第1話 奇跡の逸品(泣)
合作の一発目です。
途切れないように更新するのが本アカでも目標ですがどうなることやら……(笑)
気長に見守ってください。
「……奇跡的にマズイ」
あまりの不味さに俺は顔をしかめた。昔とある人物の手料理のマズさに床を転げ、もんどりうってそのマズさを表現したことのある俺から、リアクションを取る気力さえも根こそぎ殺いでしまうほどに不味いのだ。
その奇跡的な不味さを実現しているコップの中身に視線を送る。そこには澄んだ紅色の液体が入っていた。
『神茶の雫』と呼ばれるそれは、その一滴をお湯で薄めて飲むだけで、飲んだ者にあらゆる幸せを運んでくるという言い伝えがあった。
しかし、実際はどうだ。幸せを運んでくるどころか、不幸が舞い降りたではないか。苦味と酸味を渋みで包み込み、甘さと辛さが絶妙なさじ加減で調和しない、むしろ真正面から調和を粉砕している。なんだったら飲む前から恐怖を感じるほどの刺激的な異臭を発していたし、まさに不味さの極致に到達していることを確信させる一品だ。
そんな味のアンチハーモニーを体験して、幸福など訪れようはずもない。……いや、こんな苦汁を飲まされた後なら或いはどこぞの幼馴染のゲロマズ手料理だって高級料理店のフルコースに見えるかもしれないが。
だが、伝説に聞く『神茶の雫』は「最底辺を知ることで相対的に見て幸福を感じる機会が増える」などという代物ではなかったはずだ。断じて。
「これは……騙されたかな」
ふぅ、と小さくため息をついて肩を落とす。コップをテーブルの上に置き、次いでその傍らにある『神茶の雫(偽)』が入った小瓶に目をやった。
窓から差す日の光を受けて紅く煌めく液体の入ったそれは、数日前に手に入れた物だ。春も半ばの柔らかい陽光を取り込み、まるでステンドグラスを思わせるような、美しく透き通った紅い影を小さなテーブルの上に落としている。
見る分には宝石のようななりをしているが実際は道端の石ころにさえ匹敵しない粗悪品である。手に入れた当初はどんな味がするものかとワクワクしていたが、今となってはもう一口だって飲んでやる気にはなれない。
俺はもう一度大きなため息を吐いてから、『神茶の雫(偽)』を手に入れて喜んでいたあの日の自分を殴ってやりたいと拳を握りしめた。
* * *
数日前、俺ことルイ・ユーセインは行商の道すがらとある小さな村に到着した。
戸数は五十にも満たない本当に小さな村。見れば小さな畑と狩りで食いつないでいるって感じだ。
早々に宿屋を見つけた俺は、今夜寝泊まりする場所をさっさと確保しておくことにした。馬車も預けておきたいしな。
女将の側でこちらを見ていた宿屋の息子らしき少年に馬車の番をしてもらうためにお金を払う。すると少年は、受け取ったお金を迷わず母親に預けて、さっと外へ出て行った。ドアが閉まる前に馬を引いていく姿が見える。どこか熟練感が見て取れたので、相当慣れているんだろう。いやぁ……教育が行き届いてらっしゃる。
まぁ、十歳かそこらの子なので母親の手伝いができるってだけでも嬉しいんだろうな。実際さっき見た表情はニコニコと明るい笑顔そのものだったし。
部屋を確認した後、村の散策に出かける。ちなみにこの村ははただ通り過ぎるだけなのでここで店を広げる気はない。そのため荷物はリュック一つ程度に収まるものだ。
「何か掘り出し物とかが見つかると嬉しいけどなぁ」
商人の性だろうか、こういう風にどこへ行っても珍しい物や面白そうな物との出会いを期待してしまう。それでもそういった物に出会えることなどホントに稀だが。
不審に思われない程度に辺りを見回しながら村内を散策していると、ふいに大きな声が聞こえた。
悲鳴のような、切羽詰まった声だ。
何があったのかと悲鳴の聞こえた方へと走っていく村人達について行く。すると、そこには他の家よりも少しだけ大きめに作られた家が。どうやらここはこの村の村長の家のようだ。
家の前に集まって何事かと首を長くする村人達。周りを見れば殆どの村人がここに集まっている。小さな村だから何かあった時に伝わるのが早いんだろうな。
やがて、村長が慌てた様子でドアを開けて出てきた。その顔はどこか悲しみの表情にも見えた。
村長の様子を見てただ事ではないと感じ取ったのか、それまでざわついていた村人達はしんと静まり返る。皆が村長に注目し、村長の言葉を待っている。
そして、数秒の後、「くっ」と嗚咽のような声を漏らした村長は震える声で言った。
「息子が倒れた……、原因は分からん」
村長が静かに放った一言に村人達は再びざわつきを取り戻す。
人が倒れるということ自体は、実は小さな村ではあまり珍しくない。街や王都といった場所ほど衛生面が整備されていないため、突然大きな病に倒れてしまうことだって少なくないのだ。それがただの村人でも、村長の息子でも関係はない。
しかし、今重要なのはそこではないだろう。村人達も村長の息子が倒れたことは気の毒に思っているようだが、今村長の息子の話をする者など少数派だった。ちょっとドライかもしれないが。
ならば今、村人達が何を気にかけているかと言えば、それは村長の息子が倒れた『原因』である。先程も言った通り、小さな村では不衛生がたたって倒れるということ自体は珍しくない。それ故に大抵の村では倒れた原因ははっきりわかるもんだ。例えば昨日食べた野菜が病気にかかっていたかもしれないとか、先日負った傷から雑菌が入って症状が悪化したとか。
だが、今回のように原因が分からないのに倒れた、という事態は村人達にとって一大事なのである。万が一にも未知の流行病とかで村が全滅、なんて笑いごとではないし、そうでなくとも原因不明で倒れたというのは恐怖を掻き立てるのには充分すぎる。
最悪の場合、パニックになった村人達があちこちを逃げ回り、挙句村は離散してしまうなんてことも大いに有り得る。というかパニックになんかなったら今日この村に泊まるどころの話ではなくなってしまう。
……そうなると、料理には自信があると豪語していた女将の料理を食べられないということだ。
「そんなことになったら、俺は明日の昼まで何も食べずにいなければならなくなってしまう……!」
それは困る、非常に。馬車の中には俺が食べていい食料など詰んでいない。次の街で売る予定の商品しか積んでいないのだ。リュックの中にも保存食は入っていない。こんなことなら前の街で保存食くらい買っておくんだった。
と、後悔しても今更だ。今日の夕飯と明日の朝食のためにこの村を救わなければならん。
「ちょ、ちょっといいですか?」
手を目いっぱい上に挙げ、声を張り上げて俺の存在を主張する。村人達の視線が一気に俺の方へ集まった。
「あなたは?」
と、村長が俺に問いかけてくる。まぁ、見知らぬ人間がこの村の危機にいきなり名乗り出たら不思議に思うよな。
ただ、そんな疑問に答えている場合じゃないだろう。俺の今晩の夕食と明日の朝食が掛かっているんだ。
「私は行商をやっている者で、ルイと言います。息子さんの症状を診せていただけますか?」
さっと自己紹介を済ませ、村長の息子さんの容体を見せてほしいと伝えると、疑わしいというような目で見られた。医者でもないのに何ができるのだと言いたげな顔だ。
「それはなぜですかな?」
と、感情を抑えたような声で村長が問い返してくる。
「もしかしたら、私の持ってきている薬で何とかできるかもしれないと思いまして」
「なんと!? それは本当ですかな!?」
村長の素っ頓狂な声が響く。
あんまり期待に満ちた目で見ないでほしい。あくまでも『もしかしたら』できる『かもしれない』だ。
「もしかしたら、ですよ。ともかく息子さんを診せてもらってもいいですか?」
「ええ! ぜひ、ぜひ!」
村長の許しを得たので、早速村長の家へと入る。慌てたような足取りで息子のもとへと先導してくれる村長が見ていて危なっかしいが、そんな事より今は息子の方だ。
村長の後ろを付いて行くと、小さな部屋に案内された。
そこには村長の息子がベッドの上に寝ていて、見るからに苦しそうに顔を歪めていた。その傍らには村長の奥さんなのだろう女性が付き添っている。
「さっ、倅の様子を見てくだされっ」
早く早くと急かす村長に圧倒されながらも俺はとりあえず村長の息子の方へと歩み寄る。途中で奥さんに「誰なの……?」と尋ねられたが、村長が手短かに説明すると救世主でも見るかのような目で見られた。
息子をお願いしますっ、という叫び声にも似た声を聞きながら村長の息子の症状を診ていく。
熱はナシ、なのに寒気を感じている……。体の震えが止まらず、時折体中が痛む。特に夜、村の皆が寝静まる頃に一番強い痛みが来るという。
……こんな病状見たことないな。
これまで色んな地域を旅してまわったが、こんな病気は見たことも聞いたこともない。
そこで、俺はふと思いついたことを実行するために背負っていたリュックを下ろして中身をあさった。
そしてそこから取り出したのは、見た目は到って普通の眼鏡だ。
しかし、この眼鏡はこう見えても意外と優れもので、とあるモノが視えるのだ。
眼鏡をかけ、村長の息子を今一度見る。
「あ、やっぱり……」
「ど、どうです? 息子の病気は治りますか?」
俺の呟きをしっかり聞き取っていたらしい村長が震える声で聞いてきた。ここで嘘を言って「この病気はなんとかなるかもしれません」なんてことを言ったって意味はない。俺が信用を失うだけだ。それは……それだけは避けたい、例え夕飯と朝食がなくなろうと信用だけは無くすわけにはいかないのだ。
「こんな病気は見たことも聞いたこともありません」
正直にそう告げて二人の顔を見れば、その顔には絶望が張り付いていた。それはそうだろう。原因不明の症状で大事な一人息子が倒れただけでもどん底なのだ。そこに現れた行商人にさえすがりたいほどの危機的状況で、すがった行商人は息子の病気を治す術はないと言ったのだから。
と、そこまで思い至ってから俺は気付いた。
あ、コレは……どうやら誤解させてしまったらしい、と。
「そう、ですか……」
と、絶望と悲しみと落胆が入り混じったような声音が静かに漏れた。二人の顔は世界の終りに直面したみたいな顔をしている。
「あ、あの……」
俺が恐る恐る声を出すと、まだなにか? と言いたげな顔でこちらを見る村長夫妻。
「言葉が足りず誤解をさせてしまったようですみません。私は確かにこんな症状の病気には一度たりともお目にかかったことがありません。それもそうです。えぇ、仕方のないことでしょう。これは……病気ではないんですから」
ついついいつもの癖で商売してる時のような口調になってしまったが、言っていることは嘘ではない。
ただ、村長も奥さんも俺の言葉に理解が追い付いてこないようで、ひどく困惑した表情でこちらを見ていた。
「村長さん、この眼鏡をかけて息子さんをご覧になってください」
と、俺がかけていた眼鏡を村長に渡す。
そして、俺の言った通り息子を見た村長は、「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げた。
「な、なんですかっ、コレは!?」
腰を抜かしてしまった村長から眼鏡を受け取った俺はもう一度眼鏡をかけて村長の息子を見た。
村長の息子の体全体を覆う黒い影。それが村長の息子を苦しめている元凶だ。まるで生き物のように蠢き、村長の息子に死ぬまで終わることのない苦痛を与え続けるのだ。
「これはね、《呪い》です」
「の、《呪い》?」
「えぇ。この眼鏡は、レンズ越しに見た対象が呪われているのかどうかを知ることができるんです」
若干仕事モードになりつつ眼鏡の説明をし、「ちょっと待っていてください」とその部屋を後にする。
さて、早速村長の息子の呪いを解くための準備をしよう。
呪いを解く方法は主に三つだ。一つ目は聖水を使って解呪する方法、二つ目は協会に行って神父に解呪してもらう方法(有料)、三つ目は術者本人に解呪させるか解呪せざるを得ない状態にする方法。
今回はすでにどの方法で解呪するか決めてある。これが手っ取り早いというのが一番の理由だ。
そう考えた俺は今夜の夕食に想いを馳せながら村長宅の扉を開け放った。