13.「鞍替えすることにした」
言葉を詰まらせたのは、一瞬だった。
「あんたは、本当に……もう少し魔女らしくしなさいよ!」
いつものように怒鳴ってから、肩を竦める。
「って、言おうと思ったんだけど、義姉さんはありのままに演じることにしたみたいだし、あんたもあんたのままで良いんじゃない?」
意識的に、普段通りに振る舞う。間違っても、前回の会話の続きなどならないように。
「なあ、俺は」
「っ、魔法なんて使わなくていいわよ! あたしだって奇跡なんて信じてないから」
慌てて相手の言葉を遮った。
ちらりと顔を窺う。彼は、あの時と――死に姫が木から落ちた時と、同じ顔をしていた。なんら不思議ではない。体感的にはそれ程時間は経っていない。それでも死に姫はそれら全てを無かったことにしたかった。
「あ、でも身綺麗にしていないとまた兵士に刺されそうよね。どうしたらいいかしら。そうだ、いっそなりきってみるのはどう?」
自分がシンデレラだと思い込むのだ。魔法なんて関係なく、目の前の人なんて関係なく、そう、NPCのように。
もう何にも、心を掻き乱されたり、しないように。
あたしは、灰かぶり。
お父様に会えないのは寂しいけれど、お友達の鼠さんがいるから毎日頑張れるのよ。
ある日、魔女のおばさまに魔法を掛けてもらって、綺麗なドレスを着て、綺麗なガラスの靴を履いて、お城のパーティに行けることになったの。
そこで素敵な王子さまに会って、幸せな恋をする。
ああ、なんて素敵なのかしら!
それらの情報を歌うように並べ、微かに首を傾けてみせた。
斜めになった世界。死に姫にとっては、そのくらいがちょうどいいのかもしれない。
「……あたしのままでは、あり得ないわね」
だから、演じる他に方法は無いの。あたしがシンデレラになるには。
ぽつりと呟いた瞬間、意識が遠退く。
目を開けると、周りがキラキラ輝いていた。ああ、なんて素敵な光景なんだろう。
あたし、どうしてここにいるんだっけ。ああ、でもそんな瑣末なこと、どうでもいいじゃない。
――シンデレラは、にっこりと愛らしく笑う。
『まあ、なんて素敵なドレス! ありがとう、魔女のおばさま!』
素直に礼を述べたシンデレラに、黒い服を着たふくよかな魔女は優しく微笑んだ。どこからか声がする。さあお行きなさい、パーティが始まってしまうわ。
『大変、急がなくちゃ!』
ふわりと広がるドレスの裾を摘んで、カボチャの馬車に――
がん、と後頭部を殴打された。
痛みは無いけれど、あまりの衝撃に、「いっ……」と声が漏れる。ふざけんな、と怒鳴る前に、殴った当人が「ふざけんな!」と叫んだ。怒気が漂っていた。言葉を失う死に姫の前で、魔女が声を荒げた。
「ンなボロッボロで灰まみれの服の、どこが素敵なドレスだよ。あと俺は『おばさま』じゃねぇぞ! 俺が女に見えるって、お前の目はどんだけ節穴なんだよ、死に姫!」
投げ付けられた言葉を頭の中で反芻し、混乱する。何を言っているの? どういうこと? 少し考え、思い出す。自分ではない自分の言動を。
ぐるり、と視界が回る。戻って来てしまったことに対する失望。呼び止められたことに対する――歓喜。
「だっ」どうしても認めたくなくて、ぎっと睨む。「だからって普通、か弱い女の子の頭をグーで殴る!?」
「は? か弱い女の子ぉ? どこにいんだよ」
「目の前にいるでしょうが!」
「チビしかいねぇし」
「なんですってぇ!?」
怒りに任せて胸倉に掴みかかると、逆にその手を絡み取られた。驚いて離れようとするが、力の差があり叶わない。
「は、離して……」
漏れ出たのは、あまりにも弱々しく懇願する声だった。
必死の想いで絞り出した言葉を無視して、魔女は無理やり死に姫と視線を合わせる。彼ははっきりと怒気を纏っていた。
「――つーか、勝手に話を纏めて、終わらせようとしてんじゃねぇよ」
低い声に身体を震わせる。
はあぁー、と長々とため息を漏らした魔女は、よし、と自身を鼓舞するように短く鋭く言葉を吐き出した。
「使ってやるよ、魔法くらい」
「……は?」
こいつ、急に何を言い始めたんだ。
予想外の発言に、瞠目する。
「信じてないんでしょ?」
「鞍替えすることにした」
「………………は?」
鞍替えって、誰から、誰に。あるいは、何から、何に。いや、別に訊きたくもないが。
「あんた何言ってんの」
「言葉通りだけど」
死に姫は胡乱げな顔付きで、魔女をじろじろと見た。彼は死に姫の不躾な視線など気にも留めていないようだ。きりりと引き締めた表情をちっとも崩さない。
「お前、信じてないんだろ」
何を。――言葉にはならない返事。変に突っ込まれることを拒んで、可能な限り顔を引いて距離を作る。
「祈れば救われる、努力は報われる、なんて、俺だって思ってない。前が駄目だったんだ、それで次は大丈夫だなんて、どうして思える。魔法だって同じだ。予想してても、予想外でも、悲しいことは起きちまうんだ。そんな中で魔法だとかいう非現実的なもん、信じてる場合じゃねぇってな」
「っ、じゃあ」慌てて口を挟む。しかしその続きが出て来なかった。頭に浮かんだ言葉は、いくつもある。
じゃあ、同じでしょう。じゃあ、信じなくて良いでしょう。……じゃあ、どうして魔法を使うなんて、あたしに言ったの。
どれもしっくり来なかった。どれかひとつを選ぶと、別の大事な想いを捨ててしまうような気がした。
「それでも信じるって決めたんだよ。それくらいデカイこと起こさないと、お前、笑わないんだろ? 自分を許さないつもりだろ?」
「それが何よ。それであたし、あんたに何か迷惑でも掛けた? なんか悪いことした!?」
「してんだろ!」安堵する。死に姫は、そうやって相手から突き放される予定だった。「お前の不幸面なんてな、見たかねぇんだよ! 俺だって、お前かよって思うけど仕方ねぇだろ!」
「っ、はあぁ!? どういう意味よ、わっけわかんない!」
予想と違う言葉に躊躇ったのは一瞬。『馬鹿にされている』――それだけを認識して言い返した。怒鳴っていないと、自分を保っていられなかったのだ。
つられるように魔女も叫ぶ。
「だからっ、惚れた女を泣かせたまま放置するくらいなら下手な現実感もプライドも要らねぇって話だよ!」
「なにいっ、……は? マジで何言ってんの?」
「あ? だから惚れ……」
唖然とする死に姫から遅れること三秒、魔女もまたびしりと身体を凍り付かせた。双方思考回路が途端に停止し、騒がしく怒鳴り合いをしていた時には聞こえなかった鳥の声がした。ほーほー、と鳴く夜の鳥。つい「あほーあほー」と言われている気分になるのは、ただの被害妄想か。
そういえば今、劇中だから、王子と義姉がどこかからディスプレイ越しに見ているんじゃなかったか。
その事実を思い出した死に姫は、ガッと顔を赤く染め上げた。
「……あ、頭沸いてんじゃないの」
というか、自分よりも余程恥ずかしいことを叫んでいる魔女が、どうして自分よりも平然としているのか。
……いや、平然としているというよりも、白い砂化しているような。
しばらく固まっていた魔女は、掴んでいた死に姫の手を離すと、何事も無かったかのように一歩下がる。そして、似合いもしない爽やかな笑顔を浮かべた。
「はーい、じゃー魔法かけまーす」
「無かったことにしてんじゃないわよ!?」
死に姫のつっこみをさらりとスルーして、魔女は支給された謎アイテム・魔法のステッキを振るった。
「ビビディ・バビディ……」
そこまで唱え、魔女は動きを止めた。やっぱりできないんだな、と鼻で笑った死に姫の予想通り、「やっぱ無理だ」と彼は魔法のステッキを捨てた。
「俺のやり方じゃねぇもん、これ」
上方から声が降ってくる。
「それよりこっちの方が効きそう」
囁き声がやけに近いところから聞こえた。身長差があるはずなのに、目の前に現れた顔。微かに感じる吐息。
……唇に触れた熱。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
ぱくぱくと口を開け閉めする死に姫の前で、「な?」とにんまり笑った。
ハッピーホワイトデー♪
読んで頂きありがとうございます。
本編でキス魔が出ているところで申し訳ありませんが、バレンタインデーのお返しを。
★王子→死に姫
「ありがとう、チョコ美味しかったよ、意外と」
「最後の一文いる? いらないでしょ?」
「はいこれ、お返し」
「!! こ、これ……っ、限定生チョコ!」
「シンデレラ、これ好きかと思って」
「好き! ありがと!」
「どういたしまして」
★王子→義姉
「これ、バレンタインのお返し」
「気を使わなくても良いのに」
「僕が用意したかっただけだから」
「だからってこれはちょっと多いと思うの、量も種類も……。でもありがとう。気持ちは嬉しいわ」
「それは良かった。好みがわからなかったから、色々準備したんだ」
「……ひとつで良いのよ?」
★魔法使い→死に姫
「おら死に姫、恵んでやるから手ぇ出せ」
「嫌よ、なんであたしがあんたの施しを受けなきゃいけないのよ」
「……それはお前、」
「……なによ」
「あーくそ、さっさと受け取れっての!」
「なんで逆ギレ!?」
★魔法使い→義姉
「ほい、おねーさん」
「あらありがとう。クッキー?」
「日持ちするからちょっとずつでも」
「毎日の楽しみにするわね。シンデレラにはちゃんと渡せた?」
「……渡したっつーか、押し付けたっつーか」
「……そ、そう」
以上、お粗末さまでした!