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その10


「3人で外で食事なんて久しぶりだね」賢児がうれしそうに言う。「しゃぶしゃぶ美味いし」

「そうだな。なかなか時間が合わないからな。おまえらも忙しいしな」保が微笑む。

「兄貴はそうでもないよ。紗由が早く帰ってきてねって言うと、アポ全部キャンセルして帰ってくるって、龍が言ってた」

「人聞きの悪いことを言うな…たまたま予定がなくなることもあるだけだ」賢児をじろりと睨みながら、肉を頬張る涼一。

「“たまたま”ねえ。…あ、そうだ。予定って言えば、今日、風馬が、会える時間を取ってもらえるよう、親父の予定確認しておいてくれって。

 だから、この場に来ればって言ったんだけど、それは遠慮しておくって」

「何だろうな。予定なら、周子さんに確認すれば済むだろうに」

「うん。俺もそう言ったんだけど、俺から確認しておいてくれって。変なヤツだよな。だいたい、俺のところにお詫びに来たとか言って、やって来たのに、お詫びの内容を言わずに帰っちゃったんだぜ。…内容は兄貴に聞いてくれって」

「へえ。もう行ったのか。仕事早いな」くすりと笑う涼一。


「どういうことなの?」

「俺が言ったんだよ。賢児に謝っておけって。…そうか。親父にも謝りに行くつもりなんだろうな。でも、何で内容を言わなかったんだろう」

「玲香のせいかなあ…」

「玲香さんがどうかしたのか?」保が尋ねる。

「風馬はさ、すごい緊張した顔で部屋に入ってきて、いきなり深々と頭を下げたんだ。二つ折りって感じで。

 そこへ玲香がお茶を持ってきて、言ったんだよ。“前屈ですか? 風馬さん、体柔らかいんですね。私もけっこう柔らかいんですよ”って。それで玲香は床に手をぺたってつけたんだ」

「…わざわざ前屈しに会社を訪れるやつって、いないよな」苦笑いする涼一。

「そうしたら風馬は笑い出して、僕はかなり柔らかいんですって言って、ブリッジ始めたんだ。俺も前屈させられて、何だか体操教室みたいなことになってさ」

「おまえ、止めろよ…」涼一が笑う。


「うん…でもさ、怖い顔してた風馬が笑ってたから、いいかと思って。玲香も楽しそうだったし」にこにこ笑う賢児。「で、昼休みが終わるチャイムが鳴ったら、帰っちゃったんだ」

「そういえば、哲也くんが言ってたな。玲香さんの応対は、客をご機嫌にさせるんで好評なんだって。…そういう感じなのか。おおらかで、いいねえ」保も笑う。

「まあなあ、肩がぶつかったら怖いなと思う人相の社長より、可愛い秘書のほうが話してて楽しいもんな」

「玲香は可愛いだけじゃないよ。有能な社員だ」賢児が不機嫌そうに言う。

「いや、可愛いだけだなんて言うつもりはないよ。周子も彼女の人あしらいとか、気配りの仕方には感心してた。有能で可愛い秘書のほうが、コワモテの社長より人気あるだろうなっていう話だ」

 神妙な顔で涼一が訂正する。


「ところで涼一。賢児に謝れと言ったのは…もしかして石の件か?」

「親父…知ってたの?」驚いて保を見つめる涼一。

「ああ。あの時、中庭をはさんだ向かいの部屋から哲也くんが見ていて、ケンカしてるって、慌てて私に言いに来たんだよ」

「そうだったんだ…。全然知らなかった」

「え、何? 話が見えないよ」賢児が二人を交互に見る。

「おまえ、覚えてる? 昔、伯母さんの天珠に触って、天馬に突き飛ばされたこと」

「あ…うん。風馬が天馬を殴った、あれでしょ。

 でも、何でそんな昔の子供のケンカを、今さら風馬が謝るわけ? だって風馬は、天馬に突き飛ばされた俺をかばってくれたんでしょ」

「…そうじゃないから、おまえにわざわざ謝りに行ったんだよ」

 涼一は、風馬との一連の会話を、周子の件も含めて賢児に説明した。


「…そういうことだったんだ。そういや、紗由が言ってたもんな。石が怒ってて危ないとか、そんなこと。…でも、大丈夫なのかな」不安げな顔になる賢児。

「ああ。おまえに何かが起きるということは、ないそうだ。それはちゃんと確認した」

 涼一が言うと、賢児が首を振った。

「そうじゃなくてさ、風馬は結局、“弐の命”の見習いとして、伯母さんの下に就くんだろう? 最初から自分がやっておけば、天馬が死ぬこともなかったとか思って、自分を責めてるんじゃないのかな…。

 伯母さんも伯父さんも、自分たちの判断がいけなかったとか、そんなふうに思ってるかもしれない。そういう心のケアっていうか…」

「…そこまで確認しなかったよ。目の前のことで精一杯だった」憂鬱な顔でうつむく涼一。


「別におまえが自分を責める必要なんてない」保が静かに涼一に微笑みかける。「皆そうさ。そのとき一番大切だと思った人と自分のことで、いっぱいいっぱいだ。万人を救う責任を負う必要なんてない。大切な相手を守れれば、それでいいんだよ」

「ありがとう…」

「まあ、政治家としてはまずいかな、今の発言は。ここだけの話だぞ」保が笑う。

「兄貴。ごめん。俺、別に兄貴を責めるつもりじゃなかったんだ。兄貴は、紗由のこととか、龍のこととか、おまけに周子さんまで状態がおかしくなって、大変だったんだから…」賢児が申し訳なさそうに言う。

「正直、私も子供の時分には、随分悩んだ。姉さんを自分の身代わりにしてしまい、辛い思いをさせたからな。

 …だが、後悔だけしていても埒は明かない。風馬も“命”になる覚悟で戻って来たんだ。6年間、辛かったとは思うが、彼は彼なりに結論を出して前に進み始めた。我々に出来るのは、それを見守ることだけだ」

 保の言葉に涼一と賢児は、しばらく料理を食べ続けるだけだった。


「あ、あのさ…親父にお願いしたいことがあるんだけど」賢児が沈黙を破る。

「何だ?」

「…玲香とのこと、そろそろ、ちゃんとしたいんだ。清流に挨拶に行ってもらえないかな」

「わかった。私のほうから清流に連絡しておくよ。…賢児もいよいよ結婚か」

「ごめんな、賢児。俺のところがゴタゴタしてたから、なかなか話が先に進まなかったんだよな」頭を下げる涼一。

「そ、そんなことないよ。どっちみち、親父の選挙が終わるまでは、うちは身動き取れないんだからさ」

「本当にすまない」保も頭を下げる。

「二人ともやめてよ。…前屈するぞ!」

 賢児が叫ぶと二人が笑い出す。


「ところで挙式って、やっぱり神社かな」涼一が少し憂鬱そうに聞く。

「何で?」

「紗由が最近、和江さん相手に練習してるんだよ。シーツをドレスの裾に見たたて、後ろから持って歩いてる。トレーンベアラーってやつだよ。

 周子がそれを見て、教会かどうかわからないし、できるかどうかわからないって言ったら、窓ガラスが割れそうなくらいの声で泣かれた」

 疲れた顔で言う涼一。


「仮に挙式が神社だとしても、披露宴がある程度の大きさの会場なら、お色直しのドレスのときに、そういう子がいてもいいんじゃないか」保が言う。「この前行った披露宴だと、小さい女の子がフラワーガールをやってたしな。小さい子が活躍すると、客が喜ぶ」

「そういうのもありか…」涼一がしばし考え込む。

「…フラワーガールって何?」

「花嫁の前を、花びらを撒きながら歩く女の子だよ」

「ああ。あの、花咲爺さんみたいなやつね」

「爺さんて…おまえ、それ、絶対に紗由に言うなよ。怒られるのは俺なんだからな」眉間にしわを寄せる涼一。


「そんなことより、紗由の衣装代でも心配しておいたほうがいいよ。紗由のことだから、お色直しするって、絶対に言う」

「おまえ、そういうところ、無駄に勘がいいんだよな…」涼一は溜め息混じりに、肉を口に運んだ。

「だが、主役は玲香さんだからな。紗由には、ほどほどにさせろよ、涼一。

 …でもまあ、なんだかんだ言って、細かいことは鈴音さんと周子さんが決めることになるだろうな。両家とも母親がいないわけだから」

「何か、ものすごく段取りよさそうなペアだね」賢児がいう。

「おまえ、楽できていいなあ」

 三人は楽しそうに笑った。


  *  *  *


「“ほむら”様。少し不穏な動きがあるように報告がきておりますが」

 男が膝まづいてそう言うと、“ほむら”は窓の外を見たまま、振り返りもせずに答えた。

「そういう言い方は“命”様たちに失礼。不穏なのはこちら側だし」

 言われた男も、そういう“ほむら”の様子には慣れているのか、淡々と言葉を続ける。

「ですので、何か手はずを…」

「もう、ひとつは仕掛けを撒いてある…心理的揺さぶりってやつをね。

 あと、これからいくつか撒くから、それで様子を見て。

 でもその後、直接危害が及ぶようなことは、絶対にやめるように。彼らは取替えのきかない貴重な財産なんだから」

「承知いたしました。次のご指示をお待ちしております」

“ほむら”は座っていた椅子の向きを机のほうへ向け、引き出しを開けると、軽く額を押さえた。「…はいはい。わかったよ。ちゃんとやるから」

 言われた男はすぐにその場を下がった。


  *  *  *


 学校から帰ってきた翔太がポストから郵便物を持ってきた。

「おかん! 玲ちゃんに絵葉書来とるで。…あれ、どっか出かけるん?」

「旅館組合の会合よ。お昼はおとんにお願いしておいたから。…でも、郵便物がこっちに来るなんて珍しいわね」

 鈴音が葉書の差出人を見ると、“戸梶奈津代”という名前が記されていた。住所はない。文面も“おめでとうございます”の一言だけだ。

「聞いたことない名前だわね…まあ、いいわ。電話してから転送するわ」


「“おめでとうございます”って、結婚のことやろか」

「正式に日取りが決まるまでは言わないことになってるから、玲ちゃんもまだ人に話はしてないと思うんだけど…」

「だよなあ。でも、この花きれいやな」

 絵葉書には黄色い花の写真が載っていた。

「そうね。4枚の花びらがクローバーみたいだわ」

「おかん、忙しいやろ。俺が電話しとくわ」

「ありがと。じゃあ、お願いね」

 鈴音はそう言うと、旅館組合の会合へと出かけて行った。

“これ、なんや気になるなあ。早めに電話しとくか…”翔太は玲香に電話をかけた。


「あら、翔太。どうしたの、こんな時間に」

 電話してくるときは、仕事時間を避けてくる翔太が、昼前に電話してきたので、玲香は少々びっくりした。

「あんな、玲ちゃん宛てに絵葉書届いてるん」翔太は届いた葉書について説明をした。

「うーん、心当たりないわね、その人」

「おかんが後でそっち送るて」

「わかった。ありがとう」

「あんな…なんか、この葉書、気になるんや」

「気になるって、何が?」

「このお花や。このぴかぴか、どこかで見たような気がするんやけど…」

「思い出せないの? 珍しいわね、翔太にしては」くすりと笑う玲香。

「なんやこう、思い出そうとすると、もやもやもやーってなるねん。霧みたいちうか」

 電話の向こうで翔太が考え込んでいるのが、玲香にもよくわかった。


「無理しなくていいわよ」

「あ、それとな。もういっこ、言うといたほうがええかもしれん」

「何?」

「保先生の前の大臣さんで、四辻さんいう人おったやろ」

「ええ。お亡くなりになった…」

「あの人な、“命”さまやったん。“命”さまがそう言ってた」

「四辻先生が? じゃあ、やっぱりあの羽龍と水晶は四辻家のものなのかしら」

「そうだろうて言うてた」

「そうだったの…。あの後、私は直接お話する機会がなかったから、知らなかったわ。ありがとね。そうだわ。お手数だけど、その花の写真、今、写メで送ってくれる?」

「うん、ええよ」

 玲香は、その葉書の存在に、何かぼんやりと引っ掛かりを感じながらも、翔太に礼を言うと電話を切った。


  *  *  *


 直行先から帰社した賢児から、夕べの保や涼一との会食時の話を聞いた玲香は答えた。

「そうですか。私も神前かなあと、ぼんやり思っていたので、ドレスを着るのは披露宴のときかと…。でも、紗由ちゃんがお手伝いしてくれたら、お客様もきっと大喜びですよね」

「そう言ってくれると助かるよ」賢児がホッとしたように笑う。

「先生のおっしゃるように、フラワーガールがいいかもしれないですね。

 トレーンベアラーは後ろ側になるので、会場の大きさとか通路の具合によっては、お客にちゃんと見えない場合もありますし。

 あ、そうそう。トレーンベアラーって、正式な衣装は花嫁と共布で作ったドレスなんですよ。フラワーガールも、そうできるなら、紗由ちゃんとおそろいのドレスにしちゃおうかな」

 玲香がふふふと笑う。

「それ、実現したら紗由大喜びだろうなあ。…でもさ、まずは玲香が喜んでくれるのが一番だから。ドレスは洋子おば様にお願いすれば、きっと気に入るのを作ってもらえるよ」

「はい。周子さんにお願いして、ご相談してみます」


「どうせなら、翔太にも何か手伝ってもらえるといいんだけどな」

「そうですね…神前のときに指輪交換をしないなら、披露宴会場でそれをやって、そのときにリングボーイをさせるという手もあります」

「それって、結婚指輪を運んでくる男の子? いいかもな。翔太だったら、きっと燕尾服だろうな」賢児がくすりと笑う。

「そうですね。式のときは袴紋付でしょうから、お色直しですね」玲香も笑った。

「子供たちのコスプレショーのほうが、おじさんたちの長いスピーチより受けそうな気がするし、ここは本格的に衣装をそろえてもらうか」

「賢児さまってば」玲香が笑う。「あ…そうだ。さっき翔太から電話があったんですけど…」

 玲香は電話の内容をつぶさに説明した。


「その“戸梶奈津代”という人、全然覚えがないんです。それに、“おめでとうございます”と言われるようなことって、賢児さまとの結婚しか思い当たらないんですけど、まだ親しい人間にも話していませんから…。

 うちの人間もそうです。先生にご迷惑がかかってはいけないので、日程が全部決まるまで口外しないようにということになっています」

「俺も知らないな、その名前」

「はい。それと気になったのは、表の写真の花です」

「花?」

「はい。メールで写真を送ってもらいました。これです」

 賢児が玲香のスマホを覗き込むと、そこには鮮やかな黄色い花の姿があった。

「…あれ。これって、もしかして…」

「さっき調べたら、カリフォルニア・ポピーというケシ科の植物のようです。和名は…花菱草。4枚の花びらの形が花菱紋に似ているので、そう呼ばれているそうです。四辻家のご紋の花ですね」

「おじさんの秘密の花壇に咲いてた花だ…」

「ご存知なんですか」

「小さかった頃、四辻のおじさんに見せてもらったことがある。きれいな黄色だなあって思った。そんな名前なんだ…」


 四辻家の紋である花菱模様の巾着袋のことを思い出す賢児。

「花言葉は“私の希望を叶えてください”“私を拒まないでください”だそうです」

「これまた意味深だね。おじさんが“命”だったというのも気になるし…」

「なんだか、ひとつわかると、二つ謎が増えるみたいな感じですね」玲香が小さく肩をすくめる。

「そうだなあ。…それにしても、きれいな黄色だ。きっと、この花のぴかぴかは、おじさんみたいに、まっすぐで透明感のある色なんだろうなあ」

「翔太がちゃんと思い出せないというのは、何か引っ掛かります。思い出そうとすると霧がかかるみたいになるって、まるで記憶を封じられているみたいですよね…」眉間にしわを寄せる玲香。

「記憶を封じる…?」

「周子さんが、以前、龍くんを助けた事故の記憶に関して、そんな表現をなさってたので…」

「記憶を封じるっていうのも、最近聞くフレーズなんだよなあ」

「何かあったんですか?」

「うん、実は先日、兄貴がさ…」

 賢児は玲香に、周子の身に起きていた一件についての説明を始めた。


  *  *  *


 週末、周子の元に挙式の相談で玲香が訪れると、キッチンからは甘い匂いが漂ってきていた。

「アップルパイですか?」

「ええ。鼻が利くのね、玲香さん」周子が笑う。「紗由の幼稚園のお友達が3人遊びに来てるの。そのおやつよ。もちろん、玲香さんのぶんもあるから」

「わあ、楽しみ。…でも、お客様がいるときにお邪魔してしまって、よろしかったんですか?」

「大丈夫よ。彼女らは今、賢ちゃんのリビングで“大きいお姫様”を見てるわ。そろそろ終わる頃だから、皆でここでお茶にしましょう。

 彼女たちのお迎えが来て散会になったら、賢ちゃんと涼一さんと、4人でゆっくり相談しましょうね」

「わかりました」


 しばらくすると、涼一と賢児が、まるで幼稚園の引率の先生のように、女の子4人を引き連れて母屋のリビングにやってきた。

「うわあ。いいにおいがするねえ」

 嬉しそうに声を上げたのは、紗由の横にいた久我真里菜だ。

 以前、賢児のところに縁談を薦めに来た久我夫人の孫娘だった。両親は賢児の幼馴染で、幼稚園から高校までの同級生だ。

「アップルパイが出来上がったところよ。みんなで食べてね」


 周子が席に着いた子供たちに微笑むと、真里菜の隣に座った女の子がハキハキとお礼を言った。「おばさま、ありがとう!」

 彼女は織田綾乃と言い、他の3人よりひとつ年上だった。祖父は保の事務所の税理士で、龍とは同じバイオリン教室へ通っている。

「かなこも、だいすきです。ありがとうございます」

 少し小さい声で恥ずかしそうに挨拶したのは、四辻奏子だった。

 保の親友で前の外務大臣、故・四辻奏人の孫娘だ。その名前を一文字取って“かなこ”と名づけられている。彼女の父親は、涼一の大学の同級生である。


「そちらのお姉さんはどなたですか?」

 綾乃は玲香に気づくと、年上らしく、真里菜や奏子を代表して質問する。

「高橋玲香と言います。初めまして」

 玲香が丁寧に挨拶をすると、紗由は3人を紹介し、さらに彼女たちに向かって、玲香のことを説明をし始めた。

「れいかちゃんはね、けんちゃんのおよめさんなの」まるで自分が花嫁であるかのように、誇らしげに言う紗由。

「わあ。およめさんなんだあ。いいなあ…」

 真里菜がうらやましそうに玲香を見つめると、他の二人からも同様の視線が送られてきた。

「みんなも大きくなったら、なれるわよ」周子がパイとジュースを配りながら言う。

「アップルパイだ!」

 真里菜が叫ぶと、皆の興味は途端にアップルパイへと移った。やはり、まだまだ食い気優先らしい。


 わいわいとしゃべりながら、楽しそうにパイを頬張る少女たちを見ながら、玲香が賢児に囁く。

「可愛い子ばかりですね。それに、名前だけ聞いていても、すごいセレブ感があるというか」

「ははは。そうだな。皆、一家でお世話になっている家の子ばかりだから、披露宴のときに彼女たちの親族とは、また会うことになると思うよ」

 賢児は3人の子のバックグラウンドや特徴を玲香に説明する。

 それによると、真里菜は紗由の親衛隊隊長。すぐに紗由の真似をしたがり、おませな甘えん坊。

 綾乃は委員長タイプで、このメンバーの面倒を見なければと思っていて、どうやら龍に気があるらしい。

 奏子は控えめで恥ずかしがりやだが、やさしい子。紗由によれば、龍は彼女にいちばんやさしい。


「まりりんのおリボン、かわいいねえ」紗由が、ポニーテールをした真里菜のリボンに、そっと触れる。

「さゆちゃんのレースのおリボンがかわいかったから、まねしてレースでつくっちゃった」うれしそうに笑う真里菜。

「すごくにあってるね」奏子がはにかみながら言う。

「このもようね、まりりんのおうちのマークなんだよ」

 真里菜のリボンは、花がモチーフになっていて、星のように五角形に配置されていた。

「りんどうっていうお花なんだって」

「まりりんのお家はお花のマークなのね。うちはね、蝶々よ」綾乃が言う。

「うちは、おまつりのマークだよね。かあさま」

「そうよ。巴と言って、お祭りのお神輿や太鼓なんかに、よく付いてるわね」


「かなこちゃんちは?」

 紗由が聞くと、奏子は自分のバッグから、ティッシュ入れを取り出した。

「これ…」

「あ! これ、このまえのふくろとおんなじだ! おひなさまのおかしのもようだ!」驚いて叫ぶ紗由。

 奏子の見せたそれは、先日涼一が買ったかごに入っていた巾着袋と、明らかに同じ布で出来ていた。

「あら、本当…」

 覗き込む周子の後ろから、賢児と玲香も近づく。

「わあ、可愛いティッシュ入れねえ。作ってもらったの?」玲香が奏子に尋ねる。

「はい。ママがつくってくれました。ええと、これもです」ハンカチも取り出して見せる奏子。

「ハンカチもあるんだ。すごいね」真里菜も覗き込む。

「…あとは、おうちに、エコバッグとか、おおきいティッシュのカバーとか、いろいろあります。ハンカチとティッシュのは、おにいちゃまとおそろいです」頬を赤らめながら言う奏子。


「まあ、翼くんとおそろいなの。いいわねえ」

 翼というのは、奏子の4歳上の兄だ。

「…そうだわ、奏子ちゃん。この前のバザーのときに買ったかごの中にね、これとお揃いの生地の袋があったの。もしかしたら、奏子ちゃんちからのお品だったのかしら」

 周子が聞くと、奏子は首をぷるぷると横に振った。

「これは、おうちのひとだけでつかうので、バザーにはだしません。バザーは、おさらのセットと、パパのふるいパソコンをだしました」

「そうなの。…じゃあ、奏子ちゃんのお家のものじゃないのね」

 玲香が微笑むと、奏子はこっくりと頷いた。

「ふうん。そっくりなのになあ。おいしそうなかたちだし」

 ひな祭りの菱餅を思い出しながら、どこか納得が行かない様子の紗由。


「エコバッグって、いいわよね。わたしも蝶々の布でバッグ作ってもらおうかしら」

 少しませた口調で綾乃が言うと、真里菜が提案した。

「じゃあ、みんなでマークのバッグ作ってもらおうか!」

「じゃあ、紗由は太鼓のバッグだな」

 横から賢児が面白半分に言うと、紗由が泣きそうな顔になる。

「…かあさま。おうちのマーク、もっとかわいいのにして!」必死の形相で周子の袖をつかむ紗由。

「筒型のポシェットがあるんですから、太鼓の形もありですよね。ちょっと長めの太鼓にして、樽型っていうか…」

 玲香がバッグから、いつもアイデアメモ用に持ち歩いているB5判のノートを取り出し、サラサラとラフスケッチを書いて見せた。

「紗由ちゃん。こんなのはどう? 真ん中のボタンにワンポイントとしてマークを入れるの」

「これならいい!」うれしそうな紗由。


「いいなあ、さゆちゃん。まりりんも、こういうのほしい」

 真里菜がうらやましそうに言うと、玲香は皆に言った。

「じゃあ、みんなのバッグも考えてみましょうか。まりりんちゃんのマークは、りんどうのお花なのね…」玲香がスマホで画像を検索する。「じゃあ、丸いバッグにして…それに大きくお花をつけましょうか」

「さゆちゃんと、おそろいがいい…」

「じゃあ、紗由ちゃんと同じ形の色違いにして、ボタンのところにマークを刺繍するのはどう?」

「うん! それがいい!」うれしそうに返事をする真里菜。

「綾乃ちゃんのお家のマークは…」続けて画像を検索する玲香。「横向きの蝶々なのね。ボタンにマークを刺繍するのと、丸いバッグにして、大きい蝶々をくっつけるのと、どちらがいいかしら?」

「大きい蝶々がいいです!」綾乃もうれしそうだ。


「奏子ちゃんのは…そうだわ。このマークね、花菱っていう名前なんだけど、花菱草っていう黄色いお花があるの。…ちょっと待ってね」玲香が翔太から送られてきた画像を見せる。「ほら、このお花よ。これを丸いバッグに付けましょうか」

「あ…」奏子が短く声を上げた。

「わあ。きいろいおはな、かわいいねえ!」携帯を覗き込んでいた紗由が叫ぶ。

「あの、あの、これでおねがいします!」はにかみやの奏子も、大きい声でうれしそうに答えた。

「はい、わかりました」にっこり微笑む玲香。

 少女たちはそれから、わいわいがやがやと、自分や友達のバッグについて話しあい、楽しいおやつのひとときは過ぎて行った。


  *  *  *


「ありがとう、玲香さん。…でも、大変じゃない? あんなバッグ4つも作るの」

「大丈夫です。私の技術で無理そうなときは、弦子叔母さんに応援を依頼しますから」にっこり笑う玲香。

「悪いわ、そんな…」

「大丈夫です。先生の後援会副会長のお孫さん、後援会税理士のお孫さん、先生の親友のお孫さん。これだけ揃ってるんですから、叔母が断る理由がありません」きっぱりと言い切る玲香。「それに…」

「何?」

「奏子ちゃんのバッグには、この絵葉書のコピーを入れて、これを参考にしましたというメッセージを先方に差し上げようと思うんです」

「絵葉書って?」

 周子が尋ねると、玲香は先日、実家に届いた絵葉書を取り出た。


「そんなことが、あったの…。それに、四辻先生も、そうだったなんて…」

「私のところに届いたものではありますけれど、やっぱり西園寺の家と何か関係があるように思えて仕方ないんです。

 涼一さんは、先日の羽龍や水晶の件もあまり深入りしないほうがいいというご意向のようでしたけど、私、機会があったら先方に確認してみたいんです」

「そうね。私も気になるし、涼一さんにはこのこと話しておくわ」

 周子は難しい顔で、絵葉書を見つめた。

「それから、もうひとついいですか。四辻家の方々のお名前を、もう一度教えていただきたいんです」

 玲香は何かを確信したかのように、周子に微笑んだ。


  *  *  *


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