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02.「あの王子、曲者だわ……っ!」

 ゲームクリアまでの道程は、甘く見積もって、長過ぎる。死に姫は頭を抱えた。

 今のままリスタートしたところで、同じような結末を迎えて自分が死ぬことは目に見えていた。唯一の救いは痛覚が無いことだろう。普段の生活では「痛い」と思うこともあるので――おそらくは錯覚だ。幽霊が痛みを感じるなんて、変だから――、死ぬ程の衝撃を受けた時には、自動的に何も感じないようになっているのかもしれない。自称神様の計らいか。感謝など絶対にしないけれど。

 スープを飲み干した彼女は、「思うんだけど」と他の三人に切り出した。


「各自、もう少し努力する必要があると思うのよね。――出番が無い王子は別として」

「うん、僕、未だに出演回数がゼロだから」

 王子は神妙に頷く。



「まず義姉(ねえ)さんは」ねえさん、と呼んでいるが、当然血の繋がりも、実際の戸籍上の繋がりも無い。赤の他人。赤の中の、赤。真っ赤っかだ。それでも言うことは言う。「もっとがっつり意地悪してよ」


 水を零したり、屋敷を荒らしたり、最終的にはドレスを破ったり……。そういったことをしなくてはならないのに、彼女ときたら、相手の庇護欲を誘わんばかりの涙目で打ち震え、死に姫の方が虐めている気分にさせられた挙句、水を零せなかったり、屋敷を荒らせなかったり、ドレスを破れなかったりする。

 ……まあ、ドレスをちょっぴり破いた前回のアレは、多少の進歩だ。改善意欲はある。



 問題はもう一人だ。



「あんたは魔女らしくしなさい」

「魔女らしく、ねぇ」

 はん、と鼻で笑う。やる気も無ければ、改善意欲も無さそうだ。本人が直す気が無いのだから、直るはずがない。ゲームクリアなど夢のまた夢だ。このメンバーで、ずっと自分だけ死に続ける? 冗談じゃない! 痛覚がブツ切れていようが、気分の良いものではない。


 俺は男だからそもそもの前提が違うし、魔法なんて使えないし、使う気もないし、そもそも魔法なんておおよそ現実的ではない。

 というのが、彼の主張だ。

 平時であれば、多少の理解はしたかもしれないソレは、しかし今は「何言ってんだ、こいつ」以外の感想を持てない。まずもってこの場所自体が現実的ではないというのに、今更その程度で何を言っているのか。


「つべこべ言わずに、やれ」

 問答無用で通告して、話し合い終了! と無理やり話を切り上げた。

 朝食のパンを口に押し込むと、死に姫は立ち上がった。

「お前ももうちょいお姫サマらしくしたら?」

 投げ付けられた嫌味たっぷりの口調に、苛立ちが増した。

 ――あんたに言われたくないわよ!



 食堂――正確には、食堂代わりに勝手に使用している応接間――を離れてしばらく。

 廊下を歩いていたところで、背後から呼び止められた。


「やぁお嬢さん。会えて良かった。……さっきの話なんだけど、ちょっといいかな」


 王子だ。彼は、メンバーの中ではマトモな方だ。マトモと言うと、シンデレラの義姉もマトモなのだが、いかんせん心根が優し過ぎる。


「いいけど、何?」

 この短い時間で、進展があったとは思えない。死に姫は首を傾げた。

「さっきの、魔女君(まじょくん)が自分自身で、『俺は魔法が使える!』と信じる必要があると思うんだ。他人から言われたって、素直になるタイプでもないし」

「……まあ、そうね」

 わざわざ否定する内容でもない。それで、と話を促す。

「だからつまり、僕らにできることっていったら、彼が魔法を信じるように誘導することなんじゃないかな。直接的ではなくて、間接的に」

「なるほど」

姉君(あねぎみ)も同じで、心理的な変化を促さないと、何も変わらないと思うんだ」

「…………」


 先程までの自分の行為を全て否定された気がして、顔を歪めて押し黙る。そこまで言うならあの場で発言のひとつくらいしてくれたって良いじゃないか、とも思ったが、本人たちの前でする話ではないと言われたらそれまでだ。



「そういうことだから、きみは魔女君をお願いね」

「――は!?」

「僕は姉君に働きかけてみるから」

「ちょっ……!」


 そっちの方が楽じゃないの! どう考えても!


 一方的な担当決めに抗議の声を上げる前に、王子は来た時同様、さっさと歩き去ってしまった。思いがけず、逃げ足が速い。

「あの王子、曲者だわ……っ!」

 出番が無く、交流も少ないから気付かなかった。不覚だ。ぐぬぬ、と唸るが、当然の如く効果は無かった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 魔法を信じない人間が、魔法を信じるキッカケとは、一体全体どういうものだろう。

 そもそもこんな状況下に置かれた時点で、不思議現象なるものを信じざるを得ない心境になりそうなものだが。

 うーん、と頭を悩ませながら歩いていると、前方に義姉が現れた。


「どうしたの。難しい顔して」

 誰の所為だと思ってんのよ、と言いたい気持ちをぐっと堪える。魔女が魔女らしくないのは、彼女の所為ではない。


「……ねぇ、魔法信じる瞬間ってどんな時?」


 つい他人の意見を聞きたくなり、小声で訊ねる。ぱちくりと目を瞬いた義姉は、ふふっと可愛らしい声を零した。

「魔法使いさんのこと?」

「違っ」反射的に否定しようとし、それができないことを思い出す。「……わない、けど。なんか悪い!?」

 意味も無く食ってかかる。完全に八つ当たりだと自分でも気付いていた。しかし義姉は怒るでもなく、むしろ全てを受け入れるようにふわりと笑った。

「悪くないわよ」

 決まりが悪くなった死に姫は、口を尖らせながら一歩後ろへ下がった。距離を置きたくなったのだ。


 ――だってそれは、もう、自分にはできないことだから。


 湧き上がる黒い気持ちをねじ伏せて、「あっそ。で、どうなのよ」と回答を強請(ねだ)る。

「そうねぇ」

 義姉は頰に手を当て、首を軽く傾げた。しばらくそのポーズのままうんうんと唸る。


「自分の想像を超えるようなものを見た時、これは魔法ねって思うかな」

「自分の想像を超えるもの?」

「手品とか」

「手品ぁ〜? あんなのネタがあるって決まってるじゃない」

「でもどれだけ見ても、どれだけ考えても、ネタがわからなければ、それはもう魔法でしょう?」

「……ふぅーん」


 それでも死に姫は、その最上級の手品を魔法だとは思えない気がする。第一、あの小憎たらしい魔女を唸らせるような手品の技術など、自分には無い。人体切断なら切るところまではいけるだろうが、死んでしまうし。何より、やりたくない。


「……ありがと。参考になったわ」

「どういたしまして。役に立てたなら良かった」


 嫌味のひとつ、ふたつ、言うことはできただろうが、死に姫はそうしなかった。できなかったと言い換えても良い。むっつりと口を結び、逃げるようにその場を後にした。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「結局どうしろっていうのよ」

 ろくな解決案が浮かばぬまま、死に姫は屋敷を出た。


 長閑な風景が目に飛び込んでくる。生前は、ビルが立ち並ぶ都会に住んでいた彼女には、この景色は珍しいものだった。

 空には雲が浮かんでいるが、時が止まったように、ぴくりとも動かない。

 まるで写真の中に入り込んでしまったような違和感。

 だからか、死に姫はいつだって、景色に圧巻されることもなければ、感動することもなかった。劇中は確かに動いているが、もうその時には目の前のことで精一杯だ。


「…………魔法、ねえ」

 はっきり言ってしまえば、死に姫だって、魔法なんてものを心から信じているわけではない。だからこそ、どうしたら良いのかがわからないのだ。


 道に沿って歩いていくと、程なくして畦道に出た。目の前に飛び込んできた自然を見、立ち止まると、ただひたすらぼんやり眺める。

 時を切り取ったような光景に、進まなくてはいけない、という焦燥感を奪われる。不思議と心が凪いだ。




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