第5話 市場へ行こう
なんとか宣言通りにあげることができました。
やればできる子ってことを証明しとかないと……(・・;
今回はお金の話が出てきます。
また、これからもお金の話はちょくちょく出てきますが、作者自身が数字とは疎遠な生活をしているため計算がおかしい所があるかもしれません。
その辺りのご指摘(もちろん数字関係のことではないご指摘)等いただけると幸いです。
俺は飛び起きるようにして目を覚ました。
とてもたちの悪い夢を見ていたことをよく覚えている。
「魔族が世界統一って……リトエル教の人間に言ったら異端者扱いだな」
自嘲気味に笑った俺は、不意に夢の中で同じように笑っていた【俺】を思い出して複雑な気持ちになる。ただの夢だが、他人とは思えなかった。【俺】が感じていたのであろう感情をダイレクトに叩きつけられていた故のことなのか、それとも他に何か理由があるのかは知らないが、俺はあの夢を『ただの夢』と片付けるのが難しくなっていた。
とは言え、俺自身は夢の中の【俺】のように突然の襲撃者を軽々と撃退できるほど剣の腕はないし、村を丸ごと焼き払うような魔法は使えない。なんだったら剣術なんて油断してたらそこら辺の子どもにだって負けるし、魔法だって《生活魔法》が少し使える程度で、大規模な攻撃魔法とかは全く使えない。
治安の悪い所を一人で通ろうものなら為す術なく殺され荷物は全部奪われることだろう。それほどに俺は戦闘に向かないのだ。こうして行商人をやっているのも冒険者になる適性がなかったから諦めたようなもんだしな……。
ははは、と乾いた笑いを吐いてため息をつく。
「はぁ、朝から憂鬱な気分だ」
呟いてベッドから出る。
昨日出しっぱなしのまま寝てしまったのを思い出して、テーブルの上に投げ出されていた手帳をポケットに入れて部屋を出た。そのまま宿の裏手にある井戸で水を汲んで顔を洗う。
その足で食堂へと向かった俺は、適当に注文してから食堂の隅のテーブルについて料理を待つことにした。
しかし、待っていれば余計な考えが浮かんでくるものだ。俺は今日見た夢のことを再び思い出していた。食事の前に思い出すような楽しい夢ではないが、どうしても忘れることができなかったのだ。これから先も、どれだけ振り払ったところでふとした拍子に出て来るだろう。そんな確信にも似た感覚が不思議としっくりきた。
「そう言えば、美人だったな、あの女護衛」
夢の中の凄惨な光景を振り払うように、俺は思考の焦点を変えた。
青い髪と透き通るような蒼い瞳をした女護衛。あの切れ長の鋭い目は今でも鮮明に思い出せる。
あの夢の中で唯一心が躍る存在だったと言える。
「そうは言っても夢の中のことだ。そうそうあんな美人はいませんって話だよ」
はぁ、と大きなため息をつくと、そのタイミングを見計らったように注文していた料理が来た。
「おにーさん、朝からそんな景気悪そうな顔してたら、幸運が逃げて行っちゃうよ?」
若い女の店員の言葉に「そいつは困るな」と笑って返すと、「だったらスマイルだよ。おにーさん顔はいいんだから愛想よくしなきゃ損だよ、損」などと軽口を放ってくる。
「損をするのは商人としちゃあ見過ごせないな。今日は一日笑って過ごすようにするよ」
などと軽口と笑顔を返すと、店員は満足そうに次の客のところへと向かって行った。
その後ろ姿から目を離して、さっさと朝食を食べてしまうことにした俺は、いつの間にか心が軽くなっていることに気付いて小さく声を上げた。
「ははっ、さすが宿屋の店員。元気づけるのは手慣れたもんだ」
本当にありがたいことだ。あのまま彼女が声を掛けて来なかったら陰鬱な気分のまま今日一日を過ごしてしまう所だった。今日は次の商品の仕入れに行かなきゃならんというのに、不景気な顔で取引先に向かうわけにはいかない。
「ま、取引先っても勝手知ったる他人の店だけどな」
さっさと行って今日の仕事を終わらせてしまおう。そのあとはいつも通り珍しいものを求めて散策だ。
今日の予定を大雑把に決めた俺は、さっさと行動するために大急ぎで朝食を食べてしまうことにしたのだった。
* * *
「ふぅ」
とため息が出たのを自覚して、いかんいかんと自分を戒める。不景気な顔してたら幸運が逃げちまうからな。
俺はついさっきまで昔馴染みの商人仲間の店で新たな商品を仕入れていた。昔馴染みってこともあり、ちょっと大胆な交渉となったが、相手もそれを見抜いてくれていたようで快く承諾してくれた。思わず笑顔になったのは言うまでもない。
こうして無事に仕事が終わって、いつも通り街の散策を……と考えていたところで腹の虫が鳴った。腹ペコのまま歩き回るのも辛かったので、早めの昼食を食べて店を出てきたのが、現在だ。
「さて、どこへ行こうかな……」
いつもなら適当に市場を回ってから露店を見に行くんだが……あぁ、馬車にはもうちょっと余裕があったよな。メジーネに行くなら薬や包帯を買って行っておこうか。少しでも怪我人を救えるように。
「けど、薬は物によっては高いからな……包帯をいくらか買って行こうかな」
戦争中は清潔な布が不足しやすい。薬があっても清潔な布や包帯が無いから傷口を覆うことができず、そこから雑菌が入り込み別の病気を発症したりして死ぬ者がかなりの数いるもんだ。
だから洗って使い回したりするんだが、それでも完全に綺麗になるとは言えないし、そもそも使い回す包帯ってのは大抵の場合、死んだ奴の付けてた包帯を洗った物だ。そんな物これから何度も戦場に出なければならない人間が好んで巻きたがるとは思えない。生きるか死ぬかの瀬戸際でそんな不吉な物を身に付けていたくないというのは誰もが思うだろう。
「ま、回復魔法があるから普通は使い回すほど消費されないと思うんだけど」
それでも薬や包帯の需要があるのは、回復魔法の使い手というのは数が少なくとても貴重というのが一番の理由だろう。貴重な回復魔法の使い手は、基本的には貴族や士官、重症者と言った優先度の高い者から治療していくようにと命じられる。そのため一般兵や一介の冒険者なんかにはそれこそ友人であるとか、パーティメンバーであるという理由がない限り魔法を使わない治療しか受けられないのである。それ故に、回復魔法の使い手がいたとしても薬や包帯といった治療の道具の需要は減らないのだ。
「……戦争なんてやめちまえばいいのに」
俺の本音を言えばこの一言に尽きるし、メジーネの王様や民だって戦争なんかしたくないだろう。それでも戦争をするのは、隣国であるアルトファルド帝国が侵略戦争を仕掛けてきているからだ。
アルトファルドという国は、数十年前にできた比較的新しい国だ。今の皇帝は三代目で、この三代目の皇帝がひどく好戦的なようなのだ。とても強欲で独善的、民にも圧政を強いているんだとか。
そんな三代目皇帝が、隣国であり帝国よりも大きな領土を持ったメジーネ王国に戦争を仕掛けてきたのが数年前のことである。
「くだらない。ほんっとくだらない」
昨日の就寝前にも感じた苛立ちが再び鎌首をもたげてきた。……まぁ、とにかく買うもん買って珍品探しに行こう。
目当ての物――包帯はすぐに見つかった。店先に大量の包帯と薬を並べた商人はにこやかな笑顔で客を呼び込んでいる。
「お、そこのあんちゃん。薬や包帯はどうだい?」
店先に並んだ包帯を眺めていた俺を目ざとく見つけたその商人は、逃がさないぞとばかりに矢継ぎ早に言葉を投げてきた。
別にそれが嫌なわけじゃない。むしろ商人としては当たり前だろう。商品に興味を持ってくれていそうな客がいたなら、とりあえず声を掛けてみる。相手が興味を失わないうちに商品をあれよこれよとアピールし客の興味をしっかり引いた所で買わせるのだ。場合によっては複数の商品をちょっと安めに買わせて――もちろん自分が損をしない値段で――客の満足感を煽り、「よかったらまたどーぞー」とか言ってリピーターになってもらうのである。そうすることによってこの商人は良い物を売ってくれる、これだけの商品を安く買えた、というポジティブな印象を、買った本人だけでなくそれを見ている周囲にも与えることができるのだ。
そうやってどんどん固定客が増えていくと、商品はどんどん売れていき時には大して時間が経っていないのに売り切れることもある。そうなれば、それほど短時間で商品が売り切れてしまうくらい人気のある店なんだ、とか、どんな物を売っているのか気になるという風に思わせることができる。人というのは得てして人気のある物や珍しいものに弱い。露店なんかでもそうだが、人気のある露店主が売る限定品なんてそれはもう飛ぶように売れるのだ。それが相当の値段しても、である。
ともかく、商売というのはまずは良い印象を与えて信用してもらい、その信用が他の人間の興味を引き、時には既に顧客となっている者達が他の誰かに宣伝してくれたりして興味を引き、その興味が信用に変わり、再び周りの興味を引き……と繰り返していくとどんどん顧客の数が増えていくわけである。……まぁ、実際はそう簡単じゃないわけだけどさ。
思考を打ち切り、俺は笑顔の商人の店に近付いた。
「この店先に出てる包帯、全部貰っていいですか?」
「へ!?」
店主の素っ頓狂な声が、騒がしさが充満している市場に妙に大きく響いた。辺りの人間が全員こっちに視線をやっている。
まぁ、驚かれても仕方がないだろう。包帯の数はどう見たって10や20ではきかない。目算があっていれば150から200といったところか。
「あ、いや、あんちゃんよう。そんだけ買ってってくれりゃそれは嬉しいことだがよ? 金はあんのかい?」
「あぁ、もちろん。さっき取引を終えたとこでね。思ったよりうまくいったから金には余裕があるんだ」
戸惑った様子で言った店主になんてことはないという風に言った俺は、「な、頼むよ」と笑顔を見せた。
その営業スマイルを見て、店主は何かを悟ったらしい。
「なるほど、同業者か」
とため息混じりに呟くと、「売れないよりはましだなぁ」と苦笑いしていた。
たぶん安く買い叩かれるんじゃないかって思ってるんだろうな。俺の立場でも同業者がやってきたら同じことを思うだろうし。
「あんちゃん、メジーネに行くってんだろ?」
「あぁ、そのつもりだよ」
「やっぱりなぁ。俺もそのつもりだったが、ここまで来て急にビビっちまってなぁ。とりあえずこの街で捌けるだけ捌いてから来た道を戻るつもりだ」
「あー、なるほど。その気持ちは分かるよ。俺もちょっと怖いし」
店主のいくらか砕けた口調に釣られて俺もいつもと同じように話をする。この店主、思った以上に人懐っこい性格と言うかとっつきやすい性格だ。接客するときもこのキャラでいけば商品が何であれそれなりに売れそうなもんだが。
「いやいや、それでも行こうってんだからあんちゃんは勇気があるよ。俺なんかさっさと帰りてぇもんよお」
「なら、さっさと捌いちゃいましょう。包帯は俺が買うよ。店先にあるだけくれ」
「いやはは、ありがたいよ。そうだな……ここにある分なら15ダースほどだから……金貨5枚と銀貨4枚ってとこだな」
ふむ、1ダース銀貨3枚と銅貨6枚か。少し高いが、戦争準備真っ只中のメジーネ国に売るって算段だったならこんなものかな。
「金貨7枚払うから、その代りそっちの魔力回復薬を2ダースつけてくれ」
「あっはっは、あんちゃんなかなか厳しいこと言うなぁ。まぁ、買ってくれるってんだから文句は言わねぇよ。こっちはそれでいい、がどうやって持ってく? 俺としちゃあこれだけの数がはけたら残りは帰りの道すがらで何とかなりそうだし、そろそろこの街を出ようかと思ってるから、宿とあんちゃんの名前さえ教えてくれりゃ、届けておいてもいいが?」
「それはありがたいな。じゃあ、頼む」
取引を終えた俺は、店をしまうという店主に荷物を届けておいてもらうことにした。届けの料金としてはちょっと高いが銀貨を1枚払ってお礼を言う。「もらい過ぎだ」とお釣りを払おうとした店主に「友好の証だ。それで酒の一杯でもやってくれ」と笑っておいて、俺は次の目的地である露店に向けて歩き出した。
今回は特に新しい登場人物はいませんね。
強いて言えば包帯とか売っていた店主のおっちゃんでしょうか。
彼は故郷で待つ妻と娘のために行商を始めたんですね。行商人歴2,3年くらいです。
ひと山当てるために戦争準備中の王国に薬やら何やら売ろうとやってきたわけですが、王都までもうちょっとという所で戦に巻き込まれることが怖くなり、イゼルの街で王国の兵士とかが買い出しに来てたらいいなぁ、と商品を広げていたわけですね。結果的には主人公がそこそこの値段で買って行ったわけですが、ちゃんと王都についていたらもうちょっと吹っかけても買ってくれていたかもしれません。
とは言えそれで戦争に巻き込まれて怪我などしたら目も当てられないわけです。
店主のおっちゃんの判断を僕個人としては尊敬しますよ、えぇ。
僕のご都合主義的な見解から見ればお金より自分の命、家族と過ごす時間を選んだわけですから。
……これ以上店主のおっちゃんについて語ってもしょうがないですねww
次回もなるべく早くあげるのでお楽しみに。