶を取り出して使いました」
龍の言葉に一瞬ぴくっと肩を震わせた華織だが、その表情は変わらなかった。
「すごいよ、あの子。つながるとメニューが出てくる。いろんなことができるんだ。だから、こっちの頭の中が伝わらないように、スイッチを入れ替えてみた。
それで試しに風馬叔父さんの頭の中を遠くから読んだんだ。叔父さんは遮る力が強いから、叔父さんのが読めれば、かなり使えるってことだよね」
「…あれ、おまえだったのか」眉間にしわを寄せる風馬。
「ごめんなさい、叔父さん。かあさまのことも遠くから読んだ。ずっと変だったの心配だったから、わけがあるのかなと思って。
…そうしたらね、僕がかあさまに助けてもらった事故のこともわかったんだ。本当のお父さんとお母さんが、どうして死んじゃったのかも、全部わかった」
「龍、おまえ…」絶句して言葉が続かない涼一。
「龍…」周子の頬を涙が伝う。
「でもさ、お父さんとお母さん、バカだよね。僕を助けようとしたのに、事故に遭ったら、僕が死んじゃったかもしれないじゃないか。かあさまが助けてくれたから、よかったけど」
「本当よね…本当にバカな子なの」華織の声が震える。「でも、龍、ダメよ。勝手に使ったりしたら」
「ごめんなさい」龍が頭を下げる。
わけがわからないという顔で賢児が、涼一、龍、華織の顔を交互に見る。風馬が経緯を説明した。
「そういうことだったんだ…」
「うん。僕のために、お父さんとお母さんは死んじゃったんだ」集まりが始まった時と同じように、淡々とした表情の龍。
「龍! おまえのせいじゃないわ! 違うわ!」周子が龍を抱きしめる。
「周子はん。龍くんは、だいじょうぶです」翔太が言う。「胸のぴかぴかが、ちゃんとしてます。それに…“僕のせい”やのうて、“僕のため”言いました。自分のこと、責めてるわけやありまへん。ありがとうて、思うとるだけですさかい」
「翔太くん…」半泣き半笑いの周子。
「翔太くん、腕上げたね。今、どこまで読めるようになってるの?」
龍が聞くと、翔太がにいっと笑う。
「ないしょや!」
「じゃあ、勝手に読んじゃおうかなあ。昨日、お花あげてたこととか…」
「ひええ、それはあかんわ!」
龍の言葉に翔太が動揺して手をばたつかせる。
昨日は、クラスのガールフレンドが誕生日だったので、花壇の花を花束にしてプレゼントしたのだ。
龍は、その事実を賢児と玲香の会話から漏れ知っただけなのだが、ちょっとカマをかけてみた。翔太にしてみれば、龍の情報入手経路にかかわらず、そんなことを紗由の前でばらされてはまずい。
「れ、玲ちゃんに“チョコ饅頭クッキー”作らせるから、堪忍や!」
「さゆもほしい!」
「約束だよ、翔太くん。…ねえ、紗由」
「はい!」
きゃっきゃと楽しそうに笑う子供たちに、場の空気は一気になごんだ。
「チョコ饅頭クッキーって、みんなの好きなものをいっしょにするわけね」
名指しされた玲香は、いまひとつイメージがわかないなりに、お菓子の姿を懸命に考える。
「うん。あのね、みんないっしょにして、みんなではんぶんこするの!」紗由が笑う。
「そうか…要するに、今、紗由が言ったのが答えなんだね、姉さん」
保が華織に語りかけると、うつむいていた華織は、ハッとして保を見つめた。
「ええ…そういうことよ」
「そういうことって、どういうこと?」賢児が聞く。
「紗由や周子さんだけじゃない。ここにいるメンバー総動員で事に当たって、役割分担をするんだよ」保が答える。
「俺…何ができるの? 兄貴や玲香だって、他の人間のようにはいかないよね」
「賢ちゃんは後ろから、ぼっこぼこにする役」華織が笑う。
「伯母さん。俺、真面目に聞いてるんだよ」少しむっとする賢児。
「姉さんは至って真面目だよ。…そういう力がないと思われている者はマークされない。相手も油断するものだ」
「なるほどね。だから、油断した相手を、後ろからぼっこぼこか」
涼一が言うと紗由もうれしそうに叫ぶ。
「ぼっこぼこ!」
「ふーん、じゃあ兄貴は相手に説教するんだよな」
「ああ、そうだな。出来の悪い弟相手に日頃から練習を重ねておいてよかったよ」不遜な笑みを浮かべる涼一。
「伯母さん。兄貴を機関に送り込んで相手をいじめさせれば、1日で相手がギブアップするよ、きっと」
「それは無理ね。涼ちゃん、他の人にはやさしいもの」
華織の言葉に、玲香が思わず吹き出した。
「あ…すみません。あの、私は何をすれば…」
「皆の秘書役だろうね。力のある者は、それぞれの役割に没頭したほうがいい。それに伴って生じる庶務の処理を玲香さんにやってもらうのが、一番効率的だ。そうだろ、姉さん?」
「ええ、そのとおり。保ちゃんは昔から飲み込みが早いのよね」
「姉さんが、とっちらかり過ぎなだけだよ」
「とうさまって、じいじに似たんだね。じいじは、おばあさまをやっつけるとき、すっごく楽しそうだもん。とうさまが賢ちゃんをいじめるときと、同じ目をするよ」
龍が自分の発見を楽しそうに告げると、保が咳払いをした。
「じゃあね、さゆはダイヤをさがしにいってきます!」
部屋から飛び出そうとする紗由を、涼一がむんずとつかまえる。
「紗由…おまえ、ダイヤじゃなくて、おやつを探しに行こうとしてるだろ」
「きゃー、わるいかがくしゃに、つかまったあ!」手足をばたつかせる紗由。
「あら、そんな時間かしら。じゃあ、少しティーブレイクにしませんか?」周子が時計を見る。
その言葉に、翔太がリュックから菓子折りを取り出した。
「これ、岡埜堂のモナカとおまんじゅうの特別セットです。どうぞ!」華織の前に差し出す翔太。「水羊羹とあられも入ってます」
「じゃあ、紗由が開けてちょうだい」華織が言うと、紗由は涼一の手を振りほどき、必死の形相で紐や包装紙と闘い始めた。
「全員そろってお茶というのも、久しぶりだわ」華織がゆったりと紅茶を口に運ぶ。
「翔太くん、この餡子サブレ、美味しいねえ」
涼一が褒めると、翔太はまるで自分が作ったかのような口調で言った。
「自慢の新作ですわ。餡子に混じった栗のかけらが、まるでダイヤのようですやろ?」
「そう言えば、イエローが活躍するためにはダイヤが必要なの?」
賢児が聞くと華織が答えた。
「そうね、本物のダイヤかどうかは別としても、相手の気を引く一品というのは必要ね。それと、お印たちをサポートしてくれる石も欲しいところだわ」
「上手い具合に石が見つかるといいがね」
躍太郎がつぶやくと、翔太が元気よく手を上げた。
「そやったら、うちのオジイに頼むとええと思います!」
翔太が言うオジイとは、石で商売を営む光彦の父親のことだ。
「そうね。…義兄の実家が石屋なんです。ちょっと前には、民自党の先生もご祈願用に大きな対のアメジストを調達にいらしたと聞きました」玲香も賛同する。
「アメジストっていうと、もしかして、小宮山先生のところにある、あれかい?」保が尋ねる。
「お名前まではうかがっていませんが、総裁選がらみという話のようだったので、たぶん…」
「いやあ、そうだったのか。今、党内で評判なんだよ、あれ。
2位だろうと言われていた小宮山先生が、僅差で逆転トップになったもんでね。
石の出所を皆知りたがっているんだ。まさか、こんな身近なところだったとはねえ」
「政治家って、けっこう多いよな、そういうの。有名占い師のところに通ったり、お守り集めまくったりさ」賢児がモナカを頬張る。「うーん、いいねえ、この上品な鶯餡」
「賢ちゃん、さすがやな。実は最近、豆変えてな、さらにパワーアップしたんやで」
「特別なルートでもないと、あのクラスの石を仕入れるのは難しいんじゃないのかい?」保が玲香に聞く。
「確かにそう思います。義兄の実家は、元々は墓石の扱いだけをしていたんですけど、6、7年ほど前に、輝石類を持ち込んでくる人が現れたとかで、ちょうど翔太が生まれて間もない頃だったので、記念に石を買ったりして、それからのお付き合いのようです」
「じゃあ、玲香さん。近いうちに、紗由と一緒にお邪魔させていただきたいわ。先方にお願いしてみていただけるかしら」
「は、はい」
一瞬、先日の奈美と翔太の一件を思い出した玲香が、妙に緊張した様子で答える。
「おまかせください!」玲香の心配をよそに、元気に胸を叩いてみせる翔太。
「紗由。翔太くんと一緒にお友達を選ぶのよ。いい?」華織が言う。
「はい! チョコレートくれたら、がんばります!」
「チョコレートがなくても頑張りなさい」周子がキッと紗由を見る。
「…はい」
周子に注意されると途端におとなしくなる紗由に、その場は笑いに包まれた。
* * *




