第2話 奇跡の逸品~出会いと誘惑~
相方に遅ればせながら更新です。
今回は前回よりも短いかと思います。
さらりと読んでいただければよろしいかと。
結論から言おう、夕食は絶品だった。
小さな村の宿屋ということもあって、いつもよりちょっと豪華な食事になる程度だろうと思っていたが、いい意味で期待を裏切られた。
特に『ウサギ肉のやわらか煮込み~特製フルーツソースを添えて~』は頬が落ちそうになったものだ。
思い出しただけでもよだれが止まらない……!
あの後、村長の家の前に集まっている人たちに『村長さんの息子がかかっている病気は大したものじゃない』と嘘の説明をした。そうしながら、村人たちを一人一人見ていたのだ。呪視の眼鏡をかけながら。
実はあの眼鏡、対象物が呪いにかかっているかどうかを判別する機能の他に、術者との縁(つながりのようなもの)を視ることもできるのだ。そして、その細い糸のような繋がりを辿っていくと、村長の家の前に集まっている村人達の中の誰かに繋がっていることが分かった。
それはつまり、村長の息子に呪いをかけたのは村人の中の誰かだということに他ならなかった。数分もしないうちにとある青年が術者であることが判明したので、治療のために手を借りたい、などと適当な理由をでっち上げて呼び出し、あとは色々とあれやこれやと手を尽くして『村長の息子に呪いをかけている』ことを白状させるに至った。
なんでも村長の息子が現在交際している村娘のことを、その青年も好きだったようで、その腹いせにと軽い気持ちで呪いに手を出したらしい。
《呪い》は第三者に露見すると術者に跳ね返ってくるという性質がある。《呪い返し》というやつだ。また、呪い返しを受けるとその者は二度と呪いを使えなくなるという効果もあるのだ。理屈はよくわからないが、以前知り合った魔術師が言っていたことなのでたぶん大丈夫だろう。
呪い返しを受けた術者の青年は、しばらくの間苦痛に悶えながら床の上をのたうちまわっていた。
ちょっと可哀そうにも思えたが、人を呪わば穴二つ、当然の報いだ。
こうして俺は女将の絶品料理『ウサギ肉のやわらか煮込み~特性フルーツソースを添えて』にありつくことができたのだった。
そして翌日、これまた絶品な朝食を食べ、ついでにお昼ご飯にサンドウィッチまで貰った。至れり尽くせりである。
朝食を食べて食休みを挟んだら、出発だ。
と思っていたところに、村長が訪ねてきた。
何でも息子を救ってくれたお礼がしたいとのこと。ちなみに奥さんは大事を取って安静にしている息子の看病に忙しいそうで、何度も何度も俺にお礼を言っていたそうだ。
「お金を差し上げられればと思ったのですが、生憎とこの村は裕福とは言えません」
申し訳なさそうに頭を下げる村長を見て、いい人だなぁと思うと同時に「宿屋の女将に雑品料理を振る舞ってもらったのでそれだけで充分です」と言っておく。
しかし、それでは気が済まないと言った村長は、手に持っていた麻袋から何やらきれいな小瓶を取り出してきた。
朝の澄み切った陽光を受けてキラキラと輝くそれは、一瞬宝石のように見えたし、それが実際なんであるか知った後も宝石に勝るとも劣らない価値があることは明白であった。
「これは?」
と村長に向けて素直に問う。
すると村長は快い笑みを見せながら、答えてくれた。
「これは我が家に伝わる家宝でして、あなたにお譲りしたいと思い持ってきたのです。……行商に携わるあなたなら噂くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか」
やけにもったいつけたような言い方でその小瓶を俺の眼前に突きつける村長。
その自信満々といった表情に圧され、思わず尋ねてしまった。
「い、一体なんなんです……?」
俺の反応がよほどお気に召したのか、村長は胸を張って誇らしげにその名を教えてくれた。
「これはですな……『神茶の雫』という伝説のお茶なのですよ!」
な、なんだと……!
村長の言葉を聞いた俺は思わず目を見開く。珍しいモノを見た、というだけでは言い表せないあまりにも伝説級のお宝が出てきたもんで驚きで顔が固まってしまったのだ。
「ホ、ホントですかっ?!」
次の瞬間、追いついてきた思考が俺にそう叫ばせた。村長の言葉通りこれが『神茶の雫』なら、とんでもない物を手に入れることになる。
それは神話に伝わる神々が愛飲していたとされる飲み物の原料で、コップになみなみと注がれたお湯や水の中に雫を一滴たらして飲むだけで、その者に大変な幸福を与えてくれるという物なのだ。
こんなもの、滅多に――どころか一生に一度お目にかかれるかどうかも分からない代物で、ましてやそれを口にする機会に恵まれるというのは神々に愛され、そういう運命のもとに生まれることを許された者だけなのだと語っていたのはどこの誰だったか。
「これを……俺に? いいんですか? こんな貴重なものを……」
「よいのですよ。私にとって息子は命より大事なのですから、その息子を救ってくれた方に何のもてなしも、礼もできないのでは末代までの恥というものです」
訝しげに訪ねた俺の様子がおかしかったのか、小さく笑った村長の言葉は本心からそう言っているように思えた。
「さぁ、受け取ってください」
そう言って俺に小瓶を差し出す村長。俺はと言えば、夢を見ているような心持ちで、思わず顔がにやけているのが辛うじてわかった。
感動と、喜悦とで震える手で恐る恐る小瓶――『神茶の雫』を受け取る。落とさないようにしっかりと握りしめてみる。
――確かに、ある。俺の手の中に。
いっそ、未だに沸いてこない実感をそのまま置き去りにして、走り去ってしまいたかった。村長がやっぱり返してほしいとか言い出す前に。……いや、言わないだろうが。
「この度は本当にありがとうございました。……では、よい旅を」
と、村長が改めてお礼を言っていたようだが、この時の俺は自分の手の中にある物に意識を集中していて、村長の言葉が耳に入ってこなかった。
辛うじて、村長が宿屋の玄関から出て行くのが見えたが、お礼を言うだとか、そういう気持ちは一切浮かんでこなかった。
今、飲んだ物に至福を与えるという神話級の逸品が俺の手の中にある。
その事実を言い聞かせるように頭の中で反芻しても、延々と覚めない夢の中にいるようなフワフワした感覚は消えなかった。
* * *
俺が落ち着いたのはそれから十数分経った後だった。
宿屋の女将に「入口に突っ立ってられちゃさすがに迷惑だよ」と肩を叩かれて正気に戻ったのだ。
呆れたような顔で言った女将に「あはは……」と乾いた笑いを返した俺は、すぐさま自分が借りている部屋へと戻った。
後ろ手に扉を閉めてそのまま扉に背を預ける。
そして、例の物を握りしめたまま未だに震えている手を慎重に開いた。
「おぉ、ある……っ」
開かれた右手には確かに宝石のような紅い輝きを湛えた液体が入った小瓶があった。
「うおぉ……!」
思わずわけのわからない声が出るが許してほしい。今俺の手の中にある伝説の代物は、例え行商人でなくとも名前と効果くらいは知っているというくらい有名な物なのだ。とある金持ちなんかは余生と財産をこの伝説の逸品につぎ込んだというのについぞ手に入れることはできずその生涯を終えたという噂さえ実しやかに囁かれているくらいだ。
金持ち連中がそうまでして手に入れられなかった物を俺は手に入れたのだ! これを喜ばずして何を喜べと言うのか!
今にも踊り出しそうな衝動を何とか抑える。下手に踊ってその拍子に手を滑らせでもしたら大変だからな。
「さ、さーて、いつ飲むかなぁ」
最早、ソレを売り物として見ることはできなかった。早く飲んでみたいという欲求が沸々とわいてくる。
ただ、どうせ飲むなら一仕事終えた後の余裕ある状態で、優雅にティータイムとしゃれ込みたいものだという思いもあった。
となればそれはこの行商がひと段落ついてからということになる。
予定ではあと二、三日で街につき、更に一日ほどかけて商品をさばくことにしている。つまりあと三日か四日ほど我慢しなければならないのか……!
「うぅ、くっ」
あんまりにも遠いことのように思えて情けない声が出てしまった。いかんいかん。行商人がそんなことでどうする。時には一日中露店を広げても客が来ない時だってあるし、一週間待ってもお目当ての商品が手に入らないことだってあるのだ。三日や四日が今更どうした。俺は忍耐強さには自信があったはずだぞ。
自分に言い聞かせながら、深呼吸を繰り返す。
気持ちを落ち着かせてから、備え付けの机に置いてあったリュックに歩み寄る。
俺は小瓶が割れないように布で三重に包んで麻袋の中に入れてから入念に口を縛ったあと、「今すぐ飲みたい」という欲求を抑えつけつつ、『神茶の雫』をそっとリュックの中に入れた。入れることに成功した。
入れ終わってからもう一度だけ深呼吸して、今度こそ完全に落ち着きを取り戻す。
「恐ろしい誘惑だった」
それはもう本当にだ。以前行商仲間に連れて行かれた最高級の娼館で遭遇した露出の多すぎる娼婦たちの誘惑のダンスの誘惑を断ち切るよりも難しいミッションだった……。
なんて戯言を頭の中で呟きながら、俺は出発の準備に取り掛かるのだった。
あ、一応保存食を買っておかなきゃな。
次回も近いうちに更新します。
お楽しみにー。