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その11


 それから十日後、玲香は必死になって4つのバッグを完成させ、周子を通じて彼女らに渡してもらった。

 それぞれの親から丁寧なお礼をもらい、奏子の母親、響子からはランチに招待され、周子と玲香はちょうどいい機会だと思い、その招きに快く応じた。


「わざわざお招きいただきまして…」

「いいえ。いつもお世話になっている上に、今回は奏子がバッグまで作っていただいたんですから。あのバッグ、周子さんも顔負けの出来だわ」

「響子さんたら、私がそっち系苦手なの、ご存知でしょ?」周子が口を尖らせる。

「あら、社交辞令も必要でしょう? 賢児くんのお嫁さんの手前」

「そうね。とりあえずはね。小姑にも立場ってものがあるし」

 笑いあう二人。

「でも、今後そんなお気遣いはご無用よ。玲香さんは、気さくで気兼ねなくお付き合いできる方だから」

「いろいろとお世話になるかと思いますが、どうかよろしくお願いいたします」玲香が頭を下げる。


「堅苦しいことは抜きにしましょう、玲香さん」微笑む響子。「本当にありがとう、玲香さん。奏子がね、あのバッグをものすごく気に入っていて、玲香さんのこと、崇め奉ってるのよ」

「そんな…。でも、奏子ちゃんに気に入ってもらえてよかったです」玲香が微笑む。

「今度教えてね」

「バッグの作り方ですか?」

「違うわ。あの賢児くんを、どうやって落としたかよ」けらけらと笑う響子。

「そ、それは…」頬を赤らめる玲香。


「もう。あの恥ずかしがり屋さんの奏子ちゃんのお母様とは思えないでしょう? 奏子ちゃんはね、お父様似なの」

「そうなのよ。二人ともシャイで…翼も含めて似たもの同士で、言葉にしなくても気持ちが通じるみたいなんだけど、私はちゃんと言葉にしてもらわないとダメ。困っちゃうわ」

「やっぱり気持ちは言葉にしてもらいたいですよね」玲香が言う。

「そうそう。私は超能力者じゃないんだから、わからないもの」

 一瞬、響子の顔が曇ったのを見て、玲香は何か違和感のようなものを感じた。


「よかったわぁ。味方が増えて。…それにしても、玲香さんて、お花に詳しいのね。私、花関係の仕事してるのに、花菱草のことなんて…」

「私もつい最近まで、あのお花のことは知りませんでした。バッグと一緒にお渡ししたコピー、実は絵葉書なんですけど、それが送られてきたので調べてみたんです。…ええと、これです」バッグから絵葉書を出す玲香。

「黄色が鮮やかなのよね。やっぱりコピーよりは、写真のほうがきれいだわ」

「あの…響子さんは、この方、ご存知ですか?」

 玲香が絵葉書を裏返して、戸梶奈津代という名前を指し示す。

「お義父さんが送ったものなのね。字が少し違う気もするけど…」少し声が小さくなる響子。


「どういうことかしら?」周子が聞く。

「この戸梶奈津代って、亡くなったお義父さんのペンネームだから」

「ペンネーム? 四辻先生、執筆活動されてたの?」

「ううん。そんな大げさなものじゃないのよ。お義母さんに、あなたは女の気持ちがわかってないって言われてケンカになって、お義父さんたら、女性名で女性誌や新聞なんかに投稿を始めたの。

 採用されて、賛同のコメントなんかが一緒に載るたびに、ほーら見ろ、俺はおまえよりよほど女性の気持ちがわかるって、自慢げだったわ」

 遠い目をする響子。

「そうだったんですか…」


 だが、それでは故人から届いた葉書ということになる。玲香は考えがうまくまとまらず、言葉に詰まった。

「この“おめでとう”というのは、ご結婚のことかしら。決まったのは半年以上も前だったのね。もう、賢児くんも周子さんも水臭いわ」響子が少し怒ったように言う。

「いえ、賢児さまとお会いしたのは半年前で、結婚が決まったのは最近のことです。この葉書も最近もらったものです」

「え?」わけがわからないというふうに玲香を見つめる響子。「でも、そうしたら、この葉書、誰が…」


「実はね、響子さん。もうひとつ、お聞きしたいことがあるのよ。四辻家のことで」

 周子が頷いて合図をすると、玲香が写真を数枚、響子の前に並べた。

 花菱模様の布でできた巾着、その中に入っていた2つの水晶、そして羽龍の写真だった。

「先日のバザーのとき、これらが出品されているのを、私の甥っ子が見つけて、涼一さんが買ってくださったんです」

 玲香の言葉に、眉間にしわを寄せながら、じっと写真を見つめる響子。その反応を見ながら、玲香がさらにもう一枚の写真を差し出す。


「…それからこれは、私の実家に伝わるものです」

「あなた、“宿”の…」

 写真に写っていた羽童を見て、そう口にしかけた響子だったが、咄嗟に口をつぐんだ。

「やっぱりそうなんですね。響子さん、翼くん、奏子ちゃん。奏子ちゃんは、お亡くなりになった前大臣から一字頂いたのかもしれませんが、名前の法則に適ってるんです。ですから、四辻のお家は、“宿”とのハイブリッドなのかと」玲香が響子を見つめる。


「ごめんなさい。ここから先は、主人に話をしていただけるかしら。…今の四辻家では、そういう決まりなの」

「わかったわ、響子さん。後で直接私からご主人にご連絡させていただくわ。たぶん…話をうかがうのは、華織伯母様になると思うけど」

「ええ」

「じゃあ、その話はこれでおしまいにして、おいしいランチをいただきましょうか、玲香さん」周子が玲香に言う。

「はい」

「そうよ。どうやって賢児くんを落としたかを、きっちり聞かせてもらわないとね」

 響子はいつもの様子に戻って、テーブルの中央にあったサラダを二人にサーブし始めた。


  *  *  *


「疾人さん、お久しぶりね」華織が言う。

「ご無沙汰してます」

「こんなふうにお会いするなんて思わなかったわ。でも私が思わなかったっていうことは、つまり、このお茶会のもたらすものは、悪いものではないってことね」

「おば様は、“弐”のほうなんですね」

「ええ、そうよ。“壱”の奏人さんとは、ちょっと勝手が違うわ。私のことは、お父様から聞いていて?」

「いえ。親しくしている家にも経験者がいるんだよと、それだけしか。僕は、保小父さんがそうなのかと思っていました」

「当たらずといえども遠からずだわ。彼も、なるはずだった人間だから。

 …でもね、次も私なの。満を持しての再登板よ。今回、“壱”の候補者がいなくなってしまったから、当分兼務なんだけど」

 華織は微笑むと、バッグから例の巾着袋を出した。そして、中から羽龍と水晶を取り出すと、疾人に差し出した。

「お返しするわね、これ」


「…戻ってきたんですね、やっぱり」

「わかっていて手放したの? 私がお届けすることも?」

「いえ。戻ってくるかどうか、わかっていたわけではありません。ましてや、おば様とこういう形でお会いするなんて、思ってもいませんでした。

 僕は、父のような力を持ち合わせていませんから」

「そのようね。この子たちに対して、あなた、少し他人行儀だもの」華織が羽童と水晶をなでる。

 疾人は、それには答えずに、傍らに置いてあった封筒とノートを華織に差し出した。

「これが、父から僕への遺書です。中にある“夢日記”というのは、こちらに」

「ありがとう。読ませていただくわ」華織はそれらを丁寧に手に取ると、封筒から便箋を取り出した。


  *  *  *


疾人へ


月日の経つのは早いもので、今日は11月14日。明日は翼と奏子の七五三だ。

倍の楽しみがあるというか、二人分というのはとても楽しみだ。

さっきから、明日を待ちきれないのか、二人で衣装を眺めてはしゃいでいる。

私の書斎にこっそりと持ち込んだのは、響子さんに叱られないようにだろうか。

あとどれだけ続くのだろう。こんな姿を見られる日は。


壱位としてやらねばならぬことがあるが、実現するのかどうかわからなくなってきた。

低下する一方の命達の能力に歯止めをかけるには、自分が再度、機関の中に入り、

残された弐位と力を合わせ、機関の状況が悪化するのを阻止するしかないと思ったが、

考えるに力不足を感じ、不安もつのる今日この頃だ。


お前にとっても、この先のことはいろいろと心配があるだろう。

よくよく考え、できれば避けたいとは思うが、お役御免を申し出るのもひとつの手だろう。

目先を変え、きっぱりとこの世界とは縁を切るのがいいかもしれない。

ルートを誤ると逆に面倒にもなり兼ねないし、響子さんの実家に迷惑がかかるので、

奏書と呼ばれる機関とのやりとり書簡には十分注意を払って欲しいのだが、

こちらからは、お印の品々を紛失した旨を届け、沙汰を待つという段取りがいいだろう。

早ければ、一月以内にお咎めの段があり、お役お取り上げという形になるはずだ。


少なくとも任期内に私にもしものことがあれば、一年以内に品々をいったん手放してくれ。

便宜上期間はそれから約1ヵ月。それで戻ってこなければ、機関にその旨を届けるがいい。

天からの命により、それらが戻って来た時は、現れた人にすべてを委ね協力するように。


残りの日々があとどれだけなのか。とにかく、おまえたちに害が及ばぬことだけを願う。

悲しいことばかり感じるわけではない。一方、皆の幸せな未来を受け取ることも多い。

ぎりぎり伝えられるのはここまでだ。母さんや皆のことをよろしく頼む。


大丈夫だよ、疾人。おまえが息子で本当によかった。ありがとう。


四辻奏人


  *  *  *


 遺書を読み終えた華織は、すぐさまノートに手を伸ばした。


「翼が名前の通り、空を飛ぶことになった。

 制服に身を包み、誇らしげな表情で搭乗する翼は、いつもよりずっと輝いている。

 疾人が就職祝いにプレゼントした時計を腕にはめ、響子さんがもらってきた飛不動のお守りを腰に下げ、奏子が磨き上げたアメジストを胸ポケットにしのばせている。カバンは絢子からの贈り物だ。

 大丈夫だ。翼は羽ばたける。頑張れ、翼。もっともっと、大きい世界を見ろ。

 おじいちゃまは、飛行機の上から見守っているからな」


「恥ずかしがりやの奏子が、誇らしげに歩いている。

 彼の隣にいることが、うれしくて、幸せで、誇らしくて。

 この世の幸せのすべてが、今、奏子の上に降り注いでいる。

 きれいだよ、奏子。こんなにきれいになったんだね。

 頼むよ。奏子を、どうか幸せにしてやってほしい。

 君なら安心だとは思うが、何しろ奏子は、感情を上手に出せない時があるから。

 いや、そんな心配は必要ないんだな、君なら。

 わかり過ぎて困ることもあるのだろうが、きっと二人はそれを乗り越えていける。

 幸せを遠くから願っているよ。どうか幸せに」


 ノートには、まだ続きがあったが、華織はノートのある部分を指でなぞりながら目を閉じた。そして、再び目を開けると、いったんページを閉じた。

「奏子ちゃん、きれいだわ…。そう。そういうことなのね。だから奏人さんは、私に…」華織の頬を涙が伝う。

「おば様…?」

「疾人さん、私、うかがってよかったわ。それと、これらは、しばらくお借りしてもいいかしら」

「ええ、どうぞ。ここに書いてあるように、今後は伯母さんに協力いたします」


「それから…天珠とブレスレットは戻っているのかしら?」

「いいえ」

「奏子ちゃんが言うには、バザーに出したのはお皿のセットとパソコンだそうだけど」

「ええ。皿のセットが大げさな箱入りだったので、箱の下側に入れておいたんです。羽龍と水晶と天珠の3つを。でも、どこへ行ったんだろう。一緒に入れておいたのに」

 疾人が首をかしげると、華織は言った。

「探しておくわ」


「お願いします。…あの、それから、子供たちに危害が及ぶようなことになるんでしょうか」

 心配そうに尋ねる疾人に華織はきっぱりと言った。

「大丈夫です。そうならないように、私たちが全力を尽くします。奏人さんも、そう願っていらっしゃるでしょうから」

「どうか、お願いいたします」

 疾人は華織に深々と頭を下げた。


  *  *  *


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