表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/17

09.「きみが行かなければ、彼女は独りだよ」

 応接間の扉を乱暴に開ける。

 そこに、椅子に座る義姉の姿を見て、死に姫はその場で崩れ落ちた。



 よかった。全部、ちゃんと、無かったことになった。



「シンデレラ、どうしたの?」

 義姉が、多少疲れた顔のまま訊ねる。

「どうしたの、って……どうしたの、も何も……あんたが……」


 死んで、しまったから。

 あたしではないのに、死んでしまったから。


 込み上げてくる涙を、気力で堪えた。泣いたら負けだ。誰に対してかはわからない。でも死に姫は、これまでずっとそうしてきた。涙を見せてはいけない。

 だって死に姫が泣いたら、それはもう紛れもなく救いようのない悲劇になってしまって、彼ら(・・)はますます悲しむ。


「ごめんね、気にさせてしまった?」

 義姉の声に引き戻される。現在と過去の間で、意識が混濁していた。

「全っ然! ていうか、余計なことしないでよね!」

 義姉は、『義姉』として正しい行動をしたに過ぎない。死に姫がそうしろと言ったから、彼女はそう行動しただけだ。それを素直に認めることもできずに、死に姫はふいっと顔を背けた。

 そんな彼女を引き留めるように、義姉は手を伸ばし、死に姫を抱き締める。


「ちょっと、やめてよ子供扱い! あたしはあんたの妹じゃないんでしょ!?」

「うん。子供扱いでも、妹扱いでもないよ。貴方が無事で、私が嬉しいだけ」

「あたしは嬉しくない! あたしは、……あたしが死ぬので、満足なの!」

「シンデレラ」


 咎めるような声だった。その続きを聞きたくなくて、死に姫は彼女の腕の中で暴れる。

「違う。その名前で呼ばないで! お姫様なんて柄じゃない!」



「……じゃあ、なんて呼べば良い?」



 静かな声に、ぴたりと止まる。



「貴方の名前は?」

「あたしの、名前は」



 背後でガチャ、と音がした。

 瞬間的に我に返る。自分の発言や行動に、サッと青褪めた。言わなくてもいいことを言ってしまった。その事実から逃げるように、無理やり腕を引き剥がして部屋を飛び出す。


「おい、お前顔が真っ青――」

 背後から魔法使いの声がした。入ってきたのは彼だったのか。しっかり確認することもないまま、死に姫は走る。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「なんだよ、あいつ……」

 思えば先程ゲームオーバーする前からおかしかった。おかしいと言えば、シンデレラの義姉もそうだ。あれは全くの別人だった。

 まさか、何かあったのか。部屋の中にいる義姉へ視線を向ける。彼女は困ったように笑っていた。いつもの彼女のように見える。


 ぽん、と肩を叩かれた。

「行かなくて良いの?」

「は? なんで俺が。あんたが行けばいいだろ。俺とじゃ精々喧嘩して終わりだっての」

 前回だって、二人でアイコンタクトをしていた。さぞ仲が良いのだろう。少なくとも、自分よりかは、余程。


「それで良いの?」

 良いも何も。そう言おうとして、先手を取られる。

「生憎、僕は()くない。僕は彼女に話がある。シンデレラのところには行かない。きみが行かなければ、彼女は独りだよ」

「……脅しかよ」

 そこまで言われて行かなかったら、自分はただの人でなしだ。しかし同時に魔法使いは安堵した。少なくともそれは、魔法使いが走る理由にはなる。


 王子が何をそんなに義姉と話したいことがあるのか、疑問は残るが、深く突っ込む気もなければ、正直時間も無かった。

 ちら、と廊下の先を見る。死に姫の姿は見えなかった。チビのクセに、足は速い。

 王子は既に部屋に入り、椅子に座る義姉に視線を合わせるように、片膝をついている。一言、二言、何かを確認しているようだ。先程の言葉は嘘ではないのだろう。

 チッと舌打ちを放ち、魔法使いは死に姫の後を追い始めた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……行ったね」

「そうね。行ったわ」

 魔法使いを見送ってから、二人は顔を見合わせる。

「劇の途中、きみがまるで別人になったこと、憶えてる?」

 義姉は驚きで目を見開いてから、ふるふると首を横に振る。

「私が? どんな風に?」

「役がそのまま、乗り移ったように」

 その言葉に、しばし悩む。自分の記憶を辿り「確かに、記憶が」と頷いた。


「途中からやけにぼんやりしているの。あれは……私が『シンデレラの義姉』になろう、と思った瞬間だったわ」

 そう振る舞おう、そう在ろう、と決意した。直後、意識がふっと遠退いたのだ。そこからのことはよく憶えていない。


 ただシンデレラへ向かって倒れていく鎧を見て、急に身体じゅう、指先にまで、血が通い始めた。実際はもう死んでいて、血なんて流れているはずがないのだが。自由になった身体と、ぼんやりした心をそのままに、やりたいことをした。

 つまり、シンデレラを助けようと動いた。

 いくら既に死んでいるとはいえ、否、もう死んだからこそ、もう死ぬのは嫌だろう。

 何より自分が、彼女が死ぬシーンを見たくなかった。

 先程見たばかりのシンデレラの表情を思い出す。義姉がシンデレラを庇ったこと、それが逆に彼女を苦しめているようだった。


 でも。


「自分が死ねばそれで満足、なんて……そんなの嘘よ」

「きみもそれで死んだんだから他人のことは言えないと思うけど、……それ、彼女が言ったの?」

「ええ」

「そうか」

 短く返事をし何かを考え始めた王子は、しかし気持ちを切り替えたように真っ直ぐに義姉を見た。



「なんにせよ、きみの行動でわかったことがある」



 勿体ぶった言い方に、このゲームのことが何かわかったのかと期待を込めて彼を見つめ返す。


「ひとつ、役に入り込み過ぎるのは危険。きみ自身は知らないだろうけど、あれはかなり異常だった。シンデレラが取り乱す気持ちはよくわかる。もしかしたら、今いるNPCも……いや、これは考え過ぎかな」


 そんなに変だったのか。戸惑う義姉に追い打ちを掛けるように「あの子に向かって愚図とか言ってたよ」と言う。ぎょっとした。いくらなんでも、それはひどい。確かに本物の『義姉』ならそのくらい言いそうだが、でもひどい。

「私、そんなこと言ったの!? 大変、すぐ謝らないと!」

「藪蛇だからやめて。彼女が気にしてるのは、それじゃないだろうし」

 腰を浮かしかけた義姉の肩にすかさず王子は手を乗せ、押し戻す。


「あと正直、きみはもう何もしないで。自分のトラウマに集中してくれたらそれで良いから。お嬢さん、更に混乱してる」

 王子の声に本気の色を読み取り、義姉は萎れた。どうやら自分の行動は、全てが裏目裏目に出ているようだった。

「もうしないわ。それに、もう彼女にそんなひどいことも言わない。やっぱり私にはこの役は合っていないのね」

 深く、深く実感した。状況を掻き回したことも猛省する。



「……ふたつ、どうやら彼女を庇って別の誰かが死んでも、ゲームオーバーらしい」


 つまり彼女だけを生かして、どうにかして城まで連れて行く手段も、無理やり中に侵入する手段も不採用。淡々と話す王子に、「貴方はそんなこと考えていたの……?」と義姉の顔が引き攣った。

「そりゃあ、ねえ。いくら僕でも、あんな小さな子ばかりを死なせて平然としていられる程、非情じゃない」

 だからといって、他の者が死んで良いという話でもない気がするが、これに関してはもう義姉はどうのこうの言える立場ではない。現に自分が、そうした。その場で反射的に動いた結果とはいえ、後々考えてみると根底には同じ想いがあった。


 それから、あんな小さい子、という表現は、本人の前では禁句だろう。間違っても口を滑らせないよう、後で釘を刺しておこう。



「で、みっつ。細かいこと言うと他にもいろいろあるんだけど、大きいことはこれが最後」

 居住まいを正し、言葉を待つ。

 す、と息を吸った彼は、ゆっくりと微笑むと困ったように眉尻を下げて、口を開いた。



「――どうやら僕は、きみが死ぬのも嫌みたいだ」




ハッピーバレンタイン♪

読んで頂き、ありがとうございます。


せっかくなので、女性陣から男性陣へチョコを渡してもらいました。

(本編がシリアス真っ只中なのに……)



★死に姫→王子

「ん」

「ありがとう」

「……言っとくけど、味の保証はしないからね!?」

「うん、大丈夫。わかってる」

「ちょっと、それどういう意味よっ!」


★死に姫→魔法使い

「…………」

「その『うわーこいつにあげんのマジ嫌』って顔、やめねぇ?」

「わかってんなら手を出さないでよ」

「貰ってやるってんだから、むしろ感謝しろ、チビ」

「は!? あたしが恵んでやるんだから、感謝するのはそっちでしょ!?」


★義姉→王子

「はい、どうぞ」

「ありがとう。……これ、義理チョコ?」

「そうだけど。もしかして義理チョコは受け取らない主義?」

「違うよ。本命なら嬉しいなって思っただけ」

「う……!?」


★義姉→魔法使い

「はい、魔法使いさん」

「おーあんがと。初チョコ!」

「あら、シンデレラから貰わなかったの?」

「貰ったっつーか、投げ付けられたっつーか。あれはノーカンだろ。ほんとあいつもうちょっと可愛げがあればなー」

「頑張って作ってたから、大事に食べてあげてね」

「…………まじ?」



以上、お粗末さまでした!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ