01. 僕らはみんな死んでいる
――魔女は、目の前でみすぼらしい服を着た少女に、告げました。
「可哀想なシンデレラ、貴方に魔法をかけましょう。ビビディ・バビディ――」
そこまで言って、彼はもう我慢ならないとばかりに、ぞんざいに振っていた魔法のステッキ(幼い子供向けの玩具のソレによく似ている)を後ろへ放り投げた。
「いや無理だろ、魔法とか。馬鹿じゃねぇの。鳥肌立ったわ。いっそ笑える」
発言通り、ハッ、と鼻で笑う。
それを見た少女はわなわなと身体を震わせる。
「っ、無理とか、無理じゃないとか……そういう問題じゃないのよ! こなしなさいよ、自分の役を! 魔女の服も着ないわ、魔法も掛けらんないわ、これじゃ一向に話が進まないじゃないの!」
「魔女の服って、俺が着たらそりゃただの女装だろ。普通に嫌だろ。着たところでなんも変わらないのにさぁ。大体ソレ言うならお前のが最初から駄目だかんな。そのナリで王子サマが一目惚れすると思ってんのかよ」
「うっさいわ、こんの馬鹿ーーーーっ!!」
ムキィ! と怒る少女は怒りに任せてぴょんぴょんとジャンプしたが、それでも彼の身長には遠く及ばない。それもそのはずだ。彼と彼女ではおおよそ40センチも身長差がある。彼女が140センチで、彼がプラス40。つまり180センチである。彼の言う通り、世間一般の方々が、180センチの男(加えて言うと、特に中性的な顔立ちでもない)の女装姿を見たいかというと……微妙である。
少年は自身の指で片耳を塞ぎながら、そっちの方がよほど煩いだろ、と文句を垂れた。
その反応に、尚も少女が食って掛かろうと――したところで、問題が発生した。
少女の身体が、大きくぶれる。
猛スピードで迫ってきた馬車に轢かれ、まるで人形のように吹っ飛んだ身体は、べしゃりと地面に落下した。普通に考えれば、事切れているだろう。即死だ。なんともグロい光景である。だというのに、少年は「あーあ」の一言だけでその惨事への反応を済ませた。
『ゲームオーバー』
デデン、と視界いっぱいに文字が浮かび上がる。他の三人にも同じように見えているはずだ。現在進行形で“死んでいる”少女に関しては、見ることができる状況下にあるか、少々怪しいが。
それにしても、童話をモチーフにしている割には、ホラーゲームさながらのおどろおどろしい書体の文字である。そもそも童話ならたかが『物語の流れ』を破ったくらいで、こんなグロいシーンを強制しなくたっていいだろう。それともあれか、童話は童話でも、モチーフにしたのは原作の方なのか。原作は、割合残酷だと聞く。
なんにせよ、趣味が悪い。見る度にはっきり思う。さて、このエンドを見た回数など、多過ぎてもう数えていないけれど。
少年はすたすたと歩き、グロい状態になっている少女の近くで腰を屈めた。
「おい、死に姫。いつまでも死んでないで、さっさと生き返れ」
ぐりん、と首が動く。ホラーだ。もうこれ、ホラーゲームで間違っていないのではないか。一瞬うっと呻きそうになったが、堪えた。
「くそったれ。唯一血を流してるのはあたしなんだからね、もうちょい労われ!」
「あー、流した血の量が多過ぎて見慣れたわ」
「勝手に見慣れてんじゃないわよ!」
見る見るうちに、傷が塞がっていく。この過程が一番グロいよなー、と正直思う。
その瞬間、ぴたり、と。
風がやみ、音がやみ、全てが静止状態となった。
ゲームオーバーの文字も消えている。『リセット』期間に入ったのだろう。
むくりと起き上がった少女――死に姫は、「そもそもゲームオーバーになったの、あたしの所為じゃないし。主にあんたの所為でしょ!」と怒りを募らせている。それに関しては、否定できない部分もあるので、シカトを決め込んだ。このキャンキャン煩い娘に謝るのは嫌だ。
「大体、人に死んでる死んでるって言うけど、そもそもね――」
死に姫は、ぎっと少年を睨み付けた。
「あたしだけじゃなくて、あんたも、みんなも! 全員死んでんでしょうが!」
ごもっともなことで。少年は肩を竦めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
自分たちが置かれているふざけた状況を、最初の最初から説明しようと思う。最終的に、ふざけている、という結論が変わらないのだとしても。
まず、このくそったれなゲームには、登場人物が四人いる。死に姫と少年――正しくは魔女なのだが、彼は女ではないので、ここでは魔法使いと称すこととする――も、漏れなくこの四人に含まれる。
四人は全員、普通に生きていて、死んだ。死因は知らない。お互い訊ねてもいない。話す必要性も感じない。見た目すら、死んだ当時のままなのか、それとも若返っているのか、自分しか知り得ない。
生前顔見知りでもなんでもないため、ただランダムに集められた結果だと思われる。
死後の世界――この空間の呼称は、それが適切だろうか。
幽霊だのという自分の目では見えないものを信じる気にはなれない魔法使いは、死んだら全てが零になると思っていた。しかし、どういうわけだかそうはならず、気付けば見知らぬ四人で横一列に並べられていた。
彼らの前に立つ、痛いくらい真っ白な服を纏った何者かが、その場には不釣り合いの底抜けに明るい笑みを浮かべ、憎たらしいほど白い歯を四人に見せつけた。
「やっほーう! 僕、みんなが大好きな神様だよ! さあさあ、ここで頑張って生きてきた君たちに、神様からの素敵なプレゼント! 特別なゲームを用意したよ! 無事にクリアして、みんなで転生ゲートをくぐろうねっ☆」
「…………あぁ?」
ドスの効いた声を、誰が発したのかは憶えていない。十中八九、魔法使いか死に姫のどちらかだろう。他の二人はそういう汚い言葉は使いそうもない。
たっぷり数十秒。シンと静まり返った中で、ようやく自称神様は空気を察した。
これは、自分の提案を歓迎されていない、と。
「あれ? 嬉しくない?」
「逆に訊きたい。なんで嬉しいと思える?」
思わず質問に質問で返す。自称神様は、きょとりとした顔をした。
「ええー? だってさ、ゲームだよ? 楽しいでしょ?」
「…………」
よもや死んだ先で、理解不能な生命体と出会うことになるとは、思ってもみなかった。これが神だとは信じたくない。天を仰ぐ。無機質な灰色が広がっていた。せめて青空が見たかった。
「ていうか、ゲームとかどうでもいいから、さっさと解放してくんない?」
死に姫――その時はまだ、彼女はその“役”ではなかったけれど――が、自称神様をじろりと睨んだ。
「解放? それって、転生したいってことだよね。それなら早速ゲームを始めよう!」
駄目だこいつ何も聞いちゃいねえ。死に姫の願いをてんで無視した発言に、顔が引き攣る。しかし、続く言葉に更に頭が真っ白になった。
「安心して! 何度ゲームオーバーになっても、ペナルティ無しでまた初めからスタートできる初心者仕様だから!」
――それ、つまり、ゲームクリアしないと、永遠にこのままってことか?
質問を投げ掛ける前に、四人の意識はまた沈んだ。
そうして、気付いたら、ここだ。
シンデレラの家。本来いるはずのシンデレラの継母や、下の義姉はいない。彼女たちがNPCだからだ。
死に戻りから、ゲームがリスタートするまで時間は不定。その間、各自自由に過ごしている。
半分は懺悔の時間でもある。
「ごめんね、シンデレラごめんね! 私、また貴方の服を上手く破れなかったの。端をね、ビリってやったんだけど……」
「え、どこを?」
「このあたり、このくらい」
「ちっさ! 気付けるか!」
「そうよね、ごめんね!」
きゃあきゃあ騒ぐ女性陣を前に、魔法使いはごくごくとコーヒーを飲む。死んでいるのに飲食が可能であることが不思議だが、あまり気にしないでおく。気にするだけ無駄だ。
目の前で同じように――否、魔法使いよりかは優雅に――コーヒーを嗜んでいた青年が、困ったようにこてりと首を傾げた。
「僕の出番、いったいいつ来るんだろう」
「さあなー」
「難あるよね、このメンバー」
確かに。一も二もなく納得し、共感する。
女としての魅力に欠けるシンデレラ。
魔法なんて信じていない魔女(男)。
意地悪ができないシンデレラの上の義姉。
そもそも登場するに至らない王子様。
なんという配役をしてくれたんだ。
ランダムにしても、もう少し、人を選べよ。
少なくとも、シンデレラと義姉は逆で良いだろ。魔法使いは大きくため息を吐いた。
読んで頂きありがとうございます。連載スタートです!