together
月明かりの微かに漏れる深夜。私は彼の腕の中にいた。
これまで、居場所といったものが、まるで存在しない生活を送ってきたが、
ここはいつしか、私にとって帰るべき場となっていた。
温かくて安らぎを得られる場所。
「ねえ、これからもずっと傍にいてくれる?」
「ああ」
「約束してくれる?」
「当たり前だろ」
これまで、何度も繰り返してきたやり取りを終えると、彼は更に距離を縮めてきた。
微かに高鳴る胸の音を隠しながら、導かれるようにして、眠っていた感情を呼び起こす。
それは、言葉にならない声となって、静まり返った部屋に響き渡る。
彼と初めて出会ったのは、今から一ケ月前のことだった。
容姿端麗なのに、写真部に所属し、カメラを愛しすぎるあまりに、女子から敬遠されていた彼は、
ある日、コンクールに出展する作品のモデルを依頼してきた。
「どうして私なの?他の人を当たってくれない?」
「君じゃなきゃだめなんだ」
いつになく真剣に語った後、こちらの承諾も得ないままカメラを向けてきた。
幼い頃から写真を撮られるのが苦手だった私は、どんな顔をすればいい
のかわからなかった。顔が強張り、掌にはうっすらと汗が滲む。
だがそんな緊張を解きほぐすかのように、彼は、時折ジョークを交えながら話し掛けてくれた。
それがよかったのか、予想以上に撮影は順調に進んだ。
はじめは、顔を上げることすらままならなかったのに
最後のほうは、シャッター音が心地よく聞こえるようになっていた。
そして、その数日後、彼は現像した写真を見せてくれた。
そこには、これまでに見たことのない私がいた。
自然な笑顔、柔らかな表情、自信に満ち溢れた目。
「何だか自分じゃないみたい」
「本当はずっと前から、君を撮りたいって思ってたんだ」
遠くを見つめたままの状態で、彼は呟く。
「君は気付いてないみたいだけど、とても魅力がある。それを僕が引き出してみたかった」
それを機に、私は度々彼のモデルを務めるようになった。新しい自分に再び出会うために。
すると、これまでと生活に少しずつ変化が出て来た。
昔に比べ、表情が随分豊かになり、おどおどしなくなった。そして・・・。
「ぼ、僕と付き合ってください」
異性に声を掛けられるようになった
だが私はそれを断った。私には好きな人がいる。ダイヤの原石に磨きをかけ、輝かせるきっかけをくれた人。
「ねえ、話があるの」
いつものように、撮影が終わった後、思い切って切り出した。
「何?」
「あのね、私・・・」
一度深呼吸してから、顔を上げた。
「あなたのことが好きなの。だから、付き合ってください」
言い終えた後も、胸のざわつきは収まらなかった。
彼が何を口にするのか。それを考えると怖い。
やっぱり告白しないほうが、よかっただろうか。でも、このままの関係では嫌だ。
しばらくの沈黙の後、彼はようやく口を開いた。
「実は、僕も同じことを考えてた」
それから、今まで以上に一緒に過ごす時間は増えた。
私達は時に傷付け合いながらも、互いの必要性を再確認していた。
彼の指が私の身体に、そっと触れる。そんな彼を、優しく抱き寄せる。
つたない愛の伝え方。だがそれは、何度繰り返しても飽きない。
私達は、いつまでも寄り添っていた。明日からまた新しい一日がはじまる。
それを二人で、これから先もずっと迎えられるように。
そう祈りながら。