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05.「……嘘くさ」

 あるところに、灰かぶり(シンデレラ)と呼ばれる優しい少女がおりました。

 これは、彼女が王子さまに出逢う物語。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




『灰かぶり!』

 偽りの名前で呼ばれた死に姫は、げんなりとした顔で「はあーい」と気怠げに返事をした。


 彼女を呼んだのは、所謂(いわゆる)NPC(ノンプレイヤー)という存在だ。劇中は動くし叫ぶし怒鳴るけれど、意思は無い。表情も動くけれど、よく見ると、目だけは感情が灯っていない。だから傍目から見ると猛烈な違和感と恐ろしさを覚える。

 どちらにせよ、あまり目を合わせたくない存在であることに変わりはない。


 ずんずんと激しい足音を立てながら近付いてくる『継母』からふいっと顔を背けた。こちらがどんなに勝手な行動を取ろうと、NPCの行動は変わらない。『シンデレラ』がそこにいることは認識できても、『死に姫』がどういう表情をして、どういう態度を取っているかまで認識する能力は無い、というのが死に姫の見解だ。



『貴方、まだちんたらと掃除をしているの!? やだ、ここ、まだ汚れているじゃない! 遅いくせに丁寧さも足りないなんて、なんて愚図なのかしら! あぁ嫌だ、いったい誰に似たのか!』


 きゃんきゃん吠えるような甲高い声が、死に姫は苦手だ。さっさとこのシーン、過ぎ去ってくれないかな、と思う。回避不可なのが辛い。一度見た会話をスキップする機能がついていたらいいのに。


「うるさぁ……」

『いいこと、玄関ホールの掃除も今日中に済ませておきなさいよ!』

 ドン、と突き飛ばされて尻餅をつく。死に姫が起き上がるよりも早く、きゃんきゃん声が離れていく。


 予想していた衝撃には、やはり痛覚は働かない。感覚が無いことには、いつになっても慣れない。どこかで聞いたことがある。痛い、という感覚は、人が人として生き、危険を回避するために必要な能力なのだと。生前の痛みは、確かに死に姫が生きていた証だった。今は死んでいるのだから、その能力は不要だ。故に今の死に姫には痛覚は必ずしも必要ではない。そう並べると、一応の筋は通る。

 とはいえ生きてきた期間の方が余程長いため、違和感を覚えるのは当然とも言えた。そちら側で身体も思考も慣れているのだから。


 ――他の三人には、まだ痛覚があるのだろうか。


 ふとそんなことを考えた。訊けばすぐに答えを得られる疑問だが、生憎、死に姫は彼ら三人と然程仲が良いわけではない。死に姫だけではなく、他の三人も特定の人物と仲が良いように見えない。全員が全員、どことなく他者に壁を作っている。この状況下なので、仕方ないといえばそれまでだが。

 ゲームクリアを目指していなければ、死に姫とてわざわざ関わり合おうとはしないだろう。


 ……というよりも。

 死に姫は、同世代の人間とコミュニケーションを取る方法に関して、知識も経験も著しく乏しい――そもそも、見た目の年齢と中身が釣り合っているのかもわからないので、本当に同世代なのかも確証が無いのだが――。

 正直に零せば、どう踏み込むべきかわからない、というのが本音である。

 もっと強い本音を言うなら、自分は踏み込まれたくないし、可能な限り相手にも踏み込みたくない。


 滔々とそんなことを考えていた死に姫の前に、噂をしていた張本人――シンデレラの義姉が現れた。強張った表情は、目に感情が無いNPCよりも不自然だった。

 特に前回からの改善点は見られない。あの王子、さぼったな。自分のことは棚に上げ、死に姫は心の中で王子を罵倒した。


「し、シンデレラ……! あな、貴方は何を、しているのです、か!」

「掃除ですケド」

「うぅ、そうよね。見ればわかる話よね」


 普通の会話になってしまった。


 早速崩れ始めたシナリオを前に、死に姫は一人、大変小さく息を漏らした。まあ、こうなるのだろうと、わかっては、いた。


『灰かぶり、掃除が終わったら、この刺繍もちゃんとやっときなさいよ。貴方、そのくらいしか取り柄無いんだもの』


 意思を持つ義姉は、上の義姉だ。今、義姉の隣で自然な(・・・)意地悪な顔をしているのは、NPCである下の義姉だった。例によって目に感情は灯っていないが。NPCがPCよりも演技力が高いとは、これいかに。

 もう一人の義姉を、はいはい、とあしらう。それに頓着した様子は無く、下の義姉は真っ白いハンカチを投げ付けると離れて行った。


「いつ見てもひどい人ね。シンデレラ、気を落とさないでね」

「落とすわけないでしょ。あんなの、あたしに言ってるわけでもないんだから。――それより、役! あんたも義姉でしょ!」

「あ……」

「あ、じゃないわよ」


 がっくり項垂れる。もう文句を言うことも疲れた。もういい、行くわ。と死に姫は床に転がった箒を手に取る。



 ――ぐるり。世界が歪んだ。

 箒を手に取る。この行為が、『場面転換』のスイッチだ。

 ぐるぐると慌ただしく世界が変化する。必要な登場人物だけを残して。一時退場となる義姉の姿も、揺らめく背景と混じって消えた。



 次に死に姫がいたのは、屋敷の玄関ホールだった。幼い頃に読んだ絵本には、シンデレラが鼠を傍に置いて楽しげに会話やら裁縫やらをしている挿絵があったような気がしたのだが、一人シーンだからなのかなんなのか、カットされている。そういえば、今のところ鼠のNPCにも会っていない。

 あの鼠、魔法で何かに変身するのではなかったか? 役の頭数、足りなくなっても大丈夫なのだろうか。


 ややあってから、継母と義姉たちが舞台に出現する。彼女たちが舞踏会に向かうシーンが始まった。

 悪態を吐く継母と下の義姉、それから必死に意地悪そうな顔を浮かべようとして盛大に失敗している――口を尖らせ、顎を反らせているが、目に涙を浮かべている時点でアウトだ――上の義姉をぞんざいに見送りながら、はて、と死に姫は考え続ける。

 ばたん、とドアが閉まる。


 再び、場面転換。

 昼が夜に。屋敷の中から、屋敷の庭に。著しく変わっていく景色を眺めながら、死に姫は嘆息する。


(……なんにせよ、魔女が魔法使えなければ同じことか)


 いつも通り魔女らしい要素がひとつもない魔女を睨み付ける。魔女と言われるよりかは、村人Aだと紹介された方が余程納得できる格好。ちょっと、と文句を言う前に、やる気の無さそうな声が響いた。


「んじゃ、魔法掛けまーす」

「……できんの?」

 疑わしい。顔を歪める死に姫の前で、魔女は人差し指で空中にぐにゃぐにゃした絵もどき(・・・)を描きながら、きっぱり言い切る。

「ハッ、できるわけねぇし」

 ぴた、と指が止まる。案の定、死に姫にはなんの変化も訪れなかった。


 ――それでも、物語は進む。たとえ登場人物を置き去りにしてでも。


 どこからともなく現れた馬車が、真っ直ぐに死に姫に向かってくる。あぁ轢かれるな、と死に姫は鼻で笑った。今回もそれがラストか。芸がない。


 魔法で発生し損ねた馬車というアイテムを無理やり追加したシンデレラのストーリー。無理に無理を重ねたことで生じた齟齬を埋める(リセットする)のは、死に姫の死亡エンドだ。

 目前に迫る自らの死を冷静に眺めていた死に姫の腕を、ぐいと引いた者がいた。魔女だ。

 結果、死に姫が轢かれることはなく、彼女の目の前で馬車は止まる。


「……ちょっと」

「なんだよ。避けれるなら、避けりゃいいだろ」

 ……確かに、それはその通りだ。む、としながら魔女の手を振り解き、馬車に乗り込む。

「ま、これが無事に城に着けば――」

 いいけど、と憎まれ口を叩いている間に、外の風景が目まぐるしく変わった。魔女のシーンから次に進んだことが無かったので、場面転換のスイッチが入るタイミングがわからなかったのだ。


 なるほど、馬車に乗ることがスイッチか。城にはそのままジャンプするようだ。

 御伽噺に移動中の話は不要ということらしい。


「王子の初登場が叶うかもしれないわね」

 感慨深い――気持ちは一切無く、ただなんとはなしに呟き、馬車を降りる。目の前には豪華絢爛な城が立ち聳えていた。城の入り口である大きな扉まで続く階段は、存外に長い。本家のシンデレラはここを踵の高い靴(しかもガラス製)で駆け降りて行ったのか。王子に追いつかれもせず、転びもせず、よくぞ逃げ切れたものだ。

 見上げれば、城全体がキラキラ光っている。比喩ではなく、そういうエフェクトが施されていた。


「……嘘くさ」

 ぼやきながら一歩踏み出したところで、死に姫は今の自分の格好を思い出した。継ぎ接ぎで作られたボロボロの服、動きやすさ重視の使い古された靴。これで城に入って、ストーリーとしては、成り立つのか。


 ――まあ、元々成り立っていないことが多過ぎる。今更気にする方がおかしいか。


 それこそ何かしらの物語補正が入るだろう。その効果を期待して、死に姫は自分の服装に関して気にしないことに決めた。

 ……が、それは少々甘い考えだった。


『おい、お前! 今日、ここでは大事なパーティが開かれるんだ! お前のようなみすぼらしい格好の娘が出入りできるようなところではない!』

 階段の下にいた兵士が一人、死に姫に槍を向ける。その鋭さに死に姫はぽかんと呆けた。

「……は、なに?」

『おまけに、言葉遣いも汚い。お前のような下賤な者を王子に近付けるわけにはいかん!』


 なんでここだけ、話が通じるんだ。


 死に姫(・・・)に向けられた侮蔑の視線に顔を歪める。仕方ないでしょ元々こういう性格よあんたに関係ないでしょ余計なお世話よ、と心の中で反論する。口にはしなかった。しなかったというよりもできなかった。


 一突き。

 痛みは、やはり無かった。腹に穴を開けた槍の先端が、自分の身体から離れていく。シュールだ。血は一滴も流れ出てこない。ああ、死んでいるからか。妙に自然に納得する。

 痛みは無いのに、力が入らなかった。自分の身体なのに、自分の身体ではないような錯覚。麻酔が効いている時みたいだな、という感想を抱いたが、笑うことさえできず、電池の切れた玩具のように地面に崩れ落ちた。




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