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03.「どんだけ面倒なお姫サマなんだよ」

「何やってんの、お前」

 凪いだ心を逆撫でしてくる声が降ってきた。後ろでも、前でも、左右でもなく、上から。

 驚いたことを悟られるのも癪で、あえてゆっくり振り向くと、木の枝に座る魔女の姿があった。


「あんたこそ何してんの」

「見てわかんない?」

 鼻で笑う男に、こいつはいちいちこういう物言いしかできないのか、と頰が引き攣る。

「わかるわけないでしょ」

「へぇ」


 答える気は無さそうな魔女から視線を外す。相手にするのも鬱陶しい。舌打ちしたくなる。しかし寸でのところで我慢したのは、目の前の彼が、自分の担当(・・)だということを思い出したからだった。まったくもって、あの王子、面倒な方を押し付けてくれた。

 途方に暮れ、さりとて離れることもできず、再び静止画像のような風景を眺める。先程までは自分の心を落ち着けてくれたソレは、今度は効果を発揮してくれなかった。



 お互い不干渉を貫く。

 折れたのは、意外にも魔女の方だった。



「立ったままだと疲れねぇ?」

 死んだ身でありながら、疲労感、というものが身体(・・)に蓄積されるなんて、ちゃんちゃらおかしい。けれども指摘された途端に、疲れてきたかもしれない、足の裏が少し怠いかもしれない、と思い始めた。要は気の持ちようなのかもしれない。

 素直に認めることもできず、「だったら、何よ」と憎まれ口を叩く。

「別に。そっちに座ればって思っただけですけどー。親切心ですけどー」


 ――腹立つ、やっぱり腹立つ!

 こんなのを説得するとか納得させるとか、絶対に無理。今からでも王子に交代してもらおう。男同士の方が話も弾むかもしれない。


 決意を固めながら、そっち、と示された方を見る。彼が指差していたのは、自分が座っている場所の反対側、その少し下にある枝だった。大きな魔女を支えている枝と同じくらいの太さがある。小柄な死に姫の身体なら、余裕で支えてくれそうだ。

 だが……。


「なんだ、登れねーの?」


 揶揄する口調に、カッと頭に血が上った。

「馬鹿にしないでよね! このくらい余裕なんだから!」

 ふんっと鼻を鳴らし、ずんずんと進む。小さいと思った木は、近付くとやけに太く大きく見えた。枝と枝の間には、結構な距離があるように思える。売り言葉に買い言葉の要領で安請け合いしてしまったが、死に姫は死後の現在を含め、生まれてこの方、木登りの経験は皆無だ。

 戸惑いに揺れる瞳と、まずどこをどう持ったら良いのかと宙に揺蕩う指先を見て取った魔女は、正しく状況を理解したのだろう、にやにやしていた。


「やーい、都会っ子」

「っ、そうだけど、なんか悪い!? こンの田舎っ子!」

「なーんにも悪くないですけどー?」


 むかつく。すごく、むかつく。とにかくむかつく!

 怒りのまま、一番近くにあった枝を鷲掴んだ。


「あ、馬鹿! それ持っちゃ駄目なやつ――」

 魔女が言い切る前に、枝はバキリと折れた。バランスを崩して、地面に転がる。顔面を強打したが、痛みは無かった。気持ちの悪い衝撃があっただけだ。

 それでもつい形式的に「いったぁ」と呻き声を上げたのは、生きていた頃の癖か。


 上半身だけ起こして顔を手で押さえていると、魔女が背後に着地した音がした。

「アホかよお前、見りゃわかるだろ! あんなひょろっこい枝じゃまずいことくらい!」

 見てわからなかったから、こうなったのだ。死に姫の目には、あれは十分太い枝に見えた。


 駆け寄って来た魔女は、無造作に死に姫の顎を掴んで打つけたところをじろじろ眺めた。怪我の具合を確認しているのか。そんなの、怪我をしていようが、していまいが、意味は無いのに。魔女の手を払い除け、ぎっと睨む。


「わかんないわよ! しょうがないでしょ! 初めてなんだから!」

「じゃあ素直にそう言えよ!」

「はあぁ!? わかってて揶揄ってたのそっちでしょ!」


 そんな状況で、素直に、なんてできるはずがない。無理だ。少なくとも死に姫には。


「お前が意地張っただけだろ!」


 ぐっと唇を噛んだ。しばらく反論を探したが、上手く声にならない。

「う、るさぃ……」

 自分には似合わない、か細い声が漏れた。情けなくて、恥ずかしくて、俯く。

 ぎゅうと結んだ拳が視界の真ん中に入る。いっそ全てを放棄してこの場を離れたくなる。それでも、それができないのは、――延々と死に戻る状況に置かれることが、耐えられないからだ。



 はあ、とため息。

 自分の口から漏れたものではなかった。



「仕方ねぇなぁ。ま、失敗もするよな。お前ぶきっちょそうだし」

 魔女は死に姫を立たせると、軽々とその身体を持ち上げた。地面からの距離がぐんと伸びる。足がぶらりと揺れる。あまりの不安定さに驚いて固まった。


「ほら、さっさと枝に掴まれ。左のじゃないかんな、右の持てよ。早くしろって、こっちは重いんだから」

「んな、誰が重いですってー!?」


 女の子に向かって、なんてことを言うんだ、この男。怒りのまま、枝をがっしり掴む。半ば嫌がらせで魔女の身体を踏んづけながら枝によじ登った。おい何しやがる、と文句を言いながらも、魔女はテキパキと指示を出して行く。


「――ほら、登れたろ」

 気付けば、目の前には先程までとはまた違った風景が広がっていた。木に登ると、普通に見るよりも遠くまで見下ろせるのだという、当たり前のことを思い知る。

 死に姫が見惚れている間に、魔女はひょいひょい枝を登り、更に高い場所まで進んでいた。

 少々むっとしたが、指導して頂いた(・・・・・)手前、口を噤むことにする。



「……なあ、死ぬのってどんな感じ?」

 綺麗な風景と真逆に位置するような、デリカシーの欠けらも無い発言に、げんなりする。

「特に何も。ていうか、あんたも一回は死んでるでしょ。わざわざあたしに訊かなくても」

「ってもなー、俺、割と死んだ自覚ねぇし」

「……え、無いの?」

 信じられない、と目を見開く。

「あー俺これ死ぬわ、って思った後に、記憶がぶっつり切れてるから、実際に死んだ瞬間とか覚えてねぇ」

「あんた、さすがに呑気すぎない?」

「仕方ねぇだろ、()けようがなかったし。どうしようもないって」


 避ける、という発言に首を捻る。つまり彼は突発的な何かに巻き込まれて死んだのか。それにしては恨み言ひとつ出て来ないとは不思議である。あまりの理不尽さに、怒りを露わにする方が自然である気がする。


 ――死に姫のように、初めから覚悟していたわけではないだろうに。


 さすがにこんな世界に来る覚悟は、していなかったけれど。これこそ理不尽だと、死に姫は思う。死んだ上で、更に死に続けているから、特にそう感じるのか。

 雲ひとつ動かない世界に、ただわけもわからず取り残されている。


「……死んだのはともかくとして、ここから出るのは『どうにかなること』でしょ」

「どーだかね」


 やけくそ気味の発言に、死に姫は返す言葉を知らない。

 本当に、ここから抜け出せるのか。

 そんなこと、わかるはずがない。わかるはずがないけど、もがいている。まるで生きている(・・・・・)ようだ。

 黙り込んだ死に姫に何を思ったか、魔女はおもむろに立ち上がり、「そろそろ戻るか」と枝から飛び降りた。


「お前もそろそろ戻った方がいいんじゃねぇの?」


 魔女がこちらを見上げている。目がばちりと合った死に姫は、不意に自分がスカートを穿いていることを思い出し、それとなくスカートの裾を押さえた。その上で、ぎっと睨む。

「……降りれないのよ!」

「……どんだけ面倒なお姫サマなんだよ」

 呆れ顔に、うるさい、と再び文句を言う。登り方がわからないのだから、降り方だってわからない。筋は通っている。

 はあー、と盛大にため息を吐いた魔女が、ハイまず今座ってる枝をしっかり持ってー、と指示を始める。安全に降りるべく、仕方なく文句を言わずに従う。


「……見ないでよ」

「何を?」

「だっ……だから! スカート、の中!」

 そんなの今更すぎる。――魔女は鼻で笑った。

「見たくなくても見えるし。見てないと指示できないし。第一、登る時にも見えてたっての。つか縞パンかよ、ガキくせぇなー」

「うるさ――!?」


 手がずるりと滑った。別の枝に置いていた足も引っ張られるように落ちていく。身体全体を不快な浮遊感が襲った。身体の中のものが何かの拍子に間違って飛び出してくるのではないかと心配になる程の、浮遊感だ。

 落ちる、と思いながらも、割合冷静だったのは、無傷でも致命的な怪我を負っても、結果は変わらないためだ。どうせ自分は、死んでいる。怪我のひとつやふたつ、今更なんだというのか。



 ――それなのに。



 無様に着地した先は、地面ではなかった。妙に温かい。死んでいるくせに。

 それ故に錯覚してしまうのか。

 腹の上に死に姫を乗せ、げほごほと咳き込む魔女を見下ろす。


 ――なるほど、彼にはきっと、彼自身が言ったように、死んだ自覚が無い。

 でなければわざわざ劇の出来とは無関係の舞台裏で、死に姫を助けたりなどしない。


「てめ、いい加減退けよ……! 重いんだよ!」

「重――だ、誰が! おもっ!?」

「お前だよ! 他に誰がいるんだよ! 木から落ちるわ人の腹ン上でぼけっとしてるわ!」

「な、なっ、だ、大体ね! あたし助けてなんて頼んでないんだから!」

「じゃあ落ちんなよ! 一回ならともかく、二回目だぞ、連続二回目! ばっかじゃねーの! 学習能力ドコ落としてきたんだよ!」

「何度も何度もゲームオーバー繰り返してるあんたに言われたくないわよ!」


 ……それに、どうせ怪我なんて意味をなさない。

 何故かその言葉が出てこずに、口の中でくるりと回った。彼の行動は、言葉の割にひどく素直だ。

 相手の言葉の扱いを決め兼ねて、逃げるように魔女から身体を離す。勢いのままに、屋敷へ続く道を歩き出した。


「可愛くねぇオンナ」

 余計なお世話だ。背後から聞こえた声に、悪態をついた。



 視界の端を流れていく風景は、相変わらず静止画のようだ。全てが死んでいる。その中で、死に姫たちだけが、思考し、動いている。――生きている、と言えるかどうかは、極めて微妙なところだが。

 死んだ自覚。それは死に姫にはあって、魔女には無いもの。

 ああ、だから彼は、魔法のような非科学的存在を認めきれずにいるのかもしれない。彼の中で、まだ彼は生きている。


 しかしそんな仮説を立てたところで結局、死に姫には、魔女に魔法を信じさせるようなことなどひとつもできなかった。

 ――そうだ、元々その目的でいたのだった。

 ようやく当初の目的を思い出した死に姫は、がっくりと項垂れた。

 このひねくれ男に魔法を信じさせるというのは、ひどく難易度が高い気がする。



(ほんと、今すぐ降りたいわ。このクソみたいなゲーム)



 降りられないなら早急に終わらせたい。そう願っているのに、全てが上手くいかない。

 死に姫は、心の底から自称神様を憎んだ。

 最期まで助けてくれなかったくせに、死後にまで試練だけを与えるなんて、卑怯だ。




尚、私は田舎モンですが木登りできません。

同い年の子はするする十数メートル登り「早く降りなさい!」と先生にガチ叱りされていました。


た……竹馬は乗れますよ!

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