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第4話 夢

はい、またしても相方に遅ればせながらという形で投稿と相成りました。

お待たせしてしまった方々には大変申し訳ないです。

 血なまぐさい……。

 最初に脳裏をよぎったのはそんな事だった。

 目の前に視線をやれば、人、人、人。

 いや――。


「屍か」


 ぞっとするような冷酷な声が、俺の口から発せられた・・・・・・・・・・

 それが自分から発せられたのだと分かったのさえ不思議だったが、確かにそれは俺の声なのだ。

 辺りを見やれば目に入るのは屍の山。よく見ればそれは人間の物だけではなかった。

 頭から角が生えている屍もあれば、お尻の辺りからトカゲのような尻尾が生えている下半身もあった。中には蝙蝠のような羽が生えた死体もある。

――魔族だ。

 俺は直感した。


「一体何人の同胞が逝ったのか……」


 先程とは打って変わって悲しみを帯びた声音が地面に落ちた。

 それと同時に俺の胸に去来した深い悲しみは、なぜだか胸の奥の方に突き刺さる。

 その時、死体の山が蠢いた。

【俺】は一瞬で思考を切り替えて動きのあった方を警戒する。

 死体の山は何度か蠢いた後、ぴたりと動きを止めた。が、次の瞬間こちらに向かって突進してきたのだ。


「薄汚い魔族めェッ!」


 それは人間だった。角も尻尾も羽もない。紛れもない人間。

 人間が【俺】を《魔族》と呼んだ。憎悪の目を怨嗟の声を、憤怒を込めた鋼の剣を【俺】に向かって振りかざす。

 やめろ、と叫んだつもりだった。だが、俺の声は【俺】の口から発せられることはなかった。

 直後、手に嫌な感触が伝わってくる。皮膚を裂き、肉を斬り、臓腑を抉り、骨を断ち――人間の兵士はあっけなく死んだ。


あぁ――、これは夢か。

 ようやく腑に落ちた。これは夢なのだと。でなければなんだというのだ、これは。

 肉を斬り裂いた時の感触がひどく残っている。胴を真っ二つに断たれてなお恨みのこもった声が鼓膜を震わせる。何よりも、憎悪のこもった双眸が、怨嗟を凝縮した言葉が、怒りで研いだ刃の鋭さが、俺の魂を震わせた。


「愚かだな、人間というのは」


 最初の時の冷たい声。それよりもさらに冷たい、心臓に刺さるような冷やかな声。だが、その中に悔いのような感情が含まれていたのを俺は見逃さなかった。

 しかし、その小さな感情はすぐになりを潜め、どこかへと消えてしまう。

【俺】は人間の死体を軽く一瞥した後、再び辺りに視線をやった。まるで何かを探しているみたいな感じだ。


「ジルディート様!」


 背後から掛けられた声に【俺】はすぐさま振り返った。

 そこにいたのは青い髪の女性だった。返り血や砂埃で汚れているが、とてもきれいな女性だということは分かる。女性らしさを維持したまま引き締まった体を見るに、剣を持って戦う姿はさぞ凛々しく美しく映るだろう。そしてなによりも、こちらを見る透き通るような蒼い瞳がとても印象的だ。


「メリル、生きていてくれたか」


 温かい声。それが【俺】の口から発せられたものだと理解するのに数秒かかった。とてもじゃないがさっきまで鋭く研がれた刃のような声を出していたやつと同一人物とは思えないほど慈愛に満ちた声だ。

【俺】の言葉に青い髪の女性――メリルは嬉しそうに微笑んだ後、「はい」と短く返事をした。

【俺】の記憶を探れば、メリルと呼ばれたこの女性は、【俺】の専属護衛のような役目を担っているらしい。立場上いつも近くにいるせいで他の知り合いよりも仲が良いようだった。それでだろうか、あれほど優しい声が出たのは。


「ジルディート様こそ、御無事で何よりでした」

「あぁ。……他に無事なのは誰かいるか」


 期待もしていないような声で言った【俺】にメリルは沈痛な面持ちで力なく首を振った。


「……そうか」


 やっぱり、といったような口ぶりで【俺】は小さく呟いた。どうやら、何人もの、いや、何百人もの仲間がやられたらしい。夢の中のこととは言え、この胸の内で蠢く深い悲しみと激しい怒りはどうにも消せそうになかった。


「もう少し、早く気付いていればな」


 悔しさを隠すこともせずに小さく言った【俺】の記憶によれば、ここは魔族の村で突然人間たちの襲撃に遭ったらしい。それに気付くのが遅れた【俺】達はなんとか人間たちを追い払ったものの村は壊滅してしまったということらしい。


「しかし、しようがありませんでした。人間どもはかなりの手練れだったようですから」

「はっ、慰めにもならんな。これで何度目だ、人間たちの襲撃は」


 メリルの言葉に投げやりに笑って返した【俺】は、限界まで蓄積された後悔や怒りを発散させるように剣を地面に叩きつけた。


「今月になってすでに5度目になりますね。いつも突然現れる……いったい人間たちはどこからどのような手段でやって来るのか……」

「それさえ把握できんようでは、何のために魔族が世界を統一したのかわからんな」


――は? 魔族が世界統一? ちょっと待て……いくら夢でもそれは笑えない。

 今でこそ、十数年前に結ばれた停戦協定のおかげで、表向きはある程度良好な関係を築いている魔族だが、かつては魔王と呼ばれる存在をまるで神であるかのように祀り上げ、魔王の導きのもとに世界に仇なす存在と言われていた連中だ。そんな連中が夢の中とは言え世界中を支配下におさめているなんて……。劇か何かの題材としても過激すぎる。

 それとも俺はこういう夢を見るほどに魔族のことを恐怖の対象として意識しているのだろうか?


「ジルディート様ッ!」


 自嘲気味に言った【俺】に、メリルは咎めるように声を荒げた。考え事をしていた俺も弾かれたようにはっとなる。


「冗談だよメリル。本気にするな。俺の冗談を真に受けるお前の素直さは美徳だが、それが過ぎるとその素直さに殺されてしまうぞ」

「ジルディート様の場合、ただの冗談では済まされないのですよ。なにせあなたのお父上こそが、この世界を魔族の物とした現魔王様なのですから。あなたの言葉には、それが例え冗談であっても、相応の力があることをご理解ください」

「あぁ、わかっているさ……」


 嫌というほどな、とメリルに聞こえない程小さな声で付け加えた【俺】。その胸中に芽生えていた憎悪に似た感情と共に、父親に対してのものだろう殺意がわきあがる。同時に、いくつかの殺しの方法が頭の中を巡る。どうやら【俺】というやつは本気で自分の父親を殺そうと考えることのできるやつのようだった。


 そんな冷え切った感情を感じつつも俺は、この【俺】が魔王の息子だったということに驚き、戸惑っていた。

そもそも、この夢はおかしすぎる。魔族が世界を掌握しているなんていう笑えない状況。【俺】が世界を支配する魔王の息子だなんてバカげた設定。だが、あまりにもリアルな感触に感情。何よりも、この『夢』をただの夢だと一蹴できない俺自身がどうかしている。


「ははっ。バカげているな」


 それは俺のものだったか、或いは【俺】のものだったか、まるでタイミングを見計らったかのように同時に発せられた声。

 そして、そのままひとしきり笑った【俺】は、もう一度だけ辺りを見回して生存者がいないことを確認すると、その身を翻した。


「行くぞメリル。ここは焼いて行く」


 最初と同じような冷たい声が辺りに響く。


「はい」


 と静かに応えたメリルも【俺】の後についてやって来る。

 死体だらけの小さな村を足早に抜け、振り返る。

 血と砂と死臭にまみれた村、そこにかつての活気あった頃の村を重ね見て【俺】は苦々しげに舌打ちをした。


「ジルディート様」


 斜め後ろから、メリルの声が聞こえる。【俺】のことを心配しているような声音だ。


「わかっている」


 心配しなくていいと言外に言って、【俺】は右腕で大きく空中を払う。

 瞬間、前触れもなく業火が現れ、死でむせ返った村を焼き払った。

 それは魔法だった。詠唱もなく、ただ腕を払う動作だけで視界一帯を埋め尽くすほどの業火を生み出したこと以外は普通の魔法。

 その規模が規格外だったのは、やはり魔王の息子のなせる業か。

 勢いを失うことなくすべてを焼き尽くそうとする巨大な炎が、【俺】の銀色の瞳に映った。


「せめて、安らかに眠れ」


 魔族も人間も関係なく、この場の死者全員に向けられた手向けの言葉は、今も煌々と燃え続ける業火の中に消えていった。

次回は明日か明後日の内にあげたいと思います。

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